シルヴィアの経歴と過去。そして庭園で爆発した理由について。

登場人物一覧

●叡智の炎などなくても
『この世界がどうにかなってから１０年。僕たちはまだこの世界に生きてる。
　それがいいことなのか分からないけど、生きてるからには楽しく過ごしたいですよね。
　そんな昼下がりにお送りしています、ハイラインラジオ。おいダンピート、音量ねじをいじるんじゃあない！　きょ、曲は――』
　ラジオボックスから大音量で流れる４００年前のカントリーミュージック。
　室内に反響するそれにギラリと歯を見せて笑うメイド服の女たち。
　美しく艶の残るブロンドヘアで、髪型こそ異なるものの全く同じフリルカチューシャを装着していた。
　ヴィクトリアンクラシックタイプのメイド服を纏いデニールの熱いストッキングを足に通し、ブーツへとつま先を差し込んでいく。
　このような装いをしてこそいるが、彼女たちが手にしているのは庭箒でもティーセットでもなく、黒光りする様々な銃器であった。
　中心の一人。ポニーテールスタイルのメイドが長いサプレッサーのついたピストルに１０ミリ弾を詰め込んだマガジンをグリップの底からはめ込み、撃鉄に親指をかける。
　傷だらけのピストルはなぜか、彼女には不似合いに見えた。
「ヘイ野郎ども、命をはる準備はできたか？　ルーレットはまっちゃくんねえぞ」
　風景を引いてみればわかるだろう。
　メイド服の女たちを中心に、無数の男女が武器を構えていることを。
　彼らは鉄条を巻き付けた木製バットやカーレンチ、合成樹脂でできた１００ミリショックレスハンマー、ひどくさび付いた西洋剣、そしてパイプとバネでこしらえた粗末な銃。
　メイドを覗く男女の装備はひどく貧弱で、彼らの衣服は煤や土に汚れシャツのプリントに至っては殆ど残っていなかった。
　彼らが異様に汚れていると表現すべきなのか、それともメイドたちが異常に清潔なのだと言うべきか。
　それは、更に風景を引いてみれば分かるだろう。
　金属ラックが並ぶホームセンター。
　ラックの並びはまるでバリケードや要塞のようで、ボルト固定した金属足場を駆け上がったメイドの一人はギザギザとした歯を見せて笑った。
「『デリヴァラー』どものご来店！」
　数十人にもわたる銀色の髪をした死体の群れが、まるで意志をもって生きているかのごとく猛烈なスピードでホームセンターへと駆け込んでいく。
　一箇所だけ空いたシャッタースペースに群がろうとする彼らめがけ、メイドは灯油缶を蹴りつけた。
　回転して死体たちの頭上へ迫る灯油缶――めがけ、メイドは銃の引き金を引いた。

　何が起きたと表現すべきだろうか。
　爆発がおこり炎があがり、銃声がしこたま鳴り響いたとおもえば狂乱したような声をあげた男女が暴れ回り、時に悲鳴をあげ、重なった無数のうめき声がホームセンターの屋根に反響するこの光景を、なんと表現すべきだろうか。
　その全てが終わった頃には、高い位置にあった太陽はすっかり茜色に変わって西の山に隠れようとしていた。
　シャッターを下ろし、屋内のライトを点灯させる。
　けが人だらけの男女を三メートルスチールラックの上から見下ろして、メイドは小さい舌打ちした。
「落ち込まないのよシルヴィア」
　ラックの下から声をかけてきたのは同じ金髪のメイドだった。
　シルヴィアと呼ばれたメイドとは細部こそ異なるが同じポニーテールタイプの髪型をし、同じ目の色をしていた。
　異なる部分があるとすれば、赤いガーリーな靴を履いていることや目つきがどこかおっとりしていることくらいだろうか。
「今日の犠牲者は二人だけで済んだじゃない。コミュニティへの入植者も増えてるし、きっと影響はないわ」
「落ち込んじゃいないよ、スペア。メシは？」
　振り返るメイド『シルヴィア』。
　下で鍋を翳して見せたメイド『スペア』が、にっこりと笑った。
「一緒に食べましょ」

　世界が世界でなくなった日。世界が大きく切り替わった日。ないしは滅亡した日とも呼ばれたある日のことを語ろう。
　アメリカとソ連の長い長い冷戦は途切れること無く２１世紀の境をまたぎ、多くの人類がその状態に慣れてしまった頃。
　アメリカの学者フィリップ博士によって画期的な『道具』が開発された。
　それは戦争を終わらせるための道具であり、世界平和のための道具であるとされ、アメリカに広く喧伝された。
　なんでも敵対国全ての住民をアメリカ人に変えてしまう道具だといい、どころか国連加盟国全てをアメリカに変え地球全土をアメリカの国土にできるというこの意味の分からない宣伝文句だけが広まり、それがいかなる手段によって行なわれるのかを誰も知らされなかった。
　当のフィリップ博士と限られた軍上層部を覗いては。
　が、そうした宣伝が行なわれてから数日。
　いかなる理由によるものか、突然に、世界は『どうにかなって』しまった。
　この現象や事件にちゃんとした名前はついていない。
　名前がつくより早く事態は深刻化し、情報が伝わるより早くインフラは寸断され、世界全人類が訳も分からぬまま文明を奪われた。
　ただし内容は世界全土共通。
　銀色の髪をした死体が人を襲い、なぶり殺しにするというものだ。
　殺された人間は起き上がり、同じく銀髪となって群れに加わる。
　この群れは『デリヴァラー（運ぶもの）』と呼ばれ、その名の通り広く世界中で絶望と滅亡を運んで回った。
　勿論、人類とて黙って滅亡するのを待ったわけではない。
　デリヴァラーを作り出したであろう『道具』の力を使い、新たに数十体の存在を作り出した。
　肉体がいつまでも朽ちず、怪我をしたそばから急速に回復し、常人の何倍もの身体能力と通常兵器に関する取り扱い知識を一通り持つという女たち。
　彼女たちは博士の名をとってフィリップスと呼ばれることを望まれたが、結局の所その情報が正しく伝わることなく彼女たちはただ『メイド族』と呼ばれた。
　なぜなら、彼女たちはヴィクトリアンクラシックタイプのメイド服を着用していなければならないという強迫観念を持ち、全員が共通して同一のメイド服を着用しているからであった。
　それがいかなる理由によるものかは、制作者の亡き今誰も分からないが、デリヴァラーに対抗できる超人の存在を人々は頼り、決して脱げずそうそう破れない頑丈なメイド服を作って彼女たちに与えた。
　それが『メイド族』であるシルヴィアとスペア、そして仲間たちの出自である。

　スプーンでよく分からないオートミールめいたものを食べ、シルヴィアはぺろりと唇を舐めた。
「ごちそーさん。悪いねぇ、戦闘の後だってのに家事までやらせちまって」
「いいのよ。妹たちのためだもの」
　『妹たちのため』はスペアの口癖だった。
　最初期に作成されたスペアは、自分よりあとに作られたメイド族であるシルヴィアたちを妹と呼び、彼女たちの姉であることを自分に強いていた。
　メイド族は人間離れした能力を持つ一方、多かれ少なかれこうした強迫観念を併せ持っていた。全員に共通するのはメイド服を着続けることだが、スペアは姉であること、カートは一時間おきに天候を確認しなければ呼吸困難に陥るし、ベスターは現在の位置を正しく把握していないと平衡感覚を失う。ハスクリーに至っては常に幸福であることを自らに義務づけていて、周りに自分が幸福そうに見えるかどうかをしきりに尋ねる癖があった。
　そこへきてシルヴィアは……なぜだろう、メイド服依存症を除いては思い当たるものがなにもない。
　スペアはそれをさして『出来のいい妹』と呼んでいた。

●Ｘデイ
　ある日のこと。
　物音に目覚めたシルヴィアはスペアがいないことに気がついた。
　どうしたのだろう。拠点にしているホームセンターにデリヴァラーが集まってくる頃だというのに、一人で外にでて清掃でもしているのだろうか。
　まさかな。屋上で風にでも当たっているんだろう。気にすることじゃない。
　自分にそう言い聞かせてシュラフに再び潜り込もうとした、その時。
　ぞわりと鳥肌がたつ感覚がはしった。
　全身にはしるこのおぞましい感覚が何に由来するものか、シルヴィアは直感的に察した。
　シュラフから飛び出し、そばに置いてあった機関銃をひっつかむ。
　ブーンブーンという壊れた陰気なブザー音がホームセンターに鳴り響き、シャッターがいくつも同時に開く音がした。
　誰かがこの事態に気づいてライトをつけたのだろう。
　ホームセンターの中がぱっと明るくなった所で、シルヴィアは目を疑った。
　拠点にしているホームセンターにある七つの大型シャッター。トラックすら通れるこれらが全て開放され、大量のデリヴァラーがなだれ込んできたのだ。
「全員起きろ！　迎撃！　迎撃！」
　機関銃を乱射しながら突撃するシルヴィア。
　同じように眠っていたカートやベスターがはねおき、アサルトライフルやショットガンを手に戦いに加わっていく。
　が……。
　『がふ』いう奇妙な声と共に、カートの首から上が消し飛んだ。
「カート、何があったんです、カート！」
　ベスターが慌てた様子で駆け寄った所へ、さらなる異変が起きた。
　激しい銃撃が浴びせられ、ベスターが踊るように転がったのだ。
　幾度も踊ったあと、ベスターはスチールラックに激突して動かなくなった。
　デリヴァラーの襲撃のさなか、それも弾丸を避けることすら可能なメイド族をこうも簡単に破壊できる者など……。
「シルヴィアぁ……迎えに来たわよ」
　声に、シルヴィアは振り返った。
　デリヴァラーの中で、おっとりと笑う見知った顔。
　だが悪夢に思うほど見慣れない――『銀髪のスペア』が、そこにはいた。
「なんで誰も知らなかったのかしら。ねえ、シルヴィア。教えてあげる。
　デリヴァラーは世界を平和にしようとしているのよ。
　私たちは皆一緒。皆ひとつなの。とってもとっても気持ちよくて、幸せなことなのよ」
「幸……せ……？　スペア姉さん、何を言ってる！　狂ったのか！」
　落ちたショットガンを拾い上げ、迎撃するハスクリー。
　が、スペアはそれを庭箒ひとつで払いのけてしまった。
　いかなる物理法則がはたらいたのか、弾丸全てがその物理エネルギーを喪い、ホコリでもはらったかのようにぱらぱらと落ちていくのだ。
「こっちにいらっしゃいシルヴィア。あなたが一緒ならきっと素敵」
　スペアは凄まじい速度でハスクリーに近づくと、彼女の顔面を鷲づかみにした。
　バスケットボールでも投げるかのようなフォームで振り向き、スチールラックへハスクリーを投げつける。頑丈に組まれたラックが破壊され、その内側に籠もっていた民間人たちが悲鳴をあげた。
　流れ込む大量のデリヴァラー。地獄の蓋を開いたかのような声が響いた。
　崩れたラックの隙間から、ハスクリーが救いを求めて手を上げるのが見える。それがもろくも食い破られていくさまも。
　シルヴィアは震えた。
　怒りに、震えたのだ。
「スペアぁああああああああああああ！！！！」
　機関銃の乱射。
　だが効果がない。
　分かっている。
　シルヴィアは射撃しながら後退し、『とっておきの箱』を足で蹴り開いた。
　旧世界で売られていたダイエット商品。腹に巻きつけ電気を流すというそれは相当量の爆薬との合体によってセルフ自爆装置へと生まれ変わっていた。
　それを素早く巻き付け、走り出す。
「ひとつになりましょ、シルヴィア。みんなみんな、人類みんな、私の妹にしてあげるから」
　穏やかに笑って飛びかかるスペア。
　シルヴィアは彼女の首を右手で掴み、左手で――自爆スイッチを押し込んだ。

　――『Jaeger Maid』シルヴィア・テスタメント（p3p000058）が混沌世界に召喚されたのは、その瞬間のことであった。

• シルヴィアの経歴と過去。そして庭園で爆発した理由について。完了
• GM名黒筆墨汁
• 種別ＳＳ
• 納品日2019年07月24日
• ・シルヴィア・テスタメント（p3p000058）
  ・シルヴィア・テスタメントの関係者