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新たな年に描く幸せ

登場人物一覧

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
イルミナ・ガードルーンの関係者
→ イラスト


 アンゲリカ・レンピッカは現代画家として成功している方である。敏腕美術商が作品を高値で売り捌いてくれるというのもあるが、個展の誘いは引っ切り無しに飛んで来るし、彼女もそれを拒まない。
 気難しい者の多い芸術という業界の中では珍しい、扱いやすい稀有な存在――それが不器用な彼女なりの、お世話になっている人達への誠意なのだ。
「だからって絵のために、わざわざ海を越えて豊穣の西側まで来るなんて……アンゲリカさんの芸術家魂って凄いっスねぇ」
「次の絵画展のテーマが『和』なんだけど、馴染みが無くて。それより、イルミナ」
 嗚呼――芸術家は表現力が命だというのに、こんな時に限って上手い言葉が出ないなんて。
 天を仰いだ後、ほんのりと頬を染めたまま、アンゲリカは目の前の和装少女へ視線を戻す。
「……よく似合ってる」
 散りばめられた金色の花に橙の格子柄。鮮やかな着物を着こなす様は見事と言う他なく。
 褒められた当人――鮮やかなガルフカラーの乙女『蒼騎雷電』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)は目を丸くするのみで、その真っすぐな賛辞が己に向いた物だと気づくまで少しの時間を要した。
「ありがとうっス! でも、そんなにストレートに褒められたらイルミナも恥ずかしくなってくるっスよ」
「わ、分かっちゃいるが私は絵描きだ。詩人でもなければ作家でもない。美しさを表現するにはを使わないと」
 取り出された鉛筆はアンゲリカの商売道具であり魂だ。
「ただ、ここですぐに線をとるのは惜しいな。モデルのイルミナが馴染むような場所を探さないと」
「馴染む場所、っスか?」
「そうだ。可憐な花には添え花がなきゃ立派な花束にはならない。確かイルミナは、この豊穣って国を前にも訪れた事があるんだろ?」
「前にも……あぁ! 藪に突っ込むお仕事をしたっスよ!」
「そうか、藪なら……藪?」
 あまりにも突飛な単語に今度はアンゲリカが目を丸くする番で、その様子のおかしさに、二人仲良く笑い合う。
「未開の地に来たなら、まずは聞き込み調査が一番っスよ、アンゲリカさん!」
「イルミナ。……アンタ、私がどれだけ人に声をかけるのが苦手か、分ってるだろ?」
「大丈夫っスよ! 今回はイルミナも一緒に聞いてまわるっスから」
 無邪気な笑顔で差し伸ばされた手は、はじまりの時と逆の立場で。

『私と付き合え!!』
『承知っス!』

(……嗚呼。なんか……懐かしいな)
 独りで踏み出せなくても、ふたりなら。
 アンゲリカはしっかりと頷き、イルミナの手をとった。


「あんたら、ここらじゃ見かけない顔じゃのう」
「観光かい? その着物、華やかで似合ってるじゃないか」
 豊穣の村人達は余所者にも親切だ。特にイルミナはその華やかな姿も相まって、あっという間に村じゅうの人気者。声をかけてくれた村人と話しているうちに、噂の和装美人を見てみようと一人また一人と新たな村人が寄ってきて、情報はあっという間に集まった。

「村の近くにこんなに立派な建物があったんスねー」
「イルミナ、ちょっと待った」
 さっそく鳥居を潜ろうとするイルミナへ、アンゲリカが待ったをかける。きょとんとしながら振り向いたイルミナの前で、彼女は鳥居の端の方へと移動した。
「鳥居や参道の中央は神様の通り道だ。私らみたいな参拝者は、一礼してから端の方をそっと歩くのさ」
「へぇ~! 博識っスね、アンゲリカさん」
「詳しい知り合いからの受け売りだ。鳥居をくぐったら、次は手水で身を清めておこう」
 和に馴染みがない、と言いながらもアンゲリカは参拝マナーをすらすらと口にする。説明する時の彼女の顔は相変わらずの仏頂面だが、イルミナにはそこから複雑な感情を汲み取った。楽しそうな、それでいて少し後ろめたい事があるような――。
 出会ってから半年。共に重ねた月日がイルミナの感性を研ぎ澄ます。アンゲリカの本音に気づけるのは親しい友の特権だが、内面が分かる程にひとつの疑問が浮かび上がる。
(そういえば、出会った頃もアンゲリカさんは寂しそうだったっスね。天才は常に孤独だ……とか)
 アンゲリカと付き合いのある美術商も、彼女がイルミナを友人だと知れば、大層驚いていたような。
(今回のモデルの件もそうっスけど、何かしら理由をつけて誘ってくれるし。
 友達付き合いはマメな方なんスけどね。一体何が、アンゲリカさんをあんなにも孤独に――)
 ぼんやりと考えながら、手を清めようと柄杓に水を汲んだ時だった。

 りぃん。

「――ッ!」
「どうした。水が冷たかったか?」
「だ、大丈夫っス。それよりアンゲリカさん。さっき鈴の音が聞こえなかったっスか?」
 怪訝そうな顔を返されて、イルミナは己のみがその音を聞いたのだと悟る。柄杓に満たされた水。その水面に巫女のような少女が浮かび、あっという間に消えた等と――普段から特異運命座標として様々な怪異を経験してきたイルミナでなければ、取り乱すどころの騒ぎではなくなっていたかもしれない。
「これでお清めが済んだな。後は一度、この神社の主に挨拶してからいいロケーションを探してみるか」
「挨拶……。村の人達が言ってた『お参り』ってやつっスね!」
「あぁ。神社のお参りは、そこに祀られる神様との対話だ。拝む他にも……そうだ。イルミナ、少しここで待っていてくれ」
「はいっス―」
 何か思いついたとばかりに本殿とは違う建物へ向かうアンゲリカ。残されたイルミナはのんびり待とうと、参道脇に並べられた長椅子へ腰をかけた。冬の風は身を切るような寒さだが、温かな日の光が幾分かその厳しさを和らげてくれる。ぽかぽか陽気にうとうとしかけた頃。

 りぃん。

 またあの音がして、イルミナは目を瞬いた。ふと本殿の方へ視線を向けると、参道の真ん中にぽつり、いつの間にやら白髪の少女が立っている。
――柄杓の水面に映った子供だ。
「さっきからイルミナを見てた子っスか?」
 こくり、と頷く少女。彼女もまた和装だが、イルミナの華やかな着物とは少し雰囲気が違うようだ。
「ずっと、ありがとうを言いたかった。……けれど、私から会いに行く事は出来なかったから」
「イルミナにっスか?」
 こく、とまた再び頷く少女。しかしイルミナは少女について、思い当たる記憶は何もない。
「おーい、イルミナ」
 ふいに背後から声をかけられ、イルミナは思わず振り向いた。アンゲリカが戻って来たのだ。慌てて少女の居た方に視線を戻すも、姿はやはり消えていて。
「参拝の後にこれを書いたらどうだろうと思って、買ってきたんだ」
 そう言って、アンゲリカはイルミナに牛の描かれた絵馬を差し出した。どうやら不思議な少女の事に、彼女は気づいてないようだ。
「ありがとうっス! これ、入り口の近くに沢山飾ってあった……」
「絵馬だ。祀られている神様にお願い事をしたり、お礼を言ったりするために、これに伝えたい事を書いて奉納するんだよ」
「神様へのお手紙みたいな物なんスね。アンゲリカさんは書かないんスか?」
「わっ、私は大した願いじゃないから。イルミナのやってる特異運命座標って、危険な仕事もあるんだろ? 身の安全くらい願っていけよ」
 安全といえば――。願いについてはぐらかそうと話題を逸らすアンゲリカ。その口から語られたのは、この神社の意外な事実だった。


 絵馬を買う時に、神主さんと世間話をしたんだが、
 数ヶ月前ーーこの近くの村に泰山って男が現れて、祀っている土地神様を捨ててついて来れば、もっといい暮らしが出来ると村人を誘っていたらしい。
 特異運命座標の活躍が無かったら、今頃この神社も無くなっていたかもしれないとか。

 パンパン、と乾いた空に手を叩く音が響く。


 やがて訪れる静寂。合掌し、静けさの中でイルミナは<神逐>の頃を思い出していた。
『色々な思惑が複雑に絡まりあってしまったこの豊穣……この戦いが光明となることを祈るばかりッス』
 あの日、泰山率いる『泰山灰桜特攻隊』とイルミナは交戦し、この国の行く末を想って懸命に戦った。
 村人の信仰を失いかけ、滅びの道を辿る運命だった土地神様。その拙く消えそうな命に、イルミナの願いはまさに道を照らす光となったのだ。

(大丈夫ッスよ、土地神様。この世界はまだ、滅びの道を辿ってるけれど……イルミナ達がついてるっス!)

――ありがとう。

 祈るイルミナの頬を一迅の風が掠めると共に、少女の声が聞こえた気がした。
……そして。

『神様。悪ぃけど私、いまアンタに願う事はないんだ。作品づくりに苦戦してるけど、それは自分で解決しなきゃいけない問題だし』
(――!?)
 次にイルミナの耳へ届いたのは、アンゲリカの心の声だ。驚いて固まるイルミナを他所にアンゲリカは続ける。
『それにさ、どんな大変な事があってもイルミナが居てくれるから。
 彼女はアタシの陽だまりなんだ。一緒にいると心がぽかぽかして、ささくれ立ってた心がまぁるくなってさ』
(土地神様、もしかして、これを聞かせるために気を利かせてくれてるんスか!? いや、でもこれ結構、恥ずかし――)
『人を傷つけるのが怖くなって、あんな思いをするなら一生ひとりでいいと思ってたけど……そんな事なかった。神様。最高の友達と――イルミナと出会わせてくれて、ありがとう』
(~ッ!!)
 祈り終えたアンゲリカが目を開けると、隣には何故か頬を赤らめたイルミナの姿。
 それが己のせいだと知る由もなく、アンゲリカは微笑んでイルミナを見つめる。
「祈り終えたか? 絵馬は帰りに奉納すればいいから、日が落ちる前にいいロケーションを探そう。イルミナ、何かポーズを取ってくれ」
「りょ、了解っス!」
 絵馬を持って微笑むイルミナ。照れが過ぎ去れば後に残るのは嬉しさで、心の底から笑う彼女を指のフレームにおさめると、アンゲリカも無意識のうちに微笑んだ。
 新たな年に感じる、新しい幸せを。

「いいね。これは大作が出来そうだ」

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