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ひばりのうた
登場人物一覧
- サンティール・リアンの関係者
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――僕の名前はサンティール! みんなはサティって呼んでくれるんだ。
語り部たる雲雀の少女は恭しくも頭を下げた。細めるのは青林檎、新緑の中を飛び立つように朗々と語る声は響き渡る。
――僕のおきにいりはあまいお菓子にお洋服。
遠く、遠く、高いそら 風のささやき、雲雀の歌声。
僅かに尖った耳に可愛らしく鐘響かせるように魔力の気配を纏いながら、はんぶんだけ
さあさ、聞いて下さいませ。心ゆくまで『僕とかあさん』の物語!
父さんと母さんは、せかいを救った英雄のひとり。なのにふたりときたら、てんで『勇者さま』の自覚がないんだ!
だから――みんなに、その旅路を伝えていくひとがいなくちゃいけない。
天を翔る様に剣を振るう竜殺し。
「ねえねえ、聞いて」
繰り返したその言葉。父さんと母さんの事を余すこと無く伝えたい。父さんと母さんの英雄譚に驚き、笑って、泣いて、そうやって人の心が揺らぐ様子を見ていたい。
――けれど、ひとのいのちはあまりにも短くて。
「サティ、サティのはなしはとってもおもしろいのね」
「ふふ、そうでしょう? 父さんと母さんはとっても凄いんだ! 君が聞いてくれて嬉しい」
傍らの妖精はくすりくすりと微笑んだ。花色の眸の優しい少女だった。サンティールは謳う様に繰り返す。
けれど、ひとのいのちが短くて、何時か大人になってしまえば、そのまま
恐ろしいからではなかった。どうしても、父さんと母さんの物語を語りたかった。謳う様に唇で囀って、沢山の人達とこころを分かち合いたくて。
「じゃあ、サティ。サティがもしも良ければね――」
迷うことはなかった。彼女に頷けば「ほんとうにいいの?」と不安げな声がひとつ。「もう戻れないよ」と驚かすように囁かれて。
其れでも良かった。みんなと時の流れを違えたって『語り継ぐもの』でありたかったから。
そう、願った。そう、なった。それが自分自身の望みであったことは違いは無い。
誰に相談もしなかった.小さな秘密の様に妖精達の祝福を授かった。
人間であった自分が妖精の魔力を授かったことを、みんなはどんな顔をするだろうかと考えては震えた。
屹度――
屹度、父さんは呆れるんだ。「サティ、また我儘をして」と困った様に肩を竦めるんだ。
屹度、兄さんは寂しがるんだ。「サティと同じ時間を生きられなくて寂しい」と困ったように笑うんだ。
屹度……母さんは、怒るんだ。「サティ! 何てことを!」なんて頬を膨らませるように怒ってから、思いっきり抱き締めてくれる!
其れは全て想像で。サンティール・リアンという少女が其れを確かめる術は存在して居なかった。
妖精の魔力を纏って、王様の傍らで千夜を語って聞かせる語り部のように沢山のお話を紡ぐ前に
3年前のあの日。
手を伸ばせば届きそうな程に、空が近かった。
大空を羽ばたく夢に見た。吸い込まれそうなほどの蒼、一面の景色。指先が、空を掻けば何かが掠めた気配がした。
瞬きを忘れた。
もうすこし、もうすこし。小さな子供のように背をぐっと伸ばして
金色の瞳が猫のように細められて、美しい。
ここが
青林檎の眸を輝かせて語るだけの何も知らないおんなのこでは居られなかった。
サンティール・リアンという少女は手記へと記録を続けていく。語り継ぐためには、生きていかなくてはならないから。語り継ぐためには、憶えていなくてはならないから。
今日の空が青かったこと、魔女様と出会ったことに大きな仔猫に轢かれたこと、星の子を空に返したこと。
自警団と渡り合ったこと、海辺の街へと遊びに行ったことにうおのぼりと戦ったこと、母さんの――まぼろしを見た事。
母さん――僕、旅をしているんだ。
はじめて、剣を振るった。はじめて、同じ年の頃の友達が出来た。
同じ若草の髪に、青林檎の瞳。微笑んで、話を聞いてくれたまぼろしに、サンティールは誓いを一つ。
――約束するよ。最高にしあわせな物語をいちばんに聞かせるって。
それが僕の役目。僕が、そうするって決めたんだ。
●
ラサに存在する『一角獣の嘶き亭』の一角に若草色の髪をした旅人がロックグラスを傾ける。
寄るも更けてきた頃、客席に座っていたのは彼女だけであった。「シャスカさん、おかわりは?」と問い掛ける店主に「聞いて貰っても?」と笑みを零す。
「勿論」
「じゃあ、聞いてくれ。少し長くなるかも知れないけれどさ――」
シャスカ・リアンは旅人であった。竜殺しの異名を持つ救世の英雄のひとりであった傭兵のおんな。
強かであった彼女はラサで傭兵稼業を営んでいる。努力と根気、母の愛で依頼をこなしてきた彼女はラサの酒場では多くの顔見知りに囲まれていた。
屹度、この世界の何処かに居る娘のことを考えて、何時もお決まりになった思い出話に花を咲かせるのだ。
――私も、連れも、真っ当な幼少期を送っては来なかった。
泥水を啜り、僅かな食料を盗み、奪い、人を傷付ける事もあった、蹴落とす事さえあった。ただ日々を我武者羅に生きた。
それは、この地に済んでる奴等だって同じだろう?
生きる為だと誰かを蹴落として、必死に、唯、生きてきた。それでも野垂れ死ぬ前に、ほんとうのそらを見たくて、瓦礫を、都市を駆け上がった。
――それが、私の始まりだった
そうして語り聞かせれば娘は瞳を煌めかせて「もっと聞かせて!」と微笑んだ。
救世の英雄と人々に讃えられたいのちの先に。紡いだ愛しい子らとの生活に、「父さんと母さんの英雄譚を聞かせて」と恋するように問い掛ける娘の瞳は眩しくて。
シャスカは優しく若草の髪を撫でながら微笑んだ。
「はは! だからな、サティ。母さんも父さんも、英雄なんかじゃあないんだよ。
私たちは傭兵だ。金さえ貰えば仕事は選ばない、見てきただろう?」
「けれど、母さん達は何時だって強いから、喜劇を見て居るようだったよ。
皆が喜んで、ありがとう! って手を叩いたんだ。そんな幸せな世界を作った父さんと母さんは英雄だよ!」
「――え? 喜劇を見ているようにしか見えなかった? 嘘だろう!?
……おほん! そうさな、あの時は其処に理不尽な終焉があったから、『気に入らないから殴った』ら、結果的に世界を救っていただけさ!」
そうやって語り聞かせれば娘はくすくすと可笑しそうに笑った。
語り聞かせても、屹度「母さんは照れてるんだ!」と感じたのだろう。お喋りな彼女は「母さんと父さんの代わりに僕が語るから!」と自信満々にそう言っていた。
彼女の瞳の輝きは時と共に増していった。まるで恋をするように。物語に恋をした彼女は何を話したって楽しそうに笑うのだ。
「母さん、母さん、話を聞かせて」と自信満々に。自分を語り部であると称して、沢山の人達に冒険の物語を伝えてゆくから。
――ああ、もう少し強く言うべきだった!
「母さん、永遠の森へ行きたいんだ」
「永遠の森? どうして? サティは其処にどんな用事があるんだ?」
「妖精達にお話を聞かせたいんだ! 約束したから。良いでしょう?」
微笑んだ彼女の待とう魔法の気配が変化していることには、気付いていた。
おねだりをするように手をぎゅうっと握りしめて首を傾いで。熟れる果実のように僅かに潤んだ瞳に、シャスカは「仕方が無い」と送り出した。
それでも、何時ものように抱き締めてやったならば何かが変わっただろうかと考えないことはない。
超の羽ばたき一つ、少しのことでも変化する運命に、小石を投じることも出来ないままに為すがままに従った。
腹が立ったから殴った。其れだけのことさえ出来ないような世界に――
「サティ――!」
呼んで、手を伸ばした。楽しそうに天へと手を伸ばして微笑んだ愛しい娘。
もう、二度とは会えなくなってしまうような。
そんな不安に唇を噛んで、地を蹴った。足裏が地面へと食い込むほどに脹脛の筋肉が悲鳴を上げる。
あと一歩、ほんの僅かの距離だった。
手を伸ばせば娘の細い指先が逃げてゆく。青林檎の瞳が、ぶつかり合う。
――――――
――――
「……それで、娘と一緒に召喚されたんだ」
「珍しい話だなあ。家族が一緒に召喚されたって事だろう? それで、その娘さんは?」
問い掛ける店主の声にシャスカは肩を竦めた。いいや、と首を振る。その刹那に、召喚された。それでも娘とは
愛しい彼女をもう一度抱き締める事もできないままにシャスカは混沌世界で傭兵を生業にしながら彼女を探すことにした。
届かなかった己のてのひらを見下ろしてから、握りしめる。
唇を噛んで――不安に息を吐く。
「……娘とは、会えなかったよ。あれが召喚であったことは今なら分かる。
傍にあの子が居なかった。なら、あの子が召喚されて暫く立っていたって考えた方が良いだろう?」
「だが」と店主が苦々しく言葉を言葉を吐いた。神は気紛れで、そうして分たれたというならば
酒場でサンティールの話をする度に周囲の傭兵達が彼女を知っているかどうかと話題のタネとして駆け巡る。
ローレットは巨大な組織だ。それ故に、ラサを拠点にしているイレギュラーズならばある程度、顔が知れているが拠点が違えば話を聞くことも少ないか。
――否、シャスカはサンティールがローレットに所属しているとは思って居ない。彼女のような優しい子が剣を振るって戦うわけがないと、信じていたからだ。
何処か優しい森の中、楽しそうに語らうて、優しい人と共に過ごしているはずだと……そう、感じていたからこそ、彼女の手がかりは何処にもない。
今日も娘の手がかりは掴めなかったかと唇を噛んだシャスカの昏いかんばせへ「そうだ、シャスカ。今回の依頼は如何だった?」と店主が問い掛ける。
「ああ、あの……何だったか、火トカゲの討伐の方か? それとも、暴走パカダクラか」
「どっちもだよ」
「キチンと終わらせたさ! 火トカゲが余りにも勢いよく炎を吐くものだから、燃え移ったら如何するんだって頭を小突いてやったよ!」
からからと笑ったシャスカの傍らで「パカダクラだって奔るな、って母親みたいに叱ってただろ?」と男達が笑い続ける。この空間は居心地が良い――まるで『英雄』になる前のような、そんな自由がおんなの身を包む。
だからこそ、この居心地の良く幸せな空間で娘も笑っていて呉れればと願ってしまうのだ。
――さあ、聞いて!
そう笑って手を伸ばす。幼児のように微笑んだ若草色の
「……ええい、生き汚さと諦めの悪さで私に叶うものなど居るものか!
必ず居る、この世界に居る! 蒼穹に導かれしさだめを持つものが、私の娘以外に居る筈がないのだから!」
「そのイキだぞ、シャスカ!」
「そうだ、そうだ! 火トカゲの母ちゃん!」
揶揄うような仲間達へとシャスカは勝ち気に笑って見せた。
コルクボードに貼りつけられていた依頼書がカウンターを滑るようにシャスカの前へと届けられる。「どうだい?」と問うた同業者は今からモンスターを[殴りに《たおしに》行かないかと問うたのだろう。
「今の私は驚く程に強いが?」
「それを期待してるんだ、シャスカ! ついでに依頼人に
仲間達の言葉にシャスカはにい、と唇を吊り上げた。
嗚呼、屹度。この世界の何処かで出会えるはずだ。旅をする渡り鳥のように、ひとつには止まらず――沢山の場所を見に行こう。
そうして、「母さん」と笑いかけてくれる彼女の傍に往くために。
「――店主! 一番きつい酒を! 『眠気覚まし』だ、次も派手に片付けるからな!」
●
――――――
――――
手記を見直してからサンティールは溜息を吐いた。父の茶化す様な声も、兄の大きな背中も、母のあたたかな腕の中も。
サンティール・リアンにとってのあたりまえ。サンティール・リアンを形作る要素。サンティール・リアンにとってのさいわいが、其処には存在して居ない。
全てが泡沫のように朧気で。泡のように薄れて溶けて、消えていく。自身の存在さえも輪郭をなくしてしまいそうな――レゾンデートルさえ、曖昧な。
そう信じていたから、そう考えていたからこそ、サンティールは葛藤を抱いていた。当惑し、頭を抱えて狼狽した。
守りたいものも、無くしたくないものも、沢山出来てしまった。
サティと微笑んでくれる友人が。サティと手を差し伸べてくれる友人が。
混沌世界という
向き合う覚悟はまだ無くて。向き合う覚悟を、何時か必ず抱けるはずだと願いながら。
今はまだ、成長の途中、旅路の途中。
サンティール・リアンの物語はまだまだ繋がってゆくはずだから。
何時の日か、重なる二羽の旅鳥が描く軌跡を、繋ぐ奇跡を願って――母さんと呼んで抱き締めてくれるその腕を夢見るように。
「ねえ、サティ、話を聞かせて」
その言葉に「待ってました」と言わんばかりに胸を張る。「聞いてくれるかい?」と堂々と唇を震わせれば勝ち気な夢見る瞳が煌めきを宿す。
――僕の名前はサンティール! みんなはサティって呼んでくれるんだ。
僕のおきにいりはあまいお菓子にお洋服。
遠く、遠く、高いそら 風のささやき、雲雀の歌声。
皆に語るのは遠い世界の英雄のお話! 竜殺しと呼ばれたとっても凄い救国の英雄たち! なんと、その英雄は僕の父さんと母さんなんだ!――
語り終えて、肩を僅かに揺れ動かした少女はやりきったとそのかんばせに喜色を浮かべて見せた。
これは誰に語るわけでもないたった一人の、独自公演。ある少女が、生きてきたという証。
だからこそ、サンティールはこの言葉で締めくくる。此度はどうも、ありがとう! また次回も
それでは、
英雄譚に――『めでたし、めでたし』!
- ひばりのうた完了
- GM名日下部あやめ
- 種別SS
- 納品日2021年03月23日
- ・サンティール・リアン(p3p000050)
・サンティール・リアンの関係者