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武器商人と赤狐の君の話~サヨナキドリの一角にて
武器商人と赤狐の君の話~サヨナキドリの一角にて

登場人物一覧

武器商人(p3p001107)
闇之雲
ヴォルペ(p3p007135)
満月の緋狐

 窓から落ちる陽の光が、夏本番というのにどこら薄ら寒い。
 遠くに蝉の鳴き声を聞きながら、館の主武器商人は氷水を満たした桶を足元に置くとソファへ体を預けた。何かを覚悟したようでもあり、何かを諦めたようでもあった。武器商人の上へ影が落ちる。
「それでは対価をもらおう、麗しの銀の君」
 赤狐の君――ヴォルペは床の上へひざまずいた。武器商人はおっくうそうに半身を起こし、氷水で足を清めようとした。その手をヴォルペがおしとめる。
「俺にやらせてくれないか。麗しの銀の君よ。その二つとない宝の足は、いま俺のものなんだ」
「そうかぃ」
 恍惚としたヴォルペの声。武器商人は諦めと軽蔑が絶妙に入り混じったなまぬるい視線をヴォルペへ送った。

 ことの始まりは天義における先の戦いまで遡る。
 かつて聖女と呼ばれた女がいた。
 女は自身の良心と周囲の喝采に引き裂かれ、もがき苦しんでいた。女はいつも、笑いながら血反吐を吐いていた。そして彼女は堕ちた。魔種と化した父に導かれ、ただただ微笑むだけの「聖女」になった。彼女との戦いの場において、武器商人は水仙隊を率いて彼女を取り戻そうとした。「聖女」などではない、ただの笑ったり、怒ったり、拗ねたり、はにかんだりする、一人の乙女たる彼女を。そのためには奇跡が必要だった。策もない、論もない、純粋な奇跡が。反転した者が再反転した例などない。歴史がそれを証明している。それを覆すための奇跡を、武器商人は望んだ。
 だから戦いへ赴く際、武器商人はヴォルペを誘った。「知らない少女の為に命を差し出してくれまいか」と。ヴォルペはそれを条件付きで了承した。
 結果として、ヴォルペは戦場へ立ち、武器商人とともに奇跡を起こした。絶望的な。あまりに絶望的な奇跡だったが。何かを手に入れると言うことは何かを手放すこと。けれど、その反対が必ずしも結果につながるとは限らない。武器商人たちはそれを痛感させられた。彼女が幸せだったかどうかはわからない。ただ、死の瞬間彼女を苛み続けてきた「聖女」の仮面は砕け散った。それだけは確かだった。

 かくして、ヴォルペは対価を得る。武器商人は力なくソファへ横たわり、ヴォルペの好きなようにさせている。
 命を賭けた対価は「武器商人の足先にキスをする権利」。……あーあ、馬鹿馬鹿しい。何が楽しくてそんなことを望むのだ。どうせならもっと簡単でわかりやすい対価にしてほしかった。ジュエリー・フルーツ一年分とか? さすがに命一個分には安すぎるだろうか。まあいたしかたない赤狐の君は……、武器商人が思考を遊ばせていると、脚がひやりとした感触に包まれた。
 閉じていたまぶたを開けると、ヴォルペが真剣な表情で氷水に浸した布を使って武器商人の足を清めていた。まずは足首を包むようにして、それからくるぶし、かかとへゆっくりと布をすべらせ、足の甲を拭いたら次は足の裏。思ったよりもずっとソフトで優しい感触。足全体を拭き終わったヴォルペは、いったん布を氷水でゆすいで、きつく絞った。そしてつま先へ手をかける。親指から始めて、足の指を一本ずつていねいに拭いていく。片足が終わったらもう片方の足を、同じ手順で清めて。それを見るともなく眺めていた武器商人は、ヴォルペがポケットから小箱を取り出したのを見てぎょっとした。
「なんだいそれは」
「ネイルケア用品一式だが」
「なんだってそんなものを」
「美しいものをさらに美しくすることができるまたとない機会だ。そうだろう麗しの銀の君。君のつま先が俺の手によって変わっていく。俺はそれがたまらなく嬉しい」
「……まあ、そういうだろうね、赤狐の君なら」
 武器商人の様子などお構いなしで、ヴォルペは爪の甘皮を取りはじめた。武器商人の足を氷水につけて、甘皮をふやかすと、ネイルプッシャーで優しくこすりはじめた。
 その表情は真剣そのもので、職人のそれに近い。象牙の細工をするように。ガラスを形どるように。銀食器を磨くように。
 無駄な甘皮を取り除くと、ヴォルペはヤスリを取り出した。
 もう好きにしてと武器商人は何回目かわからないため息をついた。
 静かな部屋にヤスリを使う音だけが響く。
(退屈だ……)
 武器商人はそう思った。ヴォルペは多弁な方だが、今はとても気軽に声をかけられる雰囲気ではない。目の前の自分のつま先を形よく整えることに夢中になっている。こういうとき、居眠りでもできると良いのだけれど、あいにく自分の体にはそういう便利な機能はない。本の一冊でも用意しておけばよかったと、いまさらながら後悔。
 まあ、あのヴォルペに対して、つま先へのキスだけで終わると思っていた自分にも若干の非がある。ネイルケア用品まで準備してくるとは予想外だったが、考えてみればそういう男なのだ。
「奉仕」、それこそがヴォルペの歓びなのだから。
 尽くすこと、望みを叶えること、そのために己をすり減らすこと、そのすべてがこの男の快楽。だがそれは一方的な愛。ヴォルペが気に入り、ヴォルペが決めた相手にだけ発揮される、相手の都合などわきまえないわがままで一方通行な挺身。だがそれゆえに純真、それゆえの純粋。無下にすることすら憚られる無垢は、ときに悪意よりも迷惑で対処に困る。
 天井を眺めていた視線を下げると、ヴォルペが武器商人のつま先を持ち上げて、出来を確認している。武器商人は呆れ果てて口を開いた。
「楽しいかぃ?」
「楽しいとも」
「あとどのくらいで終わりそうかな」
「俺が納得するまで」
「……新聞を読んでも?」
 ヴォルペが眉尻をさげてこちらを見上げてくる。
「俺がこんなに本気なのに、この気持ちは届いてないのか、麗しの銀の君。俺の頭は君のことでいっぱいなのに、麗しの銀の君はゴシップの塊のほうをお望みときた」
「あァ、あァ、そういうつもりじゃないんだよ。ただ、ちょっと、ほんのちょっと手持ち無沙汰なんだ。我(アタシ)にもできることはないかぃ?」
「ならば俺を見守っていてくれ、麗しの銀の君。君の視線で応援を受けたら、俺はもっと作業に集中できる」
 どうやら地雷を踏んだらしい。と、武器商人は思った。ヴォルペはたっぷり時間をかけるだろう。そのあいだ自分は何もすることがなくて、それこそヴォルペを見守るくらいしかやることがない。退屈だ。退屈は嫌だ。
 ――だってどうしても思い出してしまうじゃないか。白祈の君のことを。
 武器商人はそっと吐息をこぼす。助けたくて助けたくて、自分の命など惜しくないと思ってしまった、哀れで不器用な乙女のことを。悲しみの塊は、まだ胸の奥で重しになっている。何をしているときにも、ふと浮かんで消える白昼夢となって、自分の無力さを思い知らされる。
「よし」
 急に聞こえた声に武器商人は驚いて目を見開いた。
 ヴォルペは爪用美容液を塗り終わり、会心の出来だと満足の笑みを浮かべていた。解放感からつい武器商人は「終わりだね?」と聞いてしまった。赤狐の君は不機嫌そうに眉を寄せる。
「何を言っているんだ、麗しの銀の君。対価は今からもらうんだ。俺の手によってこのうえなく美しくなったつま先へキスを」
「あァ……そうだったね。前置きが長すぎて本題を忘れてしまっていたよ」
「くくっ、麗しの銀の君にもそういうことがあるんだな」
 では、と赤狐の君は武器商人の右足を取り、額におしいただいた。
「対価をこれに……」
 姫の手をとる王子のように、王に刀を賜る騎士のように、ヴォルペはつま先へ唇を寄せた。ちゅ、と小さな音が部屋に響いた。親指へ、人差し指へ、中指へ、薬指へ、小指へ、ヴォルペは軽く吸うだけのキスを重ねていく。そして自分が手入れをした爪に口づけをし、指の裏側へ舌を這わせる。ぢゅると、重い水音がした。ヴォルペが指を口内へ招き入れた音だ。武器商人の体がぴくりと動いた。氷水で冷え切った指先を温めるように、ヴォルペは一心に指先をしゃぶる。赤子のように無垢な表情で、淫らなほどの貪欲さで。つま先を強く吸うたび、武器商人の体がビクビクと震えた。
「――!」
 武器商人はヴォルペから顔を背け、ソファの背もたれへ顔を押し付けた。すがるように腕置きをつかむ。ヴォルペが親指を舌先で弄ぶ。口元からよだれがあふれ、床へ円を描いた。
「ん、くぅ……」
 武器商人が押し殺した声をあげた。ヴォルペは動きを止め、つま先から口を離した。銀の糸が橋をかけ、垂れて落ちる。武器商人は耳まで真っ赤になっていた。
「大丈夫か、麗しの銀の君」
「大丈夫も……なにも……、フ、フ、ハ、ハ、ハ、くすぐったくて……ハ、ハ、ハ!」
 こらえきれず武器商人は笑い出した。
「ヒヒ、これでも、我慢は、してるんだよ? ヒヒヒ……!」
 武器商人は酸欠寸前で赤くなった顔をヴォルペへ見せた。
「ふん、対価は、これでいいかな?」
「ああ、十分だとも、麗しの銀の君。堪能させてもらった」
「そうかぃ、オマケをあげよう」
 武器商人はよだれに濡れた右足でヴォルペの頭を掴んだ。髪の毛をすくように濡れた足を拭く。ああ、とヴォルペはとろけた表情で嬌声をあげた。
「麗しの銀の君、君はいつも新しい歓びを俺にくれる」
 ヴォルペは立ち上がり、ソファの武器商人へ覆いかぶさった。
「ああ、美しき人。麗しの銀の君。俺のトモダチ。絹のような艶やかな髪も、宝石のような煌めく冷たい瞳も、白磁のようになめらかな爪先も、愛しているよ」
 それは、いうなれば友情の発露。踊る罪、反発し合う罰。ヴォルペは武器商人のうなじに顔を埋め、大きく息を吸った。
 ドガッ!
 返事は蹴りだった。
「痛いなあ。何するんだよ、おにーさん驚いちゃったじゃないか」
「愛してるなんて軽率に言うからだよ」
 武器商人は足を組み、ヴォルペへいつもの微笑を見せた。

  • 武器商人と赤狐の君の話~サヨナキドリの一角にて完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別SS
  • 難易度
  • 冒険終了日時2019年07月31日 21時50分
  • 登場人物2人

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