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護衛ハプニングも令嬢にはつきものです!
登場人物一覧
――ビーチバレーをしたとき、カヌレのこと押し倒しちゃって御免ね。
あの時のお詫びに、私が出来ることなら何でもするよ。何が良いかな?
ティアの提案にカヌレは真っ先に「護衛をして下さらない?」と応えた。コンテュール家の令嬢は好奇心旺盛ではあるが、10も年の離れた兄の過保護には辟易していた。
勿論、自分が世間知らずの無鉄砲であることは知っているが、ずらずらと護衛を連れなくては市中へ出ることが出来ないのはいくら何でもやり過ぎである。
そんな折りにイレギュラーズであるティアからの提案だ。彼女を護衛に連れて行くことが叶うならば屹度、少人数での『おでかけ』が出来る筈だ。
「護衛? お出かけってこと?」
「ええ、ええ! よろしくて?」
「良いよ?」
カヌレはぱぁと表情を華やがせた。直ぐに兄へと相談へ行くのだろう。逸る気持ちを抑えきれない彼女はティアの予定を確認し、直ぐ様に外出の予定を立てた。
―――――――
――――
「ビーチバレーの時は一緒に遊んでくれてどうもありがとう。それと、押し倒したりしちゃってごめんね?」
「いいえ、構いませんわ! ハプニングというのでしょう。そうしたものは仕方がありませんもの。
ティアさんこそ、無理矢理私に暴行をしたわけでもありませんでしょう? ですから、今日は
自慢げに微笑んだカヌレは今日は何時ものドレスではない外出用のシンプルなワンピースを着用していた。出来る限り、自身も一般市民であるように見せたいのだという。
コンテュールの血縁であることが直ぐに分かる翼も少しばかりはお留守番だ。普通の
「デート?」
「ええ、ええ、デートと言うのでしょう。本日は二人ですもの。護衛宜しくお願い致しますわ!」
ティアはこくりと頷いた。二人で出掛けることをデートというのだと認識しているのだろう。楽しげなカヌレの背中を追いかけながらティアは「どこへ行く?」と問い掛ける。
リッツ・パークの喧噪の中へと進もうとするカヌレは「逸れないようにどうにかして下さいます?」と問い掛けた。
「どうにか、って?」
「んー……そうですわね、例えば、こんなの如何でしょう?」
ティアの腕にぎゅうと抱きついて迷子を阻止しようとするカヌレ。所謂、腕を組むという状況でティアは己の腕にカヌレがべったりと引っ付いているぬくもりを感じて首を傾いだ。
「動きにくくない?」
「あ、ああ……確かにそうですわね。じゃあ手を繋いで下さいます?」
二人して首を傾いで、如何することが一番動きやすいかと話し合う姿はある意味で滑稽だ。街行く人もカヌレが誰であるか気付いているだろうが、言わない振りをしてくれているのだろう。手を繋ぐことに落ち着いて、ティアに連れて行って欲しいとカヌレが懇願したのは食べ歩きであった。
コンテュール家の令嬢である彼女はそうした経験が極端にない。舞踏会でワルツを踊ることはあっても、市中で食べ歩くことは余りに無いのだろう。ドリンクを購入して飲みながらウィンドウショッピングをすることは彼女にとっての夢であった。
「再現性東京とかなら、カヌレが喜ぶようなものがあるかもしれないね」
「まあ、本当に? ……ああ、立場が許すならば外に出てみたい! コンテュール家の一員である以上、国を開けてはいけませんけれども……」
ぶつぶつと呟くカヌレははっと何かに気付いたようにティアの手を引いた。
「ご覧になって、ほら、あれは何かしら? 魚介の串焼き? 食べてみません事?」
「うん、行こうか」
頷けばカヌレは嬉しそうに笑みを浮かべる。責務を担い、イレギュラーズの帰りを待っていた暗い表情の令嬢ではない。ティアの友人として心から楽しんでいる様子が見て取れた。
ぱあと表情を華やがせて微笑む彼女を見るだけで共に外出することを決めて良かったとティアは感じていた。
「カヌレとお出掛けも楽しいね。私に出来そうな仕事とかあったらいつでも言って欲しいかも。手伝える時は手伝うし」
購入した串焼きを手渡すティアの言葉にカヌレはぱちりと瞬いた。若草の色の瞳が不思議そうに瞬かれ、ティアを見遣る。
「楽しんで下さってますの?」
「勿論」
「……我儘なコンテュールの令嬢との市中視察ですわよ?」
「デートじゃなかったっけ」
ティアの言葉にカヌレは嬉しそうに笑みを綻ばせた。やはり、立場が立場だ。友人と呼べる存在は数少なく、彼女にとっては素直に楽しいと言葉にしてくれたことが何よりも嬉しいのだろう。ビーチバレーを楽しんだときからそうだが、彼女にとってイレギュラーズはとても大事な存在だ。まるで奇跡のように心躍るような出来事ばかり与えてくれる。
「ふふ、デートでしたわ! 私もとってもとっても楽しいんで居ますのよ」
にんまりと微笑んで、次はどこへ行こうかと串焼きを手に街を巡る。
食べ終わった串をゴミ箱へ捨て、手持ち無沙汰になりながら辿り着いたのは波打ち付ける浜辺であった。海洋王国ならばどこでだって見ることの出来る鮮やかな蒼――それでも、この方向はカヌレにとって特別で。
「私、大号令の時にここから皆様を見送ったんですのよ。リヴァイアサンの時だってそうです。アクエリアから遠く向こう側、フェデリアには行けませんでしたから……。
けれど、こうして帰ってきて、私と共に出掛けることが楽しいと仰って下さるのですもの。それがどれ程嬉しい事か!
ふふ、ちょっぴり恥ずかしい事を言ってしまいましたわね。ティアさん、次も何処かへ参りましょう?」
「……うん、そうだね」
微笑んだカヌレは遠く広がる地平線を眺めてからうんと伸びをした。コンテュールの令嬢として『心配だった』『帰ってきてくれて嬉しい』と素直に口にすることは憚られた。
海洋王国の政治に自身の言葉が関わってくることも多いからだ。故に、窮屈なカヌレにとってお忍びデートは何よりも楽しかった。
兄が許してくれたこともそうだが、ティアが丸一日自分と過ごしてくれたことが何よりも嬉しくて。
「さあ、次に行きま――」
かつん、とカヌレの爪先が何かにぶつかる音がした。躓いて地が近付くと覚悟したカヌレはぎゅうと目を閉じる。
息を飲んだカヌレを受け止めたのは慌てて手を伸ばしたティアの腕であった。ささやかなカヌレの胸元にティアのてのひらが添えられる。
「びゃっ!」と小さな叫び声を漏らしてカヌレは顔を赤く染めた。勢いの儘に掴んだのはカヌレの胸元である。柔らかな感触に指先が食い込むが、ティアは慌てていてまだ気付かない。
「おっと、足とか挫いてない? 大丈夫だった? ……っとと、触っちゃってごめんね?」
――気付いて、言葉にした途端に「だ、大丈夫ですわあ!?」と慌てたようにカヌレが動き、バランスを崩した。
大きな音を立てて倒れたカヌレに怪我をさせてはならないとティアは咄嗟にカヌレを抱える姿勢を取った。受け身を取る事ができずに背中から勢いよく倒れ……。
「ティ、ティアさん――だ、大丈夫ですの!?」
見事にカヌレの下敷きになって仕舞った。ぎゅう、とカヌレの胸元がティアの頭の上に乗っているが其れを気にする事も無くティアは「カヌレ、怪我は?」と問い掛ける。
「わ、私は大丈夫ですけれど……って、あ、あっ、あの、ご、ごめんなさい。その、重たかったですわよね!?」
慌てて起き上がったカヌレは褐色の肌を朱色に染め上げていた。大慌てで、視線をあちらこちらへと逸らす彼女にティアは「大丈夫」と頷く。
「お詫びをしに来たのに、また触っちゃったね」
「い、いいえ! ハプニングは付き物ですもの!?
そ、そのぅ……私、あまり自慢できるようなものを持っては居りませんのよ。で、ですから……申し訳なさの方がすごいのですけれど」
慌てて支離滅裂な言葉を繰り返すカヌレにティアは首を振った。気にしないで、と告げればその赤い頬は更に紅色に染まる。
「わ、私ったらはしたない!」
流石にコンテュール家の令嬢、箱入り娘だ。少しのスキンシップでも大慌てして顔色を赤く蒼くところころと替えて染め続ける。
「わ、わた、わたくし、その……ご、ごめんなさい。あの、だ、大丈夫、お、お怪我は!?」
「大丈夫だよ」
「あわわ……」
胸元をぎゅうと隠すようにしゃがみ込んだカヌレにティアは「カヌレも大丈夫?」と問い掛けた。何時までも混乱した調子の彼女を見遣ってからティアはくすくすと笑った。
「落ち着いて」
そっと手を伸ばせば、自身の手をぎゅうと握りしめてくれる。
慌てて立ち上がったカヌレはどこか気まずそうに視線をあちらこちらと揺れ動かしながら「そのう」と小さな声音でティアへと囁いた。
「……また、お出かけ、してくださいますかしら?」
その言葉に驚いたように瞬いたのはティアの方だ。ハプニングだらけで、出掛けることが億劫になられたとでも思ったのだろうか。
ティアは「カヌレ」と彼女の名を呼んだ。
「大丈夫、また一緒に出掛けよう。カヌレのお願い事があったら何時でも行ってね」
「ええ、ええ、勿論。その時は、今忙しいとか、やだとかなしですわよ? 私と遊んで下さらなくっちゃ嫌ですもの!」
頬を膨らませたカヌレにティアは小さく笑って頷いた。
何時だってハプニングだらけだけれど、スキンシップに慣れないで慌て続けて困った顔をする。――そんなカヌレの手を引いて、今日はコンテュールの屋敷へと帰ろう。
『また今度』を約束して――