PandoraPartyProject

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天は七色を与えども二物を与えず

登場人物一覧

グレモリー・グレモリー(p3n000074)
ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
アネモネの花束
ベルナルド=ヴァレンティーノの関係者
→ イラスト

「頼む、グレモリー!」
 頭を下げるベルナルドに、グレモリーは正直当惑していた。
 何でも、彼の師匠に当たる人物が来訪するとの事で、其の師匠にきつく当たりすぎてしまわないように見ていて欲しい、というのである。
「君が人にきつくあたる人物には思えないけど」
「いや、其れは師匠の気質が原因で……詳しくは会って貰えれば判る」
「其れは僕も知っている人?」
「……小昏 泰助。判るか?」
「……。判るも何も、“七色Alex”じゃないか。アレを知らない画家はモグリだよ。ベルナルド、君、凄い人の弟子だったんだね」
「凄い人というか、まあ……うん、凄い人なんだけどな……兎に角、あの人がアトリエに来るときにグレモリーにも一緒にいて欲しいんだ。頼む!」
 そう言って手を合わせ、頭を下げるベルナルド。グレモリーはいつもの無表情に僅かに困惑を交えながらも、とうとう頷いた。一画家として“七色を操る画家”……泰助に会ってみたいという気持ちがない訳ではない。
「判った。じゃあ、日取りはそっちが決めていいから。君のアトリエに僕が行く」



 果たして其の日は訪れたのだった。
 グレモリーは念のため画材を用意し、アトリエの扉をノックする。しかし扉を開いて出てきたのは、いつも知っている男ではなかった。青灰色の髪に眠そうな瞳の男。瞳は面白そうに瞬き一つすると、にっこりと細まった。
「……?」
「やあ。オマエがグレモリー・グレモリーかな?」
「……。ああ。じゃあ貴方が泰助」
「其の通り! やあ、良く来てくれたな! まあ入って入って」
 招かれるまま中に入ると、ややげっそりとしたベルナルドがいた。視線が合うと彼の表情がみるみる明るくなる。
「グレモリー! 来てくれたのか」
「あれだけ頭を下げられて来なかったら悪魔だよ。僕は悪魔じゃない」
「へえ……ベルナルドの画家友達か。其の割には余り“業界”で名前を聞かないが」
「僕は無名の画家」
「あ、……良いねえ其の反応。ストレスフルだ……!」
「?」
 にべもなく、何処か不機嫌そうに答えたグレモリーに、泰助は身を震わせる。予想外の反応になにごと? と首を傾げたグレモリーを素早く引き寄せて、ベルナルドは耳打ちをした。
「師匠は極度のストレスフェチなんだ……! 安穏としていたら良い絵は描けないって」
「……。なんだか昨日から意外過ぎる情報が僕の耳に入って来る。確かに多少は追い詰められてないと良い絵はかけないけど」
「そうなんだよ!」
 声を上げた泰助に、二人はびっくりと焦点を彼に合わせた。
「幸福で退屈な日常からは良い絵は生まれない。追い詰められて追い詰められて、追い詰められた先に――最高のインスピレーションがある! オニーサンはいつでも其れを追い求めてるのさ、グレモリークン」
「アンタは其れが行き過ぎなんだよ……! このクソ変態野郎!」
「あ! いいねベルナルド……其の変わらない罵倒、ストレスフルだ……」
「……」
 突然の罵倒に思わずベルナルドを見るグレモリー。
 はっとして違うんだと言い訳するベルナルド。この師匠のインスピレーションの為に、自分は仕方なく“ドSな弟子”を演じているだけなのだと。
 だからアンタが必要だったんだというベルナルドはまるで子犬か何かのようだ。これまでの交流で、ベルナルド=ヴァレンティーノは人当たりの良い男であるとグレモリーは記憶している。彼が人を責め立てるのはどれだけストレスフルなのだろう。寧ろ師匠よりストレスを感じていたのでは?

「しっかし、このアトリエには青が多いなァ」
 飴を口に咥え、ベルナルドのアトリエを見回す泰助。ベルナルドが口を開くより先に、グレモリーが返答した。
「彼の青は綺麗だから。ご不満かな」
「画家ならもっと他の色も試さないと駄目だろ。青だけで食っていける程世の中は甘くない」
「其の理論には納得できるけど、得意を伸ばすのも一つの成長だよ」
「成長、ねえ……其の割にはモチーフは成長してないんじゃないか? ベルナルド」
「っ……」
 泰助はわざとらしく製作途中であろう宗教画の前で立ち止まり、ベルナルドを振り返った。彼の天義での活躍は師匠である彼の耳にも入っているのだろう。――そして、其の顛末も。
 思わず言葉を詰まらせたベルナルドに振り返った泰助は、明らかに気分を害していた。
「オマエは今、安穏とした暮らしに怠けて甘えてるんじゃないか? そんなんじゃ良い絵は描けない。正直に言えば……悪いけど、このアトリエの作品は全部駄作といってもいい。そんなんで俺の弟子を名乗れると思ってんの? あの聖女様の膝元で絵を描いた方がよっぽど――」
「……聞き捨てならないな」
 呟いたのはグレモリーだった。
「何だって?」
「聞き捨てならないと言った。僕が言った。ベルナルド=ヴァレンティーノは立派な画家だ。其の青は深く広く、僕にはとても描けやしない。ベルナルドは安穏と生きてなんかいない。いつだって悩み、苦悩しながら生きている。生きている限り人間は悩む。僕だって、色だけ思い通りなのに筆は全然で、悔しくて仕方がない事がある。――何かを表現しようとする人間が、悩んでいない筈はない。今の発言を訂正して貰いたい。ベルナルドが安穏と過ごしているなんて、そんなのは大間違いだ」
 ――ベルナルドは驚いた。
 こんなに饒舌なグレモリー・グレモリーを初めて見たからだ。彼は寡黙で、いつもローレットの片隅でスケッチをしている。依頼の説明も気だるげで簡潔。そんな彼が自分をかばうためだけにこんなに言葉を募らせるだなんて、思ってもみなかったのだ。
「……グレモリー」
「ベルナルド。僕は君の青がどれだけ美しいか知っている。望んだ色を混ぜられる僕だから、望んだ色を出せない懊悩を理解する。君が描いた海辺の絵を見た時、僕は衝撃を受けた。どれだけ海を眺めたら、こんな青が出せるんだろうって。だから、胸を張っていい。君は七色を操れなくても、この泰助の弟子なんだって」
 其の人間性は別として、彼の弟子として色を得意とする事は誉だから。
 そう言い切ったグレモリーに、泰助は身を震わせていた。
「……グレモリーっていったっけ?」
「うん。グレモリー・グレモリー」
「いいね、オマエ……! 最高! さっきの罵倒最高にストレスフルだよ! 責められる俺、可哀想……じゃないかもしれないけど! ああ、でも良い……! 今なら何か描ける気がする! ベルナルド、キャンバスと絵具!」
「へ? あ、はい!」
「手伝う」
 慌てて泰助の前にイーゼルとキャンバスを準備し、まっさらのキャンバスを乗せる。泰助は他には目もくれず、色を混ぜ合わせ始めた。
「……突然な人だね。僕が言うのもなんだけど」
「そういう人なんだ。……。さっきは有難うな」
「ううん。僕は事実を述べただけ。あの時の僕の感動を、莫迦にされたくなかっただけだ」
「……そう言われると何だか照れるな。そんなにか」
「うん、照れていいよ。そんなにだから。でも君、よくあの人と生活出来てたね」
「子育て自体は悪くない人だったんだ……孤児院から俺を引き取ってくれてな。まあ其の理由は“ストレスに身を置きたかったから”らしいが。成長して、あの人がストレスに身を置けるようにと色々やってたら……まあ……」
「……色々あったんだね。君、あの人にきつく当たる癖があるみたいだし」
 其の通りである、とベルナルドは俯いた。ドSな弟子を演じるのは楽ではなかった。どうしても、つい行き過ぎてしまうのだ。其のストッパーの為にグレモリーを呼んだつもりだったのだが……グレモリーが怒り、泰助がストレスフルになるとは流石にベルナルドも予想していなかったようである。
「……師匠は多分、まだ時間がかかる。俺たちはどうする?」
「描こう」
「……。だよな」
 オマエならそういうと思ってた。
 グレモリーにそう笑いかけるベルナルドの笑みは、何処か泰助に似ていた。「子は親に似る」なのか、「弟子は師匠に似る」なのか。
 キャンバスとイーゼルを準備しながらグレモリーは考えて――まあいいや、と絵の構想に頭を切り替えた。
 自分たちは画家だ。結局、絵が全てなのだ。其の根底はきっと、天地が引っ繰り返っても覆せない事実だから。

 だからベルナルド、また青い絵を描きなよ。そして驚かせてやりなよ。七彩に勝る一彩もあるんだって。

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