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好奇の瞳と桜餅
登場人物一覧
- 十夜 蜻蛉の関係者
→ イラスト
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あれも買った、これも買った。あと買ってないものは……と、手元のメモをチェックするとそれをしまうと、大通りへと足を向ける。……その前に。
「何でついてくるの?」
くるりと蜻蛉が振り向けば、少女の姿。たしか、2軒目のお店を出た時から後ろをついてきている。しかもその事を隠す気がおそらく無い。尾行をしていた雰囲気でも出で立ちでもなく、ただついてきただけ、といった感じだった。
そして、蜻蛉の問いに少女が返した。
「妖憑のようで、そうではない……興味が沸いてしまって」
たしか妖憑は、あまり使われないが獣種の別名だったはずだ。
「へぇ、区別つくんやな」
「なんとなくです」
とはいえ、それに付き合ってあげる理由は無いのだ。
「ごめんな、まだ買い物の途中なんや」
そして踵を返して大通りへと向かった。背後からは、先ほどと同じ間隔で少女の足音がくっついてきている。
(不思議な子に気に入られてしもたな)
足を速めれば、後ろの足音も同じだけ速くなる。
やがて大通りに出ると、足を止めて、困り顔で空を仰いだ。
(どこまでついてくる気やろうか)
本気を出して走れば、子供くらい簡単に撒けるだろう。これが特異運命座標なら話は別だが、そんな感じもしなかった。
けれど、そこまでする話ではない。それに、大通りを疾走して注目を集めるような柄でもない。
逡巡した後、再びくるりと振り向けば、好奇心で彩られた少女の瞳が蜻蛉を見ていた。
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立ち話というのもどうかと思ったので、どこかに腰を落ち着けようと思った。
では何処にしようかと考えたところ、少女のお気に入りだというお団子屋がすぐ近くにあるというので、そこへ向かった。
「ここの桜餅、召し上がってみてください」
ひまりと名乗った少女のお気に入りだという桜餅を2人分頼んだ。
豊穣では有名なお店らしく、店内には結構な人だかりになっている。
「本当、人気あるんやね」
「ええ、どれも美味しいので。桜餅は特に、ですが」
よほど好きなようだった。実際、出された桜餅を1口食べると、好きなのも頷けた。口にした時の粘りも、餡の落ち着いた甘さも絶品だった。
「あなた様は、どこからおみえになったのですか?」
「ん……海の向こうより、ずっと遠いところ」
問われて、元の世界での生活に思いを馳せた。だから少し、懐かしくなった。
そして身近なあれこれを話してあげた。
丸い障子窓のある自宅の話。屋根の上が好きな鴉天狗の話。月夜にだけ開けているお店の話。こないだ店を開けた時の月はくっきりとしていて綺麗だった話。
それから、この豊穣に領地を頂いた話、そこでお米作りを目標にしている話。この世界とは違う、元いた世界の話。元々は猫だったのに、何故か今はこの姿になってしまった話。
遊郭の話……は流石に出来なかったので、どんなお仕事をしてたのですか、と聞かれた時ははぐらかしたけれど。
話を聞くたびに、オウム返しをしたり、頷いたりして、噛みしめるように理解していたから、少しずつ話してあげた。
やがて満足したのか、質問が止む。その頃にはお皿の桜餅もなくなっていた。
「もう1皿、注文しませんか?」
「ん、ええよ」
うずうずとしているひまりが微笑ましくて、くすっと笑ってしまった。
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「綺麗ですね。お庭のある家は羨ましいです」
ひまりが、窓から見える色とりどりのスイセンとチューリップを眺めていた。
あのとき限りの関係のはずだったのだけれど。なぜか蜻蛉の家に遊びに来ていたりする。
そこへ飼い猫の稟花が顔を見せれば、近寄って観察しようとする。決して人懐っこくはないその黒猫がひまりに背を向けて歩き去れば、その後ろをついていく。
稟花は座っていた蜻蛉へ向かって、とてとて寄ってきたかと思うと、すっと後ろに隠れた。
「それじゃ怖がられるよ」
振り返って手を伸ばし、人差し指で頭を撫でる。目をつぶって、ふるふると震えるようにして頭を振る。くすぐったがっているように見えるが、いつの頃からかするようになった、嬉しい時にする仕草だ。
「その子は全然怖ないから、遊んでやり」
蜻蛉の後ろから頭を覗かせた稟花と、蜻蛉の前にちょこんと座ったひまりの目が合う。
息を止めてにらめっこ。と、ひまりが座ったままの態勢で少しだけ近づいた。
「あっ」
結構な勢いで逃げ出す稟花と、悲しそうな声を漏らして残されたひまり。思わず苦笑する蜻蛉。
「帰るまでに懐いてくれるとええな」
言葉の先にいた少女は、ふと指を口元に当てた。考え込む仕草だろうか。
「蜻蛉さん」
「うん?」
指を下ろして、蜻蛉を見る。
「また来てもいいでしょうか」
「そんなに楽しいものはあらへんけど」
「そんなことはないです」
拒否する理由は無かった。
「そう? なら、別に構わへんよ」
「じゃあ猫さんと仲良くなるのはいつでも大丈夫ですね」
そう言って、満面の笑みを浮かべた。
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何度も遊びに来るようになったある日。
茜色の空に、うっすらと黒が混じりはじめた頃。
「そろそろ帰りますね」
「ほんなら、送っていくよ」
「でも、もうすぐお店開ける頃ですよね」
「今夜はちょっと用事があるんよ。やから、ひまりを送ってって、そのまま出かけるの」
言われて、ひまりが指を口元に当てた。考え込む仕草。もう何を言われるか分かった。
「では、蜻蛉さんが帰ってくるまで、ひまりが店番をします」
はじめて会ったころと同じ、好奇心に彩られた目をしていた。
(これは、したことのない店番に興味がある顔やな)
蜻蛉がいる時に一緒に店に立てば……というのではない。店番がしたいのだから、話が全然違ってくる。
「うちが戻ってくるの待ってたら、ひまりが帰るのが遅くなるやろ」
「帰りはそんなに遅くなりますか」
「大して遅うならんとは思うけど」
子供を1人にしておくのは当然不安だったが、蜻蛉は商いを生業としているわけではない。だから来客も少ない。あまり人通りがあるところに居を構えているわけではないし、実際この辺りの治安が悪いと思ったこともない。危険は少ないと思った。
「まぁ、子供ってほど子供でもあらへんし」
こくこく。
「今夜はひまりが店番してもろてる間だけ開けとくことにしよか」
こくこく。
「ただし、親御さんには連絡しいや。もちろん親御さんがダメ言うたらダメやからね」
「はいっ」
かくして、少しの間だけ店を預かることになったひまり。
「今夜はこの店のあるじ様は留守です。代わりにひまりがお店番をしています」
来客に、ひょっこりと顔を出すと、頭を下げて丁寧に挨拶した。
お客さんが買い物を終えて踵を返すと、ありがとうございました、とお辞儀して見送った。
1時間ほどして蜻蛉が帰ってくる。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「危ないことなかった?」
「大丈夫です」
「ならよかった。家まで送るから、準備しいや」
準備を終えたひまりが出てくると、戸を閉める。
「蜻蛉さん」
ふと、名前を呼ばれる。
「なんや?」
「今度は蜻蛉さんとお店に立ちたいです」
「ん、考えとくよ」
「はいっ」
店先に灯った鬼灯の形の燈籠が、ひまりの笑顔を照らした。