ＳＳ詳細
はじまりの記憶
登場人物一覧
- リーネ＝フローライト(p3p007892)
幻想の冒険者
変化とは突然、起きるものだ。歯を熱心に磨いている時、シャワーを浴びている時、素振り稽古の真っ最中、それこそ、就眠中にも。浅い息遣いが聞こえる。青空の元、リーネ＝フローライト(p3p007892)は一人、木剣を振るい続ける。リーネを初めて見る者には、彼女がランジェリー姿で木剣を振るっていると勘違いするかもしれない。ただ、リーネは伝統的な戦闘衣を身に纏っているだけ。熱心に細められるブルートパーズ色の瞳。金色の巻き髪がしなり硬く揺れる乳房は、玉形の濃厚な果実を想像させる。今日も良き日だ。汗が肌をしっとりと濡らす度にリーネはそう思った。吹く風が心地よい。白い鳥が空を旋回し、雲を目指すように飛んでいった。そろそろ、昼食の時間だ。今日の昼食は野ウサギのパイ包みとカレイのムニエル。
「リーネお嬢様ッ！」
ハッとする。振り向けば──使用人の女が真っ青な顔で駆け、リーネに縋りつく。華奢で骨ばかりのその身体が大きく震え、かたかたと歯を鳴らしている。リーネは眉根を寄せ、使用人を抱き返せば女は顔を上げ訴えた。
「は、早く逃げてください。賊が現れたんです。護衛の方達が今、必死で戦っています」
女は思い出し、涙を零した。皮膚が裂け、押し広げるように吹き出す赤を。男達はそれを見つめ、楽しそうに笑っていた。
「わたしをそこに案内してほしいわね」
両親は外出している。今、フローライト家を守ることが出来るのはわたしだけだ。
「えっ！？」
女は大声を出し慌てて口を押さえれば、リーネの勝気な表情が双眸に映り込んだ。
「このまま、逃げるわけにはいかないわよ。大丈夫よ、リーネ＝フローライトは剣術を学んでいるのだから」
リーネは木剣を女に預け、自らの剣を手に、賊の元に向かう。大丈夫、大丈夫だと言い聞かせながら。
三人の賊はにたにたと笑う。地に伏せるのは男達の亡骸。
「護衛の癖にこいつ、ペンダントなんかしてやがる」
「は？ いいじゃねえか、高そうだしよ。ほら、どっかにしまっておけよ」
「よえーよ、こいつら。ビビッてブルブル震えて……つまんね。みーんな、殺しちまったわ」
汚れた衣服、ぺしゃんこの髪。赤黒い顔には髭がびっしり生えている。笑う度に黄ばんだ歯と白濁した舌が見えた。皆、トカゲ顔をしている。
「ん？ 誰か来たぞ……！」
賊の一人が叫び、盗んだばかりの長剣を構え口笛を吹いた。
「女だ、それも二人」
「うわ、見ろよ！ あの長い髪の女！ 凄い恰好してるぞ。なんだ、誘ってるのか？ ふひひ、最高の日じゃねえか。今日はあの女だけでいい。俺達で楽しんだ後、売っちまおうぜ。いひっ、涎が出るねぇ～～！」
賊の眼差しが変わり、使用人の女はゾッとする。だが、逃げることは出来ない。女はリーネ＝フローライトを信じるしかなかった。女を後方にとどめ、リーネは剣を抜く。殺すなよ、賊の唇がそんな風に動いた。
「甘く見てると怪我するわよ！」
「リーネお嬢様、後ろです！」
女の声に真横に飛び退けば──今度は長剣の切っ先。跳ねる心臓。瞬く間に顔をしかめる。ひりひりと頬が痛み、血が流れる。
「よぉ？ もう終わりかい？ そりゃあ、いてぇもんなぁー？ おい、勝手に動くなよぉー？ あの女を殺すぞ！」
「……」
乱れた髪。リーネは頬から滴っていく赤を手の甲で拭い、武器を手に立ち止まる。喉が渇いていた。
「大丈夫、俺達とたのしーく遊ぶだけだからなぁー？」
賊の一人がリーネの剣を奪い取り、別の男が木の枝にロープを括り付けていく。リーネは震えながら賊をねめつける。
「あ～、興奮してきたなぁ～♪」
賊達はリーネの両手首を括り付けたロープで縛り、黒い布でリーネの視界を奪った。動けない。
「──ッ！？」
びくりと身体が反応する。汗で湿った手がぬるぬると腹を、腰を、胸を撫でまわしていく。犬のような息遣い。生臭い息に眩暈がする。男達は無言で手を動かしている。叫ぼうとした。
「ん゛っ！？」
口に太い指が強引にねじ込まれ、リーネは反射的に嗚咽を漏らした。唾液がかき混ぜられ、裸になっていく。全てにさよならだ。
「！！」
銃声が三度、響き渡った。辺りが静まり返る。
「うう、リーネお嬢様ぁぁ！！」
声とともに視界が明るくなる。使用人の女が泣き叫び、ライフルを手にした使用人達が
だからこそ、わたしは──
一人、ローレットの扉を叩いた。沢山のことを学び、知りたいと思った。
「……」
扉の奥は、ああ、知らない顔ばかりだ。ゆっくりと大きく息を吐いた。大丈夫。これから、沢山の仲間と冒険が待っている。臆することはない。だって、どんな英雄も初めてがあったのだから。
