PandoraPartyProject

SS詳細

昼下がりは微睡みと共に

登場人物一覧

Solum Fee Memoria(p3p000056)
吸血姫
レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066)
騎兵隊一番翼

 温かな陽光が差し込めば、海洋王国に響く潮騒は心を躍らすようで。Solumは小さく欠伸を噛み殺した。ぐうっと背を伸ばせば足先までに力が籠もる。
 尾を揺らがせて微睡みの淵に揺らぐ意識。其れを引き戻したのはレイヴンの「眠たい?」と問い掛ける声であった。
「……ん」
「ブランケットを用意しようか。此処は海沿いだから流石に冷える」
 小さく頷いたSolumにレイヴンは柔らかに笑みを浮かべる。淡々とした表情の薄いSolumから読み取れるのは眠たげな気配だ。レイヴンは彼女の言葉なくとも何となく望んでいることは把握できていた。燦々と降り注ぐ陽光は身体を包み込み汗ばむくらいだ。だが、其れだからと言って生身の儘でごろりと転がれば目が覚めたときの寒暖の差に風邪を引くかもしれないと。
 薄手のブランケットを用意しようと一度室内に戻っていくレイヴンの背中をSolumはぼんやりと見送った。
 此処は海洋王国のポルードイ家が所有している別荘だ。特異運命座標として活動するレイヴンに現・当主に当たる兄は休息用に使用して欲しいとして貸し与えたものであった。大号令の頃から何となく自由に使用できたその場所で朗らかな午後を過ごそうという考えだ。
「……それ、なに?」
「これ? 眠る前に飲んでしまおうかと思って。さっきまで読書をしていたからね。飲むかい?」
 マグカップの中で揺らいだのは柔らかな琥珀。Solumの為にとミルクを注ぎ込んだ後、レイヴンは柔らかに笑みを浮かべた。
 猫は猫舌と聞いたことがあると、冷たいミルクと混ぜ合わせたカフェオレは柔らかなにおいが包み込む。ごろんとソファーに転がっていたSolumは眠たげな顔をして「有難う」と囁いた。
 穏やかなジャズが流れる蓄音機はレイヴンの兄の趣味であろうか。調度品はアンティークで揃えられていた。過ごし易い海風がカーテンを揺らす様子を眺めながらSolumは小さな欠伸をもう一度噛み殺した。
「……静か」
「そうだね。この辺りは絶望の――違う、静寂の青に面しているから、静かなんだ。何あら、アクエリアやフェデリアの海域にでも遊びに行っても良かったかもしれない。
 船を出して、のんびりと静寂の青の中を漂って眠るんだ。屹度、気持ちいいと思う」
「……うん」
「あの海を救ったのはイレギュラーズなんだと、大手を振って言えるから海でそうしていたって誰も文句は言いやしない。今度はそうしようか」
「……そうする」
 瞬いて、眠たげに欠伸を噛み殺しながらSolumはレイヴンが持ってきたブランケットにぐるりと丸まった。薄手のブランケットは海の青を映したかのような柔らかなコバルトブルーをしていた。
 ソファーにふかりと沈み込んでブランケットに包まりながらサイドテーブルに置かれたカフェオレを見つめる。
「体、起こして飲むと言い」
「……ん」
 小さく頷いて耳をぴこりと揺らがせる。Solumは恐る恐るとマグカップの中へと舌をちろりとつけて熱くない事を確認した。その仕草が猫のようだとレイヴンは小さく笑みを浮かべる。耳が小さく揺らぎ尾がふわふわと踊り出す。どうやらカフェオレのお味には満足して貰えたようだ。
 レディの満足そうな顔にレイヴン自身も満足したとブラックコーヒーで胃を満たす。眠る前に呑み切ってしまおうと考えたが、カフェインを摂取して眠れるのだろうかとぼんやりと考えた。手元の文庫本に挟み込んだ栞が海風に突かれた様にちらちらと揺れている。
 その様子を見つめるSolumは文庫本の進みが気になったのだろう。書架から適当に取り出しただけの文庫本では大いなる海の底に住むプリンセスなどという子供だましな童話が語られていた。それでも、緻密な風景描写等を感じられるようでレイヴンは嫌いではなかった。
 海の底にプリンセスが住む空間があるかどうかと言われれば、それは明確にないだろうとレイヴンは感じていた。絶望の青の底に住んでいる存在が正気で居られるわけがないではないか。そんな現実的な視点でものを言えばSolumは不思議そうにぱちりと瞬く。
「絶望と呼ばれた海の底で正気で生きていけるなら、それはそれは不思議な事だとは思わないか? 今まで、あの海を越えるため沢山の船乗りが命を散らして来たんだ。
 それを――それを、驚くぐらい呆気なく海底で過ごしてきた人間が『海の底は安全だから移動できました』なんて言えば海種の一人勝ちになってしまう」
 其処まで口にしてからレイヴンは自分らしくないな、と考えた。そもそも、海洋王国の伝統も海種であろうと飛行種であろうとには関係のない言葉である筈だった。それでも社交界に出る都合上で覚えた建前はすらすらと口から滑り出るものである。
 ポルードイ家の一員で有る以上は『飛行種』としての矜持だとか、貴族としての誇りだとか、海洋王国の伝統や悲願だとか、そうした諸々のことを云えるようにならねばならないのだ。それが、どうにも作られたレイヴンで有るような気がして心地が悪かったのは自分の身勝手な考えかも知れない。
「まあ、今は海を越えれたんだから、どうでもいいけれど」
 そう締めくくれば、カフェオレをちびちびと飲んでいたSolumの瞳とぶつかった。ぱちり、と瞬いては眠たげな瞼が落ちてくる。
 彼女の表情を見てからレイヴンはマグカップを勢いよく煽った。珈琲が喉にぶつかって僅かな苦みに顔を歪めるが、それもある意味で心地よい。
「……面白くなかったな」
「……ううん」
 首を振ってSolumは「けど、……眠たい」とぱちりと瞬いた。気付けば二人の手元にあったマグカップは空っぽで。底の方に黒い液体が僅かに残っている。
 二人分のソファーの重みに耐えかねると軋んだ音を聞いてからレイヴンは「レディ、此方へ」とSolumをベッドの上に誘った。歩けないならば抱えようかと揶揄うように言えば「ん」と肯定か否定か何方とも取れないような態度を取ったSolumが見上げて首を傾いでくる。
 天蓋付のベッドは先程まで見て居た御伽噺のプリンセスにはよく似合いそうだ。余暇を唯、ぼんやりと楽しむ二人よりお姫様の方が好ましいと思われるベッドにだらりと転がってから、レイヴンは「ブランケットを」とSolumへと掛けた。
「眠れるかい?」
「……ん」
「ああ、その様子を見ていると眠くなってくるよ。カフェインの効果は全くなかったな」
「……ん」
「潮騒が子守歌のようだろう。海洋王国じゃ、海に抱かれて眠るって言われるらしい。
 潮騒で育って、潮騒で眠る。潮騒で起きて、一日の始まりに感謝する。海の神様なんてものが――あの、リヴァイアサンだと思うとぞっとするが」
「……ん」
「話しすぎたな。寝ようか」
 適当に引き寄せたシーツに包まるようにレイヴンは目を閉じた。うつらうつらと夢見心地のSolumは小さく欠伸を一つしてから「おやすみ」と囁く。
 その小さな声音を聞き漏らさずにレイヴンは笑った。

「――おやすみ、良い夢を」

  • 昼下がりは微睡みと共に完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2021年03月25日
  • ・Solum Fee Memoria(p3p000056
    ・レイヴン・ミスト・ポルードイ(p3p000066

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