PandoraPartyProject

SS詳細

To a destination not yet seen.

登場人物一覧

ミルヴィ=カーソン(p3p005047)
剣閃飛鳥

●見つめる先に
 今日もごった返す冒険者ギルドの酒場。そこで何気なく、気負わず、自由に舞いを披露していたミルヴィ=カーソン (p3p005047)。感じる視線は飲んだくれた親父や、うっとりと魅入ったり真似しようと勉強する同業者。そこに紛れて、か細い子供の視線がミルヴィを見ている事に気付く。
 曲が終わったところで一礼し、ステージから降りると、ミルヴィは儚げな空気を纏った子供に話しかける。見ないフリも出来たけど、放っておけなかった。それは生来の気質である。
「アンタ、どうしたの? そんな拗ねたような顔で」
「……依頼を、断られたんです……」
 そう言うと子供は今にも涙が零れそうな程雫を目に溜める。ミルヴィは落ち着かせようと空いている席に座らせ、ジュースと軽食を頼んだ。子供の歳の頃は10に届くかそこら。こんな荒くれ共の集う場所には相応しくないが、此処ギルドに来た以上何かしら目的があったのだろう。
 運ばれてきたサンドイッチとジンジャエールを勧めて、ミルヴィは机に片頬杖をついて子供の話を聞く体勢に入った。子供……少年はちびちびと食べ進めながら、これまでの経緯を話し始める。
「僕のおじいちゃ……祖父なんですけど、重い病を患っていて。お医者さまからは、もう残された時間は少ないそうなんです」
「ふぅん。じゃあアンタはその病を治せる医者を探しに来たのかい?」
 それにはふるふると首を横に振る少年。その表情は諦めと、ほんの少しの希望が宿っているのをミルヴィは見逃さなかった。少年は続ける。
「祖父の最期の望みは、ゼシュテル一高い山のシェハティールっていう山の山頂から採れる雪解け水から作られるお酒が欲しいと。最期だけは美しい思い出に浸りながら死にたいって、毎日窓の外を見ながら呟いてるんです」
「美しい思い出?」
「若い頃、祖父は冒険者だったと言ってました。その思い出の酒だって。だから僕、そのお酒を求めてきたんですけど……そんなはした金じゃ受けられないって、断られちゃいました」
 少年は困った顔で俯いた。少年の渾身の貯蓄も、冒険者にとっては大した金額にはならない。なるほどねぇ、とミルヴィは納得した。最期の時、若かりし栄光の日々を胸に抱いて逝きたいという老人の願いを叶えてやりたいと、この少年はわざわざ慣れてないであろう冒険者ギルドまで足を運んだのだ。
 余程その祖父に懐いているのだろう。ミルヴィはサファイアを思わせる美しい瞳で、少年を見つめた。食べて喋っているうちに涙は引っ込んだようだが、テーブルには重い空気が漂う。その雰囲気を払拭するように、努めて明るくミルヴィは少年の背を叩いた。
「よーし、じゃあアタシがその酒を一緒に探してやろうじゃないか!」
「えっ!?」
「酒蔵は幾つか心当たりがある。一緒に回ってみないか?」
「良いんですか? 僕、そんなにお金は……」
「子供がそんなこと気にするんじゃないよ。ほら、そうと決まれば早速出発だ。おっと、まだ名前も聞いてなかったね。アタシはミルヴィ、アンタは?」
「僕はアイクと言います」
 店主に食事代は今日の稼ぎから引いといて。と言い残し、ミルヴィはアイクを伴って街へと繰り出した。どんな酒かは知らないが、酒蔵を巡っていればいつか見つかるだろう。そう高を括って。――回る事3時間程経ったか。
 残念なことにどこの酒屋も酒蔵でも、その酒は品切れだった。話を聞いた限り貴重なものであることは予想がついていたが、こうも無いとは思わず内心焦るミルヴィ。アイクの顔も段々としょぼくれてくる。望みを託してここら近辺最後の酒蔵に入る。
「あっ!」
 店内を二人で物色していると、アイクが急に声をあげた。一本の瓶を指さし、じっと見つめている。
「これか?」
「はい! おじ……祖父の部屋に飾ってあった空き瓶と同じです!」
「やったね、おーい店主! この酒をくれないか」
「おや、貴方様は……」
 倉庫の奥から出てきた店主は、ミルヴィを見るなり笑顔を浮かべる。厭らしい目つきではないが、急に笑顔を向けられてもなんなのだと思ってしまうのは仕方がないだろう。店主はそのままアイクが示す酒を見ると、渋い顔になった。
「お客さん、申し訳ない。これは先に予約が入ってるんです。この場で売る、ってのはその方への不義理になるんで無理ですね……」
「――そう、か」
「ですが、お客さん。いえ、ミルヴィさん」
「ん? アタシの事知ってるのかい?」
 ミルヴィ自身はここの店主のことは知らないが、どうもあちらは知っているような口ぶりだ。
「ええ。実は自分、ミルヴィさんのラド・バウのファンでして! なのでここだけの話、普段ならしませんが……ことミルヴィさんの為とあらば、ひとつサービスを」
「なんだい、やっぱり譲ってくれるって?」
「この酒の原料をご存知ですか?」
「シェハティール山山頂の雪解け水、だったっけ?」
「その通りです。予約して下さった方には何かしら言い訳を考えておきますから、原材料を持って来てくだされば交換しても構いませんよ」
 その言葉にミルヴィは安堵すると共に、ぎゅっと服の袖を握りしめるアイクに気が付いた。険しい顔をして、もの言いたげにミルヴィを見上げている。
「アイク?」
「ミルヴィさん……今のシェハティール山は、すごく寒いんです。それに、祖父の話だと雪山特有のすごく強いモンスターが活発になってるって……」
 アイクの言いたい事は伝わった。大した報酬も出せないのに、わざわざそんな危険なところまで行かせることは良心が咎める。ミルヴィは強いが無敵ではないし、当然寒さだって感じる。自ら進んで行こうとは思わないだろう。でも。
「良いかいアイク。乗りかかった船だ、アタシもここで諦めるなんてしたくないね」
「でも……」
「子供は余計な心配しなくて良いんだよ。それに、私の強さはこの店主が知ってるだろ?」
「勿論。いつも惚れ惚れする強さですとも」
 ぎゅっと握った裾を離し、アイクは静かに「お願いします」とミルヴィへ頭を下げ告げた。その頭をぐりぐりと撫で、店主に必ず雪解け水を持ち帰るから、それまで売らないでくれと約束して。こうしてミルヴィの短くも困難な道のりが幕を開けた。

●雪山の祝福
「おーおー、随分と荒っぽい歓迎だね」
 吹雪の中、中にはモコモコの服と外装は雪を弾く衣で身を包み、非常食も詰めた背嚢リュックを背負い、シェハティール山に訪れたミルヴィ。アイクの言う通り、この厚着を貫通する寒さが身に染みる。視界も悪いし、誰も登らないので当然山道もない。自分で切り開いていく他ないのだ。
 思ったより大変な仕事になりそうだね、なんて。思いはしても嫌じゃないミルヴィがいた。確かにこれだけ危険な道ならば、あの酒が希少なことも頷ける。ならその分、遣り甲斐もあるというもの。アイクの笑顔の為に、そして祖父殿の最期の願いの為に、一歩ずつ山を登っていく。
 途中出くわした腹を空かせた荒ぶるモンスターどもも、厚着などものともしないしなやかな動きでやられる前にやって追い払い、退けた先に見えた頂き。あと少し、もう少し。足を雪に取られないよう、慎重に、確りと踏みしめて進む。
 たった一人山頂へ辿り着いたミルヴィを待っていたのは、見下ろせば果てしなく続く雪海と、光と氷が生み出す輝きの絶景。そして眼が眩む程のまばゆい日の出。
「はー……すごいね、これは」
 思わず息を飲む。白い吐息が今は栄光の証のように揺らめいて、何だか擽ったかった。しばらくその光景を見つめていたミルヴィだったが、本来の目的を忘れたわけではない。雪解け水の溢れる場所があるのだろうと探せば、チョロチョロと雪に覆われながらも溶けだすものを発見する。
 背嚢リュックに入れておいた大きめの革袋に雪解け水を貯めていく。ゆっくり、じっくり時間をかけて漸く満タンになったそれの口をぎゅっと締めて、零れないよう鞄に詰め込んだ。さて、ここで仕事は終わりではない。これを酒蔵まで届ける為に、今度はこの山を降りなければならないのだ。
 吹雪でミルヴィが行きに作った道は既に消えているだろう。雪山の手荒い祝福に笑うしかなかった。登りで散々蹴散らしたからか、モンスターたちはミルヴィを恐れて襲い掛かってはこない。動物は勝てない相手には勝負を挑まない。それが生きる為の本能だから。
 吹き付ける雪風に身を凍らせながらも下山したミルヴィは、早馬に乗って早速酒蔵へと雪解け水を届ける。店主は驚くと共に「流石ですね」と褒めたたえた。約束通り、件の酒を手に入れたミルヴィは事前に聞いておいたアイクの家へと向かう。善は急げだ、その祖父の容体がいつ急変するともわからないのだし。

●最高の財産
 アイクの家は屋敷と言うほど立派ではなかったが、それなりに裕福な家なのだろう。きちんとした佇まいの、どちらかと言えば年季の入った家だった。ドアベルを鳴らし、出迎えたのはアイク。目の下にはクマが出来ていた。
「寝てなかったのか?」
「ミルヴィさんが心配で……」
「はは、言っただろう。大丈夫だって。ほら、例の酒だよ」
「それは、ミルヴィさんが渡してください。僕は何もできなかったから」
「そんなことないさ、祖父殿のことを想って行動に移した。それだけでも立派なものだとアタシは思うよ」
「……じゃあ、祖父の部屋に案内します。一緒に、プレゼントしましょう」
 キッチンからグラスと栓抜きを持って来て、アイクとミルヴィは祖父の部屋へと入る。そこにはベッドに横たわる老人の姿。顔も蒼白い、本当にもう余命幾許もないのだと悟ったミルヴィは、アイクに視線を送る。
「おじいちゃん、起きて。お酒だよ、おじいちゃんが飲みたいって言ってたお酒」
「――ん? アイク、お前そんなものどこで……」
「このお姉ちゃんが採って来てくれたんだ!」
 紹介されてにこやかな笑顔を浮かべて礼をするミルヴィに、老人はウッと呻きながらも身を起こした。改めて見る酒瓶は、確かに部屋に飾ってある空き瓶と同じものだ。アイクは祖父に「はい」とグラスを差し出す。そして栓を抜いて注ごうとするのだが……子供の握力では上手くいかない様子。
 ミルヴィは「貸して」と酒瓶を預かると、慣れた手つきで栓を抜いた。そのまま老人の持つグラスに半分ほど注ぐ。老人はすぅっと香りを堪能したあと、ぐいと口付けた。ふぅ、と蒼白かった頬がほんのり酒気に色付く。
「お嬢さん。これを採ってきたという事は、あのシェハティールに登ったのかい」
「ええ、まぁ」
「どうだった?」
「――どう、とは?」
「苦難が待っていただろう、その果てに見えたものがあっただろう」
「…… ……」
 ミルヴィは思い出す。あの吹雪を越えた先に見た、焼けつくような陽と煌めく雲海を。老人は更に酒を煽り、ちびちびと語り出す。
「儂は昔、仲間と組んで冒険者をやっていてね。色んなところを回ったよ。財宝を探したり、盗賊を懲らしめたり、酒場で飲み明かしたり。その中でも鮮烈に覚えている光景がある……お嬢さんも見たんじゃないかね?」
「――ええ、屹度。貴方の予想通りなら」
 静かに、しかしどこか子供の様にキラキラした瞳で、老人は話を続ける。また一口、酒が喉と心を暖めた。
「この酒を飲んで、最期にあの日々を思い出したかった。吹き荒ぶ雪の嵐を越え、モンスターを狩り、仲間と共にやっと辿り着いた先に見たあの景色を……儂は生涯、忘れたことはなかった」
「……どうですか、酒は」
「はは。あの時と変わらん。美味い酒だよ、お嬢さんも一口飲んでいくかい?」
「いいえ、それは貴方の為に採ってきたもの。最後まで、貴方が味わって頂戴な」
 ありがたい。そう言って窓の外に目をやり酒を飲む老人。ミルヴィはアイクと共にそっと部屋を出た。アイクはすっと小さな革袋を差し出す。
「ミルヴィさん、今回は本当にありがとうございました。これ……少ないですけど報酬です」
「いらないよ」
「え?」
「報酬は……もう十分貰ったからね」
 二度と戻らぬ青春時代の冒険譚という、掛け替えのない物語。それを聞けただけでミルヴィは満ち足りた気分だった。彼の冒険を歌にして、皆に語り継ごう。そして自身もまだ見果てぬ冒険へと胸を踊らせて、アイクの家を後にした。

 かつての冒険者を讃え、今を生きる冒険者を鼓舞するその歌は、いつの間にかミルヴィの持ち歌のひとつになっていたとか――。

  • To a destination not yet seen.完了
  • NM名まなづる牡丹
  • 種別SS
  • 納品日2021年02月20日
  • ・ミルヴィ=カーソン(p3p005047

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