PandoraPartyProject

SS詳細

クラシックダンジョントラベラーズ

登場人物一覧

タイム(p3p007854)
女の子は強いから
烏谷 トカ(p3p008868)
夜霧


 拝啓、えーっと、たぶん故郷にいたであろう大切な人たち。
 先立つ不幸となるかもしれないことをお許しください。
 わたしは今、坂道を全速力で駆け下りているところです。
 え、危ないじゃないかって? 転んだら怪我をするだろうって? それはそうかもしれません、転べば非常に危ないです。
 しかし、転んで怪我では済まないのです。しかし、立ち止まっても怪我では済まないのです。
 なぜなら、わたしは今、転がる大岩から逃げているのですから。
「いやあああああああああ、死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!!」
 全長にして、自分の何倍あろうかという大岩。それが一本の坂道を、両脇が壁で囲まれた狭い坂道を転がって追いかけてくる。
 スピードを落としては死ぬ、転んでも死ぬ。全速力かつ慎重に駆け下りねばタイムの命はなかった。
 両腕を引きちぎれんばかりの全力で交互に振り、その動きに無理やり両足を連動させる。
 死の恐怖で流れる大粒の涙が速度のせいで後ろへと流れていき、岩にあたってはかき消えた。
 どうしてこうなったんだっけ。
 余計なことを考えることなどできないとは思いつつも、タイムはここに至るまでの経緯を思い出していた。


 街を出てから馬車で二日の距離。そこから鬱蒼と生い茂る森の中を進み、動物や虫の気配も感じなくなった頃、ようやっとその入口を確認することが出来た。
 遺跡、ダンジョン等、呼称は人によって様々であるが、通じてその場所は過去に作製された人工のものであり、内部には何らかの宝物が隠されているのだと認識されていた。
 本日の仕事はこの遺跡の探索。詰まるところは、お宝探しである。
 ここまでの道のりで、タイムは同行する仲間らと何度か話をしていたが、ひとりだけ、会話のなかった相手がいる。
 名前を、トカというらしい。物静かで、落ち着いていて、このような未知に足を踏み入れる仕事では、頼りになりそうだと感じていた。
「へー、ブルーブラッドさんなの? わたしは旅人! お家はどの辺にあるの? 普段は人の姿でいる事が多い? 梟の姿も見てみたーい! あ、わたしうるさかったらごめんなさいっ。ダンジョンの中だと声が良く響くのねえ!」
 矢継ぎ早に言葉を投げかける。緊張感がないと白い目で見られやしないだろうか。それとも、陰鬱とした雰囲気を持つ遺跡において、空気を軽くする意味で重宝されるだろうか。
 トカはタイムの言葉には何も返さず、しかし無視を決め込むでもなく、その姿に小さく微笑んでみせた。
「遺跡って、思ったより明るいんのね! こう、くらーくて、じめじめしてるものだと思ってたわ!!」
「そうだね。だから、気をつけたほうがいいよ」
 ここで初めて、トカの声を聞いた気がする。その響きに思わずパチクリと目を瞬かせたが、言葉の意味が気になって、疑問を投げかけた。
「どうして? 明るいほうが、視界が通っていいし、ジメジメしてないほうが過ごしやすいじゃない?」
「宝から遠ざけたいはずなのに、明るいということは、道を誘導する意図があるということ。ジメジメしてないってことは、強い湿気があると困るものがあるということ。だからここの遺跡は、侵入者を積極的に始末することを前提に作られているかもしれない」
 両手を合わせ、なるほどーと感想をつぶやいたタイムは、次の瞬間強張った形相で振り向いた。
「え、じゃあここすっごく危ないんですか!?」
「危険がないダンジョンのほうが少ないけど、そうだね。例えばそこの床は―――」
「はい、踏みました!!」
「―――音が違うから踏んではいけないよ」
「………………え!?」
「…………うん、後で謝ろうね」
 踏んだ床のタイルが沈む。カチリという何かが作動した音。またたく間に床がすっぽりと開き、タイムとトカは真っ逆さまに落ちていった。


「ごめんなさい、ほんっとうにごめんなさい!!」
 腰の角度を90度にしてひた頭を下げるタイムに対して、トカはともかく抜け出す道を探そうと窘めていた。
 上を見上げても、落ちてきた穴の光はない。随分と下ったものであるし、あの作りようでは、きっとまた閉じて、次の獲物を待つのだろう。
 幸いにして、穴の下は池となっていたために、大した怪我をせずにすんだ。
 しかし、そのれが逆に腑に落ちないものとなっている。
 この遺跡が、積極的に侵入者を罠にかけようと意図されたものであるのは明白だ。だというのに、落ちた先に針山のひとつも用意していないというのは違和感があった。
 落下の衝撃だけでも、人は十二分に動けなくなるだろう。しかし、底に用意されていたのは水面である。これでは良くて骨折が精々だろう。落とし穴そのものに、殺意が感じられないのだ。
 この場合、製作者の意図はどこにあるのだろう。殺さず、ただ遺跡から追い出すことを目的にしているのか。それとも。
「ぬ、ぬおっ、今度はなんですか!?」
 地響きのような音がして、水が引いていく。
 池がすっぱりなくなって、地面がせり上がり、さらに下へと続く坂道となった。両脇は壁で塞がれており、ここを降る以外の道は見当たらない。
「どういうこと? うーん……はっ、まさかこっちが正解の道!? こっちに行けって教えてくれてるの?」
 音はまだ続いている。トカは続く坂道よりも、反対側を見上げていた。
「いや、どちらかというと、『こっちに逃げてみろ』だろうね」
 どういうことかとタイムが振り向いて、彼女もそれを見たのだろう。
 自分たちの何倍もある大岩。この坂道の横幅にぴったりであろうそれが音と共に現れ、今転がり始めようとしている。
 追い出すことを目的としていないならば、この遺跡を作ったものはきっと、様式美に拘っているのだ。
 嗚呼、転がり始めた。


「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬううううう! なんとかしてくださいトカさん!! ……トカさん? トカさぁん!!? どこぉ!!??」
 迫りくる大岩から全速力で逃げつつ、呼べど、叫べど、トカの姿は見当たらない。もしや既に転がる岩に飲み込まれてしまったのだろうか。通り過ぎた道の向こうにはぺしゃんこのトカがいるのだろうか。
 悪い想像ばかりが膨らむが、確認をしている余裕はない。悲しむのはあとにしようと決めたその時だ。
「大丈夫。こんな時こそ冷静に行動するんだ」
 トカの声が聞こえてきた。しかし、首を巡らせてもトカの姿は見当たらない。それもそのはず、トカは既に自分をひき殺そうとする大岩によって此の世を去ったはずなのだ。それでも声が聞こえてくるということは自分の頭がおかしくなったか、あるいは。
「トカさん。もしかして、幽霊になってもわたしのことを……」
「うん、違うよ」
 違った。じゃあ頭がおかしくなったんだろうか。死の恐怖を乗り越えられなかったんだな。なんてこった。
「それも違うよ」
 違った。じゃあいったいトカはどこにいるのだろう。
「この道は左右に逃げられる場所はない。じゃあ身を潜められる場所はひとつしかないよね」
 トカの声は相変わらず真後ろから聞こえてくる。真後ろ。ではまさか。
「そう、岩の一部を削り取って僕が入れるスペースを作ったんだ」
「嘘だあ!!??」
 それでは今、岩の中にはトカがいることになる。大岩、イン、トカ。きっとさっきまで見ていた物静かな顔で岩の中にいるのだ。岩と同じでぐるんぐるん回っているに違いない。
「さあ、君も早く岩を削って中に入るんだ」
「無理無理無理無理!! 出来るわけないじゃないですか!!」
「……うん、そうか。しかし、それでいいのかもしれない。僕はこの逃げ方の欠点に気づいてしまったところだからね」
「結構なクリティカルを出さないと無理なところですか!?」
「うん、違うよ」
 違った。ではその手段に一体どんな欠点があるのだろう。
「…………すっごい回るせいで気分が悪くなってきたよ。ぐう、三半規管が」
「………………はい、先生!!」
「………………はい、タイムくん」
「お願いですから逃げ切れるまで我慢してええええええええええええええええ!!」
「努力しよう……うぷっ」
「やだあああああああああああああああああああああああ!!」


「…………尊厳を守りきりましたね」
「…………尊厳を守りきったね」
 どうにかこうにか様式美トラップから逃げ出して。かたや足がパンパンに、かたや未だ揺れる地面にふらつきながらなんとか遺跡の奥へと足を向けていた。
 他の仲間はどこに行ったのだろうと思いはするものの、探しに行く気力が残されてはいなかった。大丈夫、彼らも冒険者。きっと自分でなんとかしているに違いない。どうせ字数の関係で出てきやしないのだ。
 その後も次々に襲い来る古典的な罠、正体不明のモンスター達。やっとの思いでたどり着いた奥の部屋で、一気に視界がひらけた。
「わぁ……!」
 その部屋は一際明るく出来ていて、隅々まで視界がよく通る。
 タイルの敷き詰められた部屋の中央には台座が設けられ、如何にもな宝箱が鎮座していた。
 遠目にも、開けられた様子はない。ようやく見つけたお宝に、タイムが疲れも忘れた様子で諸手を上げた。
「見て、あれがきっとこのダンジョンのお宝よ!」
「目標確認、こういう時は最短経路が危ない。慎重に近づこう」
「そ、そうね。慎重に、慎重に!!」
 慎重慎重となかなかの大声を出しながら周囲を警戒するタイム。それはさておきにトカも耳に意識を集中し、周辺の音を探るが、おかしなところはない。
 それが一層、トカの中で疑問として燻った。
 あれだけの罠を仕掛けておいて、最後の最後で侵入者を歓迎するような真似などするだろうか。挑戦者を試すような遺跡であれば別かもしれないが、それならばらしい碑文のひとつでも道中で見つかるべきだろう。
 考えねばなるまい。この遺跡の製作者は古典的な罠に拘っていた。地形、音の反響から見てもこの部屋が最奥であることは間違いない。導き出せ。ここから想定しうる最後の罠はなんだ。
「罠は―――ないよね!! えへへ一番乗りー!」
 周辺に罠が設置されていないと確認するや、宝箱に向かって走り出すタイム。
「あっ、ちょっとまって」
 トカの静止も間に合わず、宝箱はトカの手によってあっさりと開く。
 この時、トカは答えにたどり着いていた。様式美に拘ったトラップ。あらゆる罠を侵入者に披露し、最後に待ち構えるもの、それは。
「……あ、あら、何? なになに???」
 地響きが鳴り響く。おそらくは、この遺跡全体が揺れているのだろう。
「タイムさん、とにかく逃げるよ。走って」
「えっ? えっ?? どういうこと、どういうこと!!?」
 一目散に部屋の反対側。地響きと共に開いたもうひとつの出口に向かって走れば、わからないという顔をしながらも、タイムは懸命についてくる。
「この遺跡の最後のトラップ。それはきっと―――」
「それはきっと??」
「―――宝箱を開けることをキーとした、遺跡全体の崩壊だ」
「えええええええええええええええええええええ!!?」


「危な、かったあ……もうへとへと」
 トカの読みが的中したようで、開いたもうひとつの出口の先が遺跡から脱出する出口に繋がっていた。
 あれだけ様式美に拘っていた遺跡だ。殺意はあれど、そういったお約束を外さないと踏んだのだ。
「ふう……タイムさん、怪我はない?」
「わたしは大丈夫! トカさんこそ痛いところはない?」
 閉じ込められてからそれほど時間は立っていないはずだが、それでも太陽がなんだか懐かしいものにさえ感じられた。
 後ろを向くのと、遺跡の入り口が崩壊し、崩れ落ちたのは同時。仲間は無事だろう。ひどい目にはあったので退却するものの、全員が五体満足だと書き置きが残っていた。
「しかし、これではもう探索は難しいね。骨折り損とはこのことかな」
「ふふふ……じゃーん!!」
 任務失敗かと嘆息仕掛けたトカにタイムは宝石が散りばめられたブローチを見せた。どうやら、あの状況でもしっかり中身を確保していたらしい。
「なんとも、やるね」
「ふふん、でしょでしょ!!」
 散々な目にはあったが、どうやら任務は成功であるらしい。
 どちらからともなくお互いに手を伸ばして、拳の先を当て合った。

  • クラシックダンジョントラベラーズ完了
  • GM名yakigote
  • 種別SS
  • 納品日2020年12月29日
  • ・タイム(p3p007854
    ・烏谷 トカ(p3p008868

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