SS詳細
Je n'ai pas besoin de douleur.
登場人物一覧
●Raison d'être
――私が、『魔法使いのムスメ』である為ならば、
「私は。私のために、罪を罪とは認めない」
●Repas
戦い方とは、食事に似ている。
大好きな食べ物を先に食べるか。はたまた、嫌いな食べ物から手を付けるか。
大好きな敵を先に叩きのめすか。苦手な戦法の敵を先に倒してしまうか。
ぶすり、とフォークで突き刺して。
ナイフでキレイに切り分ける。
お皿の上はぐちゃぐちゃでソースにまみれていたって、或いは丁寧に食べ物で拭きとってしまったってかまわない。
自由だ。それだけが真実だ。
廃城の守護。其れが今宵のルミエールへの依頼であった。
城を残した夫の代わりに城を護りたいと願った老婦人からの願いであり依頼だった。
弱視の老婦人は近頃誰かが出入りしていることには気付いてこそいるけれど、盗まれたものが何なのか、相手は何人なのか、悪意があるのか悪戯なのか、自身の息子たちなのかすらもわからないのだという、
「どうか。あの人が愛した此の城を、護ってはくれないかしら……」
「――ええ! お任せくださいな。私って結構気まぐれなの。でもね。此のお城、とっても素敵だし。其れに――……」
「其れ、に?」
寝台に身体を預けた老婦人は、不思議そうに淀んだ緑眼を瞬かせる。銀の睫毛は柔らかに揺れ、どこにいるかも不確かなルミエールに向けて首を傾ける。
「ふふ、内緒。だから、ね。心配ないわ。私、とっても強いもの!」
「……ええ。ありがとう。お願いしますね――」
――故に。
彼女が今宵、蔦の生い茂りつつある朽ちかけた廃城に在るのは、運命の悪戯とも偶然の産物とも呼べる事態で。
彼女はとても気まぐれで、気分屋で。
そして、何より、人間と『遊ぶ』のが大好き!
城の正門を開けた先、エントランスホールとも呼べる其処。煌めくシャンデリアは息を潜め、汚れたカーペットが階段へと伸びる。
其の、先に居たのは。
金髪の。小柄な少女が、其処にひとり。
其の場にが凍り付くような空気になるのとは真逆に、初恋で熟れた乙女のような顔をして。
「さあ、遊びましょう! 遊びましょう!」
叫ぶ。
おめかしをしたのだと、娘が纏ったのは余所行きの青いロリィタワンピース。青薔薇の魔女の装いだ。ふわりと降り立つその足元を月光が照らしゆく。
可愛らしくも凛々しさを感じる其の装いに不釣り合いなほど大きな白銀の鎌。華奢な持ち手には不相応の大きな鎌が、命を刈り取るために其処に有る。
「は……な、なんでオレたちがテメエと遊ばなきゃならねえんだよ!!」
「だって、そういうお約束、だから?」
「なんで疑問形なんだよ……クソッ、テメエらずらかるぞ!」
「「応!!!」」
絵画も宝石も鎧も何もかもを置いて、城の扉へと駆けだした盗賊たち。けれども此の城は、今宵限りは彼女の庭で楽園。其れを汚していいのは父親たる彼の銀の君だけ。扉は固く閉ざされて、体当たりしてもびくともしない。
此の檻は抜け出せない――ねえ、そうでしょう?
「そんなこと僕に訊かれたって、どうしようもないんだけど?」
「あは。そうね! ルクス。見ていて頂戴。『
「――はいはい。お任せあれ、僕の片割れの
「悪さは程々にね。後で痛むのは君なのだから」
其の忠告には耳を貸さず、ご機嫌に手すりから飛び降りて。
まずは『挨拶』をするのが大切なのだ、と父は云っていた。
「御機嫌よう、今晩は!」
「は……?」
其の挨拶に気を取られた幾人かが足を止める。こん、と音を吸ったのは濁赤のカーペット。青薔薇咲いたつま先は、其の地へと触れる。
瞬間。
「バっ、罠だ! 飛べ!!!!!!」
「と、ぶ……?」
「あら、察しのいい人は嫌いよ?」
カーペットと接吻した青薔薇の靴からぶわりと広がる魔法陣。飛んだ仲間を地から眺める数人の心臓を、魔法陣を描いた魔力が茨となって貫いた。
「ガハッ……!?」
「気をつけろ、こいつは殺しちまってもいい。生きて帰ることを考えろ!」
「あら酷い。先に手を出してきたのは、あなた達のほうじゃないのかしら。ご夫人、泣いていたのよ?」
「知ったこっちゃねえ。一人で住んでる方が悪いんだろ!!」
多種多様な弾丸が紡ぐ四重奏、五線譜の軌道を交わして壁を蹴る。衝撃緩和のために展開した魔法陣で生やした茨は彼女の道しるべとなり、真っ先に敵の首を狩らんとする。
た、ったた、た。
テンポの良い足音は弾み、膝を屈伸させ、一気に高く空へと翔ける。
「なっ!?」
ギィン。鉄とナニかがぶつかり合う。嫌な音が響いた。
ぎりぎりと火花が散る。男は顔を苦し気に歪め、何とか押し返すに至ったものの対するルミエールはいつまでたってもその表情から笑顔や涼しさが消えることはない。
「あら、此れも受け止めちゃうのね――なら!!」
月光の死神はご馳走を前に席を立つなどマナー違反だと告げる。唇を人差し指でなぞり、ふぅ、と息を吐く。そのまま一直線に敵を斬り捌く。
「く……!!!」
「な、なんで……!!」
脊髄を。或いは首丸ごと。足だけ、手だけ、胴を真っ二つにされたものもいただろうか。ルミエールにとっては悪戯の延長でしかないのだけれど。
気が付けば一味のリーダーらしい男が肩でゼエハア
「ね、もうあなた一人じゃあないの。そろそろ降参してもいいのよ?」
「ハッ、断るね……!」
仲間の遺体すらも置き去りにして、外へと逃げだした男を先程吐息に混ぜた魔力弾が貫く。
「がぁっ!???」
「ふふ、油断禁物よ?」
「くそ……!!!! よるんじゃねえ、バケモノが!!!」
バン、バンと鉛玉は空を踊る。時折ルミエールの頬に口付けていくのだけれど、そんな些細なことはどうでもよかった。
「辛いのね。苦しいのね。可哀想に。今楽にしてあげるわ」
口元には笑みを浮かべ。
ルミエールは月を背にクレッセントムーンを振りかざす。
告死の一撃からは何人たりとも逃れることはできない。青いドレスは血染めの紫へと変質し、ルミエールは鎌を投げ捨てる。
縦二つにぱっくり裂けた男の遺体も無視して、其の場に座り込んでこっくりこっくり眠りこけた。
「嗚呼、もう、此れだから『
ルクスは小さく頭を横に振りながら、パチンと指を鳴らした。
きらきらと輝いた魔力が汚い血を、亡骸を消し去り、血と死臭で満ちた城をある程度掃除して。
すうすう眠る永遠の少女の頬を、撫でる。
「……だから。君が痛むだけだって、云ったのに」