PandoraPartyProject

SS詳細

燻ぶる戦火と苦い過去

登場人物一覧

メリッカ・ヘクセス(p3p006565)
大空の支配者
メリッカ・ヘクセスの関係者
→ イラスト
メリッカ・ヘクセスの関係者
→ イラスト

●汗と嗚咽とトレーニング
 二人の少女の影があった。汗と胃液に塗れたその姿は、傍から見れば正気を疑うだろう。だがしかし二人はそれを気にも留めない。なぜならそれが日常だからだ。
 ふっふっと息が上がるのを慣れた様子で、しかし苦し気に。うめき声をあげながら、そのおぞましいトレーニングをこなしていく。
「あたし、もう筋肉痛になりそう……っ」
「僕も、だけど、もう少しっ……」
 ワックスがかかって輝いた床に散乱したのは胃液の混じった吐しゃ物だ。汗も血も床に飛び散っているが、それらはすべて彼女たちが望んで行っているのだ。士官学校に通っている以上は弱音など吐けるわけもなく、ひたすらに上官からの『しごき』を受け入れるのみ。たとえ胃液で口の中が苦くなろうとも、吐しゃ物で身体まで汚れようとも、身体を動かすことをやめれば今以上のしごきが待ち受けていることを、二人は知っている。だから止まることは本能が許さない。生き残るために。
 仮にここで手を抜いたとして、実戦で生き残れるものはどれほどいるだろうか。きっとわずかだ。それは運がよかったに過ぎない。恐怖で二度と立ち上がることが出来なくなるかもしれない。五体満足で帰ってくることもできないだろう。それがわかっている。きっとそれは、上官であるフェデリカも。
 故に手を抜かない。真剣に、全力で。
 今ここで嘔吐してしまうのは身体がついてこないから。きっといつかはついてくるはずだと信じて。
「そこ、私語は慎め。さらに100回追加だ」
「ッ……!?」
(キッツ……)
 己の身体と同等の重さのダンベルを数百回にわたって、持ち上げてはおろして。その前は腕立て伏せと腹筋と、ランニングと。一日がトレーニングで終わっているのではないかと思わせんばかりの苦痛のしごきの日々。それでも強くなれるならばと耐え続ける二人。勿論そんな生徒は数少なく、ぜえぜえと息も絶え絶えにギブアップしてしまったり、もう限界だと退学をしてしまう生徒もいる。
そんな中でもあきらめずに二人で一心不乱に噛みついて。そうして、半ば自棄ではあろうとも着実に実力をつけた二人は、毎日のトレーニングに根をあげそうになっても互いの存在に励まされながら、毎日逃げずに立ち向かうことができていたのである。
 アドレナリンがみなぎっているのだろう、頑張り続けたその身体はくたくたでへとへとで、しごきにも慣れたとはいえ全身が一生懸命に悲鳴をあげている。ああ、これを乗り越えれば、でも、意識が保っていられるかが、怪しい。

 そうして日も暮れなんとかしごきを乗り越えた後。
 更衣室には二人しか残っていない。なぜなら仲間は吐きすぎによる脱水、ダンベルをちゃんと落とせず肉を挟んだり、と色々、無事とは言えずとも歩けるのは二人だけ、手も回らないのでさっさと返されたというわけだ。
 ただ広いロッカールームに二人きり、というのはどうしても安堵してしまうもので。
「はー……」
「終わった」
「あーつかれた……」
「そうだね……」
 しかしながらここで注目していただきたいのは二人の恋愛観である。二人共、共に同性愛の気がある。
 メリッカはナイスバディ好き、アメリアはちんまいのが好きと互い噛み合ってしまったのだ。そんなわけで汗にまみれた四肢は艶やかなものに見えてしまい、煩悩そのほか諸々に理性を支配されかねない。
「……シート持ってる?」
「ああ、うん……」
 持ってはいるけれど、この匂いは嫌いじゃないだろうか。なんて考える余裕もない。ただ近付いてくるその姿に胸を高鳴らせ。その日のトレーニングは終わった。

●そうして時は流れ、幾多のものが失われた
「あ、う、ぐ、いっ、あああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」
 その悲鳴は苦痛を体現したかのようで。遠き線上で同じように戦っていた仲間にも、遥か彼方のその絶叫は届いた。
 アメリアの耳を撫でる悲鳴は、聞きなれた友の――メリッカの悲鳴であった。なにか壮絶な戦いがあったのだろう。だがそれはわからない。その姿をこの目で確認するまでは。
 アメリアは走った。戦いのあとに崩れた瓦礫を乗り越えて。
 幾多の敵と戦って、その身体はもうぼろぼろで、走るのもつらいくらいだった。けれど、あんな悲鳴を聞いて立ち止まっていられるほど馬鹿ではない。走らずにはいられない。気持ち任せに走り続けた。
 そして、見つけた。
「メリッカ? ――メリッカ!!!!」
 アメリアの悲鳴が響く。メリッカは目から血を流していた。ぐったりと身体を横たわらせて、はあはあと肩で呼吸している。その肌は青白く震えは止まらない。そう冷静に分析している間にも、メリッカの血はとまりそうにない。どうすればいいのか。何もわからない。
 そこに、小さく震える子供たちがいた。メリッカはこの子たちを守ろうとしていたのだろうか。今は何もわからない。ただ、そこに立ち向かわなくてはならない脅威があることだけは確かだった。
 怖気づいているのか、それとも足がすくんで動けないのか。正義のヒーローが倒れているところに新しいヒーローがやって来た。それも、小柄で華奢な女が。また同じように倒れてしまうのだろうか。
 子供達の不安なまなざしに耐えかねたアメリアは、大きな声で叫んだ。
「っ、逃げて!! 逃げて、ここはあたしがなんとかするから……はやく!!」
 はっとした表情で子供達は頷いて。恐らく年長である子供が小さな子をおぶり、或いは背を叩き、手を握って、今度こそ逃げていく子供たちを見送ったアメリアは、その脅威からメリッカを守るために、メリッカを庇うように立った。
 震える足に鞭をうち戦う。戦わなければ死んでしまう。だから戦う。が、力の差は明確で、どうしようもなく、一方的な戦いを強いられていた。一方的に傷つけられ、一方的に痛めつけられ、一方的に虐げられる。
 それでも逃げるわけにはいかないのだ。
 なんて、こんな綺麗ごとが通じるような相手ならば、こんなにも苦しむことはないのだ。そうこうしている間にも敵は増え、メリッカとアメリアを囲む。
「……アメ、り、あ?」
「メリッカ!!!!」
 よろよろと起き上がったメリッカをアメリアが起こすことはかなわない。暴力の前に抑えつけられたアメリアの姿をみたメリッカは、手など借りずとも立ち上がった。痛む瞳を押さえながら。
 メリッカは立ち上がり加勢する。も既に消耗している上に魔眼を失っている今のメリッカでは状況を打開できず。とうとう二人は敗れて倒れ、捕らえられてしまった。
「じゃ、お楽しみといこっか」
「せっかく若いオンナボコボコにしたんだしなー?」
「まだまだ死なせてやんねえからよ」

●人を痛めつけることでしか生きられないのならば
 メリッカらを含む“捕虜”に対して告げられた絶望。拷問を敢行する。輩は、にったりと下卑た笑みを浮かべた。
 メリッカやアメリアは気付いてた。拷問といっても情報を引き出す為などでは無く、単なる娯楽に過ぎないのだろうと。
 犯罪者のひとりが幼い子を標的にしようとする。その魔の手が伸びる。
(だめ……あんなに小さい子に!)
「自分が代わりに受けるわ」「僕に変わってくれ」
 アメリアは立ち上がった。間を置かずメリッカも立候補し、犯罪者たちはこれを受けて二人を拷問対象にした。
 迷いなどは無かったのだろう。支配者の顔をしていた。他人の命を握っているという喜びが、彼らをそうさせたのかもしれない。
 そこからは、地獄では足りないほどの最低な時間だった。
「一言許しを請えば、そこで解放してやる。お前等は助けてやるよ、お前等“は”な……!」
 直感が告げた。
 助けてもらえるのは、二人だけなのだろうと。
 だから、逃げることは許されなかった。

 二人は、耐えた。耐えて耐えて耐え続けた。
 既に激闘で傷だらけのカラダをさらに酷く痛めつけられた。
 殴打、蹴り、唾を吐きかけられた。傷口を火であぶられ、膿んだ傷口に土を塗られた。
 指を一つづつ踏まれ、骨が折れる限界まで曲げられ、薄皮を裂くだけの切り傷が増やされていく。
「ああああっ、はああ、あああああっ!!!!」
「あはは、泣いてんのか? 正義のヒーローなんて来ねえよ、諦めろ!」
 脂汗と涙を流しても。
「痛いっ、あああああああああああああああ!!!!!!!!」
「その悲鳴が煽ってんだよな。おら、もっとだ!!」
 悲鳴を上げても。
「どうして……?」
「どうしてもこうしてもねえだろうがよ。お前たちは俺らに負けてんだよ」
 時にはぽつりと弱音を零し、あまりの苛烈さに耐えかねて失神すらした。口に出すのも嫌なことをされ、二人は心も身体もすべてを痛めつけられた。見ていることができずに大人は顔を背け、子供達は耳も目も塞がれて。
 それでも二人は耐え続け、ついに最後まで許しを請うことは無かった。

 ようやく救助が為された時、二人はもはや半死半生といった具合だった。
 そこに敵の姿はなく。かすかな意識の中で見えたのは、戦火を失った後の快晴の空だった。

●安堵としあわせのさき
 ……その後、二人は病院で隣同士のベッドに寝かされていた。
 真白い天井に、二人並んで寝台の上。点滴がぽたぽた零れる音と、心電図モニターがピッピッピッとなる以外は、二人の呼吸音だけが響いていた。
 目が覚めたことに看護士が気付くと、医師が軽く診察をし、二人はまた寝かされることになった。曰く、あまり動かしたくないのだという。傷も深い、当然の判断だろう。
 布団が擦れる音が聞こえる。ふと、アメリアはぽつりと零した。
「どうしてメリッカまで立候補しちゃったの、ボロボロだったのに」
 何を当たり前のことを、と言いたげにメリッカは応えた。
「それを言うならアメリアだってボロボロだったじゃんか」
「でも、メリッカは目を……」
「そんなこと関係ない。アメリアだって戦ってたのになんで」
「だってそれは心配だったから!」
「それでも僕のところに来る必要は無かったでしょ!?」
「あんなにおっきな声上げといてあたしが悪いって言うの?!」
「ああそうだよ。だってそうじゃなかったらアメリアはこんな怪我をしなかったでしょ」
「別にこんなの大した疵じゃないよ、メリッカが怪我してるんだから」
「それをいうなら僕だってそうだよ」
「そんなことないでしょ」
「いいや、ある」
「嘘吐き」
「ちがう」
「腕だってぱっくりおっきいけがしてる」
「それならアメリアは足をやられてる」
「あたしのことはいいの!!」
「よくない」
「いいの!!! そんな怪我してなにが怪我してないよ」
「だって、そこまで大したことじゃないから」
 あっけらかんと。割り切ったのか、それとも。メリッカの気持ちはアメリアにはわからない。
 だからこそ、悔しかった。失わせたくなかった。大したことじゃないと笑うその笑顔は悲し気で。理解したくもなかった。
 シーツを握って、アメリアは小さくつぶやいた。
「でもあたしはメリッカの目は二つが良かった。失ってほしくなんてなかった……」
 小さく俯いて、震えた声が響いた。どれごほど馬鹿でも解る。その声を放つのに、どれほど勇気が必要だったかを。
 目を失うという事。その痛み。理解できない。けれど想像は出来る。それはきっと耐え難い苦痛だ。
 だからアメリアは俯いた。声を振り絞った。そうしなければ、泣いていたかもしれないから。
「……なんでそんな顔するんだよ」
 理解できない。そう言わんばかりにメリッカは顔を顰めた。自分の目じゃないのに。そこまで気に掛ける必要があるのだろうか。
 メリッカは瞬いた。アメリアの答えに。
「あたしが強かったら、メリッカのこと守れたでしょ」
「それをいうなら、僕だって」
 ぽんぽんと言い合い、言わせあい、口論に発展する。
 それは互いが互いを想うが故の口論であり。ついには。
「あたしは好きなひとは自分で守りたいの!! ……あ」
「え……」
「今の無し。なしね、いい!?」
「いや……僕も同じなんだけど」
 互いが互いを好いている事までポロッと口に出してしまう。
 どうしようもない沈黙。天使が通ったのだろうか。耐えがたくも気まずい沈黙がややあって、後にクスクスと。
「……不器用だよね」
「そっちこそ」
 痛む身体を動かしたアメリアは、メリッカの隣に。小さく口付けて、二人で夢の中へ。

 好きだ好きだと伝えて、抱きしめて、一緒に眠って。
 眠る頬をつんつんとつついたなら、指をぱくっと食べられる。訪れた朝は何よりも優しくて、何よりも穏やかだった。
「……これは、付き合うってこと?」
「んー……まだあたし達人生長いんだし、パートナー決めるには早くない?」
「そうだね。僕以上のひとが現れるかもしれないし」
「そんなこというんだ?」
「……今は僕の」
「ふふ、そうね」
 ふたりはややあって退院し。付き合う事はなけれども、善き友人以上の存在として仲睦まじく学生時代を過ごした。
 共に行事を回ったり、いつものしごきを受けたり。しごきといえば、体力が落ちていて話にならなかったけれど、フェデリカの落雷は落ちることは無かったような。それも優しさだったのだろうか。
 いくつかの季節が廻り、そうして卒業式へと流れつく。苦しい事件だったとはいえ、二人は健やかに成長し、あの日を繰り返すことの無い様にとますます訓練に励んだ。そのおかげで二人はめきめきと頭角を現し、素晴らしい実力を持った。
「ねえメリッカ」
「何?」
「あの日があったから、なんて言わないけど。強くなれたのは、良かったと思わない?」
「うん、それはそうだ」
「ありがとね」
 ひらひら舞う桜の中、愛らしい金の髪がふわりと揺れた。
 卒業後。メリッカは一介の冒険者となりアメリアは軍属になった。

●時は流れ、再現性東京の希望ヶ浜学園
 数年がたち、此処は再現性東京、希望ヶ浜学園。
 時期の差こそあれ二人ともイレギュラーズと化し、希望ヶ浜に学生として潜入したところ、まさかまさかの『学年・クラスが一緒』というかつての士官学校時代の再現のような偶然によって再会を果たすこととなる。
 更には二人一緒に入った水泳部の顧問がフェデリカと、偶然に偶然が重なって、思わず笑ってしまうような事態が続いた。
 これもかつての学生時代の延長と言うべきなのだろうか、けれども確実に腕前は上がっている。強くなった自分がいる。其れだけが嬉しかった。

「なんの為の練習だと思っている?」
「は、はい……」
「もう1000mだ。やれるな?」
 頷かなければ退部だ。だからこそ頷くことしかできない。これはパワーハラスメントではない。癖だ。
 例によってしこたまシゴかれているとでも言うべきか、学園内でも水泳部の扱いは異質なものだった。
 いくつかある(?)水泳部のなかでもフェデリカの指導下に入ったならば最後、耐えようがない苦痛のしごきと引き換えに強靭な肉体と精神を手に入れることが出来る。
 もちろん、耐えられる生徒はごくわずかなのだが。
「おえっ……ううう」
「ほら、これ……」
「ありがと……」
 経口補水液が無いとそろそろ脱水で死んでしまうような気がした。美味しいと感じるのもなかなかのものなのだが、飲まなければ救急車コースだ。それは本意ではない。
 飲んで泳いで吐いて、それを繰り返すと身体も悲鳴を上げる。とうとう半ば気を失うようにプールサイドの上で眠りに落ちて。
 そして目を覚ますとすっかり夜。
「……星だ」
「ほんとだ」
 立ち上がる体力もない。ぼんやりと空を眺める。隣には特別な人の笑顔。
 こんなひも穏やかな気持ちになるのは、きっと、嘗ての日々があったからなのかもしれない。
 二人はあの頃を思い出し、仰向けの姿勢のまま手を繋いだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM