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白く咲くあなたへマリーゴールドを
登場人物一覧
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春が近づくこの頃。
「……あの、俺に何か?」
「…………」
ラクリマを無言で下から睨みつけているのは女性。普段ならばその
この女性に関しては何が恨めしいのやらラクリマに対して明らかな憎悪を向けているのだ。ラクリマとしては身に覚えのない事で、それに彼女は
彼女はこの通り、睨むばかりで黙りを貫いている。
(彼女に睨まれる覚えはないのですが……何か無意識で? それとも受けた依頼の討伐対象だった者の関係者でしょうか?)
考えを巡らせどやはり答えは出ない。
「──うやって……」
「ん?」
漸く口を開いた彼女の声はか細く震えていたものだから聞き取れなかった。
「っ……どうやって!! 彼を……ッ!!」
「彼……?」
彼とは一体誰なんだろうか……と思いかけた時、いきなり胸ぐらを掴まれた。
「っな!」
「黒髪の……紫の瞳の……っ」
「……!」
ああそうか、なるほど。ラクリマはそう理解する。
黒髪で紫の瞳への心当たりは一人しかいなかった。いや、彼以外の事でこれ程までに憎悪を向けられる事もないだろうか。相手が感情をフルでむき出していると思うと、ラクリマは不思議と冷静になれた。
「っ……、私は……ずっとあの方を見ていたの。ずっと好きだったの。……なのに……なのになんで……男の人なんか……それともあなた、女の人なの??」
「いえ、俺は正真正銘男ですけど」
小綺麗な顔立ちだから、
「尚の事わからない……なんで? 女の人じゃなくて男の人を選ぶ意味がわからない……」
嗚呼。と心の中で可哀想なものを見るような目線になる。彼女はそういう考え方なのだと。
「あなたに理解して頂こうとは思っていませんが……自分の理想を押し付けるのは良くないと思いますよ」
彼は確かにかっこよくて。自分をお姫様だのなんだのと言うのは呆れてしまうがそれでも「守る」と言ってくれるその言葉は強くて、頼もしい……と思う。だから、彼女は
「押し付けてなんか!! っ、余裕よね、あなたは。愛されているんですもの……敗北者の気持ちなんか……わかるわけない!!」
「はぁ……まぁ、わかりませんけど……」
そんな好きだった人の幸福も祈れないような、自己中心的な感情を理解出来るだろうか。
「煩い煩い!! なんで? なんであなたなの?? こんなのってない……好きなのに……好きなのに……っ」
しまいには泣き喚き始める女性に溜息をつき、眉間を抑える。
「あなたは、彼に気づいてもらう努力はしたんですか?」
「は?」
ラクリマは氷のように冷たく、刺すような目線を彼女に送る。
「し、したに決まってるじゃない!! 彼との今後の仲はどうなるか占ったり、おまじないをしたり、いつか渡そうと手紙を書く練習だってしたわ!!」
「……それで?」
「え?」
蓋を開けたらまるで話にならない。
「……彼と話をされた事は?」
「は、は?? あ、ああるわけないじゃない! そんな事、出来るわけないじゃない!」
天下の特異運命座標様なのよ!! と女性は反論するけれど、ラクリマはその馬鹿馬鹿しさに呆気のため息を着く。
「……妄想だけで相手に気持ちが伝わると思ったら大間違いですよ」
「?!」
自分でも驚くぐらい、ドスの効いた声が出た。
「聞いてみたら馬鹿馬鹿しくて笑えてきます」
「なっ!?」
何を! と、反論しようとした彼女の顔目掛けて……と錯覚するようなギリギリ横の壁に向かって、ラクリマは勢いよく手をついた。
「っ?!」
彼女は金魚のように口をパクパクとさせて、思わず吹き出しそうになるところを意地で堪える。
「彼はね、俺にちゃんと伝えてくれたんですよ、彼自身の気持ちを。そんな彼の気持ちを……妄想でどうにかなると思い込んでいる頭お花畑のあなたが、それを否定しないでくれませんか?」
俺自身はまだまだ伝えられていないかもしれないが、彼はずっと俺への好意を恥ずかしげもなく開放的に官能的に、これでもかという程に……伝えてくれていたのだ。だから。
「妄想……? 頭お花畑……?」
彼女は震える。憤怒で嫉妬で羞恥で。
「違う違う違うわーー!!」
遂にはその場にいられなり逃げ出してしまった。
「やれやれ……」
彼女の後ろ姿に、ラクリマはそう安堵の溜息をついた。それから彼女の姿を見かける事はなかった。
──ただの一人も。