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SS詳細

約束のメモリア

登場人物一覧

善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル

●幼き日、世界を知らぬ者
「そこまで! 勝者■■!」
 勝ち名乗りを受け、あどけない少女である■■は木剣を引いた。
「ふふん、わたしの勝ちね。まあわかっていた勝負だったけれど」
「くそ……!」
 その日は、村の戦士達を集めて戦闘訓練が行われていた。
 この世界において、戦うことは生きることと同義である。神々の争いは地上に住まう者達をも巻き込んで、生存や信仰を賭けて終わりなき戦いが行われていた。
 特にこの辺境の村では、敵対する魔物のテリトリーの直ぐ側に位置することから、幼き頃より武術の鍛錬を行うのが当たり前であった。
「■■はやっぱり強ぇな。同い年の俺達の中じゃ一番じゃないか?」
「俺達どころか、二つ上のジャンの兄ちゃんとかにも勝てそうだよ」
 同い年の少年達からの賛辞を受け、■■は得意げになって胸を張る。
 同年代には敵なし、大人からもその才能を評価される■■が、自信過剰になるのも仕方がないだろう。実際、魔物の斥候を早期発見し、奇襲したときは初陣だった■■の一撃が決め手になったものだ。
 そうして自他共に認められる力を持ってると認識していた■■は、この村に置いては一目置かれる存在だったし――彼女の素性を知る一部の者達からは、さすが王族に連なる血筋だと――本人の知らぬところで納得されていた。
「お疲れ様。■■」
 そんな、■■にどこか気弱そうな雰囲気をもつ少年がタオルを差し出す。温和な笑みは、この世界、この村に置いては如何にも”弱そう”と、見て取れてしまう。
「ありがとう、フレイ。あなたも毎日飽きもせず来るわね。そんなに戦うのを見るのが好きならあなたもやればいいのに」
「いやぁ……僕はほらあんまり身体が強くないしセンスもないから、あはは」
 フレイと呼ばれた少年は頭を掻く。口に出したことは事実だが、それとは別に■■と話したいだけなのだということを悟られないように、乾いた笑いを響かせた。
 フレイの淡い恋心を知らないのは■■当人くらいなものだ。村では■■がいつそれに気づくかが話題のネタになったりすることもある。
 フレイ自体は客観的に見ても恵まれた容姿、性格で、この争い主体の世界に置いて戦闘が不得手ということを除けば、欠点と言うべきものが見当たらない器量よしだ。現にフレイと会話する■■を遠巻きに羨ましがる少女達の視線を見受けられた。
 ■■とフレイ。二人は物心ついた時から一緒に行動することが多かった。主体は■■でそれに付き添うフレイという形ではあったが、フレイはそれで良いと思っていた。
「今日の仕事は終わったの? よく顔を出してくれるのは嬉しいけれど、そんなに暇ではないでしょう?」
「うん、まあね。でも今は羊たちを放牧したところだから。しばらくは休憩みたいなものかな」
 フレイはこの村では数少ない羊飼いの仕事を行っている。
 戦うことの出来ない男ということで、同年代の同性からはバカにされたりすることもあるが、■■はそうは思わなかった。
「ちゃんと仕事しているならいいわ。羊飼いだって立派な仕事ですもの。生きるために戦うことは必要だけれど、戦うだけでは生きてはいけないって村長さんも言ってたわ」
「そう言ってもらえると少し救われるよ。ちょっと自信がつくかも」
「自信くらいいっぱい持ちなさいな。わたしなんてこの間の魔物との戦いのときも、負ける気なんてしなかったわ」
 顎上げ胸を張る■■。
 あの時、周りに大人達もいたが、誰よりも先んじて一撃を入れたのは■■だ。的確に死角ついた攻めは大人達も舌を巻き、■■を賞賛した。
「やっぱりすごいね、■■は」
「別に魔物なんて大したことなかったわ。授業で聞いてた通り力任せに武器を振るうだけだもの。作戦とかそういったものを考える頭がないのね。きっとあなたにだって倒せるわ」
「そうかなあ? それでも同い年の子には負けなしの■■はすごいと思うけどなあ」
「ふ、ふふん。まあね。
 大人達にはまだ勝てないけれど、それも今のうちよ。まだまだ強くなれそうな気しかしてないもの」
 この時の■■は、自信過剰ではあったが、同時にそれを裏付ける努力と実績を持っていた。周りの大人達ももてはやすのだから、自信過剰にならない理由もなかった。
 だからだろうか、■■は戦うことが苦手なフレイに向けてこう力強く言葉と約束を結んだ。
「だから、安心しなさい。この村に来る魔物はわたしが全部倒してあげる。あなたも、あなたの羊たちも絶対に守ってあげるんだから」
「あはは、うん、■■ならやってみせるんだろうね」
 まるで告白のようにも聞こえる約束に、年上であるはずのフレイは顔を赤らめて緩い笑顔を浮かべた。
 どちらが男とか女とか、そういった境界は二人の間にはない。良き友人でニュートラルな関係だ。
 だからフレイの淡い恋心が進展することは、この時は考えられなかったが、フレイはそれでいいと思った。
 このまま――同じような日々が続けば良いと、そう願ったのだ。

●慢心と崩壊
 村の斥候が急報を届けたのは、冬の訪れも近い涼しい日のことだった。
 血塗れになった斥候部隊の一人が命からがら村に辿り着いたのだ。
 生き残った斥候曰く、強力な個体が出現しており、一方的にやられてしまった、と。
 これを聞いた村の者達は、村の防備を固める方針を掲げたが、その実、既存の魔物の延長線上にあるものとタカを括っていた。
 所詮、魔物など力任せに暴れ回るのみで、数こそ脅威だが恐るるに足らぬと。
 これまで魔物達を撃退してきた実績と自信が、村の者達を慢心させてしまっていた。
 故に、魔物達が高度な戦略戦術を用いて、村を包囲してくるとは考えつかなかった。

 ――悪夢が始まった。

 最初にそれに気づいたのは物見櫓の兵士だった。
 隊列陣形をなした魔物達を見たとき、何の冗談かと目を疑った。
 慌てて伝令をだそうとした瞬間、精密に射られた魔法の矢が物見櫓を爆破炎上させる。
 それが、蹂躙の合図だった。
 村の周囲は堀と石垣によって侵入を阻まれていた。
 いつもの魔物達なら、堀を通るまでに半数が減らされ、もう半分も石垣に阻まれ数を減らされていただろう。
 しかし、今回は違った。
 防御なども考えない魔物達が盾を構え防備を固めながら堀を越える橋を作り上げた。
 村から射られる石弩や火矢を物ともせずに一気に村へと接近する。
 そして轟音があがる。
 魔物達の用意した大砲が砲弾を発射したのだ。苛烈な勢いで緩い放物線を描いた砲弾が石垣を破壊する。
 これまで、数を減らしてからの格闘戦で勝利を収めてきた村の人間達は、この魔物達の戦略に即時対応ができなかった。
 大量の魔物達が村を蹂躙するために侵入を開始する。
「ハァ……ハァ……ッ!」
 村の後方で防衛待機を行っていた■■は、最初なにが起こったのか把握できなかった。
 多くて三体程度の魔物が侵入するかもな、と冗談まじりに言われていた後方待機場所だった。
 にも、かかわらず。いま、目の前には数十体の魔物が涎を垂らしながら差し迫っていた。
 村のあちこちから悲鳴が上がり、火の手があがる。
 なにか、とんでもない自体が起こっていることだけは理解出来た。
「ケケケッ!!」
「ギキャァァ――ッ!」
「くっ! このぉ――!」
 襲ってくる魔物の腹と首を切り裂いて絶命させる。
 状況は最悪だが、■■は自分の剣技が十分通用すると実感していた。ならば、例え数が多くても一匹ずつ片付けていけば――状況が覆せるかもと、淡い期待を抱くが――。
「おっと、イキのいい雑魚ガキがいるなァ?」
 言葉を解する魔物。
 蛇の頭部をもつ人型の魔物が、村の仲間である大人達を両の手に持った曲刀で切り裂き殺し現れた。
「よくも仲間をッ!」
 怒りと共に飛びかかり、この魔物を切り伏せるイメージをする。だが、イメージ通りに行動し手にした剣を横薙ぎに振るったとき、■■の目の前から魔物の姿が掻き消えた。
 何が起こったのか理解するより先に、背後に命の危険を感じ取る。咄嗟に横薙ぎの回転そのままに背後へと剣を回すと、恐ろしい勢いで振り下ろされた曲刀がぶつかった。
 片手ではとても防ぎきれない一撃が、手にした剣を弾き飛ばし、身につけた防具を切り裂いて、浅く■■の身をも傷つけた。留まらない威力に身体が吹き飛び、■■は地面に転がった。
「遅ェ遅ェ! とんだ雑魚ガキだぜェ! 一発も耐えられねェのかァ!?」
 魔物の煽りに歯噛みする。
 近くに転がる誰のものかわからない剣を拾い上げて、叫くように声を上げながら全力で斬りかかる。
(なんで!? なんで、当たらないの!!)
 戦闘教練で習った座学が反芻される。
 魔物は力任せの大振りが主体のはずだった。けれど目の前の魔物は、まるでどこか有名な剣術剣技を習ったかのように、■■の振るう剣閃を防ぎ、弾き、受け流して反撃を加えてくる。
 一撃返されるごとに、■■の肥大化した自信にヒビが入り砕けていく。
「あ、あああぁぁぁ!!」
 気づけば■■は技術もなにもない大振りを繰り返していた。その姿は座学でならった魔物のそれであり――人と魔物の立ち位置は入れ替わっていた。
「アァ、つまんねェ」
 魔物の蹴りがみぞおちに直撃し、■■は為す術なく地面に転がった。
「ごふっ……う……」
 内臓にまでダメージがいったか。■■の口から血が吐き出される。
 致命傷は避けてきたが、身体はもはや満身創痍だ。
 それでも、■■は気丈に立ち上がろうとする。
(時間を、稼ぐんだ……)
 倒すことはできないと、すでに悟っていた。
 ならば、次は大人達がくるまで時間を稼ぐ。この魔物を放置すれば村が――戦えない者達が殺されてしまうからだ。
 そう思いながら魔物を睨み付けようと顔をあげると――冷え切った魔物が睥睨し、無慈悲な曲刀を振り下ろさんとしていた。
(あ……え……)
 死が突然現実になろうとした瞬間、身体が突き飛ばされる。
「逃げ――!」
 魔物との間に割って入った少年――フレイの頭がはね飛ばされた。
 ■■の頭の中を、あの日約束した言葉が湧き上がり消えて行く。
「あン? クソガキが邪魔すンじゃねェよ!」
 転がったフレイの頭部を、あろう事か魔物はリフティングするように蹴り上げて最後はシュートするように■■へ向けて蹴り込んだ。
 フレイの頭部が顔の横をすり抜けて、背後にあった家屋の壁にぶつかる。
 べちゃっという粘度の高い音が聞こえた。
 訳も分からず振り返ると、そこにはもう毛の散らばった肉塊と脳の残骸があるだけだった。
「あ……ああ……あああぁぁ――ッ!」
 心が完全に折れた音が聞こえた。

●約束
 そこからの記憶は曖昧だ。
 声を聞きつけた大人達が、必死に■■を守ったように思う。それは村の仲間だからと言うだけじゃないようにも思えたが、■■にはよくわからなかった。
 体力の限界とフレイの死を直視したことで精神の限界を迎え、■■は意識を失い。そして気づけば、戦いは終わっていた。
 戦いは大きな被害をだしながらも、王国軍の援軍到着まで持ちこたえた辺境村の勝利だった。
 指揮官クラスの魔物が生まれたことで、辺境村の防備も一段階ステージがあがると言うことだったが、■■にはどうでもよかった。
 何もかも失ったような、そんな喪失感が心に残っていた。
 数週間無為に過ごして、身体の傷が癒えた頃。あの戦いで死んだ者達の墓地ができたことを聞いた。
 ■■は重い足を引きずって墓地へと向かった。
 殺風景な場所に、小さな墓碑が一つ。こんな場所に多くのものが纏めて埋められたというのか。
「……フレイ……」
 フレイは村で一番の友達だった。彼との思い出がこんこんと湧き上がる。
 守れなかった自分。
 守られた自分。
 へし折られた自信より、フレイを失った喪失感が大きかった。
 悔しくて、自分に腹立たしくて、無意識に涙が零れ落ちる。
 そんな時、フレイの声が聞こえた気がした。

 ――やっぱりすごいね、■■は。
 ――あはは、うん、■■ならやってみせるんだろうね。

 あの時の約束は、もう果たせない。
 けれど、あの約束は守り続けなければならない、と■■は思った。
 だから。
「絶対に、守って見せるから――貴方《フレイ》との約束は、必ず我《わたし》が守るから!」
 だから、どうか見ていてと、涙を流しきった■■は立ち上がり、前を見据えて歩き出す。
 あどけなさの残る少女はもういなかった。

  • 約束のメモリア完了
  • GM名澤見夜行
  • 種別SS
  • 納品日2021年04月01日
  • ・善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665

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