PandoraPartyProject

SS詳細

トラクスと優しい罠

登場人物一覧

ンクルス・クー(p3p007660)
山吹の孫娘
ンクルス・クーの関係者
→ イラスト


「AIM。現在の時刻は?」
 その日、司書のトラクス・シーは眩暈がするほどの仕事量に追われていた。追従する遠隔操作機体に一瞥もくれず、廊下を足早に進みながら試算していたスケジュールと照らし合わせる。
「少し遅れているな。休憩時間を削減すれば――っ」
 曲がり角にさしかかった所で誰かにぶつかりそうになった。慌てて一歩退くと、目の前には目をぱちくりさせた『境界案内人』神郷 蒼矢の姿があって、動揺を悟られまいと顔を下へと俯かせる。
「忙しそうだねぇトラクス。手伝おうか?」
「結構だ。補佐役の司書が境界案内人の手を煩わせていては本末転倒だろう」
 進路をずらして通り過ぎようと踏み出すトラクス。しかしその動きに合わせるように蒼矢は身体を横にずらした。
「何のつもりだ!」
「それはこっちの台詞だよ。僕は君がじゃなくて助けたいのにさぁ。
 そんな純情な男心を分かってくれないトラクスには――カモン、ンクルス!」
 蒼矢の指パッチンを合図に現れたのは、ご存じ『鋼のシスター』ンクルス・クー(p3p007660)だ。大きなリュックを背負っているとは思えない機敏な動きでトラクスの背後へ回り込み、瞬時に羽交い締めにする。
「はーい蒼矢さん! えへへ、一度でいいからこういう忍みたいな役回り、やってみたかったんだ~♪」
「なっ!?」
『今日は帰って来るなんて聞いてない』とか『どうしてこんな事を』とか。
 様々な疑問が混ざりあい、トラクスが動きを止めたその隙に――蒼矢は手にした一冊の本を滑らかに繰る。
 光の粒子がトラクスとンクルスの足元に降り、異界へ通じる魔法陣が描かれる。
「おぉっと手が滑ったー! 司書と特異運命座標をを異世界に飛ばしちゃったー★」
「わ~! 不慮の事故ならしょうがないね~!」
「貴様ら……嘘をつくなら、もう少し隠す努力をしろーー!!」
 ンクルスと蒼矢、天然コンビのわざとらしい事故アピールに思わずトラクスが叫ぶ。しかしその声は廊下に響く事はなく――秘宝種ふたりは異世界へ、あっという間に飛ばされてしまったのだった。


――迂闊だった。
 朝からいつも以上に業務が詰め込まれていたのは、ンクルスでも私の背後をとれるよう、体力を削り切るためだ。
 おまけにンクルスが境界図書館に帰って来る事を秘密にして動揺させる二段構え!
 蒼矢は基本的にお気楽でツメが甘い男だが、こういう――他人の足を引っ張る事に関してはやたらと頭の回転が速い。
「あの青信号のいらん事しい……」
「わぁっ、見てよトラクス! あれが予約してもらった旅館だよ」

 異世界に不慮の事故(?)で飛ばされた後、ンクルスは『どっきり大成功♡』の看板を掲げながら事の次第を話してくれた。蒼矢が働きづめのトラクスを心配していた事。無理にでも休暇を取らせようとンクルスへ協力を仰いだ事――。
「本当に一泊したら迎えが来るんだな」
「蒼矢さんと約束したから大丈夫っ! それよりトラクス、怒ったりしてないの?」
「全く怒ってない訳じゃない。ただ、理由が理由なだけに怒りきれないだけだ。
……それにしても、なぜ温泉施設なんだ。機械体が湯に浸かってもリスクしか無いように思えるが」
「えぇっ、そうなの?」
 全く考えていなかったとばかりに驚くンクルス。恐らく蒼矢もそこまで深くは考えていないだろう。
(まったく、不器用だな。……まぁ、ンクルスと一緒なら悪くはないか)
「トラクス、もしかして笑ってる?」
「気のせいだ。ほら、入るぞ」
 呆れが混じった溜息の後、口角が微かに緩み――トラクスはンクルスの手を引いて、入り口の暖簾をくぐっていった。


 時を同じくして境界図書館では、書類の山に囲まれて呻く蒼矢の姿があった。近くを通りすぎようとした同僚の赤斗の腕を掴み、半泣きで縋りつく。
「もう無理ぃ! 量が多すぎるよぉ!赤斗てつだって!」
「トラクスが居ない分まで頑張るんだろ? 動ける時間が2倍に増えたんだから2倍働け」
「赤斗までンクルスと同じ事言うー!」
 書類を手繰り寄せながら、蒼矢は司書という存在のありがたみを改めて感じていた。己は元々、仕事が出来る方ではない。だからこそトラクスには恩があると同時に、身体を労わって欲しかったのだ。
「ンクルスは上手くやってくれてるかなぁ。楽しんでくれてたらいいけど……あれ?」
 卓上で肘を曲げた時、ドサッと重い音がした。落ちたのはよく見知った本。トラクスの慰安のために用意したはずの物だ。どうやら書類の山に埋もれていたらしい。
「あれ? これってさっき転送に使った本だよな。こんな所に置いたっけ?」
 虚空からもう一冊、本を取り出してみる。並べて見ると本の装丁がややこしいほどよく似ているのだが、表題を見比べてみると――

「あっ、やっば!!」

 銀月が浮かぶ夜空に向かい、白い湯気が立ち昇る。
 露天風呂の洗い場で、ンクルスはいつも通りトラクスに世話をやかれていた。
「ほら、背中を流すぞ。後ろを向け」
「私がトラクスにやってあげるよ。だってトラクスの慰安旅行だし……」
「いい。私がやりたいからやってるんだ」
「そうなの? じゃあ後で私もやってあげるね!」
 混沌で特異運命座標として活躍するうちに当たり前に感じ始めた外の景色も、滅多に境界図書館の外に出ないトラクスと一緒だと新鮮な物に様変わりだ。肩にお湯をかけて泡を流せば、トラクスと交代で泡立った手ぬぐいを持ち、優しく背を洗う。
「ンクルス……。逆にそこまで加減されると、その……くすぐったい」
「……おお!? ごめんごめん!もうちょっと力を入れてみるね。ところでトラクス……」
「何だ」
「その眼鏡、ちゃんと見えてる?」
 真っ白に曇りきった眼鏡を指摘されると、トラクスはそっと眼鏡を外した。コホンと咳払いをひとつしたのは、きっと恥ずかしかったのだろう。
「やはり機械体の私に温泉は相性が悪いと思うのだが」
「そんな事ないよ! だってまだ温泉浸かってないでしょ?ほら、こっち!」
 やっと身体を流し終え、ようやく湯舟に入ろうと二人で足を延ばした――すると。

 ふにっ。

「「……?」」

 お湯に足を延ばしたにしては妙な音だ。温かくて気持ちよくはあるが、お湯らしからぬ妙な感触。
「うわぁ! すごいねトラクス!この温泉、お湯がうねってるよ!」
「湯というより、これは……どう見てもスライム溜まりだろう!?」
 すかさず臨戦態勢に入ろうとトラクスは身構えたが、視界に見切れた『疲労回復に最適! スライムの湯』の文字に思考を止めざるをえなかった。その隙にお湯がにゅるんと蠢き、動揺する二人をあっという間に岩風呂の中へと引っ張り込む。
「何これ……あははっ! くすぐったい、うねうねしてるよ~!」
「ンクルス、怪我はないか?!」
「うん。この子達、悪い子じゃないみたい」
 お湯に浸かっている分にはスライム達は大人しい。少し強引だが彼らなりの持て成しなのだろう。見まわしてみるとこの他にも、狼の耳と尻尾が生える人狼の湯に、血の色を模した吸血鬼の湯――どこもかしこも魔物湯だらけで普通のお湯が見つからない。
「面白そうだね~! 次はあっちに浸かろうよ!」
「待てンクルス、そっちの風呂は……あぁ、もう!」
 その後も二人はドタバタしながらも魔物湯温泉を満喫し――彼女らが境界図書館に帰って暫く後、頭にたんこぶをこさえて仕事をする蒼矢の姿が噂になったとか。

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