PandoraPartyProject

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エイプリルの贈り物

登場人物一覧

ポシェティケト・フルートゥフル(p3p001802)
白いわたがし
ポシェティケト・フルートゥフルの関係者
→ イラスト


●Spring Fairy Tale
 ある晴れた春の日のことです。
 森の中を、おおきな鹿とちいさな人形、それから金砂妖精が進んでいました。
 お空の色は花霞。
 野苺の茂みを越え、小川のせせらぎを跨いで、ついに一行は満月色の花が咲く花畑へ到着しました。
 さわやかな風が、ラベンダー色の旅行鞄をくすぐります。
 だけど本当にここで良いのかしらとテックは首をかしげました。
 なにせお友達のお家に遊びに行くなんて初めてのこと。何もかもが不思議な驚きに満ちています。
 そんな彼女の様子を見て、優しい鹿のお姉さんは微笑みました。悪戯好きな金色妖精も、焼きたてのクッキーみたいにクスクス笑っています。
「もう少し待ってちょうだい。すぐに来るから」
 その言葉通り、すぐにどしん、どしーんという大きな足音が聞こえてきました。
 なんてヘンテコな光景でしょう。
 足の長い大きなおうちがこっちに向かって歩いてくるのです。
 口を開けたままのテックの前で、三角屋根のおうちはラクダのように腹這いになりました。
「魔女エルマーのおうちへようこそ、緑の境界案内人さん」
 振り返った、嬉しそうなポシェティケトの笑顔が太陽の光を受けて輝きます。
 扉をあけると雪山みたいなとんがり帽子がぴょこりと出迎えてくれました。
「ご機嫌良う、テック。やあ、これは僕が思っていたより鮮やかなお嬢さんだね。歓迎するよ、どうぞ入って」
 まんまるな薔薇色の瞳にチョコレート色の髪。あたりにふんわりと、芳しい花の香りが漂います。
 幼女にも賢女にも見える不思議な少女。それが白銀の鹿ポシェティケト・フルートゥフルの育ての親、月光蝶々の魔女エルマー・ギュラハネイヴルでした。
「ようこそ可愛い子さん、会えてとってもとっても嬉しいよ」
 エルマーは素朴な花のような笑みを浮かべました。
 一方、テックは緊張でガチガチです。
 昨晩から記憶領域をゴリゴリ演算処理して失礼のないご挨拶を考えてきたのですが、真っ白になってしまいました。
「ほ、本日はお招きありがとうございます。ポシェティケトさまのママさま!」
 頭を下げて、それから上目使いでエルマーを見ました。尊敬する人のお母さまに失礼があってはいけませんからね。
 エルマーはと言うと、ママと言う単語に少しびっくりしている様子でした。
 はにかんだエルマーを見てテックは不思議そうに首をかしげました。それから、答えを求める生徒のようにポシェティケトを見上げました。
「ただいま、ママ」
「おや」
 衝撃と驚きが、雷のようにエルマーの身体をかけめぐります。
 その単語はあまりにも自然にポシェティケトからこぼれ落ちたので、エルマーは、今度こそ声をだしてはっきりと驚いてしまいました。
 しかし驚いたとは言え、そこは月光蝶々の魔女。困ったときの解決方法をよく知っていました。
 こういう時は、一番悪戯っ子の反応を見ればいいのです。
 ニコニコ顔の可愛い子たちから視線を外すと、そこには『うんうん、ようやくその反応が見られました。いやー、楽しいなあ。実はね、お二人とも、普段からママさん呼びをしていたんですよ』と雄弁に顔で語るクララ・シュシュルカポッケの姿がありました。
 それを見たエルマーは全てを悟りました。手をのばして、可愛い娘を抱きしめます。
「おかえり、僕の可愛いポシェティケト」
 かわいい弟子/娘の帰省に喜ばない師匠/親がいるでしょうか。しかも友達を二人もつれてくるだなんて。
「今日はなんて素晴らしい日だろう! さあさあ、入っておくれ。とびっきりのマカロンを用意してあるからね。もう少ししたらケーキも焼き上がるんだ。そうだ、お腹が空いているようなら、軽い食事も用意しよう」
「エルマー、私にも手伝わせて」
「ありがとう、素敵さん。二人でやれば魔法のようにあっという間さ。おっと、今日は素敵さんが二人もいるから気をつけないといけないな」
「ニュー!」
「失礼、素敵さんは三人だったね」
「四人よ? エルマーも入れなくちゃ」
 林檎の花のように笑いあう二人を見て、このおうちがポシェティケトさまの『安心』なのね、とテックは暖かい気持ちになりました。
 おうちに招いてもらったという信頼に応えようと表情を引き締めます。
「クララは、テックのエスコートをお願いね」
「ニュー」
「よろしくお願いしますっ、クララさま!」
「ニュ!?」
 敬礼で応えた精霊と別れて鹿と魔女はキッチンへと向かいました。二人に見えないところで、ポシェティケトはちょっとだけ気まずそうにエルマーの耳に唇を寄せます。
「エルマー、ワタシがテックを呼びたくて駄々をこねたこと、テックには秘密よう」
 それを聞いたお母さんはクスクスと笑いました。
「わかっているとも。それにしても可愛いポシェット、少し見ないうちに随分とお姉さんになったね」
「ほんと?」
「本当さ。さあ、可愛いお客様のために美味しいお茶を準備しよう」
 その頃、砂浜色のテーブルに案内されたテックはご機嫌で座っていました。
「ママさまは想像より、ずっと素敵な方です」
 よかったね、と物知り妖精は頷きました。部屋のなかには二人が積み重ねてきた想い出のかけらが沢山散りばめられています。
「あたたかくて、良い匂いがして。ポシェティケトさまがお優しい性格なのも、ママさま譲りなのですね」
 お花の絵。湖の絵。森の絵。鹿の絵。パッチワークのキルトにバラのランプ。
 その一つ一つを、愛おしそうに境界案内人は眺めました。
「やあ、待たせてしまったかな」
「お茶もお菓子もたっぷりあるから、どんどんお代わりして頂戴ね」
「わあっ」
「ニュニュー! ニュー!」
 一人分の席をばっちり確保していたクララが歓声をあげました。
 スミレにローズ、ピスタチオ色のマカロンに、真珠みたいな生クリーム。アフタヌーンティースタンドの最下段にはバターがたっぷりのキュウリのサンドイッチから、どこかの蒐集家お気に入りのフルーツサンドイッチまで、お行儀よく並んでいます。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
 クリームパフを口にしたテックは顔を輝かせました。サクリと香ばしいシュー生地が、ふわふわのカスタードクリームと甘酸っぱい苺と一緒に舌の上でほどけていきます。バニラビーンズとたまごのまろやかな香りが口いっぱいにひろがりました。
「美味しい……」
「ふふふ、テック、たくさん食べてね。ワタシもね、お菓子作るの手伝ったのよ」
「凄いです、ポシェティケトさまはお菓子作りもお上手なのですね」
 ポシェティケトに尊敬の眼差しをおくるテックを、エルマーは眩しそうに見つめました。
「テック、あのときのお話をしましょ、ワタシ達が惑星の百貨店へ行ったこと」
「はい! ポシェティケトさまが王様みたいなお買い物をして世界を救ったお話ですね。クララさまは虹色のお魚のお洋服を買って、それからママさまへのお土産もさがしました。お花の精霊さんだから、温かいガウンがいいねって」
「そうか、君も一緒に探してくれたんだね。あれは冬の間、重宝させてもらったよ」
「えへへ」
「ワタシ、そのお店で可愛いお洋服をたくさん買ったのよ。エルマーに見せたくて、持ってきたの」
「ポシェティケトさまがわたしにと選んでいただいた服も持ってきたのですが、きっとママさまにも似合います。どうか着てはいただけませんか?」
 魔女に弱点は無いように思えますが、実はキラキラとした宝石のようなおねだりに弱いのです。
「うーん。分かったよ。それじゃあパジャマパーティーの前にファッションショーをしようじゃないか」
「やったわね、テック!」
「やりましたね!」
 メロンソーダやおかわりの紅茶を何杯も楽しんだ後、ふとポシェティケトが小さなメロングリーンの石を取り出しました。
「そうだわテック、このあいだね、境界で拾ったの。これはあなたの物語?」
「……消滅した時に、全部消えてしまったと思っていました」
 黒色矮星の欠片を受け取ると、テックは懐かしそうに目を細めました。
「これは、わたしです。一人で消えてしまうのが寂くて泣いた、星であった頃のわたしの欠片。……ポシェティケトさまと一緒に旅をしていたのですね」
 どこか羨ましそうにテックは呟いた。
「ポシェティケトさま。これにはもう何の力もありません。ですが、その……」
「大切に持っておくわ。この子も、テックだったのねえ。不思議なご縁だわ。どうりであなたに似た匂いがすると思った」
 テックはぱっと顔を輝かせ、ポシェティケトは宝石を受け取るように、大切に欠片を袋の中にしまいました。
「ところで、ママさま。このお家は一体どこへ向かっているのでしょう。随分と長い間、歩いているようですが」
「まだ秘密だよ、と言いたかったけれどちょうど目的地に着いたようだね。ほら、扉を開けてごらん」
「はい」
 真っ白な光が視界を塗り潰します。
「ここは……」
「君が心から行きたいと願った場所さ」
 高い塔、白い街並み、ラズベリーの匂い。
 丘の上から見えるのは、今はテックと呼ばれている少女がまだ黒色矮星になる前の風景でした。
 感情というものは難しくて、嬉しくても涙が出るのです。それはバグでは無いとエルマーは諭しました。
「僕はだあれ? そう、そう。月光蝶々の魔女エルマーさ。どこにでも在る野草の概念、野薔薇の彩り。どこにでも在るということは、どこにでも居るということで、つまりお家も等しくその通り。きみが願う限り僕に不可能なんてありゃしない」
 レッドルビーの薔薇杖が朧月のように白い世界を照らします。
「四月一日は夢と現実、虚構と真実、時間と季節がうつろう日。この刻は永遠でなく胡蝶の一睡。ならば一等素晴らしいゆめを願うのも悪くないだろう?」
「良かったわね、テック。ここがあなたのおうち?」
「はい」
 奇跡をありがとうございますと、鹿の腕のなかで女の子は泣きました。

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