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カナリヤ
カナリヤ

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ベルナルド=ヴァレンティーノの関係者
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ベルナルド=ヴァレンティーノ(p3p002941)
聖女の小鳥

●アンジュ
 麗らかな春の日差しが聖堂の中庭に差し込んだ。
 抜けるような青空を、同色の小鳥が心地よさそうに滑って行く。
「――あなたは、自由で羨ましい」
 少女は監獄のような部屋の一室からそんな『不幸せの青い鳥』を眺めて小さく嘆息する。
 空を飛ぶ鳥が見目程幸せでない事を聡い彼女は知っていたけれど、自分よりはマシだと自嘲せずには居られない。
 物心がついて暫く経った時には既にお勤めは始まっていた。
 色素の薄いアネモネの抜けるような白い肌も、覇気に欠ける生温い微笑みも。
 全ては神子を育む『鳥籠』の中で醸造された不幸である。
 誰かと本音を語らう事も、歳相応の友人を得る事も無く。怠惰に過ごす自由も、外を走り回る自由すら無く。
 信仰と規則の鎖に全身を囚われた日々は、泥のように絡み付く呪いそのもの。

 ――皆が期待しているんだ――

 ええ、そうでしょうとも。

 ――お前には特別な力と使命がある――

 望んだ覚えは無かったけれど。
 アネモネが歳不相応な表情を浮かべた時、気まぐれな小鳥は青空から陽だまりの中庭の天使像に舞い降りた。
 偶像崇拝の少ない混沌における『信仰偶像』の定義は多分に芸術的価値、観点に拠っている。
 誰も知らぬ天使像は唯美しく神聖な被造物であれかしと造られた『極めつけの悪趣味』である。
 よりにもよって自身を模した石の天使の表情は、現実のアネモネと同様に何処までも凍り付いている。
 憂鬱と退屈。無限の連続。何一つ変わらない日常、神子の――聖女のつとめ。
 全てを予感させ、肯定する天使像(ひにくのしょうちょう)は――しかして。
「――――」
 この日、アネモネに一筋の光明を与える福音となった。
 歳の頃はアネモネより少し幼い――天使像の向こうにスケッチブックを片手にした少年が居た。
 見慣れない少年に、有り触れぬ変化そのものにアネモネの心はざわついた。
(彼は――どんな声をしているのかしら)
 真面目な顔をして『自分』をスケッチする彼をまじまじと眺め、僅かに高鳴る鼓動を自覚する。
(忍び込んだのかしら。ここへは誰も入れない筈だけれども――)
 伽藍の聖堂に例外は無く。『アネモネ』に触れる者は今まで誰も居なかったのに。
(――とても、綺麗だわ)
 少年の背には羽が生えていた。聖女が羨んだ鳥の羽、彼女の夢想する自由の象徴が。

●アンジュ:Re
 それがいけない事だとは分かっていた。
 苦しい孤児院に寄付してもらうため、掃除の奉仕活動をして糊口をしのぐだけの子供である。
 だから、司祭が禁止した事は絶対にしてはいけないのだ。
 孤児院に迷惑が掛かるから、この後、とっても困った事になるから。
 そんな事は最初から分かっていたのだ――だが、分かっていても止まらないからきっと恋は恋なのだろう。
「……あなた、名前は何ていうの?」
 陽だまりの中庭には天使像。口を利かず、いつも可憐で美しい――彼が恋した天使が居た。
「聞かせて下さいな、あなたのお名前。私はアネモネ――アネモネというのよ」
 驚きの余り答えに窮したベルナルドの瞳は像と同じ顔をした――像より温かみのある美貌を映している。
 司教が神子とし、次代の聖女となると定めた少女が聖堂に居るのは知っていた。像と同じ彼女の貌は何より雄弁に『アネモネ』が何者であるかを物語っていた。
 孤児院の子供が神子とかわす言葉は無い。絶対に言葉をかわしてはいけない、と教えられていた。
 しかし――
「……教えてはくれないの?」
 アネモネの笑顔が曇り、言葉が空虚を帯びた時。
「ベルナルド=ヴァレンティーノ!」
 ベルナルドは反射的にそう言葉を返していた。
 些か元気の良すぎた大声にアネモネは目を丸くして――それから口に手を当てて笑い出す。
 柔らかな笑みだった。黙して語らぬ天使像よりも、より強く。ベルナルドを魅入る本当の天使がそこに居た。
「あなたはどうしてここに来たの?」。アネモネが最初にベルナルドを見かけてから少し時間が経っていた。彼のスケッチが進み、それが終了する事が――彼がもう来なくなるのが怖かった。
 ずっと問いたかったその一言を向ければベルナルドは、
「俺は芸術に興味があるんだ。あの、天使像があんまり綺麗で――駄目なのは分かってたんだけど」
「……」
「どうしてもスケッチをしたくて、でも許可なんて出ないから。こっそり忍び込んだ。
 アネモネ、出来れば俺を見逃してくれたら嬉しいんだけど――」
 罰が悪そうにそう言ったベルナルドにアネモネは目を細めた。
 悪戯な猫がしそうな表情。鳥(えもの)を見つけたような少し意地悪く、同時に何かを閃いたような。
「天使像がそんなに気に入ったのね。じゃあ、ベルナルドは――私を可愛いって思ってるって事かしら」
「んなっ……」
「だって、そうでしょう? あの天使像は私に似せて作られているのだもの。
 ベルナルドは像よりも私をスケッチすればいいんだわ。ねぇ、そうでしょう?」
 初めて言葉を交わす同年代の少年にアネモネの気持ちは華やいでいた。
 申し訳程度に与えられた物語より、退屈な勤めより、ベルナルドと名乗った少年が新鮮で刺激的だったのだ。
「……っ……」
 困ったように顔を赤くして鼻白む姿が可愛らしい。
 弱みを握った年上の女の子に何て答えていいか――困る姿がたまらない。
 彼は今この瞬間、『アネモネをきっと神子として見ていない』。
 くすくすと笑ったアネモネは「冗談よ。大丈夫、告げ口したりしないから」とベルナルドに言う。
「だけど、一つだけお願いしてもいいかしら」

 ――これを秘密にする代わりに、私の話し相手になって欲しいの。ねぇ、いいでしょう?

●黄金の鳥籠の中で
(……何で、今更。あんな夢)
 馬車が石畳の引っかかりに車輪を取られ、大きく揺れた時――アネモネは覚醒した。
 彼女が浅き夢に見たのは幼い頃に一時だけ、そう。本当に一時だけ、自身を癒した宝石のような思い出だった。
 ベルナルドは一度の季節が巡り切る事も無い――たった数か月の時間の中で、アネモネに外の素晴らしさを教えてくれた。熱っぽく芸術家の夢を語っていた。アネモネは彼の筆が鮮やかな色彩を描き、上達していく事が嬉しかった。
 ……別れが訪れたのは確か。
(――有名な芸術家に弟子入りする事になったから、もうここには来れなくなる、でしたっけ)
 小さな欠伸を噛み殺し、余りに空虚な顔をした聖女はあの日の事を追憶した。

 ――厭よ、厭。

 乙女かよ。

 ――絶対に厭。ベルナルド、行くなら私も連れて逃げて――

「は、は」と乾いた笑みを浮かべたアネモネは自嘲した。
(冗談が過ぎますわあ)
 アネモネ・『バードケージ』は、自由を呪い、翼を嫌い、飛行種を審問する『拘束の聖女』。
 連れて逃げると承諾した少年の元へ結局行けず、自分は『こんな』風なのに。
 幾度目かの溜息を吐いた彼女は憂鬱に馬車の窓からフォン・ルーベルグの景色を眺めた。

 ――偶然は、二度訪れる。

 目を見開いた彼女が見たのは街の看板、天使の肖像。

『鳥籠から翼を広げて、大空へ向かう旅立ちの姿。美しい少女のその顔は』。

「ああ、ああ――!」
 全身を瘧のように舐め上げる衝撃は、恍惚は。空虚な聖女の胸を焦がして締め付ける。
「御者! 御者! 馬車を止めて――あの絵、あの絵です!」
 困惑する御者にアネモネは叫んだ。
「――あの絵画は不正義です! 今すぐ――今すぐ描いた画家を私の元へ!」

  • カナリヤ完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年06月02日 19時00分
  • 登場人物1人+NPC1人

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