PandoraPartyProject

SS詳細

桜花に誓う

登場人物一覧

ユーリエ・シュトラール(p3p001160)
優愛の吸血種
ユーリエ・シュトラールの関係者
→ イラスト


 さらさらと流れる小川の煌きから少しだけ視線を外したユーリエは、そっと町の中の景色を見た。
 注文しておいたお団子を口に頬張って飲み込むと、町の中を歩く人々は鬼人種の数も増えてきている。
 今すぐに全てが変わるというわけではないにしろ、少しずつ変化が起きているのはたしかだった。
「少しずつ、この国も変わっていきつつあるみたいですね」
「ええ、これもユーリエ様や他の神使の皆様のご活躍の成果でしょう。
 私からも、ありがとうございます」
「いえ、私達だけの力じゃないですよ。
 少しずつですけど、笑顔があふれる世界にしていけている気がします」
「はい、きっと。そうなることでしょう」
 抹茶に舌鼓を打って、二人の間に暫しの沈黙が流れ――先にそっと茶器を置いたのはユーリエだった。
「そういえば、今日はなにかあるのでしょうか?」
「ユーリエ様にお連れしたいところがあるのです」
「連れていきたいところ、ですか?」
「はい。着いてきてください」
 そう言って、お代を出した桜が歩き出すのに続いて、ユーリエも歩き出した。

 旅に出た2人が赴いた場所は、小さな町だった。
「ここ、ですか?」
「はい、ここは私が今の活動を始めようと決意した場所(まち)なのです」
「桜さんが……」
 町に入った2人――特に桜の方に対して、大人たちの対応はまだぎこちない。
「お姉さんだ!」
「鬼のお姉さん!」
 町の中を歩いていると、飛び出してくるのは多くの子供達だった。
「こんにちは」
 しゃがみこんで笑いかけた桜の周囲に続々と子供たちが近づいてくる。
「こんにちはー!」
「こんにちはー!」
「あれれ? そっちのお姉さんはだれ~?」
「お姉さんもこんにちは!」
 桜の周囲と同じようにユーリエの下にも子供たちが近づいてくる。
「…………」
 2人が囲まれる中――ユーリエはふと視線を感じて振り返る。
 その女の子はじぃ、とこちらを見つめた後、やがてちょこちょこと2人と子供達の方へ歩いてくる。
 その頭部にはちょこんと角が生えていた。
「お姉さん……」
「こんにちは、大丈夫ですか?」
 桜の微笑みに、鬼人種の少女がこくりと頷いた。
 その後、桜はその場で立ち上がり、町の長がいるという場所までユーリエを連れて歩き出す。
「……桜さん、あの子は?」
「あの子は巫女姫の御世、迫害の犠牲になっていました。
 今どうしているのかと気になって来たのです……」
 そう言う彼女の声が震えていた。
 これまでやってきたことが無駄ではなかったのだと。
 自らの活動の成果を目の当たりにした桜色の女性が涙を流す。
 その姿をユーリエは静かに隣で感じ取っていた。


 その日の夜――2人は町の郊外に存在する平野に散歩に出てきていた。
 吹き付ける風は秋を過ぎ去り、冬に入ったことを示すようなひどく冷たかった。
 虫達の音色もなく、時折吹く風がまだわずかに木々に止まる葉をさざめき立たせている。
「……ユーリエ様、私は兵部省に戻ろうと思います」
「それは良いことだと思います」
「はい、目覚められた陛下のお力になりたいのです」
「私、応援しますね!」
 月明かりに照らされる桜の横顔にユーリエは微笑んだ。
 それに対して、彼女は静かに足を踏み出して、くるりとユーリエの方を向いた。
「ありがとうございます。ですが、そうなればきっと――
 今のように、今日のように、自由に活動することはできないでしょう」
 微笑を浮かべて感謝を告げた桜の顔が、すっ――と。武人のソレに代わった。
「その前に――私は、貴女と手合わせしたいと思っています。
 一人の武人として――一人の射手として」
 彼女の手には、いつの間にか桜色の弓が握られていた。
「――――」
 思わず、声を失った。
 彼女の弓の腕はよくわかっていた。
 幾つかの戦場で共に戦って――その時の腕は同じ弓使いだからこそ理解していた。
 きっと、今の私では、彼女には勝てない。
 そう、思っていた。
「――分かりました。よろしくお願いします」
 そして――だからこそ。ユーリエはいつの間にかその手に霊刀を握り締めていた。
 赤茶色の瞳が鮮やかな赤に。
 明るい茶色の髪は銀に――ちりつくように毛先は赤く。
 目の前で弓に魔力を込める女性に、全身全霊を込めて答えようと。
「それでは、始めましょうか――」
 一気に、双方ともに後ろへ向けて跳んだ。
 真っすぐに桜を見据えて、剣を振るう。
 脳裏に浮かべた斬撃が剣を媒介に放たれ、矢のようになって駆け抜ける。
 しかしその全てに合わせるように桜色の矢が放たれていた。
 矢と斬撃がぶつかり合っては爆ぜ、宛ら煙幕のように視界を遮り。
 ユーリエは一気に跳躍した。
 煙幕となったそれらを躱すようにして空から、眼下にて弓を張る彼女へ。
 ――矢を放つ。
 ほとんど同時に放たれた複数に分裂する桜色の矢が落下するユーリエに合わせるように向かってくる。
 煌々と輝く麒麟の加護を纏い、投影した矢を放つ。
 それは桜に躱されていた。
 降り立った瞬間を最初から見抜いていたように、矢が飛んでくる。
 それをユーリエは自らの血によるバリアを張り巡らせた。
 矢はバリアに勢いを殺されながらもユーリエに微かな傷を増やす。
(流石に兵部省一の弓使い……)
 返すように放った矢の一部が桜へと炸裂し、僅かな傷を刻む。
 もう一度霊刀を握りなおす。
 ギュッと握りしめた霊刀に魔力を注ぎ込む。
 向かい合う桜の瞳は異質に輝いて見えた。
 矢が、飛んでくる。
 それをバックステップで間合いを開けながら躱し、剣を横に立てて弓代わりに投影した矢を放つ。
 まるでそれを待っていたかの如く真っすぐに飛んできた一本が、ユーリエの放った矢の一本を貫通して飛んできた。
 それをなんとか躱しながら、思考を巡らせる。
(ここまで完璧にこちらの動きに合わせられるのには理由があるはず……
 場数の違いなんて言葉じゃありえない……)
 ユーリエは魔力を込めた。
 投影する矢に、自身の魔力だけではなく、麒麟の加護を乗せて。
 限界まで引き絞り、文字通りの閃光となった矢が夜闇を引き裂いて駆け抜ける――その寸前。
 桜が自らの真上に矢を放つ。
 空にて爆ぜたソレが桜へ桜吹雪のように舞い降りる。
 それを見たユーリエは一瞬の判断でもう一本を脳裏に浮かべ――弦を放した。
 閃光と同時に真後ろから迫った矢が桜に傷を付ける。

 戦いは拮抗し続けていた。
 無数の矢を投影して放つユーリエに対して、桜の側も未来が見えているかのように合わせて矢を放ち、平野にはその傷跡が痛々しく増えつつあった。
 桜色の閃光と、温かき麒麟の光が幾度となくぶつかっては、夜の闇を鮮やかに彩っている。
「流石は、ユーリエ様です。
 この時間が終わらずに済めばいいのに――そう思わざるを得ません」
 そう言ったのは、桜だった。
 その身には微かな傷と、それ以上に疲労感が滲んでいた。
「私も……終わらせたくないです。桜さん」
 微笑むユーリエも微かな傷が多い。
 ただし、疲労感は桜のそれと比べればはるかに軽微だった。
 
 手を抜いた? まさか。
 そんな失礼なことをできるはずがなかった。
 そんなもったいないことができるはずがなかった。
 死力を尽くして目の前に立つ桜色の弓使いに勝つのだと、決めた。
 目の前に立つ実力者に、あらん限りをぶつけてみせる覚悟を決めた。
 
 だから。これは単純なけれど、どうしようもない流派スタイルの違い。
 無限に近い魔力の回転効率を持つユーリエと、有限の魔力で矢を放つ桜では長期戦ではユーリエに軍配が上がるのは当然の帰結だった。

「ユーリエ様……最後の一本をお見せします。
 どうか、全力を持ってお相手ください。
 そして――どうか、目に焼き付けてください」
 そう言って、桜が矢を形作る。
 それが渾身の一であることは、眼に見えて明らかだった。
「はい。よろしくお願いします」
 ユーリエは剣を真っすぐに立て、弓のように構えた。
 同じように、渾身の魔力を籠める。
 脳裏に過る、この国に来てからの日々。大切な彼女こいびととの日々。
 麒麟から受け取った加護。それらを全て、魔力に注ぎ込んで。

 ――それは、どちらからともなく、自然に手を放して。

 桜色の奔流が迸り、温かな光が包み込む。

 静寂の夜を呑み込んだ光の矢が、桜に撃ち込まれた。

 ユーリエはそれが終わるまで見届け――振り絞った魔力量にふらりと身体が揺らぐ。

「ありがとうございます」
 そんな桜の声がして、自分が支えられていることに気づいた。
 見れば、桜には傷が見える。
 回復系の魔術を使えば消える程度の傷ではあるが。
 ふらふらと自力で足を着ければ、逆に桜の方が疲れた様子を見せた。

――――――――
――――――
――――
――

 その翌日。目を覚ました2人は再び、昨晩あらん限りの力をぶつけ合った野原にやってきていた。
「ユーリエ様、構えてみてください」
 野原に町から借りてきたらしい木材を突き立てた桜が、ユーリエの隣まで来て、そう微笑んだ。
「は、はいっ!」
 説明もないまま、ユーリエはとりあえず霊刀を構えた。
「では、そのまま昨日のように剣を弓のように扱ってみていただけますか?」
「は、はい……」
「思い出してください。昨日の晩の私の弓を――矢を。
 ユーリエ様ならば可能なはずです。
 貴女の魔術ならばきっと」
 言われた通り、思い浮かべる。昨日の晩、散々見続けて相対し続けた彼女の桜の力を。
 ふわりと、桜の香りがした気がして、眼を開けば、そこには矢があった。
 鮮やかに棚引く矢は、桜色に染まっていた。
「お見事です。そのまま、あれを撃ち抜いてみてください」
 言われた通り、ユーリエは右手で引き絞り――矢を放つ。
 真っすぐに空気を切って進んだ矢が木材に突き立ち、桜の花を咲かせた。
「上手く言ったみたいですね」
「桜さん、これは?」
「あれだけ打ち合えばユーリエ様に魔力が馴染んでもおかしくないでしょうし、
 貴女の魔術ならば私の矢を再現するのは不可能ではないはずでしょう。
 そう見立てていました」
 そう言って、桜は穏やかに笑う。
「ユーリエ様。昨日も言いましたが、私は今後、そう自由に動き回ることはできないでしょう。
 ですが……きっと、この残酷な世界を優しさであふれる花で一杯にする。
 そのために、邁進して参ります。
 だからどうか。私の分も、この国の外も――皆が笑顔であふれる世界にしてください。
 これは、そのための……私からの細やかながらの贈り物です」
「桜さん……分かりました。きっと、夢をかなえたいと思います!」
 ユーリエは桜を見つめ返した後、静かに笑って、頷いた。

 風が吹き付け、思わず髪を抑えた。
 まるで2人の門出に背中を押すような強い風が、豊饒の大地を駆け抜けていた。

PAGETOPPAGEBOTTOM