SS詳細
騎士の手が握るは――
登場人物一覧
●徒手にて計を、悪の種を
「手荒だなぁ、『商品』に接する態度じゃ無いんじゃないか?」
「るせェ、お前みたいなトウの立ったボンボンなんてどっかに突きつけて金蔓にするしか用がねぇよ!」
『死力の聖剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は、自らを乱暴に押し込めた牢番に抗議を向ける。だが、相手は取り付く島もないとばかりに牢を閉め、がっちりと鍵を締めた。……彼が帯剣していることを、リゲルは見逃さない。
常ならぬ砕けた口調、金髪、どこか成金趣味を覚える服装……どれをとってもリゲルらしからぬもの。
(さて、侵入は出来たけど。話に聞く以上に深刻だな。俺を人質にしても逆さに振ったところで何も出ないのにな)
リゲルは牢屋の中から、地下牢の全容を『視認』する。彼の出で立ちや口調は、全て潜入調査のための装いだ。その目的は視界内の繋がれた少年少女――何れも人間種『以外』の者達だ。
彼は、幻想でまことしやかに噂されていた誘拐事件の裏を取るため変装し、丸腰で潜入を敢行したのだ。幸いにして明らかになっている不明者数と牢に繋がれた少年少女の数は一致。あとは脱出するのみ。
「大体こうなると思ってたんだ……こんな所、仲間には見せられないな」
リゲルはそう呟くと、足同士を絡ませて靴を脱ぎ捨てる。いかにも行儀の悪いやり方だが、見咎める者はここにはいない。疲弊した少年少女と、無関心な牢番だけだ。普段の彼を知る者なら瞠目もしたろうが……彼の不作法に付き合ったのは、靴から溢れる金属音。そこには、2本の針金が転がっていた。
古典的極まりないが、馬鹿にはできない。そも、幾度となく語られる寝物語や冒険譚は、真実あってこそのもの……彼の過剰ともいける技倆(テクニック)を前に、手枷の錠など手首の返しで十分だ。
ガチャリ、と錠前が2度めの――手枷、そして牢の扉だ――悲鳴を上げた時点で、既に牢番は剣を抜き、リゲルへ打ちかかってきていた。
「ふざけやがって……!」
牢番の斬撃は、全てを捨てて振り下ろさんする裂帛の気合いとともに。だが、リゲルの手が振り下ろす間際の牢番の手首を掴み、その足元へと手首を引き込む方が早い。
軌道は縦一回転。護身術と呼ぶには攻撃的すぎるそれは、牢番を背中から叩きつけ、手から剣を取り落とさせた。
「暫く静かにしていてください。不要な殺傷をする気はありません。……それと、これは貰っていきますね」
息をつまらせ、声も出ない牢番の腰から鍵束を奪い取ると、リゲルは笑顔で彼を縛り上げ、子供達を開放していく。あまりに鮮やかな手際とその美貌は、子供達にとって鮮烈以外の印象を与えまい。
「ありがとう……おにいちゃんはどうするの?」
「俺は君達に乱暴した悪い大人を懲らしめないといけないからね」
大人の義務だよ、と少年の肩を叩いたリゲルは、そのまま地下牢から上階へ身を翻すと一気に奥へと向かっていく。当然、騒ぎを聞きつけた相手方は彼を捕縛すべく向かってくるが。ただでさえ大きくもない館で、多人数で1人を抑え込めるか? 無理な話だ。出来て狭い通路で挟み撃ちぐらいか。
「素直に投降するならまだ話くらいは聞く! それでも向かってくるか?」
リゲルは次々と向かってくる男たちをねじ伏せつつ、投降を促す。背後では少年少女が逃げていく。先に通さぬためにも、自ら目立つべきだ、と考えたのだ。
だが悲しいかな、リゲルの精一杯の気遣いも男達には無用の長物。腰だめにしたナイフを剣の柄で打ち払い、ブラックジャックを振り上げた手首をナイフを投げて射抜き、細身の剣で突き込んで来たならブラックジャックで叩き落とす。こぼれ落ちた細剣は、左手に収まり、常の戦闘スタイルに大分近付く格好となった。
更に棍棒で向かってきた大男には、細剣の牽制から手首を狙った鋭い斬撃。腱を切られ動かぬ手のままぶつかってくる相手は、側頭部を柄で殴り意識を飛ばす。
「これだけの数を抱えてたのか……この人数なら、もう少し正しいことで稼ぐことも出来たろうに」
リゲルは一息つくと、蹴散らしてきた悪漢達を一瞥する。
隘路での戦闘、借り物の武器による迎撃。本来の技術を披露するには条件が厳しすぎる中で、しかし彼は動じることなく行動に移した。彼が1人でも悪漢を取り逃していれば、子供達はどうなっていたことか。
「あーあー、派手に蹴散らしてくれちゃってよぉ……そいつら集めるのにどれだけ手間食ったと思ってんだよ……」
と、リゲルの思考を断ち切るように、飄々とした声が響き渡った。地下から上がってすぐに出口、更に一本道を通った先。奇怪な構造をした建物の奥は広間になっていたらしい。――或いはここが、人身売買の舞台であったのだろうか? 太陽が中天に上るこの時間、黒一色の大広間は殺風景極まりない。
「貴方が首謀者か。殺しはしない、屈服して罪を償え!」
「どこのお坊ちゃまかは知らねえが、ナマ言ってんじゃねぇぞガキぃ……!」
リゲルの、常ならぬ怒気を孕んだ声に対し、男は苛立ちを抑えきれぬ様子で拳を固めた。……否、手にしたのはカランビットナイフだ。
両者ともに、離れて戦うという選択肢はなく……一瞬の間を置いて、両者は絨毯を蹴った。
●達人ならずとも
リゲルの運足は、地を選ばない。そして彼の剣の冴えは、技こそ打てずとも武器を選ばない。
男がジャブを放つより先に、右手のカランビット、その付け根に細剣をねじ込む。
「ックソが!」
硬直を狙って左手を振るうが、それは牢番の長剣が受け止める。そこから一気に押し込もうとしたリゲルは、しかし足元から湧き上がった殺気に合わせて後方に飛んだ。
ボクシング……ではない。蹴りを交えた格闘スタイルだ。前進を躊躇した彼へ向け、男はここぞとばかりに踏み込み。あろうことか、半ばから折れたカランビットの刃、その破片をリゲルの目へと投げつけたのだ。
さしものリゲルもこれにはたじろ……がない。
眉一つうごかさずに首をひねっただけで躱し、左手のカランビットもいきおい、叩き落とす。
「小手先の芸に遅れを取るものか……!」
そう、彼は騙し討ちや曲芸などに遅れを取るタイプではない。真っ直ぐ向かって剣を振るい、眼前の相手を撃破する。
剣に掛かる負荷など無視する。手段を選ばぬ相手には、己の剣技を見舞うのみ。
「覚悟ッ!」
腕を交差させ、腰を落とす。
「ふ、ざけん、な……!」
顎先目掛けて振り上げられた蹴りをいなし、畳んだ腕を一気に振り抜く。
……そしてリゲルの手にした剣は何れも折れ砕け。男は力尽きてふっとばされ、壁面に叩きつけられ、ずるずると落下していく。
「終わった……んだな……」
我ながら無理をした、とリゲルは思った。鍛え上げられた得物ならいざしらず、数打ちの刃が彼の『流星剣』に耐えうる筈がない。
ただ、それを知った上で振るうなら倒せると確信した時でなければならない。――結果論だが、彼は自分を信じ、賭けに勝ったのである。
子供達が逃げ切れたなら、ほどなくして応援が来るだろう。……ささやかな冒険はここで終わりだ。
明日からもまた、彼は『仲間とともに』依頼へと赴くのだろう。それが、彼の普通なのだから。