PandoraPartyProject

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The world is puddle-wonderful.

登場人物一覧

カシエ=カシオル=カシミエ(p3p002718)
薔薇の
カシエ=カシオル=カシミエの関係者
→ イラスト
カシエ=カシオル=カシミエの関係者
→ イラスト

●Preludes.
 冬草を優しい息吹で揺るは西風ゼヒュロス。澄んだ空気と星満つる夜を超えて、あどけない少女がする恋の色彩いろどりの様な、薔薇色に染まり出せば其れは先触れ。
 青に透く緑は烟り、黄や橙に咲きたりて、鮮烈。辺りが一層明るく光り、東の地平線から眩い太陽が顔を覗かせ地や種々に深く濃い陰影が落とすと同時に、あけ段階きざはしが差し伸べられる瞬間なぞは、何度、何百と観ても美しいものだと思う。そして屹度此れから何千と拝むとしても思いは変わらないのだろう。
 足元から砂に伸びる形がくっきりと、そしてうんと長くなる朝が訪れると同時。女達が移動式の家屋から次々と貌を出し、静謐夜明けはあっという間、至る所で朝食の準備が始まるのだ。先ずは寝ずの番をして居た守役達に温かい塩漬け肉のスープとナーンが振る舞われ、彼等が仮睡うたたねを摂るのと入れ替わりになる形で、眠いとぐずる子供達をやっとの思いで起こして来た男達も共に盛り付けられた皿を囲み、賑やかさが増す。
 もう直ぐ一歳になろうかと云う弟は、落ち着きを得るには早いがクゥシュの膝の上で手掴み食べが出来たし、『お乳離れが早くて凄いわ』、『食べムラも無く良い子』と子育てを経験した者達は幼くも出来の良い彼を褒め称えた。『ひょっとして神童なんじゃないかしら』だなんて、其れは流石に言い過ぎだとは思うが兄としても鼻高々。嘗て一族に居た日の入り後の西の空を游ぐ流れ星の様な色をした乙女カシエと同じ髪の色は、異端の色。けれど小さい乍ら、立派な四本の山羊の角は一族の守人である証。ツンと澄ました態度を取る彼も、弟には甘く――愛おし気に頬が緩むのには本人以外の全員が識っている事だ。

「近い内に街まで降りるが、何か欲しい物はあるかい?」
「青の染料を少し」
ヤーンと、其れから鋏を研いで頂きたいのだけれど」
「クシャダ爺の薬は?」
「嗚呼、其れは忘れちゃならねえ」
「画用紙と堊筆クレヨン!」
「こら、贅沢言わないの」
「はは、其れはお前が良い子にしてたらかな?」
「あら、じゃあ私も新しい耳飾りを強請ってしまおうかしら」
「おいおい、参ったな」
 遊牧民である一族に取っては、自給自足の叶わない物を仕入れるのに山羊の乳や肉を貨幣に変えて得る必要がある。貧しくは無いが慎ましい暮らし。其れ等を売り捌けるかは男達の手腕に掛かっていて、山を降りるのも街の位置を正確に把握している一握り、足腰の丈夫な若い男達に託され女子供は彼等の帰還を労う料理を拵えて待つのが常であった。
「カーシィは? 何か欲しいものはない?」
「あ……うち、は。何も……」
 ぺたり、困った様に折れる大きな耳。『カーシィ』と呼ばれた少女――撲つ雨粗しながき日に迷い出し狼の獣種ブルーブラッドはたっぷりとウルムを載せたパンを齧るのを止めてかぶりを振る。ほんのり甘いクリーム状の其れが口の端に着いているのを見遣ると、『遠慮なんてしなくて良いのよ』と苦く笑った女が拭いてやる。生きていれば少女と同い年位になる筈の子供が居たのだと云う此の女性は特に良く世話を焼いてくれていて、彼女も懐いていた。少しお姉さんぶりたい年頃ではあるものの、未だ未だ子供だ。
 一時は高熱に魘されて、たま迷いすらしたらしい。皆で代わる代わる容態を診て、雪のひらよりずっと冷たい清水を軀に当てがい必死に呼び掛けた。目醒めた時には、意識どころか記憶すら手放してしまったらしい心細げな少女。一族へと迎え入れる事が決まった、今迄の在り方を根本から変える事にした瞬間ときに吹いたのは凝り固まった固定概念に別れを告げる雪解風ゆきげかぜ。『受け入れる』と云う難しさと確かに向き合った、優しく暖かい花菜風はななかぜ
「そうと決まったら忙しいわね。乾酪チーズの包装に、清酒アルヒももっと足さなくちゃ」
「うち、手伝いたいんだよ。もっと色々、覚えたい!」
「勿論よ、いつものメモと鉛筆を持っておいで」
「あら! カーシィったら、今日はお昼から刺繍のお稽古の約束だったでしょう?」
「そうだった……」
「じゃあお昼迄には解放しましょ、その代わり結構スパルタよ、良い?」
「……うん!」

●Provide,Provide.
 絨毯織に、刺繍は一族に産まれた女であれば誰しもが通る道だ。幼い頃から謂わば花嫁修行として仕込まれる。古より受け継がれる其の技術で作られた作品は丈夫で生涯を共にする、文字通り一生物。一部の根強いファンや好事家から熱狂的な支持オファーやアプローチを受けて居るが、かと言って滅多に市場に出回らせる訳もなく、其の殆どが群れの中で使われている。
 新たな生命を祝福する、寒くない様にと名を入れたブランケットとして。
 死者の旅の無事を祈る、死装束と、其の魂の安寧を想って包む布として。
 もしも自分のつがいが早くに旅立ってしまったとしても、培った技術は裏切らない。立派な葬式を挙げてやる為に、そして其の後の身銭を稼げる様に――そんな側面があるからこそ、安易に売る事をしない、伝統を紡ぐ強かな女達の手の皮は、何度も針に負けて傷を作り、布で擦れて豆になり、そうして厚いものへと成って行く。
 けれど少女は其れを不恰好だとは思わない。寧ろ、暑さにも寒さにも負けず洗練された仕草はしなやかで美しい様に、金剛光沢でさんざめくくさび石チタナイトの眸には映った。
「今日は貴女に此の布をあげようって想うの。其れで、図案の中で、縫ってみたい物はある?」
「……え、いい、んですか」
「良いのよ、手帛ハンケチにでもお使いなさい! ふふ、ここら辺の白い花とか似合うと思うけど」
 其れは、『練習用』と云うには余に上等な青く目の細かい綿。『でも』と渋るカーシィに、最初の一枚はどんな女の子だってそうやって始めるのよ、だなんて言われて了えば頷く他無い。差し出された図案帳は分厚く、古い紙から新しい紙まで触れれば歴史が感じる一冊。
 早や白い菫に、しめり好きな慎ましい水仙は今が見頃。少し暑くなれば山辺に咲く大輪の早百合さゆりが背を伸ばす姿は清廉で、花の盛り手折るには痛みを伴う白薔薇そうびは憧れの気高さ。無垢な朝顔に、濁りなく咲う秋桜コスモスで指で辿る四季はひと廻、『ヤギは無いのかな』と呟けば『あるけど難しいかも』との答えに。
「頑張る、から、ヤギが良い」
「あら、あら、ねぇカーシィ。女の子が初めて糸を通した布を贈るのは、此処では『告白』の意味があるのよ。貴方を愛して居ますって」
「……!」
「其れで、山羊の角は四本なんでしょう?」
「あれ、どうして」
「……ふふ、あんな堅物、オススメしないけど、そうよねえ、顔は――……まあ、恰好いいわよねえ」
「……うん……」
「どれ、愉しいか」
「あら長」
「シャダ爺!」
「此の子ったら、初めての手帛を――……」
「あ、ああ、だめ、ナイショ!」
「何、何処の馬の骨だか識らんが、儂の弓の腕は此の腕になっても一族で一番だぞ」
「ダメ、ダメなんだよ、ね。ね?」

●Plide.
「ぁーだ、うー!」
「其れは弓矢だ、お前には未だ引けない。でも――”良い眼”だ」
 矢を番え、晴天の空に向けて射る。空を舞う鳥の中でもとびっきり厄介で忌むべき敵が翼を翻して見えなくなる迄見送ってから――少年は立派な観測者赤子の弟の頭を撫でてやった。
「ぅ!」
「彼れは鷲だ、小さな家畜位だったら難なく捕まえて飛べる。何も、山羊のケツを追い回すだけが山に生きる男の仕事じゃあない。……――でも、」
 彼の膝で無邪気に甲高い聲で笑う弟が産まれて。狼の少女カーシィを受け入れて。一族は目に見えて変わったと思う。否、もっと前に先触れはあったのだ。其の時は未だ皆頭も固くて、盲いた眼をしていた。古きを重んじて、其れを『伝統』だとか『血統』だなんて言葉で武装して、誰もが其れを煙たがり、遠巻きに見て居た。
 他の大人に追従する様に、或いは己の自由意思か。性格なんて云うどうしようも無い理由で其れに加担した自分が今では大っ嫌いだ。今は全てが後の祭りだ、出来ればもう一度逢って、其れで頭を下げて謝りたい。あの時より体躯も随分と大人に近付いて、聲だって変わったが自分だと気付いて貰えるだろうか。そんな事はどうでも良くて、『彼女』に邪険な視線を送ったのと同じ目玉で、『彼女』と同じ色の髪を見て、其れを愛おしいと思う事が赦される免罪符が欲しいだけかも判らなかったけど。
「嗚呼、そうだなあ。俺は、次世代のリーダーだ。――けど、お前には好きな様に生きて欲しい」
 一族の暮らしが窮屈で、外の世界を観たいと云うのなら山を降りてくれたって良い。其処で勉学に励んでくれても良い、山に居て普通に学べる事は最低限の文字の読み書きとちょろまかされない程度の数の数え方位なもので、自給自足の生き方なんて街での暮らしの中では有って無駄にはならなくとも余剰だろう。
 剣を持って旅に出たいと云うのなら、きらきらと燦めく兜と馬毛の房飾り、其れに鎧と籠手に脛当てを設えよう。丈夫になる様に一針、一針入れた革のバッグと、青銅の剣を持してやって――沢山の仲間に囲まれたら其れで良い。
 何だって良いけれど、便りがないのは良い便り、手紙なんか気にせずに生きて欲しい。
「随分と甘くなったもんだな」
「じ、爺さん! ……何処から聴いて、」
「儂だったら彼処で赤子の前だとか手心を加えずに撃ち落としている。冬は皆腹が空いているのだから」
「……悪かった、お手上げだ。今度から、そうするよ」
「クゥシュ、お前さんとて好きに生きて良い。此処は別に裕福ではないが、貧しくも無いんだ」
「俺は此の暮らしが性に合ってるから良いんだよ、別に」
「そうか、そうか。ほぅれ、小さいの。ジジイの髭を触るか? 子供なら誰しもが虜になる髭だぞ」
「よーし、思いっきり引っ張ってやれ!」
「ぁー!」

●Pastoral.
 最初に白い息と共に聲を零したのは頬を真紅に染めた子供達だった。山を登って来る男達の元へと歓声と共に駆けて行き、女達は大鍋に水を張り湯を沸かし始める。
 確と愛し子達を腕に受け止め歩む貌は満足気な笑顔で、其れだけで今回の仕入れの成果は上々だと 目に見えて判った。荷物を開く前に皆して長老のクシャダへ帰還を告げる挨拶を。
「此れ、腰痛に良く効くって噂の塗り薬です」
「おや、またお前さん、カモにされてないか?」
「嫌だなあ、其れはもう三年は前の話ですよ!」
「爺ちゃん何処か悪いのー?」
「わたし達でお薬塗ってあげる!」
「ほっほ、未だ未だ若い気分でいたんだがな」

 其の間にお湯がぐらぐら沸いたなら、黒茶をレンガ型に固めた団茶を砕いて数欠片。其処に少量の塩と朝に絞った生乳を入れて一煮立ち。ボウルにたっぷり注いだ塩入り乳茶ミルクティーで暖を取りながら本格的な戦利品の山分けが始まれば、普段は慎ましくも見える女達とて黙っては居られないのであろう。此の時ばかりは手も口も姦しく、絶えず絨毯の上を動き回る。
「カーシィ、おいで」
 初回こそ戸惑いはしたものの、此れが二回目となれば馴れはせずともお茶を啜りつつ適当にテントの外に避ける事を覚えた少女は、不意に名を呼ばれ耳も背筋もピィンと伸びて怖々と扉から貌を覗かせた。
「こういう時はね、おねだり上手になるか、こうやって欲しいのを確保するのが上手くならなきゃ!」
「う、うん……でも、」
 ――悪いよ、そう口が遠慮を吐く前に其の手に置かれたのは両手でも余る木箱。
「貴女用の裁縫箱よ、中身は此れから一緒に揃えて行きましょう?」
「え、あ、……ご、」
「ご、じゃなくて?」
「……ありがとう……!」
 漸く云えた感謝の言葉と幸せの重みを噛み締め乍ら、漸く上を向けば誰もが屈託なく笑って居て、其れから、と垂れ髪に挿して貰った簪は恋する乙女の味方、八重咲きのうばら。
 陽気な誰かが唄い出せば皆が続いて、琴やら笛やら奏でられ、深々と降り積もる皓の恐ろしさや寒さを払拭する早足の歌ディミニューション
 人、人、皆に愛おしまれる事になる、今は蕾の美しき花もこまごまと脣に音を乗せて其の饗宴うたげへ混じって行く。色めき馨る憧憬あこがれの季節は直ぐ其処まで。優しい許りでは無い、山に生きる彼等には一日で四季が廻るとも云われる春を思わせる落日は黄成りて、今日の、昨日の雪を融かしていた。

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