PandoraPartyProject

SS詳細

ベルナルドと泰助の話~クソガキコーディネーター~

登場人物一覧

ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
ベルナルド=ヴァレンティーノの関係者
→ イラスト

「アガールド・ザムサイン様へお目通りを願います」
「ならん」
「俺、画家志望なんです。ひと目作品を見ていただけたら……」
「ならんならん」
「お願いです。お時間が必要でしたら後日また伺いますから!」
「ならんと言っておるだろう、しつこいガキだ」
 門番は槍の柄を振り、ベルナルドを威嚇した。
「こっちだって人生かかってるんです! お願いします! お願いします!」
「くっ、このガキ!」
 振り回した槍の柄をベルナルドは受け止め、がっちりと握り込んだ。鍛えられた大人と画家志望の子ども、膂力は違いすぎるたが、ベルナルドは根性で食いついていた。
「こら離せ、離さんか、うっとおしいやつだな」
「お願いします! ご指導くださるだけでいいんです!」
 右に左に槍の柄は振れ、そのたびにベルナルドは引きずり回された。カバンの蓋が開き、中にはいっていたスケッチが道端に広がる。
「何を騒いでいるのだ」
 重い声が聞こえた。顔を上げた先には、屋敷の方から杖をついてやってくる老人の姿。天義の著名な画家、禿頭で残った髪を長く伸ばし、白を貴重とした豪奢な服をまとっている。その袖が絵の具で汚れていることにベルナルドは気づいた。おそらくあの服は作業着でしかなく、脱いでしまえばもう二度と袖を通さないのだろう。洗濯しすぎで色落ちした自分の一張羅が、ベルナルドは急に気恥ずかしくなった。だが、と思い直す。これは千載一遇の好機だと。ベルナルドは門の格子にすがりついた。
「ザムサイン様、人物画のザムサイン様でいらっしゃいますか!」
「いかにも」
 老人はゆるくうなずいた。
「俺の絵を見ていただきたいのです。お願いです、どうか弟子にしてください、下働きでも何でもやります!」
 ザムサインはすっと目を細め、地面へ散らばるスケッチへ目を通した。そして、鼻で笑った。
「名前は?」
「ベルナルド=ヴァレンティーノです!」
「出身は?」
「えっと、わかりません。でも孤児院ではみんなのまとめ役をやっています!」
「話にならんな」
 老人は低い声で意地悪に笑いながらスケッチをつまみ上げ、ベルナルドの顔の前で振った。
「いいかね、少年。何事にも品格というものがある。それは絵も同じだ。鑑賞者は絵をとおして画家の品格に心打たれるのだ。それが良い絵というものだ。そして品格は生まれついた時に授かるものだ。後から身につくものではない」
 ベルナルドは崖へ突き落とされた気分だった。血の気が引いていき、老人の声が脳内でぐわんぐわんと大きく鳴り響く。
「さらばだ少年。二度とわしを煩わせるな」
 老人はスケッチを握りつぶすと、ベルナルドへ向けて放った。それは呆然としていたベルナルドの頬へこつんと当たった。

(絵の評価が生まれや品格で決まるなら……孤児の俺が描いた絵は一生誰にも振り向いてもらえないってことじゃないか)
 ベルナルドはとぼとぼと歩いていた。高級住宅街の道は美しく舗装されている。見た目だけなら天国のようだ。だがここにも厳然とした差別があり、身分の差がある。
(アネモネ、俺は……)
 最初の涙がほろりとこぼれようとしたその時、ベルナルドは肩を叩かれた。
「いいね、オマエ……とってもストレスフルだ!」
「は?」
 振り返った先では絵の具を頭からかぶったような男が、口中で飴を転がしながら立っていた。テレピン油の香りがベルナルドの鼻孔を刺激した。画家だ、間違いない。
「あともう少し引き伸ばしてくれればオニーサンも巻き込まれにいったのに、どうしてあそこでねばらなかったんだ。もったいない、もったいないねぇ」
 変人だ、間違いない。
「あ、あのお、俺、このあと用事があるので……」
「冗談だろ? どう見ても捨てられた子犬4日目ってツラしてたよ? まあちょっと絵を見してみ」
「だ、誰なんですかあなた!」
 胸に掻き抱いた絵から一枚するりと抜き出され、ベルナルドはあわてて取り返そうと手を伸ばした。しかし男に頭を抑えられ、身動きできない。
「いいねえ、いいよオマエ、この聖女のスケッチなんて生きているかのようだ」
「返せ、いいから返せよ!」
「よし、決めた! オマエは今日から俺のものだ!」
 ベルナルドから本日2回めの「は?」が漏れ出た。

 そのまま勢いで彼のアトリエに連れられていったベルナルドは、壁一面を埋め尽くす意味不明の絵画にキョトンとした。
「なんですか、これ」
 返事の代わりに雑誌が投げつけられた。タイトルは「今年の聖なる100人」そのなかに先程聞いたばかりの男の名前があった。
『七色Alex』小昏 泰助。現代美術のカリスマ。永遠に色褪せない作品は誰をも魅了する──。
(絵の具を適当に混ぜたくっただけにしか見えないんだけど)
「いま、絵の具を適当に混ぜたくっただけにしか見えない、と思ったな?」
 隣の部屋から盆の上にマグカップを2つ乗せて泰助が登場した。
「それは空気を描いた習作だねぇ。雰囲気、オーラ、感覚、虫の知らせ、もろもろ、そんな時に感じる空気。だが」
 泰助は海より深いため息をついた。
「残念なことにオニーサンはスランプだ」
 目の前に置かれたコーヒーを、ベルナルドは口にした。冷えた体にしみいるような美味だった。思わず心が軽くなり、ベルナルドは「ありがとうございます」と口にした。その途端……。
「ノーマナーだ!」
「ふぁっ!?」
「そこは『こんなまずいもの飲ませやがってコーヒーもろくに入れられないのかバカ師匠が!』だろ?」
「そっちのほうがマナーに反してる気がしますが……」
「俺がノーマナーだと言ったらノーマナーだ。覚えておくように」
「あ、はい」
「さてベルベット君」
「ベルナルドです」
「あの腐れ老害ジジイに何を言われたかだいたい想像はつくが、気にする必要はない。いい作品はそんなものに準拠しない」
 はっきりと断じられ、ベルナルドは思わず泣きそうになった。が、それに続く泰助の言に涙も引っ込んだ。
「違うんだよ。いい作品ってのはな、己を追い詰めて追い詰めて反吐が出るほど追い詰めて極限のストレスを叩き込むんだ。幸福で平穏で退屈な日常からは平凡な作品しか生まれないんだ……」
(闇、深っ!)
「というわけで、おまえを孤児院から引取り弟子にする代わりに、おまえは俺のために『ドSな弟子』を演じてほしい。俺は女は大好きだがガキは大嫌いだ、だからぜひオマエにここに居てほしい」
「はぁ……つまり俺がストレス源になると……」
「そう、そのとおりだよ、わかってるじゃないか。じゃあさっそくやってみようかぁ」


「こ、『コーヒーがまずいぞ師匠』」
「ぜんぜんだね、もうちょっとがんばれ、いけるいける! オマエならできる!」
「『湯の注ぎ方が雑だぞバカ』」
「いいよ、その重箱の隅を掘るような指摘! もっとそのとってつけてる感がなくなると最高なんだけどなぁ!」
「ええい『さっきから何いってんだよわかんねーよ、いいからさっさとコーヒー淹れ直してこいクソ野郎!』」
「ナイス……!」
 泰助はガッツポーズを取ったままふるふる震えている。
「いいね、ストレスフルだ……やっぱりオマエには才能があるよベルベルド」
「ベルナルドです」

 こうしてベルナルドは方向性がまるっきり違う師匠に引き取られることになった。
『ドSな弟子』……うーん、つまりクソガキになればいいんだろうか。一度孤児院へ戻って年下たちに話を聞いてみようかと頭を悩ませるベルナルドだった。

PAGETOPPAGEBOTTOM