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森の中の協奏曲

登場人物一覧

リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣
リゲル=アークライトの関係者
→ イラスト



 森の中彼らは追われていた。
 それが追いかけっこであれば牧歌的だっただろう。しかし『鬼』役は物騒な武器を装備している。彼ら二人を殺すつもりなのだ。
「ずいぶん人気のようですね、天儀に認められた英雄、リゲル=アークライトの面目躍如じゃないですか」
 息も絶え絶えだというのに リゲル=アークライト (p3p000442)に並走する金髪の――ともすれば少女にすら見える少年は生意気にも悪態をついた。
「いや、そういうのじゃないと思う」
 少年の手をひきながらリゲルは苦笑いした。
 
 時間を少し前に戻す。
「リゲル=アークライト。仕事ですよ」
 金髪の少年、エトワール・ド・ヴィルパンが右手に槍を左手には依頼内容がかかれた羊皮紙を携え酒場にいたリゲルに話しかける。
「エトワール、こんなところで奇遇だね。この前の怪我は大丈夫?」
 顔見知りの少年にリゲルは笑いかける。
「はぁ?? そんなの治っているに決まってるじゃないですか? 僕は仕事だと言ったんですが? その耳は飾りですか?」
「えっと」
「僕の生涯のライバルである貴方と競争をしてあげます。
 これは僕が、とってきた盗賊団の残党の始末の仕事です。人数は7人程度」
「君、またそんなことを……ヴィルパン卿に許可はとったのかい?」
「子供扱いしないでいただきたい。僕は自分で仕事をとれる大人です。ライバルである貴方にこの仕事の同行を願います。そのうえで残党を始末する数を競います」
「そんな動機で……」
「貴方に勝ちレオパル様に報告し、そして褒めていただく。貴方には僕の踏み台になってもらいます」
 そんな少年の見栄にリゲルは苦笑する。リゲルは彼――エトワールをとある事件で救出した。
 それ以来彼は事あるごとにリゲルに絡んでくるようになった。彼が自分を羨んで、そして子供らしい嫉妬で絡んでくるのはわかっている。だからリゲルも彼に付き合う。下手に放置なんてすれば、飛び出していって行方不明になって捜索願コースだ。またヴィルパン家のひとたちが困ってしまうことになるだろう。
 それに、彼が頼み事? を自分にするなんて珍しいことだ。少し嬉しさだってある。
「それに、天儀にはびこる盗賊という不正義を放置できないのは貴方もでしょう?」
「ああ、もちろんだ。良ければ同行してもいいかな?」
「そうしろと言ってるんです。本当に貴方は理解が遅くて困ります」
 そんな言いようにリゲルは苦笑する。生意気な少年ではあるが、助けてから幾年月、今ではエトワールは自分にとっては可愛い弟分なのだ。

 盗賊団のアジトはすぐに見つかる。森の奥の洞窟という、本当にベタな場所だ。
 彼らはそんな場所をアジトにしないといけないというノルマや教科書でもあるのだろうか? なんて疑問すら浮かんでくる。
 が、人数の情報がどうにもいい加減でその倍はいた。それでもエトワールは自ら名乗りをあげ槍の穂先を盗賊共に向ける。
 ああ、こういう場合は状況を把握してから、隙をついて各個撃破がセオリーなのに……! とリゲルは経験則で思うが英雄志願の少年にとっては正々堂々の戦いこそが自らの正義を表すやり方なのだろう。
 盗賊団は少年のその暴挙に笑ってお家にかえれとからかい、エトワールは真っ赤になって反論する。
 そこまでは良かった。しかし、エトワールの隣にいるリゲルを彼らが認識した瞬間に事情は変わる。
 彼らはいつぞやリゲルたちイレギュラーズが壊滅させた盗賊団の残党で、殺した団長の息子が今は団をまとめていたのだ。
「リゲル=アークライトォ!!!」
 復讐の念に燃える青年はリゲルたちを殺すことを指示したのだ。

 そして冒頭に戻る。
 多人数に対して二人でバカ正直に対応するのは愚の極みだ。
 一旦彼らを分断する必要がある。10人程度であればリゲル一人でもなんとかすることができるだろうが、エトワールがそばにいるのだ。自分が狙われているのは目に見えている。エトワールを先に逃して、とも思うが逃げる彼を捕まえるのはたやすいことだろう。彼を人質に取られてしまえばリゲルとて窮地に陥る。
 この槍の少年はリゲルの見立てでは強くはない。無茶をさせて大怪我をさせてしまえばヴィルパン卿に合わす顔がない。
 それに、エトワールは自分にも向けられた迷いない殺気におびえている。
 少年の意地でその様子は隠しているつもりだろうが槍の穂先が揺れていた。当たり前だ。
 少年は死と隣り合わせの鉄火場で戦ったことはないだろう。
 だから、リゲルはエトワールの腕をひき、森林に向かって一旦退却する。エトワールは卑怯者だの臆病者だのめちゃくちゃに文句をいっていたが聞く耳をもつわけにはいかない。
 森林での戦いはそれなりに経験している。木々を遮蔽にすることで相手の遠距離攻撃を制限する。
 こちらの得手は近距離だ。故に戦いやすいフィールドに誘導することは重要だ。
 走る彼らの前に盗賊が現れる。地の利はさすがに盗賊のほうが上かと舌打ちする。
「囲まれましたよ、どうするんですか!」
 エトワールが吠える。
「セオリーは各個撃破。エトワール、俺に合わせて攻撃して」
「そんなこといって競争に勝つつもりですか? あなたの言うことは聞きません!」
 リゲルはこころのなかで舌打ちする。しかし状況はかわらない。
 エトワールを庇いつつ戦う手段を模索する。
「わかった。俺が君に合わせる」
「まあ、それなら?」
「エトワール、後ろ!」
 リゲルはだん、と銀閃をきらめかせながら踏み込むとエトワールの後ろに現れた盗賊を流星のような軌跡で斬りつける。
「わかってます!」
 エトワールは叫び、正面の敵を狙う――が、槍を突き出せない。
 それは人を殺すということへの怯え。彼はお坊ちゃまなのだ。
 リゲルは返す刀で銀糸を紡ぐような剣閃でエトワールをフォローする。
「エトワール! 覚悟を決めろ! 戦うということは人を傷つけるということだ。
 不正義を糺すことは甘くない!!」
 鋭くリゲルが叫べばエトワールは槍を握りしめ、唇を噛む。15歳の少年が人を傷つけることを躊躇しないより、随分ましだ。
 リゲルはエトワールを背に庇い、大木を利用して背後からの攻撃を制限する。
「鉾は俺に任せて、君は盾として。
 これは役割分担だ。二人で戦うのであればそれは必要だ!」
 少年を傷つけることの無いようにリゲルは言葉を選ぶ。
 エトワールが防御に徹するのであれば多少は戦いやすくはなる。
「正義を為すにはまずは自らを不正義から守れることは最低条件だ。
 君という盾がいれば俺も戦いやすいってことだ」
 その言葉にエトワールは不承不承ながらもうなずく。
 そのうなずきにリゲルもまたうなずき、彼は銀一閃となる。
 星銀の輝きは薄暗い森の中でもまばゆく輝く。
 リゲルは氷星の煌めきを掲げ、銀の流星の如く敵を各個撃破していく。
「親父の仇ィイイイ!!」
 突如死角から、現盗賊団団長の青年が飛び出してくる。
 その不意をついた攻撃にリゲルは鮮血を撒き散らす。
「リゲル=アークライト!!!!!」
「大丈夫! かすっただけだ!」
 その流血にエトワールは息を飲んでリゲルの名を叫ぶ。リゲルは彼を心配させるまいと嘘をつく。
 盗賊団の団長を継いだだけあって青年の攻撃はリゲルの肉体を大きく損傷させていた。上腕の傷口がやけるように痛む。なんらかの毒が獲物に塗られていたのだろう。目も霞んでくる。
「なあ、リゲル、親父はお前にこんな風に斬られたんだ」
 青年の目は昏い笑みを浮かべている。
 その深淵の深さにエトワールは言葉をなくす。
「……君の父親は不正義だった。故に糺された。それだけだ」
「不正義、不正義、貴様らはいつだってそれだ!!!」
 青年は今一度必殺の構えをとる。
 あの一撃をもう一度喰らえば、俺でも耐えれるかどうかはわからないな。リゲルは冷静に状況を把握する。
 だが、逃げるわけにはいかない。
 自分のそばにいる少年を守ることができるのは自分だけだ。
 すまない、エトワール。怖い思いをさせてしまって。全部俺の不注意が原因だ。
 最悪の場合彼を生き延びさせることを最優先に。
 痛む腕で、防御の体勢をとる。腕の一本くらいはちぎれ飛ぶだろうが、エトワールを逃がす隙を作れるなら安いものだ。
「死ねよ!! リゲル=アークライトォオオオオ!!!!!」
 青年が両の手の漆黒のナイフをきらめかせ、厭忌の叫びとともにリゲルに飛び込んでくる。
 ギィン!! 
 鉄が打ち合う高い音が森に響いた。
 新たなる痛みはない。
 震えながらもエトワールがその攻撃を槍で凌いだのだ。
「正義は負けません!」
 足はガクガクと震えている。あと数秒で彼は青年に押し切られるだろう。
 リゲルは少年の勇気が嬉しかった。守るべきあいてに守られたのはすこし複雑だけれども、怖さをおして自分を助けてくれたことが嬉しくて仕方なかった。
 だから、リゲルは口の中で彼にありがとうと礼をいうと、防御の体勢を解き、前に踏み込む。
 エトワールが作ってくれた隙を無駄にするわけにはいかない。
 銀剣の柄を両手で握り込み、前に突き出す。
 ずぶりと、ひとの肉を斬る嫌な手応えを感じる。いつだってこの手応えには慣れない。
 だが慣れる必要はない。とリゲルは思う。慣れてしまうことは恐ろしいことだとも思う。だから自分はこれでいい。

 正義のために誰かの命を奪うことが在る。それは覚悟であるのだ。
 自らの正義を全うするための痛みを生じる覚悟はいつだってリゲルを苛む。
 青年は復讐を遂げることはできないまま、その命を終わらせることになった。
 司令塔を失った盗賊団の動きは明らかに悪くなっていく。
 彼らを調伏させることはそれほど難しいことではなかった。
 
「終わったね、怪我はない?」
 リゲルは額から流れる血液を拭いながら隣に座り込んだエトワールに尋ねる。
「多少の擦過傷と切り傷くらいは。貴方に比べればたいしたことはありません」
 ぷいと顔をそむけて少年は答えた。
 そんな様子にリゲルは笑う。
「君が勇気をもって俺をかばってくれなかったら、俺は死んでいたかもしれないな。本当にありがとう」
 あの瞬間のエトワールの勇気に、改めてリゲルは感謝する。
「貴方が言ったんでしょう? 僕が盾だと」
「ああ、そうだ、そうだったね」
 顔をそむけていることで耳が真っ赤になっていることがかえってわかることを指摘したら彼はきっと臍をまげるのだろう。
「貴方の戦いかたは無茶ですが、参考にはなりました」
 その、ことばはエトワールの精一杯の感謝とそして歩み寄りなんだろうと思う。
「そうであったら、少しだけ嬉しい」
「はぁ?? 少し? たくさんでしょう??」
「うん、ごめん、そうだね、すごく、すごく嬉しいよ」
「まあ、貴方に嬉しく思われても僕はうれしくもなんともありませんが」
 傷だらけの銀の剣士は小さな、正義にむかってあるきはじめた、槍の騎士に拳を向ける。
「なんですか? それ」
「勝利を分かち合う合図さ」
「どうでもいいことですけど、勝利にはちがいありませんから仕方ないですね」
 いって、少年はおずおずと拳を出すと、リゲルの拳にあてて、少し笑った。

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