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花丸手帳『パンケーキは分けるもの!』
登場人物一覧
希望ヶ浜市街で待ち合わせを、と駅前での待ち合わせは朝の10時を予定した。何時もとは違う帽子をセレクトし、革の手袋に其れに合わせたジャケットとショートパンツ。ちょっぴり大人なコーディネートに身を包んで花丸は今か今かと時を待つ。
「おや、早いのですね」
待ち合わせ時間の五分前。腕時計を確認しながら歩み寄ってきたのはベレー帽を被ったひよのであった。巫女服や何時もの制服姿とは違うシンプルな私服に身を包んだ彼女は手をひらりと振って近寄ってくる。
「えへへ。折角のひよのさんとのお出かけだしね?」
「まあ、それならとても有り難いです。……今日は何処へ行きますか?
行き当たりばったりでお出かけしましょうという話になりましたけれど……行ってみたいところとかあります?」
「え? ひよのさんが案内してくれるの!?」
「ええ。勿論。これでも希望ヶ浜には長く住んでますから。花丸さんのお好みの場所へ案内しますよ」
花丸はどうしようかなあと唇を尖らせた。折角なら甘い物でも食べてみたい。おすすめのパンケーキの店も気になれば、ショッピングモールも捨てがたいのだ。うーん、と悩む花丸をまじまじと見詰めていたひよのはふ、と小さく笑みを零した。
「……そんなに悩まないで下さい。何も、今日一日しか遊ぶタイミングがないわけではないでしょう?
ああ、いえ……花丸さんが忙しいのでしょうか」
「えっ、花丸ちゃんで良いなら、何時でも一緒に遊びたいし! ひよのさんがそう言ってくれるなら!」
眸を煌めかせた花丸に「なら、今日はパンケーキを食べに行ってから、帽子屋さんでも見にいきましょうか」とひよのは微笑んだ。
店舗へは駅からも少し歩かなければならなかった。その道中に、のんびりと話ながら向かおうと言うひよのに頷いて花丸は希望ヶ浜の周囲を見回した。希望ヶ浜の中央市街は騒がしく、人通りが多い。
「花丸さん、はぐれますよ」
「……えっ、あ、ああーっ」
「ほら、手」
差し伸べられた手を握りしめてから、花丸は「人が多いね?」と周囲をきょろりと見回した。「休日ですしね」と笑みを零したひよのは「そういえば、あそこのクレープも美味しいらしいですよ」と指を差す。
「へえー、良いねえ。あ、ひよのさん、あれは?」
「ああ、あれはセレクトショップですね。案外掘り出し物が見つかりますよ。
新しいワンピースとかも欲しいですし……後で見にいっても良いかもしれませんね」
「うんうん!」
にんまりと微笑んだ花丸に「ここですよ」とひよのが指し示したのは可愛らしい看板が下がったパンケーキ屋である。休日であることから少しばかり人の並びがあるが、まだ開店間際であるからか、そう苦労することなく入店できそうだ。
「花丸さんって甘い物はお好きでしたか?」
「んー、花丸ちゃんは甘いものでも辛いものでも大丈夫! だって、美味しいものを友達と一緒に食べれるだけで嬉しくない?」
「じゃあ、苦手な物は?」
「えーと、ゲテモノとか……ほら、仕事で『それって食べれるの!?』ってのあるから……」
「あー、幼虫とか、蛹とかですよね。再現性東京の外でなら食べる人も良そうですけど」
ラサの辺りとか、と呟いたひよのに花丸はクビをぶんぶんと振った。食べたいとは思わない、というのが本音である。
確かに、混沌世界にはそう言ったものを好ましく思う者もいるだろう。花丸が慌てて首を振る様子をひよのは面白そうに見詰めて笑い続けている。そうして話している内に順番は回ってきた。
「さ、花丸さんは何にします? 私は、そうですねえ……。
ソーセージ添えのチーズフォンデュパンケーキにしようかな、と。これはスープも付いているんですよ」
「美味しそう! お昼ご飯だね」
「ええ。花丸さんはどうします?」
「うーん……花丸ちゃんもお腹が空いたけど折角なら、お店の一押しがいいかも……?
フォンダンショコラのパンケーキにしようかなあ。ドリンクは白桃ティー!」
「あ、美味しそうですね。よければパンケーキもシェアしません? 分け合えば一度で二度美味しいですし」
「えっ、いいね!」
眸を煌めかせた花丸に「じゃあ、取り皿も貰いましょうね」とひよのは笑みを零した。悪戯めいて微笑んだ彼女はオーダーを通した後、次はここに行きませんかとaPhoneでショッピングモールを表示する。
「此処に帽子屋があるんですよ。花丸さんは帽子をよく被ってますし……よければ私のも選んでくれませんか?」
「ひよのさんも帽子被る?」
「ええ。帽子を被ったりヘアアレンジもしますよ。洋服もどのようなジャンルでも好んできますし……」
可愛いと思うとついつい購入してしまうのだと困ったように微笑んだひよのに花丸はくすりと小さく笑みを浮かべた。
運ばれてきたパンケーキ。シェアをしようとナイフで切り分けて行く。二本添えられていたソーセージは一本ずつだとひよのが悪戯めいて微笑めば、花丸は「チーズソースたっぷり付けちゃえ!」とくすりと笑みを零した。
共には運ばれ来た白桃ティーから漂う香りは甘い。ひよのがセレクトしたラテアートにはかわいらしいくまが描かれていた。
「あ、ひよのさんのラテ、くまさんなんだ。可愛い!」
「可愛いでしょう? 今度は花丸さんもラテを注文して、何が来るか比べましょうか」
ラテのくまを見詰めながら、次に往くショッピングモールの話や日常会話を交し続ける。
ひよのの方が『希望ヶ浜』では先輩だ。分からないことがあれば何でも聞いてくれと穏やかに微笑んだひよのに花丸は「ひよのさんも色んな『夜妖』とか『怪異退治』で大変そうだよね。無理してない?」と首を傾いだ。
「……ふふ、花丸さんの方が頑張り屋さんですよ。無茶ばかりしているでしょう。
余り怪我などせずに帰ってきて下さいね? 次に遊ぶ約束をしているのに、怪我をされては楽しめないでしょう?」
「ええ……」
「私が帰る場所とまでは言いませんけれど、お友達を心配する優しい先輩なのですよ、私は」
くすくすと微笑んで、皿の上が空っぽになったのを確認したひよのは「そろそろ次に往きましょうか」と笑みを零した。
「うん! 次は帽子屋さんだっけ?」
「ええ。花丸さんが私に似合う帽子を選ぶと言うとても貴重なイベントですよ。どんなのを選んでくれるでしょうか」
ショッピングモールに向かいながら、花丸は何を選ぼうかなあと頭を悩ませた。ベレー帽でも、ニット帽でも難だって似合うだろう。
帽子を選んだならば一緒に服をセレクトするのも楽しそうである。前を往くひよのへと追いついて「花丸ちゃんに任せなさい!」と彼女の手をぎゅっと握りしめて、其の儘、前へ前へと引っ張った
「わ」
「次は花丸ちゃんが案内人、でしょ?」
「ええ。期待していますよ。案内人さん」
微笑むひよのに花丸は大きく頷いた。まだまだ休日の一日は長いから、もう少し楽しい『デート』を満喫しよう。
帽子を選んで、服を見にいって、可愛い小物のストラップでも揃いで購入しよう。
そんな、何てことない日常が『非日常で過ごす者』にとってはとても貴重で、しあわせなことなのだから。