PandoraPartyProject

SS詳細

旦那様、病に罹る

登場人物一覧

ポテト=アークライト(p3p000294)
優心の恩寵
リゲル=アークライト(p3p000442)
白獅子剛剣

●旦那様、誤魔化す
 ポテト=アークライトは悩んでいた。旦那様、リゲル=アークライトについてである。
 彼はいつも忙しい。天義のためにあちらへ。特異運命座標としての責務を果たすためこちらへ。と思えば、近所のおばあちゃんに頼まれた、とかでそちらへ。
 兎角、働いてなければ気が済まない体質なのだ。常に誰かのために動いていないと落ち着かないリゲルの性格は、ポテトも好ましく思うところである。平常ならば。
 しかし、数年連れ添ったポテトには判るのだ。間違いなく、リゲルは、体調を崩している! ――間違いなく。時折見えないように咳込んでいる事も、足取りがフワついていることも、全部奥様にはお見通し。
 しかし問い詰めたところで頷くような旦那様ではない。ポテトは考えた。
 ――これは寝起きを狙うしかない。

 体が重い。
 リゲルは数日前から、体の不調に気付いていた。熱っぽくて、ふわふわする。風邪だろうか。鍛錬が足りていないな、と心中で苦笑する。
 ああ、でも朝の鍛錬にはいかなくては。こんな体調だからこそ、いかなくては。自分は此処で立ち止まる訳にはいかない、弱いままではいられないのだから――それにしても、体が……

「……ル」

 誰かが呼ぶ声がする。
 知っている。君は、そうだ。誰より愛しい――

「リゲル」
「……ポ、テト……?」

 隣で眠っていたはずの彼女が、上体を起こしてこちらを見ていた。窓の外はまだ暗く、早朝である事を伺わせる。何故こんな早朝に彼女は起きているのだろう。いつもなら眠っている時間帯のはずだが……
「体調が悪いんだろう」
「……う」
「隠しても判る。今日はことに酷いぞ。顔も赤いし、……熱があるんじゃないか?」
 言って、ポテトは己の前髪を上げた。
 リゲルに近付いて、額をこつん、と合わせる。――矢張り熱い。予想よりも熱い事に、内心でポテトは慌てた。これは早急に冷やしてやらなくては。
「熱があるな。待っていてくれ、いま布と水を――」
「大丈夫、……これくらい、」

 まだ意地を張る旦那様。奥様もいい加減プッツンですわ。
「まだそういう事を言うなら、こちらにも考えがある!」
「えっ」
 そう言ってポテトが取り出したのは、長い麻縄だった。出来れば使うまいと、使う事がないようにと思いながらベッドの下に隠していた縄。ああ、しかし悲しいかな、ポテトの予想通り旦那様は強情であった。ならば此方も強硬手段で対抗するしかあるまい。
「……それは」
「縄だ」
「それは判る」
「これで今からリゲルを縛ります」
「縛る」
「ああ」
「……鍛錬の時間!」
「こら! 逃げるな!」
 起き上がろうとしたリゲルを捕まえ、ベッドごとぐるんぐるんに縄を巻き――普段なら男女の力量差があっただろうが、悲しいかな、今は病人VS健康な特異運命座標なので……


●旦那様は簀巻き
「……」
 数分後。リゲルは見事にベッドに縛り付けられていた。……物理的に。あのリゲル=アークライトが。絶望の海さえ其の剣光の前に退いた、彼が。
 一方ポテトは一仕事しました、みたいな顔をして(実際したのだが)手をぱんぱんと払う。
「さて。リゲル、何か食べたいものはあるか?」
「この状態で聞くのか君は……そうだな……」
 最早今日明日は起き上がれまい、と諦めたリゲルは考えこむ。余り重いものは食べたくない。朝だし。朝に食べられて、胃腸に負担をかけないもの。
「……おかゆ、かな」

「まあまあまあまあ、奥様!」
「奥様、お料理は私たちが!」
「大丈夫だ。これくらい……あちっ」
「「奥様ーーーーー!!!」」
 メイドは戦慄していた。アークライト家の奥様が厨房でお料理などと! 幾ら旦那様のためとはいえ其の手でお料理などと! 私たちが作ります、といっても聞かない。ああっでもその気持ち判るわ! 愛しい旦那様のために自分がおかゆを作るんだって気持ち、わかりますッ! でもでもそれでは私たちの面目が! いいえ面目なんてくそくらえだわ夫婦円満に比べれば!
 メイドたちの意思は決まった。
「奥様、もう少しお塩を加えましょう!」
「それからお水もですね!」
「加えすぎてもいけません、少しずつ!」
「え? あ、ああ…」
 急に“奥様頑張れ”に方針転換したメイドたちに戸惑いつつも、ポテトはアドバイスを取り入れながらおかゆを作る。

「リゲル、出来たぞ」
 ポテトが戻ると、リゲルは熱による疲れの為か、目を閉じて眠っていた。
 ――手荒な事をしたけれど、これも早く治ってほしいから。
 サイドテーブルにトレイを置いて、ポテトはゆっくりリゲルの額を撫でる。…汗ばんでいる。ご飯を食べて汗をかかせたら、服を着替えさせないといけないな、とこれからの事を思った。
「……ん」
 僅かにリゲルが身じろぐ。起こしてしまったか、と思いつつも、ポテトはリゲルの額を撫でるのをやめない。
「……ポ、テト…?」
「ああ。具合はどうだ?」
「……正直に言うと、目の前がぐるぐる回ってる」
 思ったよりも重症らしい。ついに素直になったか、という気持ちと、リゲルを心配に思う気持ちが心の中で拮抗する。
「起きられるか? おかゆを作ってきたんだ」
「ああ、……なんとか……」
「縄はこう、して、こう」
 まあ、もう縄がなくてもリゲルは何処にもいかないと思うけれども、縄をぐいぐいとずりさげてリゲルが身を起こしやすいようにする。上半身が起こせると判ると、リゲルはゆっくりと身を起こし、息を吐いた。――熱がこもった息だ。朝より熱が上がっているのではないかとポテトは心配を募らせる。
「ほら、おかゆだぞ。塩味を強めにしたから、きっとおいしいはずだ」
「……君が作ったものなら、何でも美味しいさ」
 そういって笑うリゲルに、気恥ずかしくなって僅かに俯くポテト。いや、此処は照れている場合じゃない。ちゃんとリゲルのお腹を満たしてあげなくては。
 ポテトはサイドテーブルに置いていたトレイからおかゆの入った小鍋を取った。蓋を開ければほこほこと湯気が上がる。彼女はスプーンを自ら取ると、おかゆをひとさじ掬ってふうふうと息を吹きかけた。……リゲルはもしや、と背中に汗をかく。
「はい、あーん」
「……え、ええと……」
 リゲル=アークライトは照れ屋である。恋人らしい事を照れてしてやれぬと悩んだ事もある。熱で赤い顔をさらに赤くして、差し出されたスプーンを見た。
 あーん、というポテトの声が頭の中で反響している。どうする俺。このままスプーンに食いつく事はたやすい。しかし其れでよいものか。いや良いはずなんだ。しかし、しかし――
「ん」
 ポテトのスプーンがリゲルの唇をつつく。開けごま、とリクエストしている。…リゲルとて男だ。此処はもう覚悟を決めるしかない。
「あ、あー……」
 唇を開いて、スプーンをぱくりと咥えるリゲル。満足そうなポテトがスプーンを引き抜けば、塩味のおいしいおかゆが口内に残った。
 むぐ、むぐ、むぐ。ゆっくり咀嚼するリゲルをまじまじと見ているポテト。大丈夫だろうか。しょっぱすぎやしないだろうか。熱が出た時は味覚が鈍感になるというから、少し多めに塩を入れてみたのだが……
「……おいしい」
 リゲルの唇から零れ落ちた言葉に、ポテトは安堵した。そうしてまた一口ぶん、スプーンで掬う。せめて、彼がお腹いっぱいになるまで。
「良かった。ほら、次だ。あーん」
「…あー」


●旦那様は照れ屋……だけど
 食べた後すぐに横になるのは消化に良くないが、何分リゲルは病人である。布と水を持ってくる、と空になった小鍋を片づけに行ったポテトを待ちながら、リゲルはベッドの天蓋を見ていた。
 ……寂しい。
 ぽつり、と雨粒のように心の内に落ちた其れは、瞬く間に豪雨となって広がった。
 いつだって、強くあれと自分を鼓舞してきた。どんな時も強くあれ、弱き人々を救うんだと。
 でも今はただの一人のヒト、リゲル=アークライトだ。……寂しい。いつも隣にいてくれる人は、少し席を外している。……その少しが長い。
 きっと熱の所為だ。判っている。風邪かは判らないが、風邪を引くと人は弱気になるというし。――でも矢張り、寂しいと心に降る豪雨は抑えきれなかった。
 だから。

「……リゲル?」

 水桶をもって帰ってきたポテトの腰に抱き着いてしまったのを、許して欲しい。
 誰にともなく許しを請う。ポテトだろうか。強くあれと叫ぶ自分自身にだろうか。判らない。頭の中がぐるぐるして、視界もおぼつかなくて、世界にたった一人取り残されてしまったような気がして。
 ポテトにはせめて、傍にいてほしかった。看病のために仕方ないのは判っている。席を外すたびに心配そうに己の頬を撫でるのも知っている。でも、――
「……大丈夫だ、リゲル。私は此処にいる」
 天に光る星のようなリゲルの髪に指を通しながら、ポテトは言う。どんなに席を外しても、帰ってくるのは貴方のところ。決して見捨てないし、決して離れやしない。ずっと傍にいるから、そんな悲しい顔をしないでくれ。
 ゆっくりと頭を撫でられて、リゲルは抗いがたい眠気に襲われる。
「ポテト」
「ん?」
「ねむいんだ」
「……ああ」
「でも、……」
「……大丈夫だよリゲル、このままでも」
 少しお行儀が悪いけど良いよ。此処にいて、ずっとリゲルを見ているよ。今は少し輝きの鈍い、私の一等星。ずっとずっと、見ているから。
 沈黙は二人の間の承諾。リゲルがすうすう寝息を立てるのを、ポテトはゆっくり頭を撫でながら聞いていた。


●旦那様、拒否る
 さて、暫くして。目を覚ましたリゲルをベッドに寝かせ、水に浸した布を絞り、彼の額に置いたポテト。深く呼吸をして改めて眠る彼の頬を汗が伝っている。
 これでは寝間着の下も汗だらけだろう。拭いてやらねばなるまい。……しかし、あのリゲルが其れを承諾するかどうか……
「……考えても仕方ないか」
 どの道脱がせて汗をぬぐうつもりではいるのだ。新しい寝間着を取ろうとポテトは席を立ち、部屋のクローゼットに向かった。

「……ん」
 随分と長く、甘い夢を見ていたような気がする。目を覚ましたリゲルが最初に感じたのは、額にあるぬるさだった。ポテトがきっと冷やした布を置いてくれたのだろう。少し視線を彷徨わせれば、枕辺に座ってリゲルを見ているポテトの姿。
「気分はどうだ?」
「……ああ、……朝よりは、いいかな。少しすっきりした気がする」
「汗をかいたからだろう」
 言うとポテトは布を額から外し、少し拭く。そして己の額とこつんと合わせ、うん、と頷いた。リゲルはというと、もうなんか額こつんには諦めムードである(照れるけど)
「朝よりは下がってるな。じゃあ、寝間着を脱いでくれ」

 今なんて?

「? どうした、リゲル」
 きょとんと琥珀色の目を丸くしてリゲルを見るポテトの目に偽りはない。マジで脱がせる気だ。
「随分と汗をかいているようだったからな。寝間着も替えなければ」
「そそ、それはそうだが……もう自分で」
「駄目だ。さっきまでくらくらすると言ってた病人には任せられないな」
「うっ……」
 リゲルは己の失言を後悔した。失言、というか、事実ではあったのだが――あの時より現在の方が回復しているのもまた事実。服を着替えるくらい――縄さえほどいてもらえれば――自分でも出来る。
「それに背中も汗をかいているだろう? さあ脱げ、脱ぐんだ。背中も拭くから」
「いやッその……ッ! 背中も工夫すれば自分で拭けるんじゃないか!? 拭ける拭ける! ちょっま、ポテト! 女性がみだりにそんな、脱げだなんて」
「脱げ」
「待て! 待……」


>>>暫くお待ちください<<<


「……」
 リゲルは無言を貫いていた。何故なら病に伏しているとはいえ、妻とはいえ、上半身とはいえ、女性の前に裸体をさらすのは恥だからである。騎士の恥。騎士の名折れ。俺はもう騎士を名乗れないかもしれない……
 ポテトは満足そうにリゲルの背中を拭いている。流石に前は自分で拭く、というリゲルの訴えは認めた。私って心が広いな。
 背中を楽しそうに拭くポテトに、リゲルは苦笑する。
「……楽しそうだな?」
「楽しいんだ。いつもリゲルは……自分の事は自分でしてしまうから」
 手伝ってみたかった。
 任されてみたかった。
 なんてことない食事の手伝いに、汗をぬぐって新しい寝間着を着せる事。それらがポテトには嬉しかった。甘やかして甘やかして、とろとろの蜂蜜みたいにしてみたかった。
「――よし、拭けたぞ。じゃあこっちの寝間着に着替えて」
「ああ……その」
「ん?」
 おとなしく寝間着を受け取ったものの、言いにくそうにするリゲルに、ポテトは首を傾げた。
「俺はもう逃げないので縄をほどいてほしいのと……」
「ああ。そうだったな」
「その、着替えている時は、部屋を……」
「……」
 むー。
 膨れて無言の抗議を示すポテトに、リゲルは恥ずかしいから、と重ねた。
 この照れ屋さんはまったく、しょうがない。
「判った。着替えたら言ってくれ、また入るから」
「ああ」
 縄の結び目をほどき、くるくると縄を回収したポテトは一旦部屋を出た。


●旦那様、もっと甘えて
 着替えた、というリゲルの声に、ポテトは再度部屋に入る。
 ベッドの脇に座ると、リゲルの額を撫でた。
「晩御飯はいる?」
「……いや、今日は」
「そうか。……じゃあ後は寝るだけだな。……リゲル」
 ぽつり、と名を呼ぶ。何だろう、と彼が視線を向ける。とろりとした青い瞳。
「私はリゲルを甘やかしたい。…こんな時でもなければ出来ないけれど、……もっと我儘を言っていいんだ。私を困らせて、それで……甘えて欲しい」
「……俺は」
「判ってる。騎士がそんな事出来ないって、判ってはいるんだ。でも、……私はこう思っているという事を、知って欲しかった」
「……」
「体調が悪い時くらい、素直に言ってくれ。こっちが気が気じゃなくなる」
「……すまない」
 リゲルの額を撫でる手は心地よい。いとおしい、という気持ちが触れ合ったところから互いに伝わってしまいそうだ。
「……。良いんだ。今はお休み、リゲル」
「ああ。……巧く甘えられなくて、ごめん」
「謝る事はない。私はリゲルのそういうところを好きになったんだ」
 星の光みたいに真っ直ぐで、信念に嘘をつかず。
 照れ屋で甘い言葉を紡ぐのも下手で。
 でも、決して嘘をつかない。
 そんな貴方に、私は恋をした。だから――早く元気になって、また光って見せてくれ。私の一等星、愛しい旦那様。

  • 旦那様、病に罹る完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2020年12月20日
  • ・ポテト=アークライト(p3p000294
    ・リゲル=アークライト(p3p000442

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