PandoraPartyProject

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伝い落ちる花霞の雫を受け止めて

登場人物一覧

ルチアーノ・グレコ(p3p004260)
Calm Bringer
ノースポール(p3p004381)
差し伸べる翼


 ――馬車に揺られている間、二人の会話がいつもより口数少なく感じられたのは気のせいだろうか。

 とある山中。
 馬車を停めた『Calm Bringer』ルチアーノ・グレコ(p3p004260)が木陰に馬を繋いでいる間、その背景ではどこか心此処に在らずといった様子の恋人の姿が映っていた。
 憂いを帯びているのとは違う。その様子は彼女が何か読み解いている際に見せる、彼女だけの独白。
 追憶に思いを馳せているのか、それとも。
「お待たせ。この辺りは賊が殆ど出ないらしいから、馬車はこれで大丈夫。
 ――それじゃあ、行こうか。ポー」
「あ……うんっ、ありがとうルーク!」
 『白金のひとつ星』ノースポール(p3p004381)は覗き込むように目線を合わせてきたルチアーノに一瞬驚く様を見せながら手と首を振って。
 誤魔化す様に笑う彼女に、彼はそっと微笑み返した。

 軽い装い、バックパックやバスケットを手にして彼等は山間の森の中を登り始める。
 ノースポールが過去の記憶を取り戻して暫く経った今。その目に映る景色に多少の違いはあれど、幼い頃から触れて来た世界がそのまま残されている様に思う。
 不思議な感覚が湧き上がって来るのをノースポールは感じる。
 人の手が殆ど入らなくなってしまい、山道が途切れていても。過去の『ポラリス』がまるで導くようにノースポールの前を軽々と駆けて道標を示してくれた。
 それを追うように進む彼女の背中を見守るルチアーノは何も言わずに追従する。
(適当に進んでる、ってわけじゃないよね。もしかしたらポーには道筋が見えてるのかも知れない)
 以前に、ルチアーノはノースポールから森を駆け回っていた様な話を聞いた事を思い出していた。
(鬱蒼とし過ぎず。風がよく通り抜ける心地の良い森、ここで彼女は暮らしていたんだね)
 暫く進み。突如視界が開ける。
 燦々とした陽射しが木々の隙間から差し込んでいた為だろう。彼等のハイキングはプツリと途切れたように終わりを迎えた。

「着いたよ! ここが、私の故郷の村……」
 髪を撫でる風がノースポールから過去と現在の境目を失くしてしまう。
 彼女の故郷は目の前に在った。柵に覆われた畑や、自分が生まれる前から建てられていた家々に、村の四方に建てられた自警団の見張り台。
「ポー」
「っ! ふわ……えっとっ」
 いつの間にか握られていた手の感触。
 隣で優しく微笑みかけてくれている恋人の呼ぶ声に、ノースポールは自身の手が微かに震えていた事に気づいた。
 もう大丈夫だと思って来たのに過去の惨状がフラッシュバックしてしまった。その事実に途惑いそうになる彼女の手を、ルチアーノはもう一度握り締めた。
「大丈夫、僕が傍にいるからね!」
「……! ありがと、ルーク……」
 恋人を支えたい一心から出た言葉。
 それは不安に揺れる心をしっかりと捉えて、温かい気持ちを取り戻させてくれた。
(そうだ。今日は暗い気持ちに沈む為に来たんじゃないっ)
「うん、大丈夫! それじゃ、行こっか!」
 改めて前を見つめてみる。
 荒れ果ててはいないが――そこには瓦礫と、廃墟となった村に薄く彩られた新緑の"芽"が視界に広がっている。
 『あの夜』の事はとても辛くて、きっと何かのきっかけで今も泣いてしまうかも知れない。
 けれど、とノースポールは思う。悲劇で終わらせないために、今日自分はここに、彼(ルチアーノ)と共に来たのだ。
 小さく芽吹いている新たな命が何か意味を示している。そんな気がしたのだった。
「……ふふっ、確か "騎士様" が村の人達を弔ってくれたんだよね。荒れ放題って程じゃなさそうで良かったね、ポー」
 緊張が抜け、いつもの雰囲気を恋人が取り戻したのをニコニコと見届けると。ルチアーノは村の様子をぐるりと見渡した上でそう言った。
 閑散としてはいるが、倒壊した家屋や破壊の痕がばら撒かれていた惨状をノースポールが思えば――そこには人の手が入った事で片付けられた風に見える部分がある。

 暫し村を横断すれば、綺麗に手入れされた墓標が村の最奥で迎えるように佇んでいた。
「ここが、皆のお墓……」
 墓標の数は一つだけ。それが良い事なのか悪い事なのかはよく分からなかったが、ただ傍らにいたルチアーノはそれがノースポールを思っての事なのだろうと察する。
 近づき見れば『白羽を掲げし村人、善良なる者、此処に眠る』と墓碑に刻まれていた。
 そして、その墓前にはスイートピーの花弁が散らしてあった。
「……あれ? 誰か来てたのかな?」
「ああ、お墓はもしかしたら騎士様達が見守ってくれているのかもしれないね」
「騎士様達が……そっかぁ、えへへ」
 記憶を取り戻してから気がかりじゃなかった訳ではない。やはり、村の様子はどうなっているのだろうという思いはあったし、何より幼い日に世話になった彼等が寂しそうにしているのは……胸が締め付けられる感覚を覚えてしまう。
 そうではない、だから安心した。
 やはり、来てよかったのだ。
 先に訪問してくれていた大切な人達への感謝の気持ちがまた一つ増えつつ、ノースポールは手元のバスケットを開けた。
「この村では、死者にお花を供える時は花弁にして撒くの。
 その人に伝えたいことを花弁に託して、天国まで届け! ってね。私達も、やろっか!」
「うん。それはとても素敵だね、花弁を天国に送り届けよう!」
 快く頷いたルチアーノはノースポールがバスケットの中からふわりと差し出した花々を迷わずに取る。
 明色豊かなそれぞれがどんな意味を持つ花なのか、それを敢えて問わずとも彼女の選んだ花こそ意味があるのだから――
 ――いつかの日。彼女の名が有する花言葉を調べた際に『シオン』と『ポーチュラカ』、『クチナシ』の花を見かけた事もあったが。
(確かポーチュラカの花言葉はいつも笑顔、いつも元気だったかな? クチナシは幸せを運んでくれる意味だね。
 シオンは……うん。そっか、これがポーのご家族に届く花なんだね。ポー)
 紫の花弁をルチアーノは祈る様に一度だけ、その掌の内で包み囁く。
 どうか届きますように、と。
 目を移した時、丁度ノースポールが両手に持った花弁を一番気持ちの良い風が吹く瞬間を見計らっていた時だった。

「いくよ? せーのっ!!」

 ――両手いっぱいの花弁を、思いっきり放り投げる。
 村を吹き抜けた一陣の風が二人の投げた花弁を攫うように巻き上げ、二度、三度と渦を巻いた後に中空に色彩が散って行った。
 二人は。
 一言も言葉を発さずに、空に舞い上がって行った花弁へ想いを乗せるようにしばらくの間見送るのだった。

(――お父さん、お母さん、ネル。それから、村の皆。
 私、皆の分も元気に生きるね――そして、幸せになる。ルークと一緒に!)

(――村の皆さん、そしてポーのご家族へ。
 ポーは元気に、明るく前を向いて生きています……どうか見守っていてください)

 片や、遠くに行ってしまった人達を思いながら自分はもう一人では無い事を伝えるように。
 片や、恋人を想うが為に。そして彼にとっての願いは彼女の幸福であるが故に……ここで願いはしない。
 空の彼方へ伸びて行った花弁の軌跡を見送ったノースポールの横顔を、ルチアーノは静かに見つめる。
 彼女の望む事なら何だろうと叶えてあげたい。これは、願いとは違う。
 必ず実現するつもりだった。
(その為には、今よりもっと強くならなきゃ)
 決意を新たにする彼の傍ら、ほぅと息を吐いたノースポールが向き直っていた。
「……ありがとう、ルーク」
 お腹すいてきたし、あっちでお昼にしよっか? と、彼女は言った。
 今までよりもずっと軽やかな雪鳥のように、満面の笑顔で。


「小さいけど川が流れてて、気持ちいいんだよ~♪」
 ノースポールに案内されて村からそう離れていない小川に辿り着くと、ルチアーノの耳に木々のささめく音とせせらぎの音とが合わさり聴こえて来る。
 あれー、あの岩は無くなっちゃったのかな。
 この川の上流まで頑張って行くと小さな滝があるんだよ。
 そんな事を言いながら小川沿いの岩場に腰掛けるノースポールを、彼は微笑ましく思う。
「ふふっ」
「?」
 小首を傾げ、それから小さなバスケットを取り出して。
 それを合図にルチアーノもザックから同サイズの―竹で編まれた―弁当箱を手に取り、互いに差し出し合って見せた。
「お弁当、交換するの楽しみにしてたんだ♪ 私のはね、具沢山にしてみたよ! ルークのはどんなの?」
「僕のお弁当は、ジャパニーズおにぎり! ポーは甘い卵焼きを具にするのが好きだったよね? サケやウメもあるよ!」
 ノースポールが作って来たのはハムや玉子、野菜がぎゅぎゅっと挟まれたサンドイッチ。具沢山に詰め込まれたそれらは、しかし雑多に挟んだだけではなく。
 彼女なりのアレンジとしてシマエナガの焼き跡のついたチーズサンドや、自ら焼いたのだろう卵ブレッドがルチアーノのイメージである『お月様』っぽさを表現した月見サンドなど。バリエーションに富んでいた。
 対する(?)ルチアーノの差し出したおにぎりもまた和の雰囲気漂うおにぎりから始まり、少しだけ遊び心を持ったシマエナガ型のおむすびも並んでいて……
「うわぁ~、どれも美味しそう! あ、このおにぎり……一緒だね、ルーク♪」
「ポーをイメージして作ってみたんだけど被っちゃったかな? あっ、でもこのサンドイッチ」
「えへへ。うん! ルークをイメージして作ってみたんだっ」
「ふふっ、それなら……まずはこれから貰おうかな。
 そうだ。唐揚げもつくってみたよ、お弁当の定番なんだって。ポーのサンドイッチも美味しそうだね、いただきまーす!」
「すごい! ルークのお弁当が美味しそうでお腹がますます空いちゃった♪ それじゃあ、いただきまーす!」
 さっくり。むしゃっと。
 せせらぎの音と共に交わされる、二人の他愛ない会話がその空間を満たして行く。
 それが二人のどちらが刹那に思った事かは分からない。
 ただその時。大好きな人と食事するのはとても素敵な時間で、幸せだと彼等は思う。
 けれど今この時は、いつもと違って特別な時間に思えた。
 思い出の中にあるような気がするのと同時に、これが新しい思い出となること。それが、堪らなく嬉しい事のような気がしたのだ。
 ─
 ───
 ────
 お昼の時間はあっという間に過ぎて、陽が傾き始め暫く経った頃。
 二人の姿は小川から村の中へと移動していた。
「……でね。さっきの小川の下流に繋がってる村の西側から水を引いて、あそこの畑を耕してたんだよ」
 何処へ行くでもなく。
 恋人と手を繋いだまま。静けさが残るばかりの村を彼等は歩き散策しながら、ノースポールがその思い出を語る。
「実はあっちの端に見える……ほら、あの蔦塗れの家。幼い頃はあの家に私とお父さん、お母さんは住んでたんだって」
「幼い頃……後に引っ越したんだね。何か理由があったのかな」
「うん、村の人達が私がまだ小さい事を気に掛けてくれてね。森の側から村の中央よりに移動して、村のみんなが私達を見守れる様にって。
 新しい家を建ててくれたって話を知るまでは私、小さい頃はあの家が不気味に見えて怖がってたっけ……」
「ふふっ、ポーの村の人達は本当に周りの人の事も思いやれる良い人達だったんだね。
 小さな子供をみんなで見守れるように……もしかしたら、ポーの近所には近い年の子もいたんじゃないかな?」
「当たってる! そうそう、同じ歳の子供はいなかったけど一つとか二つくらい上の男の子がいたんだぁ。
 村の四方に見える見張り台あるでしょ? みんなで端から端まで競争したりして──」
 思い出を語る彼女は遠慮している節は特にない。
 ただそれでも時折、自分ばかり話してしまって申し訳なさがあるのか恋人の反応をチラと伺う隙があり。そしてその都度ルチアーノは「大丈夫だよ、続けて」と、言葉ではなく。そっと微笑み返すのだ。
 そんな彼女を愛おしく思う一方、ノースポールといえば思い出を語りながら自身といつの間にか歩幅を合わせてくれる彼にまた惹かれて。

 何も残っていない。誰もいなくなった故郷。
 そんな場所へ連れて来たのも、ついて来たのも、互いに知りたいと願い知ってほしいと思ったからだった。
 それは他の誰でも無い。特別な人だから。
「……とても優しくて、素敵な場所なんだね。村の皆の暮らしが目に浮かぶようだよ」
 そう言うルチアーノの言葉に嘘は微塵もなかった。
 共に歩きながらノースポール(ポラリス)の故郷を目に焼き付け、彼女の語る思い出から浮かべる情景の全てを彼は記憶する。
(──僕は──)
 人は誰しもが各々の物語を抱えて生きていると、混沌世界に来てから読んだ本に記されていた。
 その通りだ。ルチアーノにも語られていない物語が存在するように、きっと誰もが何かを抱え、或いはそれら過去を経て今があるのだろう。
 ただ。
「……日が暮れちゃうから、そろそろ帰ろっか。ルークっ、今日は本当に……ありがとう!
 ──また、一緒に来てもらっても、いいかな?」
 優しい物語がかつて在った少女が居た。彼女とて生半可な過去を持っているわけではない。
 しかし、今こうして『これから』を歩み始めたノースポールの隣を往くなら。
「時間がいくらあっても足りなくなっちゃうね、勿論だよ。また一緒に来ようね!」
(……これからも一緒に、そんな素敵な思い出をもっと沢山作れるといいな)
 ────
 ───
 ─

 すっかり日が暮れて来た頃、馬車で街道を走らせる最中にルチアーノは隣を見やる。
 御者台に腰掛けたままルチアーノの肩に頭を乗せ、小さな寝息を立てている恋人の姿。
 座っている場所が場所なだけにヒヤヒヤしないとも言い切れないが、疲れているのだろうと安全運転を心掛けながら彼は頷く。
「……お疲れ様、ポー」
「んん……ルーク……」
 顔を赤くしながら微かに悶えている様子を見せるノースポール。
 どんな夢を見ているのだろうと思う。それが幸せな夢ならいいのだけど。
「『buona fortuna per il tuo futuro』──これからの君に幸がありますように」
 暗くなり始めたのを見計らい、明りを灯す。
 そうして不意にノースポールの寝顔を見やると、いつの間にか風に流れて来た一枚の花弁が彼女の目元に張り付いていた。
 それは花霞の雫のようで、涙にも見えた。
「……」
 ルチアーノはそっと花弁を指先で拭い取る。

 大丈夫。今は、君の隣には僕がいるから──

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