PandoraPartyProject

SS詳細

ささやかなる世界に喝采を

登場人物一覧

イル・フロッタ(p3n000094)
凜なる刃
シャルレィス・スクァリオ(p3p000332)
蒼銀一閃

 直情的。真直ぐ。只、只管に思い描く。
 金の髪。桃色の瞳。乙女チック。
 一生懸命。騎士道。どこまでも――どこまでも、悩ましい。

 それが、シャルレィスから見たイルという少女だった。
 天義という信仰の国には似合わぬ迷いと憂い。実直に、只、子供染みて居ようと己の意に沿わぬなら声を上げる。
 彼女の先輩であるリンツァトルテが『猛獣のようだ』と称することが分かる程にまっすぐな女の子。
 だからなのかもしれない。シャルレィスからは直感的で、実に一方的であったかもしれないが、親近感を感じていた。
 直向きで、だから悩んで。
 その姿が自分に重なったから。内容が違っても迷いながら進むのは一緒だから。

 ――誰かを護りたい。助けられるなら助けたい。偽善だと言われてもよかった。
 全てを護る力はなくて、非力で、どうしようもなくて、手を伸ばせば誰かを危険に晒してしまう。
 そう思えば思う程に、葛藤が胸に過る。

 そんな彼女の中にあった思いがイルに似ているとシャルレィスはぼんやりと考えていた。
 無責任に背中を押されてもきっと消えない葛藤。それは自分も彼女も同じなのだと思う。
「イルさんらしく居て欲しいな」と何時か言えればいい――自分がそう言えた時、きっと彼女も自分も一歩進めたのだろうと、思って居た。
 だからだろうか。
 天義の復興計画の最中、聖堂の清掃の伴を名乗り出たのは。
 誰か言ってくれないだろうかとローレットへと舞い込んだ依頼。イルの手伝いをしてほしいという騎士団からの依頼は『猪突猛進ガール』たる彼女の保護者を派遣して欲しいというものだったのだろう。
 面識もあり、聖堂の清掃ならと名乗りを上げたシャルレィスはすぐに天義へと向かった。
 未だ復興のさなかにある町は年始の祭りの華やかさとは掛け離れている。
 痛ましい様子だが――それとは別に、シャルレィスはそわそわと髪先を弄る。
 それは、気になることがあったからだ。
 同伴することとなるイル。イル・フロッタ。彼女の母が月光人形となった時、その命を奪った事が記憶に新しい。
(イルさん……色々辛い事あっただろうな……)
 大丈夫だよ、と声をかけられるか。シャルレィスはイルとの距離感を測りかねていた。
 イルがシャルレィスにどのような感情を抱いているのかをシャルレィスは未だ悩ましく思って居る。
 彼女とは交友を深めたいが、彼女からの悪感情があった倍はそれも叶わないだろうかとシャルレィスはそわそわと周囲を見回した。
(そういえば、あの時はあのあたりに花のアーチがあったっけ……)
 共に見た花のアーチが美しかった、などの思い出話も交えたいけど、とうむむと頭を悩ませるシャルレィスの背に「あ!」とイルの明るい声音が掛かる。
「すまない、少し待たせた!」
 慌てた様にそう言ったイルにシャルレィスは首を振る。
 怪我を負ったとも聞いていたが、その様子は彼女からは見て取れない。普段の騎士の装いではなく、軽装に身を包んでいるのは聖堂の清掃に向かうからだろうか。
「大丈夫。えーと……今日はよろしくお願いします!」
「こいらこそ! 手伝ってくれると聞いた。ありがとう。どうぞ、よろしくお願いするぞ」
 へらりと笑ったイルにシャルレィスはほっと胸を撫で下ろした。
 彼女から見た自分が『母親殺し』であったらどうしよう――そう考えていた以上は、明るく笑いかけてくれるだけで気持ちも落ち着くというものだ。
 金の髪を緩く結わえ、清掃の用具を鞄に詰めているのだろうイルは「えーと」ときょろりと周囲を見回す。
「……どうかした?」
「んー……いや、なんだか、違う国みたいだな、と。
 私の生れ育った場所ではないような……ううん、変な事を言うけど、そんな感じがするんだ」
 こうして戦禍に見舞われた後に改めて落ち着いた国家を見れば、その傷跡は生々しい。
 誰かが此処で死んだのかもしれないと思えばシャルレィスの心はきゅ、となる。それはイルも同じなのだろう。
 痛ましいと眉を顰めた彼女は聖堂に向けてゆっくりと歩き出す。
「こうしてのんびりできるのが嘘みたいだ。
 ……この国は変わらないと思って居たから、私の悩みも尽きなくて、そうしたら、きっと――リンツァトルテ先輩も帰って来なくて、それで……いや、やめにしようか!」
「ううん。聞くよ。だって、イルさんもたくさんを貯め込んでたらしんどいよね?」
 青い髪を揺らしてイルを伺う様に笑ったシャルレィスにイルは頬を掻く。
 照れくさそうに「ネガティブ莫迦っていってもいいぞ」と彼女はぽそぽそと呟いた。
「ええ?」
「リンツァトルテ先輩が良く言うんだ」
「ふふ、イルさんから聞くリンツァトルテさんって『面白い人』みたいだね」
「せ、先輩はユーモアもあるんだ! ネガティブ莫迦ってのも励ましの言葉だと思うし」
 ――こんなに慕ってるから、あんなに凄い人だったんだろうな。
 リンツァトルテの事はあまり知らないとシャルレィスはぼんやりと頬を染めて『先輩自慢』を始めたイルの横顔を眺める。良くは知らないけれど、でも、知ってる気がする。イルが嬉しそうに『先輩トーク』を続けてくれるから。
「リンツァトルテさんに会ったら『イルさんが言ってました』って言わなきゃいけないかな」
「だ、だめだぞ。そんなことを言えば先輩に怒られてしまう」
 くすくすと笑えば、イルは慌てた様に「いや、その、あの」と何度も何度も繰り返す。
「……本当は、不安だったんだ。
 リンツァトルテ先輩は絶対に悪いことはしないし、正義の為に剣を振るえる人だ。私なんかより凄くて、強くて、格好良くて。
 けど、『先輩でも負けてしまうかもしれない』と思った。私は特異運命座標センパイ達から聞いた話を、それこそまた聞きで考えてるだけだ。お父様の事はお辛いだろうし……このまま、いなくなってしまうかも。二度と会えないかも、と」
「……うん」
「でも、大丈夫だったんだ。特異運命座標のおかげだと思う。英雄って、この世界に居るんだなあ。
 そんなに嬉しいことってこの世界に或るのかなって。
 私の世界はささやかで、ちっぽけで、でも、こうして『先輩が帰ってきた!』って誰かに言えるのがとても嬉しい」
 イルは照れくさそうにシャルレィスへと笑いかけた。
 慕う。恋する乙女と誰かが言っていたけれど――きっと、彼女はそうなのだ。
「そうして、イルさんと喜びを分かち合えて嬉しいな。
 イルさんやリンツァトルテさんが頑張ったから救える命もあったんだよ」
「いや、えーと……シャルレィスも頑張ったと思う。シャルレィスの頑張りも『私たちの国』を救ったんだ。
 あ、あと、その、イル『さん』って呼ばれるのはあんまり慣れないんだ」
 年若い少女は照れくさそうにううん、と小さく呟く。そうしていれば普通の少女なのだ。気丈に騎士であろうとするが背伸びしているだけなのだとも感じさせる。
「じゃあ、イル『ちゃん』?」
「そうしてくれ。私もシャルレィスと呼んでいる訳だし」
 少し照れくさそうに笑う。その笑顔にシャルレィスはつられて笑った。
 聖堂へ向かう中、ふと、シャルレィスが足を止める。友人と歩むかのようなのんびりとした歩調で――本来は掃除のために来ていることを忘れないようにしないとと固い決意を持ち直す――イルは首を傾いだ。
「どうかしたのか?」
「あ、ううん」
 シャルレィスの視線の先には小さな子猫が鳴き声を上げていた。親とはぐれてしまったのだろう。人であれど動物であれど危険出会った事には変わりない。親猫の姿を周囲に探すが見えない事にシャルレィスは肩を竦めた。
「おかあさんと逸れちゃったみたい」
「む……こうして混乱していたこともあって親猫も怯えてしまったのだろうか……」
 覗き込めば、猫は怯えた様に二人を見て居る。
 猫は好きだけど、イルは好きだっただろうかと不安げに眺める視線にイルは「シャルレィスは猫、好きか?」と首を傾いだ。
「猫、好きだよ。イルさ――イルちゃんは?」
「私も猫は好きなんだ。あ、でも、犬も好きかな。
 ドーベルマンとかリンツァトルテ先輩みたいだし、シャルレィスはー……私の中では犬、だろうか……」
 猫も捨てがたいなあと悩まし気に呟くイル。猫はそんな二人の足元に擦り寄り、にゃあと小さな鳴き声を漏らす。
「親猫探しながら聖堂に向かってもいいかな?」
「ああ、勿論だ。親猫も聖堂に居るかもしれないしな」
 子猫を抱きかかえたシャルレィスに合わせてイルは歩き出す。
 道中もイルは沢山の事を話した。それは、彼女が今までの騒乱での不安を拭うかのように――日常を楽しむかのように。
 イルの横顔を眺めながらシャルレィスは腕の中の子猫の不安がこの国の現状なのだろうと改めて感じる。
(復興にも時間はかかるだろうけど、きっとこの国は良くなる……よね?)
 彼女が、迷わない国になったならば。
 きっと、素晴らしい場所になるはずだとシャルレィスは猫が指先をぺろりと舐めたのを眺めていた。
 伽藍洞の道を歩き、崩れた家屋や、落ちた破片を取り除き聖堂への道を確保しているのだろう。
 避難場所にもなる聖堂の中には瓦礫が存在し、パイプオルガンは蓋が破損。ステンドグラスが割れて青空が覗いていた。
「聖堂の中で空が見えるなんて不思議だな」
「……確かに。でも、蒼空なんだね、とってもきれい……」
 二人が顔を見合わせる。清掃も中々骨が折れそうだが、まずは――小さな子猫の親探しだ。
 ブチ猫を抱えたシャルレィスと共にイルは聖堂の主の許へと足を進める。
 親猫を知らないだろうかと口にすれば、数匹の動物たちが保護されて聖堂の隅に居るのだとシスターは告げた。
「そこにいるかな……?」
「分からないけど、居たら嬉しいな……」
 二人が見下ろせば、子猫は不安げに周囲をきょろきょろと見回している。
 その模様から親はすぐに分るだろうと踏んでいた二人は毛布にくるまっている保護動物たちを一匹一匹改めていく。
「うーん……」
 いない、と呟くシャルレィスにイルは「む」と小さく呟く。
「どこにいるだろうか……」
「ううん……」
 悩まし気に背中が丸まっていく。聖堂の椅子に腰かけたシャルレィスの膝の上の猫をイルは撫で乍ら先に清掃をして騎士団で子猫を保護するべきかと悩まし気に首を捻っていた。
「イルさん、特異運命座標さん」
 シスターの声が聞こえシャルレィスとイルが顔を上げる。
「あの、もしかして――」
 シスターの両腕に抱きかかえられていたのは怪我をした大きなブチ猫だ。その柄はシャルレィスの膝の上の子猫にも似ており、二人にとっては正しく探していた『おかあさん猫』だった。
 顔を見合わせる。
 そして、大きく頷き合った。
 ああ、よかった、とシスターが笑ったそれにイルとシャルレィスはほっと胸を撫で下ろした。

 ――
 ―――
 聖堂の掃除が終わり、のんびりと帰路へ向かう事となる。
「先輩が帰ってきて、こうして普通に会話ができて、のんびりと過ごせて。
 私はとても幸せ者だと思う。単純だろうか。でも、いいんだ。とてもとても楽しいから」
 シャルレィスを覗き込んでイルは笑う。聖堂の掃除の礼だと渡されたクッキーの包みを開いて、「はい」とひとつ彼女はシャルレィスへと差し出した。
「いいの?」
「二人で頑張ったから。私だけが全部食べてしまってはズルいだろ?」
 二人で分け合うのが当然だとイルが胸を張る。
 彼女に取って、こうした日常はかけがえのないものなのだろう。特異運命座標を先輩と呼ぶ未熟の騎士。
 彼女に取って、シャルレィスは英雄のひとりだ。
 けれど、そうやって扱うのは英雄にも失礼で――そう望む者以外は自身の大切な友人として声をかけたい――シャルレィスはきっと、英雄と呼ばれるより一人の友人と呼ばれた方がいいだろうとイルは考えていた。
 そうやって、彼女に友人として声をかけられることがイルにとっては何よりも幸せで、嬉しい。
 幸せ者なんだ、ともう一度イルは笑った。
「ハッ……クッキー。私の分は食べてしまったからこれはシャルレィスが持って帰ってくれ」
 そろそろ騎士団に行かねばと歩き出したイルが手を振って歩き出す。それに合わせて来た道を戻ろうとしたシャルレィスの背中へとイルは何かを思い出したように声をかけた。
「シャルレィス!」
 イルの声にシャルレィスは振り向いた。
「また。次は手合わせを頼む。ふふ、約束――だぞ!」
 手を振って、柔らかに笑う。イル・フロッタは『普通の少女の様に』次に会う事を楽しみにする様にその言葉を口にするのだ。
 ささやかな、ちっぽけな、それでも、大切な世界。
 この世界を護れたことを、今、その胸に誇って欲しい。

  • ささやかなる世界に喝采を完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年07月26日
  • ・シャルレィス・スクァリオ(p3p000332
    ・イル・フロッタ(p3n000094

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