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I know that She exists.
登場人物一覧
●After great pain, a formal feeling comes.
毀れてしまった
最初からそうだったけれど、取り替えて欲しいと云うのも億劫で。べとつく手に貌を顰めながら食べ進めるのは春に慕い咲けの桜味。練り込まれた花弁と葉の塩漬けはほんのり甘塩っぱくて、其れで少し背伸びが出来た気分になる大人の味だ。
波浪に揺られた
澄まし色の
けれど、決して其れを、引いては此の世界が如何しようもなく
目の前に立ち開かる、火酒で洗われた咽喉から出る嗄れた聲で嗤う下卑た男達にも何とも思わない。否、今迄の人生に、況してや是からの事に愛着も、執着も持てぬ少女には一層、滑稽であった。
けれど、こう云った手合いの輩は、
そして、小さな少女が『大嫌いなもの』の中で敢えて割合を示すなら、
喩えば、
彼奴が、気に入らないからだとか。
自分の領分を、犯されたからだとか。
自分に持たざるものを、持っていたからだとか。
畑を耕すのを、少し怠けていたからだとか。
到底手に入らない、資源が持っているだとか。
お腹が、空いたからだとか。
あの子が、自分の好きな人を誘惑しただとか。
そんな理由で人は人を傷付けるけれど、明確な対象がある。比べて、理由無き加害には被害者は避け様も無く、取り囲む者達は佚樂的で、只管に陰湿だ。咎め難い――誰しも、我が身が可愛い。自分に矛先が向かわなければ、そう。
皆、気付かずに虐めに加担して行く恐ろしさを、彼女は判っていた。軀にも、心にも、刻まれた疵は未だ癒えず、彼女の精神はあの時の儘で停滞している。此の強い嫌悪を失くしたら、何も残らず死んでしまう、其れ位に。
泣き叫ぶでも無く、助けを求める為に辺りを見渡すでもなく。命を乞うでも無い。そんなアクアを君悪がり乍らも男の手が捕えるより疾く――、
燃え狂い、裂かば花。
病的に細く白い右腕が、熱量を伴わない焔に包まれ爆ぜた。彼女が纏う夜々より濃く不滲透性の炎は、一度燃え盛れば暴虐の限りを尽くし赦す事をしない。
嗚呼!
狂え――ただ一歩踏み出せば、意識はもう決まっている。
歪め――ただ一歩踏み出せば、標的はもう決まっている。
沈め――ただ一歩踏み出せば、煩瑣な事など意識にはない。
散れ――ただ一歩踏み出せば、荒ぶる膂力が双肩に満ち。
哭け――ただ一歩踏み出せな、燻ぶる憤怒を双肩に乗せ。
呻け――ただ一歩踏み出せば、死の漁火を急き立てる。
嘆け――ただ一歩踏み出した後には、其の
管轄の衛兵が駆け付けた頃にはすっかり悪党共は地面と接吻を交わし、みっともなく痛みに涙を流すばかり。
未だご機嫌斜めな小さな
『嬢ちゃん、小さいのに強いんだなあ!』
『助けに入る隙も無かったよ』
『ほら、大通りのクレープ屋のチケットだよ。ホイップクリームたっぷりがお勧めよ!』
『なんの! 彼処は甘ったるいんだ、ドリンク代だって要るだろう』
『広場で紙芝居をやるそうよ』
『さっき焼いた
『あ、そうよそうよ、こっちの
『おねーちゃん、ありがと!』
――――
――
幾千と在るはずの世界の中の、此の混沌に生まれた『わたし』は有り体に云えば不幸だ。
世界が憎いと思う。何もかもを滅茶苦茶に、跡形も無い位にぶっ壊してしまいたいなと何時だって思っているのは確かで、其れにしては自分の手は余りにもちっぽけで、地面に握りしめた拳を振り下ろした所で到底叶いっこ無くて。汚いものが見たくないから目玉を潰してしまいたくて、自分を傷付ける事もあるから軀中、何処も彼処も生傷が絶えなくて。
其れでも衣嚢の中、体温で溶けかけた生温いチョコレエトは甘くて、食べたクレープはお店のサービスが過ぎて少し食べ難かったけど美味しかったし、チケットの半券は勲章の様でちょっとだけ誇らしくも有って、有り触れた英雄譚で謳われる英雄は実は自分だってそうで、流しの道化師に周りと一緒に手拍子を打ってみるのは楽しくて、ぐんぐんと空を飛んでいく色とりどりの風船は綺麗で、明日の朝ご飯は何時にもなく豪勢だから今から楽しみで、もう少しだけ生きてみようと云う気にするから、可笑しいの。
春の潮鳴る夜の海、波の揺らぎにひらひら映る薄っぺらい
けれど、少女らしいひとひらの願いは必ずしも頓珍漢なものであるとは言い切れない。
痛みから身を守る為に幾重、幾千枚と膜を張った末に彼の宝石の美しさが産まれるのだとしたら、其の構造は耐え忍んだ長い長い月日に他ならず、苦しみを克服した証明なのだから。
――海に染まって全てが薄青く光る、一日の終わり。
軒先から盗んだ魚で腹を満たし睡る猫が、時折寝言の様に『