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陽光のオプターティオ
登場人物一覧
- アイシャの関係者
→ イラスト
あの日、固く繋いだはずの右手と左手は。
いともたやすく、ほどけてしまうから。
●Picnic
小鳥も歌わぬ午前五時。麗らかな春の陽気は息を潜め、まだ床は素足で触れるには早く。
「アイシャ、お疲れ。そろそろ俺が変わるから、休んでろ」
「ファクル! 有難う、でも大丈夫。だってお姉ちゃんだもの、少しくらいはかっこいいところ見せないと!」
「でも、それ俺も食うじゃん」
「そ、それはそうなんだけどね?」
「俺が手伝ったら不都合でもあんのかよ」
「ないけど、」
「なら、いいじゃん」
サファイアが瞬く。何かご不満が、と言いたげな瞳には『お姉ちゃん』であっても敵わない。ぐぬ、と顔を顰めた『愛しい』姉の頭をぽんぽんと撫で、頑張りやな少女への労いと感謝に代わって、力仕事と負担の大きな――かぼちゃの作業というのは!
「……それにかぼちゃなんて、切るの大変なんだし。こだわんなくったって良かったんだぞ」
と、体重をかけてかぼちゃを真っ二つにしたファクル。
「でもでも、かぼちゃとチーズを混ぜたサラダをサンドイッチにするの、ファクル好きだよね?」
と、割れたかぼちゃにご満悦なアイシャ。ファクルはそのまま一口大に切っていく。
「だって美味いもん。美味いもんが好きなだけだよ」
フライパンで軽く蒸したらかぼちゃは柔らかくなる。二人並んでスプーンで皮と分けて、クリームチーズや細かく切ったハムをアイシャが手際よく混ぜていく。
「ふふ、そうだね。美味しいもんね!」
くすくすと笑うアイシャ。ボールの中はかぼちゃの黄色にハムの桃色が踊る。アイシャの目配せに頷き、ファクルがマヨネーズとバジルを適量注げば完成だ。
「ほら。二人の方が早いだろ?」
「へへ、そうだね。うっかりだった!」
「まったく」
仕度は上々。
一斤まるまる買ってきたふかふかのパンをアイシャが薄く切り、ファクルはそれにバターを薄く伸ばしてオーブンへ。
二人ならこんなにも早い。姉弟ならば、なんだって!
「ファクル、お料理うまくなってきたんじゃない?」
「まーアイシャのこと手伝いたいと思ってた……ま、まぁ賄いもあったし。そういう依頼も何回か受けてたんだよ」
「へぇ! ふふ、お姉ちゃんのお手伝いをしようと思ってくれてたんだ、いいこだねえ」
「ばっ!? そ、そんなんじゃねーし!」
「はいはい。パン焦がさないでね?」
「わかってるよ!!」
アイシャはくすくすと笑い、ファクルは耳をぴんと立てて反抗する。そんな朝。
焼けたパンにはかぼちゃとクリームチーズのサラダ、ベーコンエッグからチキンカツを挟んで、色々な具材をたっぷりつかったサンドイッチを作っていく。
勿論、さっき残しておいたパンの半分と硬いバゲット、アプリコットに苺、ブルーベリーのジャムを持っていくことも忘れない。
だって今日は、皆でピクニックへ行くのだから!
大家族というだけあってこれだけで足りるかはわからないし、チョコレートやクッキーを持ち込むのも忘れない。
パンの耳はラスクに、チキンカツの端っこは朝ごはんに。そうやって、余ったところもおいしく食べればいい節約にもなるし、小さい子たちは喜んでくれるはずだ。
「ありがとう、ファクル。おかげで間に合ったよ」
「別に。皆楽しみにしてたし、俺が手伝わないのもおかしいしな。だって、俺もお兄ちゃんだし」
「あはは、そうだね!」
さあ、皆を起こして。まずは朝ごはんにしよう――
●Afraid
今日のピクニックは、ファクルが提案した。
突然何を言い出すかと思えば、息抜きだと言って。明日は仕事がないことも念入りに確認されていたけれど、問題は。
(お金、足りるかな)
下品な酒場で毎日働いて。胸も太腿も尻も、酒と煙草に塗れた下卑た男達が触れてくるような、そんな給料がいいだけの酒場で働いても、裕福だとか、人並みだと言うにはまだ足りない。
弟の願いならば叶えてあげたい。一番歳も近い、大切なファクルのお願い。
けれど、今月は既に切り詰めて暮らしているのだって、勘のいいファクルならもう気付いているだろう。
ならば、どうして――
「俺が材料は準備しておいたから。あとは飯を準備するだけだ」
「えっ」
「な、なんだよ。それくらい、俺にもできるっての」
「お、お金、だいじょうぶだったの」
「え? あ、うん。俺も働いてるし、たまには奮発してもいいかなって――」
「もう!! そういうのは、お姉ちゃんに先に言うこと!」
「え?! ……わ、わかった」
アイシャは心配していた。ファクルが危険な仕事を率先して受けているのが。
家族の為だとか、働き手が多い方がいい、とか。言っていることは正しくとも、それに納得できるかは違う。
生活費はファクルのおかげで増えている。そして、少しずつ暮らしやすくなっているのも事実だ。
けれど、怪我をして帰ってきてしまったら? 万が一、もう立ち上がれないようなことがあったら?そんな心配もあって、アイシャはファクルが用心棒を受けたりするのを良く思うことはできなかった。
不安そうなアイシャを望まずとも無視して仕事に行くのは、ファクルとて胸が痛かった。
泣きそうなのを我慢していってらっしゃいと笑う彼女の顔を見るたびに、自分まで泣いてしまいそうな錯覚に陥る。
だから。計画したのだ。
家族の為だけではなく、自分や、頑張りすぎなアイシャのために。
家族みんなで楽しめるようなお金の使い方を。
「……明日。ピクニック、しようぜ」
「……うん!」
●Spring
「あんまり遠くに行きすぎちゃだめだよ!」
「はぁーい!」
歳幼い妹弟たちは、花畑で大はしゃぎだった。
アイシャとファクルが風に吹かれながら、ギンガムチェックのレジャーシートを引いてパラソルを立てた。
「いいお天気で良かった。これも計画通り?」
「……てるてる坊主を作った」
「え!? ふふ、ファクルったら、そんなことまで?」
「るせえ! だって、雨だったら楽しめねえだろ」
「そうだねえ」
獣種だから。少女だから。少年だから。
差別や偏見が渦巻いた混沌。生き辛い世の中で、小さな身体で懸命に生きていくのは難しくて、摩耗してしまう。
だから、たまのご褒美が必要なのだ。家族みんなで楽しめるような、穏やかな。あたたかくて、幸せな。
春風がアイシャの銀糸を攫う。サファイアの瞳は陽光を受けて眩しく煌めいた。
ごはんを詰めた籠を降ろして、レジャーシートの上に座ったアイシャ。ファクルはその隣に寄り添って。
「ありがとね、ファクル」
「……おう」
照れくさそうにそっぽを向いた弟の頬は、少しだけ赤い。
日焼けなのか、照れなのか。それすらもわからないけれど。アイシャはファクルの頭を撫でながら立ち上がった。
「皆! そろそろお昼ご飯にするよ!」
「「はぁーい!!」
ある晴れた昼下がり。
陽光は煌めいて、幸せな家族の思い出の一頁を祝福する。
――こんな穏やかな日が、ずっと。続きますように。
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あの日、固く繋いだはずの右手と左手は。
いともたやすく、ほどけてしまうから。
ほどけないように。かたく、かたく。
この手で、繋ぎとめるんだ。