SS詳細
踊り子と俗物シスターと黒ぱんつ
登場人物一覧
●事のはじまり
「ちょいとそちらの津久見様」
思えばそんな『俗物シスター』シスター・テレジア(p3n000102)の手招きに振り向いたのが、『嫣然の舞姫』津久見・弥恵(p3p005208)にとって最大の過ちだったのかもしれなかった。
宝石に目が眩んで詐欺紛いのぼったくりに手を貸して、金になると知ったらぱんつすらも売る。生臭にして俗物、神聖さと厳格さで名高い天義の突然変異種にして恥部代表。
そんな情報屋がピンポイントに自分に声をかけてきた以上、決してロクなことにならないだろうことは、今までの弥恵の経験からも想像して然るべきだったのかもしれなかった……それでも、期待の眼差しで見つめられたなら、どんな手助けでもしてしまいたくなるお人好し。そんな育てられ方をしてきたのが弥恵という人物であって、ついつい呼ばれる声に応えずにはいられない……そのせいで、どんな酷い目に遭うかはともかくとして。
「どうなさいました? テレジア様」
「それが、その……津久見様にお願いしたいことがございまして……」
申し訳なさそうに俯くシスターの姿は、弥恵には猫を被っているようでもあって、同時に心底困り果てているようにも見えた。人が見れば「いつでもそうしてればいいのに」と評しただろうテレジアの神妙な態度の正体がはたしてどちらであるのか、どうにも判断がつきかねる。
とても言いたい……「何を企んでらっしゃるのでしょうか?」と言いたい。
……けれども、万が一彼女が本当に困っているのだとしたら、酷い仕打ちになりやしないだろうか? あるいはやはり猫被りだったとしても、流石に失礼すぎる軽口になるのではないかと思い、やはり口に出すのは憚られてしまう……まあ相手はそんな遠慮などとは無縁なゴーイングマイウェイシスターなわけで、こちらが遠慮すればあちらはその分ずかずかと踏み込んでくるわけだけど。
「津久見様。何も仰らずにこちらで踊って下さいまし」
弥恵をローレットの入口脇に連れていったテレジアは、1本の金属ポールを指差してみせた。え……? その棒をしばし注視して、それからテレジアのほうを振り返る弥恵。
「ええと……このポールは?」
「決まっているじゃあございませんこと? 津久見様の今回の舞台でございますわ!」
●Shall I Dance?
さんさんと照りつける真夏の日差しの下で、その棒はぎらぎらと輝いていた。おそるおそる弥恵が指先で棒をつついてみたならば、しばらくの間太陽の光を浴び続けた金属の質感が、弥恵の肌をほのかに赤く暖める。
ごくり、と無意識に呑んだ唾。昨今ではストリップショーと関連付けられがちなポールダンスとて、その長い歴史を紐解けば、決して破廉恥な芸能であったとは言いがたかろう。かの芸能の真骨頂とは、重力に囚われた身では決して表現しきれない躍動する美。飛行種ですらその身ひとつで表しきれるとも限らぬそれを、彼女がローレットの前に体現する時を、目の前のシスターはやけにきらきらとした瞳で待ってみせている。
少しだけ、左右に素早く目を遣ってみた。2人の織り成す騒ぎに気がついて、何かと視線を向ける者。ただ見慣れぬ垂直の金属棒に怪訝な顔をしただけで、そのまま歩み去ってしまう者……そこには行き交う無数の人々の営みがあって、自分が少しばかり勇気を出したなら、そのうちの幾ばくかの人のものでも、人生を豊かにしてやれるのかもしれない。
高い位置へと指先を伸ばして、そっと掴み心地を確かめる。夏の暑さを受けてしっとりと汗ばんだ掌は、吸いつくように鉄棒へとフィットする。
それから片脚を上げたなら、天へと伸ばした腕へと沿わせるように、棒にその脚を絡めていった。おのずと大きくはだけたスカートの下からは、秘められしレオタード姿が露にされるはず。
もしも誰かがこの姿の一部だけを切り取って、センセーショナルに強調していったとしたら、それが最終的にストリップショーと結びついてしまったのだろう。けれども弥恵に限っては、そんなつもりでポールと戯れるつもりなんてない。天地の概念を覆し、長く艶やかな黒髪を地面すれすれに振り乱し、白磁の美脚で天を指す……支える細腕ひとつにかかる重みも、肌が鉄棒に張りついたせいで生まれる痛みも、誰にも察せられることなく優雅に魅せきった瞬間こそが、弥恵の中のエンターテイナー魂を満たしてくれる。
(ああ……皆様が、私のダンスを見てくれています……私の次なるパフォーマンスに、期待を寄せてくださっています……)
そんな歓びが全身を駆け巡るのを感じると、それまでテレジアの態度に感じていた不安も、惜しみなく四肢を露にしてしまうことへの恥じらいも、すっかりどこかへと飛んでいってしまった。
(もしかしたらテレジア様のことですから、おひねりは折半、なんて仰るかもしれません……でも、それが何だと言うのでしょうか? わざわざこうしてポールまで用意して、私にダンスを披露する機会を下さったのですから、多少のことは大目に見て差し上げましょう――)
――でもこの妙ちきりんなシスターを前に、本当にそんな単純な話で済むと思う?
●ここでクエスチョン
さてここで皆様には、少し前のテレジアの台詞を思い出していただきたい。
『津久見様。何も仰らずにこちらで踊って下さいまし』
テレジアがもしも弥恵を踊らせて、おひねりで一儲けしようと思ったのだとしよう。だとしたら、何も『何も仰らずに』なんて変な一言を付け加えてやらずとも、単に「舞台を用意したので踊って下さいまし」であっても十分だったはずだ。これでも一応はローレットの情報屋たるテレジアならば、弥恵がそう勧めるだけで気を良くして踊ってくれるってことくらい、当然知っていて然るべきである……というか、知ってなければわざわざポールまで用意して声を掛けたりなんてするわけがない。
……ならば何故、彼女はこの一言を付け加えたのだろう?
そんなことに思いを巡らせることなんかより、今は自分を見てもらうことばかり考えて踊る弥恵。人々の視線が彼女の“レオタード”に集まっている。男たちはでれっと鼻の下を伸ばして、女たちは両手で顔を覆ったり、慌てて子供の目を塞ぎながら立ち去ったりもする……少しばかり、大胆に踊りすぎたでしょうか?
だとすれば弥恵の頬は、恥ずかしさにほんのりと桃色に染まるけれども、もっと見てほしい、楽しんでほしいという願いのほうが、弥恵にとってははるかに強かった――そう、テレジアが唐突に、「さあ寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」なんて叫び始めてしばらくの間までは。
●叩き売り
「さあ、皆様ご覧になりましたでしょうか! こちらは我がローレットの誇る舞姫、津久見様!」
そんなテレジアの売り文句が始まって、弥恵の許を耳心地よく流れゆく。今、注目を浴びているという恍惚と、太陽の熱に浮かされて、ますます上気する弥恵の肌。
片脚を下向きにポールに這わせたままで、もう片方の足を上向きに大きく広げてみせれば、テレジアの口上も一層の熱を帯びてゆく……しかし。
「さあ、こちらに並べましたのは、今皆様にとくとご覧いただいている、津久見様のぱんつ! ……え? ただ同じものを手に入れただけではないのか、ですって? とんでもないことですわ! このほつれを見てくださいませ……ほつれが一文字を描くレアの中のレア、ストレートブラックなのですわ!」
「い、一体何の話ですか!?」
あまりの衝撃的な口上に、思わずポールを握っていた手が滑る。両脚を大きく開いたまま倒れ、くるぶしから太腿までを地面の砂で擦って、溜まらず跳び上がって両手で砂粒を掃おうとしたならば、目に飛び込んできたのは自分の黒ぱんつ!
「あれっ!? 私のレオタードは一体どこに!?」
今更ぱんつ丸出しで踊ってたことに気付いても、浴びた衆目は取り返せなかった。そういえば――何も仰らずに、なんて一刻の猶予もなさそうなことを言われてしまったせいで、ダンス衣装に着替えることも忘れてダンスを始めてしまったんだったっけ? 今更そんな大失態を理解して、顔は火が吹くように赤くなる。
やけに親密げに肩を叩いて慰めてくれる男たち。女たちも哀れみの表情を浮かべつつ、何やらひそひそと囁き合っている……もう、いっそのこと消えてしまいたい……!
「……と、こんなおドジで可愛らしい津久見様のぱんつが、今ならなんとたったの2500G!」
「テレジア様!? まずその売ってる品物は、何処から手に入れたんですか!? どうやって盗んだのですかぁぁぁ!?!?」
「闇市にやけに大量に流れておりましたから、ちょっぴり奮発して買い占めてしまいましたわ!」
「でしたらこんなところで高額販売なんてしないで、そっと返して下さいよぉぉぉぉ!?!?」
「下着を盗まれて嘆いている津久見をお助けするには、全て買い戻さねばならないのですわ! 皆様がぱんつをお買い上げ下さればその分元手が増えて、彼女をお救いできるのですわ!」
「他人様に売ったら同じですってばぁぁぁぁ!!!!」
「大丈夫ですわ皆様! 津久見様はこう仰いつつも、本当は悦んでらっしゃるんですわ!」
「悦んでませんからぁぁぁぁ!?!?!?」
●そして
……そんな大騒ぎが『蒼剣』レオン・ドナーツ・バルトロメイ(p3n000002)の耳に入って、ローレットの品位を貶めた罪その他諸々によりテレジアが晒し者にされたのは、それからすぐの出来事だった。
しばらく首から『私はギルドメンバーのぱんつを売り捌きました』の札をかけたままギルド内をうろつく彼女……それを目にする度弥恵は、思わずくすりと微笑んでしまうのだ。
何故ならもう、彼女への失礼を恐れる必要なんてない。彼女相手なら誤って妙なことを口走ってしまったとしても、ぱんつの意趣返し、で済ませられるのだから。