PandoraPartyProject

SS詳細

交錯の夏

登場人物一覧

松庭 黄瀬(p3p004236)
気まぐれドクター
松庭 和一(p3p004819)
破られた誓紙

●Prologue
 あの日もまるで今日のような、うだるような暑さの夏の日だった。
 なのに目の前を横切る人々は、真っ黒なスーツをかっちりと着込み、同じように黒いネクタイを締めたまま。不平ひとつ洩らすことなく平然と行く。
 かつて右目であった場所は、今もずきずきと幼き日の『破られた誓紙』松庭 和一(p3p004819)を責め立てていた。

 どうして、こんなことに――。

 いつも隣にいてくれた人物の姿を、あの日の和一は迷う手で探す……そして、誰にも辿り着くことなく空を切る。
(俺は、……)
 その手をじっと見つめようとして、すぐにその手が視界の中心からずれてしまう理由を思い出し、まだ十かそこらだった少年は、言いようのない心細さの中に取り残されてしまうのだ。
(……俺は、どうしたらよかったんだろう?)

●Chapter 1
 和一が物心ついた頃には、彼と唯一の兄である希瀬は、組織の中で育てられていた。だから彼は組織の世話係らを家族のように思っていたし、組織のボスは父親だ。
 けれども……そんな中でも希瀬の存在だけは、何か特別であったかのように思う。10年以上歳の離れた、医術も、暗殺術も操る優れた兄は、けれどもどんな時も希瀬の味方で、和一を疎ましく思う構成員たちから護ってくれていたのだから。
 和一がそれなりに分別の利く年頃になった頃、かつて兄が語ったことがある……ぼくの父親たちは、こわーい組織から借金していたらしくてね、でもそれが返せなくなって、ぼくらを見捨てて自分たちだけ逃げたんだ、と。
 そしてその『こわーい組織』というのが今自分たちが身を寄せている場所だ。幸いにも彼らは親に捨てられた子供まで食い物にするほどの非道ではなかったが、けれども養育の代償を求めないほど、博愛精神に溢れていたわけもない――その頃は絶対に信用のおける側近にしか知られてはいなかったが、病魔がボスを蝕んでいたのだ。

 優秀だった兄はボスの目論見どおり、医術を学び、医師としての資格を取得した。普段は組織の誰にも悟られないように、普通の構成員たちがするような恫喝、傷害、その他諸々の犯罪事業に従事して、偶には育ててくれた感謝の証と称して怪我した構成員らを治療したりする。そしてそれらの“表の仕事”が終わったら……密かにボスの体調を診る“本業”だ。

 はたして兄はどれほど苦労して医者になり、その後もどれほど組織に尽くしたことだろう?
 それが自分のためだと解っていたことが、逆に和一を肩身の狭い思いにさせていた。常に優秀な成績を修め、ボスの期待も双肩にかけられていた兄と比べて、弟は一言で言えば『落ちこぼれ』だ。凡そ学業というものに適性がなく、代わりに組織の構成員として、他人様に胸を張れぬ“仕事”を手伝うのが精一杯だ……だというのにボスが兄だけでなく自分まで可愛がってくれるから、それに応えられぬ自分がみじめにさえ思われる――あれから30年も経った今になって思えば、ボスにとっての自分など、兄が裏切らぬよう“愛しておかねばならぬ相手”にすぎなかったのでは、という可能性も考えずにはいられないのだが。
 ただ……そんな毎日は、突然のように和一に裏切りを告げたのだった。

●Chapter 2
『ボスが死んだ』

 そんな急報が飛び込んだのは、数日前のこと。その頃にはボスの病状は隠すまでもなく明らかになって、兄は毎日のようにボスの寝室にゆき、ほぼ寝たきりになっていたボスを堂々と診察できるようになっていた。
 けれども、兄がどんなに懸命な治療を行なっていても、見るからに段々と弱っていったボス。組織の者たちが陰口を叩き、兄を無能や裏切り者扱いしていたところを、和一は何度も目撃したことがある。そればかりか和一の存在に気付いていながら、まるで彼を責めるかのように彼の兄がいかに信用ならない詐欺師であるのかと語り合う者たちさえもいた。
 相変わらず兄もボスも彼を可愛がってはくれたが、ボスに心から尽くす兄、そしてその兄に全幅の信頼を置くボスに告げ口して彼らの心労を増やすなど、僅か10歳の子供には、どうしても彼らの悪意に加担するように思えてできずじまいだった。けれども……もしもそれらを2人の耳に入れていたのなら、もしかしたら和一たち兄弟の運命は、大きく違ってたのかもしれない。

『ボスは、薬で安楽死させられたらしい』

 ボスの死に続くそんな報告が、組織全てを揺るがした。死亡推定時刻は、兄の往診前後。そして医師でなければ手に入らぬ薬を注射させられて、ボスは何者かにより殺されたのだ。

 誰がボスを殺ったのか、想像せぬ者などいなかった。誰かの陰謀であってほしい……そう願う和一自身さえ、兄の無実を信じきれていた自信なんてない。
 とにかくボスは殺されて、さらに悪いことにそれと同時に、兄の姿がどこにも見当たらなくなった。
 ボスに兄弟で手厚く育てられたはずの希瀬が、自分の境遇の元凶が違法な利率で両親に貸し付けたボス自身だという思いをひた隠しにし、この日が来るのを虎視眈々と狙っていた……あるいは出来の悪い弟の分まで働かされる毎日に辟易し、ボスを殺してしがらみを断ち切り逃亡した――いつしかそんなストーリーが組織の中で出来上がり、ボス殺しの犯人の弟に対しても、苛烈な尋問が開始する!

●Epilogue
 ――結局、和一が希瀬のボス殺しを事前に知っていた形跡など見つからず、和一は愚かな兄のせいで庇護者も立場も失った、哀れな犠牲者ということで落ち着いた。ただ……和一がボスの期待に応えられなかったことも、彼の唯一の肉親がボスを殺したという“事実”も、一切変わるわけもない。
 見せしめに傷つけられた右目が疼く。けれども裏切り者の弟を、ボスの葬儀の場で気にかける者などいなかった……この中のどれだけの人間が、和一など殺してしまえばいいのにと思ったことか? ボスが彼を可愛がっていたことを知っているから、誰もこれ以上手を出せないというだけで。

 そんな針のむしろから逃れるためには、彼自身が兄との決着をつけねばならなかった。ボス殺しの裏切り者を追いながら、和一は今日も組織のために生きている……あれから30年の歳月が経ち、空中神殿に召喚され特異運命座標となった今さえも。

●Extra Chapter
 ――そんな在りし日の一幕を、今日の日差しは思い出させてくれる。
 最悪だ。涼しい物陰を探して一服始めた和一の隣に、同じように涼を求めてやって来たらしい男が腰掛けた。

 男――『気まぐれドクター』松庭 黄瀬(p3p004236)は、あの夏の日のことを想起する。自分がどれほど手を尽くしても、もう手遅れだとボスに伝えた日のことを。
「そうか。ならば、いっそ殺してくれ」
 そんな弱々しいボスを、彼は今まで見たことがなかった。彼がはっとしていると、ボスは少しだけ厳しい口調で、「いや、殺せ。これは命令だ」と繰り返すのだ。
 この男に貰った恩を思えば、決して拒否などできるわけがない。震える手。それを無理矢理、注射器に伸ばす。
「そうだ。それでいい、希瀬――」

 ――和一が隣の人物のほうを振り返ろうとした時には既に、黄瀬は気付かぬうちに再び立ち去っていた。
 2つの道はほんの一瞬だけ交差して――すぐに互い違いの方向へと別れゆく。

  • 交錯の夏完了
  • GM名るう
  • 種別SS
  • 納品日2019年07月28日
  • ・松庭 黄瀬(p3p004236
    ・松庭 和一(p3p004819

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