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逢瀬に、花を添えて
登場人物一覧
「え、ええ……」
その日、ワルツ・アストリアは困惑していた。時間は少し遡る――ローレットに『緊急』と赤文字を添えて張り出された依頼書は普段のチームを組む者とは違い、少人数で遂行することが求められるものだった。情報屋に聞けば『簡単な仕事』だと言われ、報酬も良い。どうしてこんなにも『ワリの良い仕事』があったのかと言えば、至急対処をと無理を言うクライアントが通常の倍額支払うことを決定したからだそうだ。報酬がイイとなれば傭兵として受けなくてはいけないとワルツは直ぐさまに立候補し、受注が決定した――が、詳細を記された依頼書は難解そのものだ。
「なんて読むの? んんん……? え、よく分からない言葉ばかり。これって専門用語よね? ねえ――」
くるりと振り返ったが、其処には何時もの連れである青髪の剣士は存在して居ない。今日は練達での仕事に出掛けると言っていたか。土産が欲しいと強請ったことをすっかり忘れていた。
こうした依頼書の難解な表現や歪曲表現を平坦にし、分かりやすく伝えてくれる
「……ふむ、服飾関連の用語が多いのですね」
「へっ!?」
「あ……すみません。困っているように思えたので。そちらの方は幻想では名の売れたファッションデザイナーではないでしょうか。
……お名前を見た事があります。そういえば、モデルとなってくれる方を急遽募集しているという話を聞いたことがありました」
振り返れば、首を小さく傾いだ金髪の幻想種――リースリットが立っていた。突如、声を掛けられたことに驚いたワルツがぱちくりと瞬けば彼女は『困っていたようなので』と有り難いことに依頼書の内容を分かりやすく解説してくれる。
それの偶然が『何度か』起こったのはローレットの冒険者同士で在る事も確かだ。ワルツが依頼書を眺めてどうしようと悩ましげに首を捻れば、偶然通りかかったリースリットが助言をくれる。ビジネスライクな付き合いでも、ワルツはその距離感が好ましかった。
(次は、ちゃんとお礼を言って……そうだ、お礼をするときは何か『お礼の品』を渡すのよね?)
お世話焼きな『相方』に告げた際には彼女の好ましそうな品をお礼に手渡すことを勧められた。だが、ワルツにとってリースリットは『違う世界の人』だった。
ある程度、彼女の情報についてはローレットで活動していれば耳にすることがある。幻想貴族であるファーレル家のご令嬢であると聞いた時には納得したものだ。普段から、同じ幻想種の女の子、綺麗な子、だとは認識していたがまさか貴族令嬢とは――
貴族令嬢が何を好きかは分からないが、同じ幻想種であるなら自然が好きな気がするとローレット近くの花屋で購入した花の苗を手に彼女がやってくるのをワルツは今か今かと待っていた。
「……あ、こ、こんにちは!」
「こんにちは。またお会いしましたね」
微笑んだリースリットにワルツは「その、いつも有難う。た、助かっているわ」ともごもごと緊張を滲ませながら言葉を紡ぐ。ワルツ自身、交友関係はそれ程広くはなく、友人を作るのも苦手な分野だ。幻想種には閉鎖的な考えの者も多いために自身と似た傾向の人間はよく見るが――さて、リースリットはどうか。
リースリット自身は余り交友関係を自分から広げることはない。どちらかと言えば来る者拒まず、頼られたならば見過さずその言葉に応えるタイプだ。
「……いいえ、また何かお困りでしたらお気軽に申しつけてくださいね」
「あ、あの、それで……普段のお礼? みたいな? 感じ。まあ、要らなかったらその辺に植えて貰えれば――」
「ああ、これは……可愛らしい。有難うございます。鉢に移して大切に育てますね」
「う、う――ええ! これはね、とっても綺麗な花が咲くそうなの。だから、可愛いお花が咲くのを楽しみにして貰えたらなあって」
ぱあ、と表情が明るくなる。今までは仕事内容を確認した後に「ありがとう、それじゃ行ってきます」「行ってらっしゃい」だけの言葉を交すのみだった関係がぐっと縮まった気さえする。
リースリットは嬉しそうに微笑んだ彼女を見て、ぱちりと瞬いた。幾度か話をする内に彼女が頼ってくれることには気付いていた。緊張しながらも此方の言葉に一生懸命に耳を傾け、理解した時には心の底から嬉しそうに微笑んでくれる。
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。リースリット・エウリア・ファーレルと申します」
「あっ、ワルツ。ワルツ・アストリアよ。同じ幻想種としてよろしくね!」
ぱあ、と明るい表情を見せるワルツ。リースリット自身も彼女についてはローレットのデータベースである程度知った存在だった。まるで幼い少女のように表情をころころと変えて、此方の言葉に耳を傾け懐いてくれる様子を見ていれば幾分か年上である彼女には申し訳ないが可愛らしいと感じていた。
末娘であり、姉しか居ないリースリットだが、もしも妹が居るならばこの様な感じなのだろうか。
「リースリットさん?」
「いいえ、ワルツさん……とお呼びすればよいでしょうか?」
「ええ。な、何だか不思議な感覚ね……今までずっと話していたのに、改めて『よろしく』とするとむず痒く感じてくるわ」
「ふふ。私もです。今までは仕事仲間でしたが……今からは、友人――と、言えば良いでしょうか?」
友人、と。
その言葉にワルツの眸がきらきらと輝いた。やっと、彼女と友人と呼べる関係になれたのだと思えればそれがとても嬉しくて。お礼の品を懸命に選んだ事も間違いでは無かったのだと嬉しくなって心が躍る。
「うん、友達ね。これからは色々とお話ししたり、その、何か遊びに行ったり……とか……」
「ええ、是非」
宜しくお願いします、と微笑んだ彼女のその礼儀作法や丁寧な物腰に憧れるのだと再確認するように噛み締めてワルツは真似するように「宜しくお願いします」とぎこちない礼をした。
「ワルツちゃん~終わったわよ~」
「あ、そうだった……!」
呼ぶ声にワルツははっとした様に顔を上げた。リースリットとの会話に夢中になっていたが、今日はローレットから受けた依頼の報告に来たのだった。
情報屋に聞けば、リースリットもローレットへと来る予定があると聞いていた。ならば此の機会を逃すべからずと先にお礼の品を渡してくることを
再度、ワルツちゃんと呼ぶ声がする。此の後、別の仕事に共に行く予定だったのだ。直ぐに準備を整えて仕事に向かわねばならない。
「あっ、今から行く! それじゃあ、リースリットさん、またね!」
「……ええ、また」
ひらりと手を振ったリースリットにワルツはにんまりと微笑んだ。
花が咲いたら、ワルツに報告しようかとふと考えてリースリットはその背中を見送った。走り去っていく彼女が「わあ」と喜んでくれるような美しい花に育てようと、そう心に決めて。