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Rain Pain
登場人物一覧
いつまでも、この時が続くと思っていた。
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チャイムが一日の終わりを告げる。
六から七ほどの授業を終えて、放課後を迎えたなら、多くの生徒は部活動に励んだり、アルバイトをしたり、友人と遊びに行くのかもしれない。
この四人――貴道、一徹、アルマ、カーラもまた、それについて話し合うところだった。
「あー……今日は寝なかった。でもクソ眠い」
「全く、キミってヤツは。でもまぁ、わからなくもない。最近は同じところをグタグタしているだけだからな」
「アタシとは先生が違うからわからないけど、そんなに眠くなるの?」
「ワタシ知ってる、あの人話すの下手って聞いたことはないけど、睡魔がよく来るって」
一般的な人類ではない超人類である彼らもまた、この時ばかりは『普通』の高校生。日光に当たりながらのんびりと授業を受けていれば大体眠くなるし、友達と向かい合わせに食べるお昼ご飯は毎日のルーティンだし、購買でお気に入りのパンが売り切れていると肩を落とす。そんな毎日だった。
平凡かと言われればそうかもしれないし、在り来たりと言われれば頷くほかない。だがしかし、この平凡な日常が好きだった。気に入っていた。
テストがあったり、進路について考えたり。そういった平凡で、活人拳と付き合っていく、そんな人生がこの先も続いていくのだと思っていた。
「貴道はどうする? 俺はこの後は少し図書室に寄って行こうかと思ってるんだが」
「あー……俺はいい。腹減ってるし、適当に店寄るつもりだ。本読む時間でメニュー読むぜ」
「うーん、悩ましいな。昨日テーピングに使っちゃってお金ないんだよね」
「おい貴道、俺に喧嘩を売ろうと構わないが本を読むことで知らない技術を応用したりできるとは思わないのか? これだから単細胞は嫌なんだ」
「誰が単細胞だと? そうやってすぐ冗談も流せねえお前の方が単細胞じゃねえの」
「なんだと?」
「なんなら今ここで決着をつけてやってもいいんだぜ?」
「あはは、貴道センパイやっちゃえ!」
声をあげて笑い、貴道の背に抱き着いたカーラ。アルマに向けて不敵に笑って見せれば、むっと眉を顰められる、が二人の静止に意識を向けたようだった。
「ちょ、ちょっと二人共落ち着きなよ! ここ学校だし先生に出停食らっても文句言えないんだからね?」
まぁまぁと窘めたアルマは睨み合う二人の額の間に手を押し込み、はがして。反発し合う磁石のように反対の方向に顔を逸らした二人。一徹はアルマの手首を掴むと、一歩先へ踏み出した。の、だが。
「……もういい。アルマ、俺達はいこう」
歩もうとした一徹の手をはがしたのは貴道だ。
「アルマ、俺が奢ってもいいんだぜ」
「くっ……今日は食欲の日! だからごめん一徹、私も貴道に……!」
ぱん、と目の前で両手を合わせる好きな娘。流石にそれに『だめだ』なんて言えるはずもなく。
「……なんだ、結局は多数決か。じゃあ俺もそっちにいくよ」
「ま、図書室は明日でもいいだろ。天気が悪けりゃ尚更な」
「貴道センパイは優しいなぁ、ワタシならそこまでしてあげないのに」
「カーラは本とか読まなさそうだもんな」
「あ、カーラは本も読まないんだ? ふふ、そうなんだ。意外かも」
「何ソレ、ワタシのことバカにしてる?」
「してないけど?」
「で、貴道。店の検討はつけてるのか?」
「バーガーとかじゃダメなのかよ、適当にその辺の店に行くつもりだ」
「じゃあ校門前集合でいい?」
「おう」
それぞれの靴箱に向かい、校門前で約束を。
他愛無い口喧嘩。想い人の笑顔と、可愛い後輩の声。その日々は確かに、輝いていた。
●
また別の日の事。
今日もまた授業を終えて帰宅途中である。
「なぁ、今日のあそこの公式ってどうなってる?」
「ああ、ベクトルな。aの反対に行くのが-って認識だったんだけど……まぁ帰って教科書でも見てみないとわからない」
「口で言うだけじゃなくて黒板にも書けっての……サンキュな」
「あれはなかなか鬼畜だと思った。聞こうと思ったらさっさと教室出て行くしな」
「ほんとそれ」
のんびりと。或いはだらだらと。今日の授業の話から、カーラの話。それから、互いの想い人であるアルマの話へ。
「お前はまだアイツのことが好きなのか?」
「あいつって?」
「……わかってんだろ。アルマだよ、アルマ」
「当たり前だろ。いくらライバルと言えどお前にだけは譲れねえよ。勿論、他のやつだって」
「俺もだ。俺の方が幸せにできる」
「俺だよ」
「俺だ」
額と額がぶつかりそうになる距離まで威嚇し合ってから、どちらともなく離れて、笑って。夕暮れが足元を照らす。
「そういえば、お前の杖、また新しいのになったか?」
「あー。そうだな、最近練習の度に力加減を誤ってしまうんだ。だからしばらくは練習用に、適当な木を削ったものも持ちあるくようにしてるんだ」
「成程な。流石に何本も折ってたら怒られんだろ」
「ああ。武器だってタダじゃない、もったいないことをしてるからな」
「にしても力加減間違えるってなんだよ、すいか割りでもしてんのか?」
「いや、一撃で気絶させる練習を。不殺を極めない限り、人を殺してしまう可能性があるからな」
「……そうか」
以前一徹は貴道に語っていた。『神道夢想流杖術』に誇りを持っている、と。
その技の信念は不殺。一徹自身もそれを意地としているから、致命傷にならない程度に痛めつけてもう懲り懲りだと思わせるようにしているのだと言っていた。
それを理解していようとも、己が戦いのときにそれを実行できるかはまだわからない。貴道の大きな掌は未だ傷こそ残れど砕かれたことはない。なぜなら己が勝利するからだ。もしも砕けるときが来たとしたら、どうなってしまうのだろうか。
不安か、慢心か。胸の中に溜まっていく煙のような思いを振り切って、貴道は一徹の話に耳を傾けた。
●
その日は突然訪れた。
酷い雨の日だった。遅刻こそすれど一時間目には間に合うように来る貴道が、二時間目になっても来ない。
体調を崩すほど自己管理が下手くそでもないと知っている。一徹は拭いきれない不安感にいらだちを隠せずにいた。
駆ける音が、近付いてくる。
教室の扉が乱雑に開けられた。そこにいたのは友人の一人だった。酷く焦った顔をしている。合点がいった。ああ、貴道は。
「おい一徹、貴道が――――――!!!」
空気が凍るような衝撃を受けた。
本物の武器を握り、一徹は走り出した。先生の静止の声も耳に入らない程に、血が滾っていた。
「!??? ッ、カーラとアルマにも伝えてくれ。俺は先にそこに向かう!!」
(――貴道、その先に進んだら、もう戻れなくなる――!!)
敵対していた殺人拳の超人を、貴道が殺したというのだ。
現場に辿り着いたときには、もうすべてが終わっていた。
打撲痕だらけの男。恐らくあばら骨が内臓に突き刺さったのだろう、ぴくりと動くこともなく死んでいる。貴道は直立不動でそれを眺めていた。
遅かったのだ、何もかも。
「――ッ、貴道!!」
杖が、唸る。
雨を斬るような素早さで杖は振り下ろされた。貴道はそれを受け止める。
「お前、なぜ殺した。なぜ殺した!!」
「――殺そうと思ったからだ。正当防衛だってごまかしも言わねえ。そいつは、俺が。……殺した」
「貴道ッ、貴様ぁぁああ!!!!」
胸倉を掴む。雨に濡れ続けたのだろう、貴道の身体は戦いを終えた後だとは思えぬほどに冷たかった。その表情は何一つ変わらず、髪は乱れ、目元を隠す。まるで己の感情を隠すように。
優れた武術の使い手だと思っていた。
人を活かしてこそ価値あるものとする活人拳に置いて、二強になれると思っていた。
信じていたかった。
だがしかしそこには物言わぬ亡骸があり、貴道はそれを否定せず、己が殺したと言い切った。
「殺さずとも良かっただろう!!!?」
「殺すための技の使い手に殺されるために手を抜けっていうのか?」
「そういうわけじゃない。お前ほどの技術があれば致命傷をさけることだって容易だっただろうと言っているんだ!!」
「そのために俺が死んだとしてもか?」
「……貴道ィィィィ!!!!」
確かに普段から反応は薄かった。己の不殺の誓いに対して。
それはいつか己が人を殺してしまうかもしれないという確信にも近い考えのせいだったのかもしれない。それでも。
(お前はいつだって、俺を殺そうとはしなかっただろう!!)
幾度となく拳と杖をぶつけ合った。
何度も喧嘩をしたし、手だって出し合った。
その結果怪我だって何回もしたけれど、絆だって強くなったと思っていたのに。
それなのに。
「立ち合いだからと言って殺したのか」
「ああ」
「気絶させるだけでは足りないのか」
「ああ」
「殺したかったのか」
「……」
貴道は真面目な返事をしない。否、しているのかもしれないがそうとは思えなかった。
頭に血が上る。ものを言わぬ貴道に対しても、止められなかった自分自身にも腹が立つ。
地を蹴った。杖を握って。
雨の中に乾いた音が響く。貴道の目はいつになく『殺すぞ』と訴えていた。
それでも、構わなかった。
●
「二人共どこにいるの……」
不安気なカーラと共に走るアルマ。友から言伝られたそれ。一徹が聞いたならきっと激昂するだろう。
走り出したと聞いている。もしも想像できる『最悪の結末』になっていたとしたなら。
胸に救う不安を、首を横に振ることで否定する。それは実現しないほうがいい。そう、思っていた。
けれど。現実は残酷だ。
「カーラっ、あれ!!」
カーラの肩を叩いてアルマは指をさす。開けたそこに立つ崩れる二人の見慣れた姿。間違いない、貴道と一徹だろう。
だが、しかし。
「なんで、なんで二人で争ってるの……」
「止めよう、ワタシたちで、アルマセンパイ!!」
「うん!!」
このままでは、どちらかが死んでしまうではないか。
二人が駆ける。二人がぶつかる。二人が叫ぶ。二人が傷つく。
「貴道……貴道ィィ!!!!」
「一徹センパイ、落ち着いてください、そのままじゃ不殺じゃない、ほんとに殺しちゃうよ!!」
「貴道も止まって、そのままじゃもう二度と立ち合いもできなくなるでしょう!?」
男であろうと、友であろうと、二人は遠慮をしなかった。それがよかったのかもしれない。
傷つき摩耗していた二人にとって、傷一つない女の渾身の一撃は重かった。
引き剝がし怪我の手当てを行うアルマとカーラ。その瞳には雨かも涙かもわからない雫が溜まる。
「どうして、こんなことに……」
「貴道、貴道……」
譫言のように貴道の名前を呼び続ける一徹。折れた杖の代わりになれぬ己の拳で戦っていたのだろう、その手はボロボロだった。生々しい傷跡にカーラは目を伏せる。傷つけ、己が壊れるほどまでに対立する必要はあったのだろうか?
「もうボロボロなのに、どうしてそこまでする必要があったの? ねえ……」
骨が砕かれた貴道も同じように、血が流れようと皮が剥け肉が裂けようとその手につくった拳を解こうとはしなかった。
雨は降り続く。二人は何も語らない。
「貴道……」
手当てをしようと手を伸ばしたアルマの手を、貴道が振り払う。アルマの伸びた手は虚空を掴む。よろけながらも歩いた貴道は、三人の前から姿を消した。
かくして、四人は別たれた。
後に残ったのは、怒りと悲しみが絡み合った、分厚い鈍色の雲だけ。