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銀色
登場人物一覧
●昔語I
聖教国の騎士でもあるリゲル=アークライトが忙しい合間を縫って故郷に顔を出すのは時節毎のイベントだ。
一人故郷に残している母・ルビアに顔を見せる事も含め、たまの里帰りはリゲルにとって大切な一時の癒やしでもあるのだった。
そして、その中でも。
「おお、卿か。活躍の噂は聞いている。その面立ちを見る限りでも息災のようで何よりだ」
フォン・ルーベルグの中央街にあるレオパル・ド・ティゲールの邸宅を訪れたのは天義の厳しい冬の気候が少し和らいだ春の日の出来事だった。
「レオパル様におかれましてはご機嫌麗しく。お陰様で何とかやっている次第であります」
「謙遜する必要はないぞ。卿の活躍の報がこの耳に届く度、私はまるで我が事のように喜んでいるのだ。
……生憎と私は非才故にな。特異運命座標には選ばれてはいない。それに選ばれていたとしても、卿のように国許を離れて活動する事は難しかろう。
いや、不満がある訳ではないのだ。我が剣は陛下と国に捧げしもの。それが主の思し召しであり、意思であられると信じているからな」
神妙な顔をして『恐縮』したリゲルをレオパルは応接間へ案内した。
麗らかといっても良い日差しの日に、屋敷を訪れたレオパルは彼には珍しく重武装を解いた私服姿であった。
「いえ、勿体ないお言葉を……
今日もお忙しいレオパル様の家にまるで押しかけてしまったかのような――」
温かみのあるセーターに普段はかけていない銀縁の眼鏡をつけた彼の姿は特別な人間を出迎える為のものと言えば納得出来る。
「ああ」と合点したように頷いたレオパルは聞けばリゲルの来訪を聞き、今回半年振りの休暇を申し出たとの事だった。
……いや、厳密に言うならば正義と篤実の聖騎士団長レオパルが自発的に休暇を申請するような事はない。黙っていれば仮に重傷を負った身であろうともあの厳しい白獅子の甲冑を身に纏い、ネメシスの守護神として仁王立っているような男である。
(陛下にも感謝しないとな……!)
内心で考えたリゲルは今回の休暇にシェアキムからの勧めがあった事を知っていた。
多忙のシェアキムに長い時間謁見する事は出来なかったが極短い一時のやり取りにおいて彼はリゲルにだけ聞こえるようにこう言ったものだ。
――卿の帰郷を大変歓迎する。漸くレオパルを屋敷に留め置けたのだから――
リゲルとしては益々『恐縮』だが嬉しくないと言えば嘘になった。
ともあれ、そういう訳で一日自由時間を得たレオパルはリゲルの来訪をその屋敷で歓待しているという訳だ。
目標であり、師匠であり、理解者であるレオパルに近況を語り、その話を聞く事はリゲルにとってこの上ない時間である。
応接間で出された紅茶を啜りながら、歓談を幾ばくか。
話題が切れた時にリゲルはふとその言葉を切り出した。
「――今回は実は、聞いてみたい事があったのです」
身を乗り出すかのようなリゲルにレオパルは「構わぬが私は逃げぬぞ」と苦笑した。
「申し訳ありません!」と頬を少し紅潮させたリゲルは咳払いを一つ。
「こうして改めてお聞きしたいのは――実は父の事なのです。
父の事はある程度理解している心算ですが、それでも私はあの頃幼かった。
騎士として生きた父の傍らにあったレオパル様だからこそ知る事もありましょう。
……幼子のようで気恥ずかしくはあるのですが、もし宜しければ父の事をもう少しお聞かせ願えればと」
リゲルの言葉にレオパルは頷いた。
「長い話になる。それに私の話は面白くはないかも知れぬ。それでも卿が望むなら」
昔語りも時には良い、そう言うレオパルの目は少しだけ遠かった。
「改めて語れ、と言われてもそう目新しい話がある訳ではないのだ。
『かの事件』が示す通り、シリウス殿は全く融通の効かぬ男だったよ。
同じく石頭の私が言うのも何だが、この石頭も彼を見習った所があるかも知れないな?
……知っての通り、お父上は私の先輩だった。私の上司である聖騎士団副団長だった。
理想的な騎士であり、そこには汚れの一つもなく。皆が聖騎士団は彼が引き継ぐものだと確信していたよ。
彼は正義の人で、信仰の人で――それからもう一つ。何だと思うね?」
「……もう一つ?」
不思議そうな顔をしたリゲルにレオパルは少し冗句めいて伝える。
「『愛』だ。君と奥方をとても大切にしていた。『天眼』が言うのだから間違いない」
全く珍しいレオパルの少し意地悪な冗談にリゲルはコホンと咳払いをした。
普段よりレオパルが華やいでいるのは懐かしい先輩の話をして、若き獅子の時代を思い出しているからかも知れなかった。
「レオパル様はそんな父とどう接していたでしょうか。
どんな風に父を見ていたか――もし、聞いても良い事でしたら聞いてみたかったのです」
リゲルの問いかけにレオパルは何とも言えない遠い目をした。
――レオパル、君は直情だな!
――その真っ直ぐな剣はとても好ましい。君は私に似ているかも知れない。
――とは言え、『まだまだ』だ。明日までに追加で二百本、しっかり振り込んでおく事だ!
「レオパル様?」
「……ああ、いや。すまない。そうだな、お父上――シリウス殿は私の憧れで師匠のようなものだ。
まだ年若かった未熟な私にあれこれと目をかけてくれていてな。
騎士の心構えから、剣の振り方まで随分と色々な事を教わったものだった。
自惚れていいなら、その関係は君と私のそれに似ている。
私にとっての『レオパル』はシリウス殿の他には無かったのだよ。
彼は何時でも為すべき事を間違いなく為し、そこには一つの妥協もなかった。
『皮肉な事に、一つの例外も許す事は出来ずに』だ。
少なくとも私は、今も昔も聖騎士とはかくあるべしと確信している。
ああいった結果如何に拠らずにだ。私はシリウス殿を誇りに思うし、仮に私がその立場にあったとしても同じ事をするだろうとも思っている」
「……」
リゲルは重く頷いた。
ネメシス大乱はレオパルにとってもリゲルにとっても確かな傷であった。
リゲルは最愛の父をもう一度、そして今度こそ完全に喪失し。レオパルは正義の意味に挫折した筈だ。
「だが、リゲル。繰り返すが私は現在に絶望していないのだ」
「……はい」
――レオパル。願わくば一つだけ頼まれてくれないか。
――我々は騎士だ。絶望に正面から相対し、命をかけてこの国を正義を守らなければならない。
――もし、もし。私が道半ばで倒れる事があったとしたら、その時は。
――その時は、リゲルの事を頼まれて欲しい。惑う事もあるだろう。父を欲する事もあるだろう。そんな時、君が。君ならば私は――
レオパルの口元はふ、と幽かな笑みを浮かべていた。
「『夢』は確実に受け継がれるものだ。
シリウスの理想は、正義は『夢』を見るに相応しかった。実現する、現実の――一人の男の夢だった。
彼の見た夢は私が継ぐ。そして、その次は君が継ぐ」
言葉は続く。
「君のお父上は立派な方だった。
だが――憧れ、驚いている暇はないぞ。私は、卿はその彼を超える『義務』がある!
夢見がちだろう? だが、大の男を何人も巻き込める『夢』の持ち主は、やはり特別だとは思わないか?」
本日二度目、冗句めいたレオパルに破顔したリゲルは元気よく「はい!」と返事をする。
それはきっと――ネメシスの休日の見たささやかな『夢』の残滓だったに違いない。
- 銀色完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2021年04月08日
- ・リゲル=アークライト(p3p000442)
・レオパル・ド・ティゲール(p3n000048)