SS詳細
The world is puddle-wonderful.
登場人物一覧
●Preludes.
冬草を優しい息吹で揺るは
青に透く緑は烟り、黄や橙に咲きたりて、鮮烈。辺りが一層明るく光り、東の地平線から眩い太陽が顔を覗かせ地や種々に深く濃い陰影が落とすと同時に、
足元から砂に伸びる形がくっきりと、そしてうんと長くなる朝が訪れると同時。女達が移動式の家屋から次々と貌を出し、
もう直ぐ一歳になろうかと云う弟は、落ち着きを得るには早いがクゥシュの膝の上で手掴み食べが出来たし、『お乳離れが早くて凄いわ』、『食べムラも無く良い子』と子育てを経験した者達は幼くも出来の良い彼を褒め称えた。『ひょっとして神童なんじゃないかしら』だなんて、其れは流石に言い過ぎだとは思うが兄としても鼻高々。嘗て一族に居た日の入り後の西の空を游ぐ流れ星の様な色をした
「近い内に街まで降りるが、何か欲しい物はあるかい?」
「青の染料を少し」
「
「クシャダ爺の薬は?」
「嗚呼、其れは忘れちゃならねえ」
「画用紙と
「こら、贅沢言わないの」
「はは、其れはお前が良い子にしてたらかな?」
「あら、じゃあ私も新しい耳飾りを強請ってしまおうかしら」
「おいおい、参ったな」
遊牧民である一族に取っては、自給自足の叶わない物を仕入れるのに山羊の乳や肉を貨幣に変えて得る必要がある。貧しくは無いが慎ましい暮らし。其れ等を売り捌けるかは男達の手腕に掛かっていて、山を降りるのも街の位置を正確に把握している一握り、足腰の丈夫な若い男達に託され女子供は彼等の帰還を労う料理を拵えて待つのが常であった。
「カーシィは? 何か欲しいものはない?」
「あ……うち、は。何も……」
ぺたり、困った様に折れる大きな耳。『カーシィ』と呼ばれた少女――撲つ雨粗し
一時は高熱に魘されて、
「そうと決まったら忙しいわね。
「うち、手伝いたいんだよ。もっと色々、覚えたい!」
「勿論よ、いつものメモと鉛筆を持っておいで」
「あら! カーシィったら、今日はお昼から刺繍のお稽古の約束だったでしょう?」
「そうだった……」
「じゃあお昼迄には解放しましょ、その代わり結構スパルタよ、良い?」
「……うん!」
●Provide,Provide.
絨毯織に、刺繍は一族に産まれた女であれば誰しもが通る道だ。幼い頃から謂わば花嫁修行として仕込まれる。古より受け継がれる其の技術で作られた作品は丈夫で生涯を共にする、文字通り一生物。一部の根強いファンや好事家から
新たな生命を祝福する、寒くない様にと名を入れたブランケットとして。
死者の旅の無事を祈る、死装束と、其の魂の安寧を想って包む布として。
もしも自分の
けれど少女は其れを不恰好だとは思わない。寧ろ、暑さにも寒さにも負けず洗練された仕草はしなやかで美しい様に、金剛光沢でさんざめく
「今日は貴女に此の布をあげようって想うの。其れで、図案の中で、縫ってみたい物はある?」
「……え、いい、んですか」
「良いのよ、
其れは、『練習用』と云うには余に上等な青く目の細かい綿。『でも』と渋るカーシィに、最初の一枚はどんな女の子だってそうやって始めるのよ、だなんて言われて了えば頷く他無い。差し出された図案帳は分厚く、古い紙から新しい紙まで触れれば歴史が感じる一冊。
早や白い菫に、しめり好きな慎ましい水仙は今が見頃。少し暑くなれば山辺に咲く大輪の
「頑張る、から、ヤギが良い」
「あら、あら、ねぇカーシィ。女の子が初めて糸を通した布を贈るのは、此処では『告白』の意味があるのよ。貴方を愛して居ますって」
「……!」
「其れで、山羊の角は四本なんでしょう?」
「あれ、どうして」
「……ふふ、あんな堅物、オススメしないけど、そうよねえ、顔は――……まあ、恰好いいわよねえ」
「……うん……」
「どれ、愉しいか」
「あら長」
「シャダ爺!」
「此の子ったら、初めての手帛を――……」
「あ、ああ、だめ、ナイショ!」
「何、何処の馬の骨だか識らんが、儂の弓の腕は此の腕になっても一族で一番だぞ」
「ダメ、ダメなんだよ、ね。ね?」
●Plide.
「ぁーだ、うー!」
「其れは弓矢だ、お前には未だ引けない。でも――”良い眼”だ」
矢を番え、晴天の空に向けて射る。空を舞う鳥の中でもとびっきり厄介で忌むべき敵が翼を翻して見えなくなる迄見送ってから――少年は
「ぅ!」
「彼れは鷲だ、小さな家畜位だったら難なく捕まえて飛べる。何も、山羊の
彼の膝で無邪気に甲高い聲で笑う弟が産まれて。
他の大人に追従する様に、或いは己の自由意思か。性格なんて云うどうしようも無い理由で其れに加担した自分が今では大っ嫌いだ。今は全てが後の祭りだ、出来ればもう一度逢って、其れで頭を下げて謝りたい。あの時より体躯も随分と大人に近付いて、聲だって変わったが自分だと気付いて貰えるだろうか。そんな事はどうでも良くて、『彼女』に邪険な視線を送ったのと同じ目玉で、『彼女』と同じ色の髪を見て、其れを愛おしいと思う事が赦される免罪符が欲しいだけかも判らなかったけど。
「嗚呼、そうだなあ。俺は、次世代のリーダーだ。――けど、お前には好きな様に生きて欲しい」
一族の暮らしが窮屈で、外の世界を観たいと云うのなら山を降りてくれたって良い。其処で勉学に励んでくれても良い、山に居て普通に学べる事は最低限の文字の読み書きとちょろまかされない程度の数の数え方位なもので、自給自足の生き方なんて街での暮らしの中では有って無駄にはならなくとも余剰だろう。
剣を持って旅に出たいと云うのなら、きらきらと燦めく兜と馬毛の房飾り、其れに鎧と籠手に脛当てを設えよう。丈夫になる様に一針、一針入れた革のバッグと、青銅の剣を持してやって――沢山の仲間に囲まれたら其れで良い。
何だって良いけれど、便りがないのは良い便り、手紙なんか気にせずに生きて欲しい。
「随分と甘くなったもんだな」
「じ、爺さん! ……何処から聴いて、」
「儂だったら彼処で赤子の前だとか手心を加えずに撃ち落としている。冬は皆腹が空いているのだから」
「……悪かった、お手上げだ。今度から、そうするよ」
「クゥシュ、お前さんとて好きに生きて良い。此処は別に裕福ではないが、貧しくも無いんだ」
「俺は此の暮らしが性に合ってるから良いんだよ、別に」
「そうか、そうか。ほぅれ、小さいの。
「よーし、思いっきり引っ張ってやれ!」
「ぁー!」
●Pastoral.
最初に白い息と共に聲を零したのは頬を真紅に染めた子供達だった。山を登って来る男達の元へと歓声と共に駆けて行き、女達は大鍋に水を張り湯を沸かし始める。
確と愛し子達を腕に受け止め歩む貌は満足気な笑顔で、其れだけで今回の仕入れの成果は上々だと 目に見えて判った。荷物を開く前に皆して長老のクシャダへ帰還を告げる挨拶を。
「此れ、腰痛に良く効くって噂の塗り薬です」
「おや、またお前さん、カモにされてないか?」
「嫌だなあ、其れはもう三年は前の話ですよ!」
「爺ちゃん何処か悪いのー?」
「わたし達でお薬塗ってあげる!」
「ほっほ、未だ未だ若い気分でいたんだがな」
其の間にお湯がぐらぐら沸いたなら、黒茶をレンガ型に固めた団茶を砕いて数欠片。其処に少量の塩と朝に絞った生乳を入れて一煮立ち。ボウルにたっぷり注いだ塩入り
「カーシィ、おいで」
初回こそ戸惑いはしたものの、此れが二回目となれば馴れはせずともお茶を啜りつつ適当にテントの外に避ける事を覚えた少女は、不意に名を呼ばれ耳も背筋もピィンと伸びて怖々と扉から貌を覗かせた。
「こういう時はね、おねだり上手になるか、こうやって欲しいのを確保するのが上手くならなきゃ!」
「う、うん……でも、」
――悪いよ、そう口が遠慮を吐く前に其の手に置かれたのは両手でも余る木箱。
「貴女用の裁縫箱よ、中身は此れから一緒に揃えて行きましょう?」
「え、あ、……ご、」
「ご、じゃなくて?」
「……ありがとう……!」
漸く云えた感謝の言葉と幸せの重みを噛み締め乍ら、漸く上を向けば誰もが屈託なく笑って居て、其れから、と垂れ髪に挿して貰った簪は恋する乙女の味方、八重咲きのうばら。
陽気な誰かが唄い出せば皆が続いて、琴やら笛やら奏でられ、深々と降り積もる皓の恐ろしさや寒さを払拭する
人、人、皆に愛おしまれる事になる、今は蕾の美しき花もこまごまと脣に音を乗せて其の
- The world is puddle-wonderful.完了
- NM名しらね葵
- 種別SS
- 納品日2021年03月08日
- ・カシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)
・カシエ=カシオル=カシミエの関係者
・カシエ=カシオル=カシミエの関係者