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彼者誰と鬼灯の話~襲来~

登場人物一覧

彼者誰(p3p004449)
決別せし過去
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家

●そう、布団の中から出たくない
「そろそろ起きる時間だな」
 などと鬼灯は布団の中でうそぶいた。隣のちんまい専用布団では章姫がすやすやと寝息を立てている。
 でも寒い、寒い、寒い。なんで1月過ぎたら春扱いなんだ豊穣は。どう考えても冬本番だろうが。
 それにしてもいつもなら起こしにくる暦たちが誰一人やってこない。みんなこの冬の寒さにやられてるのかもしれない、などと鬼灯はのんびり考えた。まったくたるんでいる。まあ、たまにはいいか。なんせ寒いもんな。だとしたらやることはただひとつ。二度寝だ。ふっかふかの布団でミノムシみたいになって、いざ眠りの世界へレッツゴー。
「おかしい……」
 寝すぎでぼんやりした頭のまま鬼灯はつぶやいた。
 時計は13時、本来なら昼餉の時間。みんなで卓を囲んでわいわいと騒ぎながらメシを食う。そんな時間のはずなのに。屋敷の中はこそりとも音がしない。おかしい。ここにきてようやく鬼灯はことの異常さに気づいた。布団を跳ね上げ、浴衣の上に綿入れを直接羽織って鴬張りの廊下を歩く。
 まず最初に向かったのはやはり霜月の控え室だ。暦たちにはそれぞれ個別に部屋を与えてある。とりあえずそこへ行けば部屋の主に会えるはずだ。
「入るぞ母上」
 木戸をがたがた言わせながら開けると、やっぱり霜月は布団の中に居た。が、様子がおかしい。
 水の入った手桶、額には濡らした手ぬぐい。熱に浮かされた赤い顔。とどめに口へくわえた体温計。
「母上! 今時そんなベタな姿で寝てるやつはいないぞ!」
「うゥ、うるさいよ頭領ォ……頭に響くからやめてェ……」
 よくみなくても風邪だ。鬼灯が体温計を確認すると、とんでもなく高い値。
 あわてて屋敷中を駆け回ると(うるさい頭領と弥生からクナイが飛んできたが無視した)、暦たちは全滅していた。
「すみません頭領、ふがいないです」
「それにしてもなんで頭領だけ平気なんだ……」
「なんとかは風邪ひかないっていうから……」
「卯月、師走、おまえら言いたい放題だな」
 そこへ睦月がふらつきながらやってきた。
「とりあえず、今日一日、頭領のお世話をしてくださる方を、見つけたので……失礼のないようにしてくださいね」
「自分の世話くらい自分でできるぞ」
「何言ってるんですかいつもおんぶにだっこなくせに、げほげほっ、それに、私たちの看病も加わるのに、はっきり言って無理」
 不調のせいかいつもより遠慮がなくなっている。鬼灯としては大いに不服だったのだが、ぜえぜえ言ってる睦月の気迫に負けて承諾した。


 それはそれとして、はたして睦月のオーダーに応じたのはどんなニンゲンなのだろうか。見知らぬ相手に身を任せるのは何やら新鮮でもあり、若干おそろしくもあり。そもそも13、いや違った、章姫を含めて14人分の面倒事を一手に引き受けることができる人物などこの世にいるのだろうか。などと鬼灯が気をもんでいると、窓ガラスにおでこをぺったりくっつけていた章姫があっと声を上げた。
「ながーい車が来るのだわ!」
「車?」
 鬼灯も窓を覗くと、道の向こうから一台の車がやってくるところだった。濃紺に彩られたボディはうなぎかな? ってくらい長い。
「……リムジンじゃないか」
 なして、おリムジン様がこの方丈のほど田舎に用事があるのだ。そこまで考えてはっと気づいた。
(もしや睦月が言っていた相手か!)
 リムジンは速度をなめらかに下げ、屋敷の前につけた。鬼灯は章姫を懐へしまいこみ、玄関の扉をスパンと開ける。リムジンから降りてきたのは白銀の眩しい長髪美丈夫だった。彼は鬼灯の姿を見るなり、千年の邂逅を果たしたかのように顔を輝かせた。
「お初にお目にかかります!」
「おう」
「私、彼者誰(1カメ)! 彼者誰(2カメ)! 彼者誰と申します(3カメ)!」
「あ、圧が、圧がすごい!」
「失礼、弱にしましょう」
 彼は胸に手を当て、穏やかにお辞儀をした。それだけで雰囲気が変わる。
(ほう、やるなこいつ)
 鬼灯は男を見直した。気配の操作は忍の基本技術のひとつ。それができるということは、一目置くに足りる相手だということだ。
「ところで、あなたが本日の私のマスターでよろしいでしょうか」
「ああ、鬼灯という。よろしく頼む。事情は知っているか」
「いいえ、私どもの協会への注文は『とにかく有能なのをよろしく頼む』とのことでしたので」
 男はゆるやかに微笑んだ。どことなく獲物を前にした蛇を思わせる笑みだ。だが睦月があたりをつけてきたということは大丈夫……いやいや睦月も熱でぶったおれているのだ、普段と違う雑な注文にそれが現れている。これは警戒せねばなるまい。章殿のためにも!
「……じつはかくかくしかじかで」
「なるほど、本日の私は12人分の役目を仰せつかったということですね。執事冥利に尽きるとはこのことです。どうぞご安心ください、見事務めてごらんにいれましょう」
 執事だったのか。
 今頃になってようやく知る鬼灯だった。
「彼者誰とやら、言っておくがうちの敷居をまたいだ以上は、うちのやり方に従ってもらう。俺が一番偉い。崇め称えろ。部下たちはその次に偉い。部下たちの弟子にも失礼がないように」
「イエス、マイロード!」
 牽制のために放った一言は笑顔でスルーされた。

●執事検定・衣・食・住!
「まずはお着替えからですね。浴衣のままではご主人様まで風邪を引いてしまいます」
 彼者誰は手早く朝風呂を沸かした。昼まで寝ていたことを見抜かれているのだろう。ちょっとばかり癪だが寝汗を流しておきたいのもたしか。これで風呂の温度が気に入らなかったあら嫌味を言ってやろうと全裸待機(文字通り(なお、口元は隠れる))していた鬼灯だったが、風呂は熱くもなくぬるくもなく、適温。思わず足を伸ばして「ふ~極楽極楽」なんてつぶやいてしまうくらい。
 カラリ。
 その時、バスタオル姿の彼者誰が浴室へ入ってきた。
「わちょっ、貴様何してんだ!?」
「お背中をお流ししようと思いまして」
「そこまでせんでいい!」
「イエス、マイロード!」
 ぴしゃん。
 入り口は閉じられ、平穏は保たれた。動機と息切れが鬼灯を襲った。風呂の中なのに寒い。さっさとあがることにしようとして鬼灯は気づいた。
(外で待機してるー……!)
「自分の体くらい自分で拭ける!」
「イエス、マイロード!」
 こりゃえらいやつが来てしまったぞと鬼灯は戦慄した。章殿は大丈夫だろうか。鬼灯は風呂からあがると、いつもの服へ袖を通し、ほぼ章姫専用の女湯のほうへ駆けて行った。そこには……。
「あ、鬼灯くん。みてみて、かわいいのだわ」
 そう言ってにっこり笑う章姫はめんたまとびでるほどかわいかった。かわいかった、が。黒を基調としたゴシックな和風ドレスは鬼灯の見たことのないものだった。少なくとも自分の章殿コレクションの中にはなかったはずだ。
「章殿、その衣装はいったい?」
「彼者誰さんが用意してくれたのよー」
「くぉらー! 彼者誰、勝手に服を買い込んだな? 睦月に怒られるのは俺だぞ!」
「ご安心くださいマイロード、こちらの服、私の手製でございます」
「手製?」
「はい、少々裁縫の心得がありまして……」
 彼者誰が指し示した先には人形用のマネキンが並んでいた。しゃらんらとどこかから音が鳴る。
「奥様のイメージに合わせて、マニッシュからロリータまで揃えました」
「こ、この短い時間の中、俺の世話をしながらか……!」
「イエス、マイロード」
 なんだこの男、化物か!? 鬼灯は冷や汗を垂らした。
「それではお食事といたしましょう。本日の昼食はこちらになります」
 鬼灯と章姫が連れてこられたいつもの部屋には、旅館かよってくらい皿が並んでいた。あふれんばかりの料理の数々に思わず慄然とする。食えというのか、これを。忍の料理の基本は粗食だ。霜月の作るオカンの味は、カロリー計算までして考え抜かれて作られている。よって、各人決められた量以上は食べない(何事にも例外はあるが)。最適化された食事と鍛錬、それによってぎゅうぎゅうに絞りあげられた筋肉が保持できるのだ。
「いやいやいや、こんなに食べたら、太る!」
「ご安心ください、こちらの食事、ほとんどがアスリートメニューをヒントにしたものでございます」
「アスリート?」
「はい、おいしく、かつ低カロリー。それでいて基本の栄養素を抑えたものになっております。たとえばこちらの蒸しささみのチーズソースがけ。減量しつつ筋肉をつけたいご主人様へ適しているかと」
「ぬぐ、な、なるほど?」
「奥様のお料理もコンセプトは変わりませんが、見た目には拘ってみました」
「このゼリー、まるで青空みたいですてきなのだわ!」
「お褒めいただき恐縮です」
 笑顔で会釈をする彼者誰。
「つまりおまえは、メニューを全部変えて二人分の食事を作った、ということか?」
「イエス、マイロード」
 まってまって、霜月でもそこまでやんないよ?
「ま、まあ、料理は味が命だからな。とりあえず食べようか章殿」
「そうね、食べどきを逃すなんてマナー違反だものね。いただきまーす!」
 ……うまい!
 霜月とはまた別次元の美味さだ。あっちがオカンの味なら、こっちは高級レストラン。上品で風味高い味が五臓六腑にしみわたる。
「お味はいかがでしょうか」
「すっごくおいしいのだわ彼者誰さん!」
 章姫が満面の笑みでそう答えた。
 あ、こら、彼者誰、章殿をなでなでするな。それをしていいのは俺(と暦関係者)だけだ。
 悔しいが認めざるを得ない。睦月の人選は的確だったのだと。睦月を上げることで鬼灯は最後のプライドを保った。
 そこからも彼者誰は如才なく仕事をこなし、契約期間を満了すると笑顔で去っていった。

 が。

「頭領! 俺達の服が切り刻まれてる!」
「食料庫が空っぽだよォ!」

 後日、人件費12人分+サービス料という、とんでもない額の請求書が届いた。

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