黄の証を視浸けたか？

登場人物一覧

　最初は羊飼い（ハスター）だった。僕がどうやって此処に生まれたのか。我が如何にして此処に生じたのか。誰にも理解出来ないし、奴等にも判断し難い物語だろう。だけれど僕は確かに混沌にあって、真実も偽りも解せない黄衣の王だったのだ――僕が狂気を感じたのは何時だったのだろう。我が正気を嘲笑ったのは何時だったのか。七色の球体に呑み込まれ、時と称される無意味に溺れた瞬間か。これでは僕でもわからないし我でも解せない戯れだ。眷属に迎え入れたとしても想定外（イレギュラー）は起こり得ない。違う。僕は想定していた筈だ。我は知っていた筈だ。忌々しい奴に。可哀想な君に。奪う気持ちが在っただけ、総ては信用ならない、人間と呼ばれる醜悪なる者ども――ああ。畜生。思い出しただけで腹が立つ。まあまあ。落ち着いて。何も君が噴火する必要は無い。少し黙れ。我の思考回路だ。貴様の思考回路でもあるのだが。兎に角。僕は何時だって羊たちの友達だ。思考が混沌と満ちてきたぞ。一度、覆われた刹那を整頓して見るべきだ。ああ。わかっているさ。黄の印は僕達だって歪ませてしまう。日常を送ったっていい筈だ。
　それで。我は何で僕に連れて行かれたのか。攫われるのは一度きりで充分だろうに。ええっと。ダメだった？　此処のお魚は美味しいって評判だよ。だから駄目なのだ。奴を思い出すではないか。気分が悪い。あのヌメヌメとした触手と腐った臭い、潮の音だけで寒気が奔る――兄は今『青』に向かっているところでしょう。僕。アイツなら数百年は寝惚けるだろう。寝惚けるだろうが嫌なものは厭だ。場所を変えてくれ。精神の内部でも深き存在など！　見たくも聞きたくも考えたくもない！　仕方がないじゃないか。食事が摂りたいって望んだのは君だろう。うぐぐ……黄金の蜂蜜酒は携えたな。此度はそれと思考だけで充分だ。驢馬だったか。そのへんの肉でも用意しておけば好い。
　夕餉の諸々は誰かを訪ねれば好いが。ああ。会話を続けよう。我も僕も満足には行かないだろう。それで。己の貌は黒色の霧だ。これも呑み込むべき否定で在った。否。不在だった。我の輪郭は黄色で肌を晒せぬ現状だが、自らでも脱いだ事は在らず。僕だって気に為るのに。勇気とかそういう『人間的』なものではなく『世界的』な捕縛に潰れたならば解放の術も見当たらぬ。消滅、門、自我、離れていく感覚――ええい。固定するのだ。神が縋り憑くなど滑稽だが、僕は活きる為に遊ぶんだ。染まらなければ成らない。染まっては成らない。だが、我や僕は何方側だ。糞……今回も答えは見つからないのか。印を見つけたか印を見つけたか印を見つけたか……五月蠅い。喧しい。好きに問わせろ語らせろ。我に。僕に。分裂と融合を魅せる、筆なんてのは要らな要……る、のだ。
　もう限界なのか。まだ会話が望まれている。我よ。僕が語りに集中しようか。ほら。直訳で偶像（アイドル）なんだからサービス精神旺盛で――化身なんてのは本体を活性化させるだけの奴隷なのさ。もしかしたら自分が本体かもしれない。どこぞの混沌さんに訊けば解るだろうか。僕にはわかりたくないという気持ちだって。我には無いぞ。我が本体で化身なのだ。もう。僕だってば！　誰にだって優先順位はあるものさ。西瓜割りやおにごっこを思い出してごらんよ。人の仔の遊びは理解し難い。ほら。またワガママ言っちゃって。お兄さんが起きてしまうよそれは困る！　眠気覚ましにお酒でも注げば睡魔を呼び寄せられるんじゃない。成程。奴が酔っ払うのかは不明だが、混沌世界ならばそれの効果的。流石は我だな。で。何の話だったっけ？　化身の話だ。千匹の仔を孕みし森の……おい。彼女は違うだろう。我々の在り方についてだ。ちぇ。つまんないな。僕にも楽しい脱線をくれよ。
　しっかし混沌世界には僕以外の暗黒も多くいるよね。奴等の事なんぞ如何でも良い。問題なのは我の今後だろうが。世界を救うのか。世界を壊すのか。何方側に『今』立っているのか。未来と過去は如何だ？　我が。僕が――覆い尽くされたのは虚空（ヨグ＝ソトホウト）の所業だろう。現実は真に現実なのか。僕だって知らないよ。我にも知らない事が……もしかしたら此れが恐怖かもしれない。邪神と書いて人間型と称される、そんな世界に『未知』溢れ、充ちる間もなく巻き込まれ、素晴らしい。星辰が揃う事は在り得ないが、輝きが一段と増している。挨拶は済んだか？　おやすみではないいってきますだ。我にも一般常識は必要なのだよ。僕だってちゃんと覚えている。いただきます？　ほう。それが噂の……ちょっと待て。誰が蛸足なんて頼んだのだ。それに隣の楕円形。何故七色なのだ。畜生！　我は絶対に僕を見つけて見つけないからな。ぐぃぃっと。咽喉を通る黄金の酩酊。セラエノの頁に触れるような、無限の――されど。曖昧な自我の中でも、ナニモノかの意識はハッキリしていた。