これだからやめられない

登場人物一覧

●美味しさは罪
　一仕事終えた後の一品は何にも勝るご馳走だと、何処かで聞いたことがある。今日も依頼を終えてあとは帰路につくだけとなったクルル・クラッセン（p3p009235）は、折角だからとこの街の名物でも頂いてから帰っても遅くはないと、そこいらのパブやバーの看板によく書かれている『シカイノシシ』なる食べ物を探し彷徨った。
　辿り着いたのはそれなりに賑わいを見せる小洒落た飲み屋。カウンター席に案内されメニューを見ると、やっぱり此処にもあった『シカイノシシ』のステーキに串焼きに丸焼き。どれも美味しそうだが、此処は素材の味が一番味わえそうな丸焼きをオーダーした。
「シカイノシシってどんなのだろ。角が生えてる猪？」
　その答えはすぐに分かった。注文してから１０分と経たぬ内に出てきたのは、見た目は子豚のようで頭に大きな角が生えたもの。丸焼きなので形がありありと見えて多少グロいような気もするが、こういうのが案外美味しかったりするのだ。
　意を決してパリパリに焼かれた腹にナイフを入れる。血抜きはしてあるのか汚れた液体は出ず、美味しそうな焦げ感のある肉汁がジュワっと溢れ出た。一口大に切って口に運べば、クルルの中でぱぁっと花が咲いたような気分になる！
「おいしっ。なに、この……見た目に反して鹿肉っぽい感じ……獣臭くもないし。香りはハーブっぽい」
　ついつい独り言を言ってしまう程、シカイノシシの肉は美味しかった。中までしっかりと火が通っており一切生臭くもなく、内臓特有の苦みも薄い。何より食感は弾力があり、歯ごたえ十分で噛めば噛むほど肉汁が溢れてくる。
　香りづけのハーブがまた良い風味を醸し出していて、主張はしないが獣臭さを消して、ついでに少しの華やかさを持たせる。さっき感じた花っぽい感じはこれかー、と一人納得しながら、黙々と食べていく。細身の身体に対して、クルルは意外な程食いしん坊だった。そして肉にはやはり酒が合う。
　ということでエールを一杯。すぐに来たそれをまるで水のように一気に飲み干した！　肉特有の味に、塩胡椒とハーブだけで整えられた丸焼きに、エールが効く。クルルは間髪いれずもう一杯、今度はカクテルを注文し、もっきゅもっきゅと丸焼きを食べ進める。
　運ばれてきたカクテルは上が青で下が黄色の二層に分かれたものだった。綺麗だなぁ、と思うのも束の間。ごくりと一口。思ったより辛くて吃驚したけれど、これはこれで美味しい。茘枝（ライチ）と檸檬（レモン）が混ざり合い、皮の渋さも含めて実に味わい深い。
　しかし此処にきて肉ばかりではバランスが悪いと考えたクルルは、サラダも追加注文。まだまだ丸焼きはたっぷりある。サラダと合わせて丁度いい塩梅だろう。
　出てきたのはボウルに入った葉物野菜にこれでもかとドレッシングが掛けられた一品。ちょっとサラダにしては高くない？　と思ったが、これ明らかに誰かと分け合って食べる用だ。まぁでも、このくらい空きっ腹には丁度いいよね、なぁんてトングで掴みそのままガブリ！
　この炒ったような風味は胡麻か、豆か……そこに少しの酸味が加わり、さっぱりとした感じのドレッシングだった。この店、当たりが多いな。幾らでも食べられちゃいそう！　と言わんばかりに、丸焼きとサラダと酒を交互に食べるクルル。酒は随時追加でゴクゴクと。
　しかし、飲めば飲むほど、普段隠していた酒癖の悪さが滲み出てくる。クルルの場合は笑い上戸。そして食欲増進。箸が転んでも可笑しくて笑ってしまうし、どんどん食べたくなる。
「あはははは～！　これ美味しすぎなんだけど～！　食べたら減ってくしぃ、もうステーキも頼もうかな！？」
　シカイノシシの丸焼きを平らげ（頭から尻尾まで美味しく頂きました）、サラダもまだもう少し残ってる。あとはやっぱり酒！　クルルは最早何杯目か分からぬ酒を注文し、ついでに「やっぱり食べたい！　我慢は毒だよね！」とばかりにシカイノシシのステーキも頼んだ。
　若干引き気味の店員から運ばれてきたステーキと蒸留酒（ウイスキー）を食べては飲み、まるで一人宴会状態。ステーキのソースがまた絶妙な甘じょっぱさで、酒が進むこと。そして酒が進めばさらに食べたくなる悪循環。最終的にメニューで目についたものを片っ端から注文！
　じっくり３時間は飲み屋に居座ったクルルは、満足気にお会計へと向かう。名物が美味しくて良かったなぁ、酒も一通り飲んだし、やっぱり一仕事終えた後の一品（※一品どころではない）は最高だね！　なんて思っていたのも束の間。
「××××ゴールドになります……」
　店員の示した合計金額にヒュッと喉が鳴るクルル。そうだ、こういうことがあるから友達からは禁酒って言われてたんだった～！　と思い出すも後の祭り。今日の仕事で稼いだ分より多く支払って店を出る。
　でも、この満足感は止められないね！　と全く懲りる様子の無いクルルだった――。