PandoraPartyProject

SS詳細

俄雨に灯る

登場人物一覧

トスト・クェント(p3p009132)
星灯る水面へ
スコル・ハティ(p3p009339)
太陽を追い月を求める者

●火が灯る

 森の中で、ドスン、と重たい音が響く。
モンスターの体液に滑る刀身を振り払うと、少年はそこから目を背け、青年はその側にしゃがむ。
少年は『まだ行かないのか』と青年を見るが、青年はそれを『もう少しだけ』と、手で制す。
それを繰り返す間に、徐々に頼りない鼓動、呼吸は失われ。森の風が、命の灯火を奪い去った。

「……終わったね」

 もう、これは動かない。そう確信し、祈るように目を瞑ると、青年……トスト・クェントは、静かに立ち上がった。そこに、少年……スコル・ハティは不満気に唇を尖らせる。

「なんでさっさと行かないんだよ」
「だって、ほら。『確実に討伐してくれ』って言われたし。ちゃんと看取った上で報告しないと」

 そもそも彼等がこの森に来たのは、ある依頼のためだ。
敵は単体、初対面同士でも問題は無かろうと、それなりの力量を持ち、かつ、偶然にも手空きだった彼等が派遣されたのだ。

つい先程息絶えたモンスターの腹は、過食にしては不自然に、膨らんでいる。……孕んでいたのだ。

(母親、だったのか)

 ……だから何だ。自分には、そんな事。関係、ない。
ふと、頬にぽとりと雫を感じ、スコルは空を見上げた。
急激に空を埋め尽くす雨雲。そこから降る雨は、どんどん勢いを増していく。

「雨……!」
「っとと、しかも強いね。ほら、これ使って」

トストは咄嗟に、スコルへとマントを投げ渡す。 

「ないよりマシだと思うから被っといて。あっちに洞窟見かけたから、雨宿りして帰ろう」
「けど、アンタは」
「おれは海種だから平気。ほら、行こう」
「あっ、いや……」

 自分が言いたいのは、そういうことじゃない。だって。マントを自分に寄越してしまったら。
降りしきる雨は、青年の衣服と肌を濡らし、張り付き、その体温を奪っていく。

なぜ自分は、その姿に唾を飲んだのだろう。

その間にも彼は、こっちだよと駆けていく。黙って、ついていくしかない。

 雨足は更に強まり、洞窟へ入る頃には、すっかり土砂降りになっていた。
しかし幸い、洞窟の中には、秋風に迷い込む落ち葉が溜まり、乾いた枝も積もっていた。これならば、焚火をするには充分だ。

やがて、焚火が安定した頃。

「いやあ、災難だったねぇ」
「雨は、嫌いだ」
「そうだね、きみが風邪引いちゃったらヤだな。せっかく頼もしい人と組めたんだもの」

 言いながら、ひょっこり、洞窟の外を覗き込む。草木は恵みの雨に喜び、不穏な影もない。当面はここで休んで問題はないだろう。

「暗くなる前に町に戻りたいね」
「……そうだな。ここは落ち着かない」
「あはは、雨は嫌いって言ってたもんなあ」

 そう言って、トストは再び焚火の前に腰を下ろす。
トストは火の勢いが落ちないよう、枝葉を足していき。また、火の燃え移らないギリギリの場所に、なにか小さな包をおいた。スコルは膝を抱えて、じいっと火だけを見つめている。

 ぱち、ぱちと枝の爆ぜる音、外から聞こえる雨音だけが、この場を支配する。雨足は、ここに来た当初よりは弱まっただろうか。この分なら、彼の言うとおり、夕暮れまでには帰還できそうだ。

 そんな音の中にふと、カランという一音が溢れ、スコルはハッと顔を上げた。見れば、火を前にして、こっくりと、青年が船を漕いでいる。

……マジか。この人、この状態で寝れるのか。

 スコルは目を丸くするが、気持ちよさそうに目を閉じる彼の傍らで、火先がちろちろと、青年の顔を舐めている。これは見ている場合じゃない。

「トスト、起きろ」
「あ、っと……暖かくなったから、つい」
「……火の中に頭、突っ込む所だったぞ」
「あはは、暖まるどころか、焼けちゃあ大変だ。あっ、こいつ焦げてないかな」

 あっちっちと言いながら、トストが広げた包の中身は、ベーコンを挟んだ、ほんのり焼き目のついた白パンだ。それを半分に千切ると、若干大きい方の塊を、少年に手渡す。

「すこふ。きひほはへはぁ」
「食べながら言うな……というか、これ、食べていいのか」
「もひろん」

 すでにモゴモゴと口を動かすトストとパンを交互に見て、戸惑いながらも、少年はそれを受け取った。これに毒など無さそうだし、仮にあったとて、俺に見抜けぬ訳がない。
匂いを確かめた後、それに齧りつく。香ばしい小麦の香りが、ベーコンの脂が、鼻腔を抜けていく。
それを見た青年は一層、柔和な表情を浮かべる。受け取ってくれて、良かった。

そういえば、と、スコルは、革袋から何かを取り出した。

「それは?」
「干し肉」
「いいねえ、炙ったら美味しそうだ」
「少し食うか? さっきのじゃまだ足りないだろ」
「いいの、本当に!?」
 
ありがとお、とへにゃっと笑う青年の顔を、やはりスコルは直視しない。

依頼で一緒になった、トストとか言う人。
マントを掛けてくれた。火を焚いてくれた。パンを分けてくれた。
……それだけで胸の内がざわついて。相手の顔を見られなくなる。

(家族、みたいだ。そんな物、俺には必要無いのに)

「ん、しょっぱい……けど、やっぱ美味しいね」
「なら、良かった」

 それきり、スコルはふいと視線を逸らす。
その理由の半分は、洞窟の外の様子が気になったから。……もう半分は、今の彼自身には解き明かせぬまま。

 トストもまた、スコルと同じように外へと視線を投げる。そして、彼に気づかれぬよう、ちらり、横目で銀灰の少年を見遣った。

 先程寝落ちかけていた所を起こしたことといい、仕事が長引く事を見越してか、保存の利く食料を持ち歩いていることといい、このスコルという少年は、自分よりしっかりしている。
なのに、どこか放っておけないのは何故だろう。
その答えを出すよりも前に。

(雨は止んだ、かな。植物達も名残惜しそうだ)
「……静かに、なったな」
「……そうだね。今なら、日が落ちる前に帰れる。行こっか。身体、冷えてない?」
「……焚き火で暖まったから。大丈夫」

この無防備な隣人を、もう少し見ていたかったけれど。……静かで心地良い時間だったけれど。
仕事は終わった。依頼人も自分達を待っている。ならば、帰らなくては。

言いしれぬ感情の正体は、火と共に消え。
洞窟は、静謐を取り戻した。

●光が灯る

 二人の遅い帰還を心配した依頼主だったが、急に雨が降り、雨宿りをしていたのだと事情を伝えると。

ーーああ、すまなかったねぇ。あそこは天気が変わりやすいんだ。その事、ちゃんと伝えておくべきだったねぇ。風邪、引いたりしなかったかい?

 そう言って詫びると共に、『うちの山は毎年春になると、美味しい苺がたくさん取れるんだ。暖かくなったら、いつでも遊びにおいで。その頃には雨宿りの場所も、ちゃんと作っておくから』

そう、約束してくれた。

……季節はそこから冬を通り越し、今やその春。

件の依頼人から、「苺の取れる時期になったから遊びにおいで」と誘われた彼等は……偶然、その日が空いていた事もあって、再び、その山を訪れたのだった。
が、案の定というべきか因果というべきか、再びこの山で急に大雨に降られた二人は、逃げるように木造の建物へ駆け込んだ。

「いやあ、山の天気は変わりやすいっていうのは本当なんだねぇ」
「アンタ、ぼんやりしてるよな」
「ん、よく言われる。おれ、ずうっと地下で暮らしてたからさあ」

 銀灰の少年のじと、とした視線をほわっと笑顔で流すと、黒い青年は、部屋を明るくしようと手を伸ばした。

季節は巡り、今度は、真新しい山小屋にて。小さな小さな、光が灯る。

  • 俄雨に灯る完了
  • NM名ななななな
  • 種別SS
  • 納品日2021年04月08日
  • ・トスト・クェント(p3p009132
    ・スコル・ハティ(p3p009339

PAGETOPPAGEBOTTOM