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玩具はかくして消えていく
登場人物一覧
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「ようこそ! わたしは……っていうの! あなたは今日から……ね! これからよろしくね!!」
初めて手をお人形さんを手に取ってくれた女の子は、とても幸せそうな笑顔で迎えてくれました。
お人形さんも思いました。きっとこの子なら、いつまでもずっと、ぼくを大事にしてくれると。
人形の顔は変わらないものですが、その心ではしっかり笑顔を浮かべていました。
「あのね、きれいなお花みつけたの! あげるね!」
女の子は本当に大事にしてくれます。よく晴れた日の朝、お花畑で見つけてくれた綺麗なお花を、人形の髪の毛にそれはそれは可愛く飾ってくれました。
遅くまで、と女の子がママに怒られて泣いた時も、人形は優しく寄り添い慰めました。
もちろん人形の言葉は届かなくても、女の子は人形ととてもとても、幸せそうに笑っていました。
「いつまでもいっしょよ。おおきくなっても、いっしょだからね」
人形は女の子にぎゅっと抱きしめられながら、女の子の言葉に頷きました。もちろんずっといっしょだよ、いっぱい遊んで、そばにいるよと。
「いつかママになったら、――のこどもとも遊んであげてね」
――それはとても無邪気な、まだ何も知らない女の子の言葉でしたが、人形は大事にしました。
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いつしか女の子はこの歳になって人形遊びなんて、と言われる歳になりました。
もう何年も付き合ってきた人形が、女の子は綺麗に扱います。壊れればちゃんと直します。新品と同じにはいきませんでしたが、大切にされたことがわかる、それはそれは素敵なお人形だったでしょう。
だけれども女の子の周りはそうは思いません。
この歳で遊ぶなんて、子供っぽい、みっともない――笑う子たちばかり。人形はどうして笑われるのかと、女の子はどうして悲しい顔をするのかと不思議でした。
けれど女の子の心は、そんな笑い声に耐え切れなかったのです。もちろん、それは誰にも責められません。
「……ん、次に会う時は、ね?」
良い頃合だと、それでも大切にと女の子は人形を倉庫の中へとしまいました。
ですが、もちろん人形はそうは思いません。
気が付いたらくらーいくらい倉庫の中、箱の中の狭くて狭くて、待てども待てども誰も来ません。
あの女の子はもう人形を手にとって遊ぶことはありません。暗く狭い寒くて寂しい中で、女の子の笑い声は向けられることもなくて、女の子と一緒に遊んで、綺麗に洗ってくれたりする幸せな時間はもう来ません。
辛くて苦しくて、それはとても長い長い時間が経ったときに人形はこう思いました。
『ぼ く は す て ら れ た ん だ』
――そして人形は捨てました。女の子との大切な思い出を。可愛がられた喜びが大きくて大事だからこそ、別れる痛みに耐えられなかったのです。
『…………』
人形はゆっくりと目覚め、誰もいない夜の暗い内に立ち上がり、さまよい歩き始めました。
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「……あれ? ここに置いた筈だって言わなかったっけ?」
やがて時が経ち、女の子は結婚して子供も生まれ、実家に帰りました。その時、大切にしていた人形を産まれた子供に譲ろうと、久しぶりに倉庫の中を探します。
「おっかしぃなぁ。もしかして気付かない内に捨てちゃったかな?」
けれども人形はそこにはありません。
女の子は知りません。
捨てられたと思った人形が、思い出を捨てて何処かへ旅立ってしまったことも。
女の子の気持ちに気付くこともなかった人形が、もう戻らないことも。
うっすらと頬に涙を浮かべた女の子は消えそうな声で呟きました。
「……ごめんね」
もっと大事にしてあげれば良かったと、女の子はこうしてまた一つ、大人の階段を上りました。
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――玩具はかくして消えていく。
かつて少女であった女の、大切な友であった頃の記憶も無くしたまま。
人形は何も知らない。何も思い出すことはなく、何も彼女のことを思うこともない。
彼女が大人となり、恋人と結ばれ母となり、人形のことを思い出しては娘に受け継がせようと思ったことも。
失われ、もう戻ってこない人形へ、慚愧の涙を密かに零していたことも、何も知らないまま彷徨い続ける。
人形は繰り返すのだろうか。
長き時の中、何度目の“今度こそ”を裏切られては、その都度に記憶を消しては姿を消して。
過去の思い出に浸るか、受け継がせる者に受け継がせようとした友の想いすらも裏切り続ける無間地獄を。
或いは。
次の“今度こそ”が裏切られることなく、主に終生、大事にされ続け、円満に受け継がれていくのか。
彷徨う人形の未来が幸になるか不幸になるか、未だ誰も知らない。
――それでも、書き手として私は願わずにいられない。どうか、彼を最後まで大事にして欲しいと。
次に彼の主となれる人に、どうか彼が朽ちるその時まで大事にと、受け継がれていく幸福をと願わずにはいられない。