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『ご主人様』は奴隷と戯れる。我ら『物語』(私)を見て。

ベーコンを添えて

登場人物一覧

ロジャーズ=L=ナイア(p3p000569)
不遜の魔王
ロジャーズ=L=ナイアの関係者
→ イラスト

●私はまだ私で、貴方は私の『ご主人様』、ぐるぐる回る私の視界と脳髄がかき回されるみたいに、早く、早くと『ご主人様』の娯楽性狂気に身を浸して、私が何者であるかを知らしめる。

 どうしてこうなったのか、わからない。私は『ご主人様』の奴隷。猿ぐつわをはめられ、拘束具に全身をがんじがらめに、自由を奪われた。またあの大空を羽ばたく事があるのだろうか。背中の黒い翼は動かない。
 ああ、どこで失敗したの? 奴隷商にこの身を売られ、『ご主人様』に奴隷市で購われた。私はこれから、どうなってしまうの? と不安で仕方がなかった。その不安はすぐに絶望に塗り潰される。私にもう、自由はない――。

 私の体をナニカが掴み上げ、ドコカへ連れて行く。私はすぐにそのおぞましいナニカが、私を購った『ご主人様』だと知った。私を掴んで運ぶ体の感触の、適切な言い表し様がなかなか見つからない。体の内側から冷たくなって肌までざわつく、怖気が走ると云う言葉に実感を持たせる肉の感触と、語られた台詞を、今でも私はよく覚えている。

 『ご主人様』が、私を嘲笑った。
「我ら『物語』に購われた事を光栄に思うが良い。我ら『物語』は深淵を覗く。喜べ。歓喜しろ! 貴様は我ら『物語』の読み手に選ばれたのだ! 貴様の目で我ら『物語』を読み解き給え! 貴様が我ら『物語』の深淵を覗く時、我ら『物語』もまた、深淵から貴様の『物語』を覗く事を、欲すると知れ! ――其れが貴様の役目と心得よ。さすれば私は貴様に、生命の保証と衣食住の安定を与えん!」
 え? なんて? 言ったのか。
 聞こえている筈なのに、瞬時に理解が及ばない。少女のように可憐な女性の声が、何十にも重なって素晴らしいアカペラコーラスのように美しく芸術的な響いて聞こえる。私はその時、言葉の意味を紐解き損ねた。
 だからもう一度、聞きたいと思った。理解できないのが悔しくて、私はその意味を知りたい、理解したいと思った。なのに猿ぐつわのせいで、お言葉を聞き返す事もままならない。
 それでも私は考えて、理解するように努めなくては。
 私の生命は『ご主人様』のお気持ちひとつで、どうとでもなる、か細いモノ。
 『ご主人様』が私を購ったのも、きっと、気まぐれならば、私を破棄する時だってきっと気まぐれで起こるに違いない。せいぜい飽きられないように、『ご主人様』を愉しませ続けるモノであらねば――。


●『ご主人様』は私の目隠しを取り、お命じになられた。我ら『物語』を凝視せよ! 私はわからないものはわからないままでいいと悟ったが、私と我ら『物語』の境界線は、曖昧に、虹色の黒に染まって、赤い三日月が嗤う。


 我ら『物語』、いいえ、私は『ご主人様』から衣食住と表の仕事をいただいた。主な仕事は『ベーコン』の収穫、管理――今更だけど、この『ベーコン』は何の肉だろう? お客様に問いかけられても、答えられないので、困ってしまう。

 我らが『物語』、私は誰でしょう? 『ご主人様』をみつめていると、私は自分が誰だかだんだんとわからなくなる。最近ではあの声と存在を、心地良いと思う時もある。

 今日も私は表の仕事を終えて、我ら『物語』(私)の体は『ご主人様』に掴まれ、『ご主人様』がお気に入りの部屋へ、連れ込まれた。そこで目隠しを外され、『ご主人様』を見る。

 虹色の黒い人影。長身で細身のシルエット。赤い口が三日月型に釣り上がる。『ご主人様』を見ると、私の頭にチクリと痛みが走った。
下僕しもべよ、読書の時間お楽しみの時間だ。貴様は我ら『物語』をひたすらに読み上げよ! ――要約、我ら『物語』は貴様に命令を下す。貴様はそこで、私をひたすらに凝視せよ!」

 オーダーが下った。『ご主人様』が食卓に着かれる。
 幸いと云うべきか、不幸というべきか、私の悲鳴と言葉は、猿ぐつわで塞がれて『ご主人様』には届かない! 猿ぐつわをしている私が私。目の前にいる黒いお方が『ご主人様』! 目の前にいるのだから、間違う筈がない! 狂気に囚われるな。私は『ご主人様』ではない!

「貴様が深淵を覗いて、我ら『物語』と同化するのが先か、我ら『物語』が貴様の物語に飽いて、終幕とするが先か。娯楽である。――つまりは、目をそらすな!」

 フォークが背後の壁に突き刺さる。ご主人様が嗤いながら近づいてきた。醜悪極まりない怖気が走る。体の震えが止まらない。
「視よ。見よ。観よ。診よ。みよ。見よ! 我ら『物語』を読み、我ら『物語』と同一の存在となり給え! 我ら『物語』から目をそらす事は貴様に許されぬ! 我らが美学、グロテスクを知り給え。ゆっくりと、我ら『物語』を味わうが良い」
 そして『ご主人様』は、手に持っていた皿の中の『ベーコン』をぐちゃりと、押し付ける。腐った肉のすえた嫌な臭いがした。悲鳴をあげようとうめけば呻くほどに、肉を塗り込まれ、鼻先から吐き気を催す臭いを吸い込む。体をくねらし、抵抗したくとも、この全身を縛る拘束具だ。この『ご主人様』はその辺りところ、抜かりない。
「Nyahaha! これでは喰えぬか。ならば邪魔な其れを一時、外してやろう」
 猿ぐつわが解かれ、えづいて咳き込む。そこへ『ご主人様』の手が伸びて、私の口を無理やり開き、ニクが押し込まれる。それを吐き出さないように、再び猿ぐつわをはめられた苦悶といったらなかった。

「『ベーコン』の管理はもっと手抜かりなく、しっかりし給え。大事なのはホイップだ」

 これで一気に体力と気力を奪われた。
 
 私は一心不乱に、『ご主人様』の一挙手一投足を凝視する。
 食卓に並べられる盛り沢山の甘味の山。マカロン、ショコラタワー、マシュマロ、苺のショートケーキ、ホイップクリーム添え。あんみつ。フルーツタルト。フォイップクリームたっぷりのフルーツサンド……晩餐を行うご主人様を見ると同時に、少し眺め視ただけでもデザートだけで豪勢だ。

 頭が働かない。私はいったい何の為に、何を見させられているのだろう?
 頭痛がひどい。
 ひどく喉が渇く。渇いて、渇いて仕方がない。
 目眩がする。
 寒気が止まらない。この部屋が寒いのではない。『ご主人様』を見ていると、体の内側から寒気が登ってきて、指先から鼻先から冷えていく。
 吐き気がおさまらない。
 目の奥から、涙がとめどもなくあふれる。
 視界がぐるぐると回りだした。

 嗚呼、もうやめて。見たくないのよ。目隠しを返して。このままじゃ、私が私でなくなってしまう! 私を見て。我ら物語を見て。視て、みて。私は《物語》、ご主人様もまた《物語》、我ら《物語》の前では根源的恐怖等、説明不要!

 Nyahahahahahahahaha!!!

 目が回る。メリーゴーランドにサーカスが乗って、それに私が振り回されているみたいに、ぐるぐるする。気が狂うの、神様の声がキコエル。『ご主人様』をモット、ミナクtya……。

「Nyahahahahahahahaha!!! 貴様、もっと正気狂気を保て。オマエはボクを愉しませてくれる。もっと狂気度正気度を高めよ! これで終幕ではなかろうな?」

 諾。いいえ、私はご主人様ではない。

 見つめれば見つめるほどに気が狂いそうになる『ご主人様』
 もしかしたら私が『ご主人様』で『ご主人様』が私自身なのかもしれない。ぐるぐるしている内に『ご主人様』の中、嗚呼、なんだか楽しくなってきた!

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