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混沌剣豪七番勝負:四番目
登場人物一覧
夜。空が目を見開いたような満月だった。
天さえ、その鉄火場に魅入っていたのか。
月下、草木の揺れる山中にて、いくさの音する風が舞う。風の色は金と赫。朱金に混じって火花散る!!
っが、がががががッ、ぎぎぎ、ぎぎぎぎンッ!!
音が飛び散った。打ち合う刃は楽章めいてそこかしこで弾ける。余人が見れば全く目にも留まらぬ剣戟は、二人の少女が生み出すものだ。
片や小柄ながらに三尺五寸の大刀を手脚の如くに扱い、赤髪の少女の桜火の斬撃に手数で太刀向かう茶髪の少女。月光帯びて髪が茶金に光る。踏み込みは電瞬、翻る金糸の軌跡、正に雷霆の如し。
片や赤髪に青眼、刃に纏った桜の
両者、既に打ち合いの最中。まるで時間が圧縮されているかのような高速での機動戦である。二人は今や辻疾風。金と赫の飄風となり有機的な平行線を描き併走! 並び走る二人の後ろに、打ち合い散った火花が残る!
金の少女は『血雨斬り』すずな(p3p005307)、赫の少女は『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)。
すずなを衝き動かすのは、恋よりも熱く、愛よりも甘美なる剣戟への渇望だ。頼れる味方が振るう剣が、自分を向いたとき――それをどのように潜り抜け、それにどのように自らの技で応じるのか。それを考え、実践するのが堪らなく好きなのだ。
故に彼女は、これと見込んだ者に
――いざや、いざいざ、刮目せよ!
混 沌 剣 豪 七 番 勝 負
勝負 四番目
血雨斬り すずな
対
聖奠聖騎士 サクラ
――いざ、尋常に、勝負!!
思えば、かのベアトリーチェとの死闘で、サクラがリンツァトルテと共に解放した聖剣の煌めきを見たのが最初の縁。それ以後、幾度となく共に戦うにつれ興味は抑えきれず膨らんでいった。
伊東時雨との対峙、そして滅海竜リヴァイアサンとの死闘――度重なる共闘を経て、興味はやがて確信に変わる。彼女とならば、いくさに狂う夜を共に演じられると。
「疾いね、流石に」
地を蹴り併走しながら、サクラがすずなの一撃を打ち返し、距離を取りつつ嘯いた。舌を巻くような、賞賛の響き。しかしすずなからすれば、己の得意である敏捷性をフルに活かした機動戦で攻めきれないのが驚嘆すべき事だ。
サクラの剣技は一見突出した所こそない。しかし祖父や父から教わった正統派の剣術に加え、数々の強敵との
突出したところがないのではない。
その技は、全てにおいて高次元にバランスしているのだ。
「サクラさんこそ。この速度に応じきる剣士なんて、そうはいません。――でも、まだッ!!」
しかして、難攻不落のサクラの剣技を前にすずなは笑う。今この速度で通じぬのならば、さらに速度を上げるまで。
「はああああっ!!」
ど、どどう、どうっ!!
ロケット加速めいた踏み込み。開いた距離を瞬刻で埋める。地面が爆ぜ吹き飛び、土と草いきれが舞い上がった。土の欠片が地に落ちるよりも早く、すずなは長尺の刀を翻す。かつてすずなが祖父より賜った『桔梗』と妖刀『不知火』の二振りを基に一本の太刀として打ち直したその刃は、妖刀の禍々しさと、霊刀の如き清廉さを併せ持つ。それは正に、戦闘狂としての自己と義によって悪を討つ特異運命座標としての自己を併せ持つすずなの分身と言っても過言ではあるまい。
三尺五寸。銘を長太刀『竜胆』。
軽く鋭く折れず曲がらぬ、魔剣の軌跡はもはや五月雨! 篠突く雨の如くに注ぐ斬撃を、対するサクラは月の魔力を通した鞘、そして右手の聖刀『禍斬・華』にて弾き受ける!
「……!」
さしものサクラも目を瞠る。斬撃と突きの雨は、最早常人では行きの一条すら見て取れまい。ただ、繰り出される閃が曳く光を捉えるのが精々だ。
それを捌く。一つ一つは軽い。だが、ただただ疾い。一つ受ければ三つ来る。三つ受ければその裏を衝くように三つ。天衣無縫にして嵐のごとき舞剣。鞘と刀を使っての二刀流をしてさえ、すずなの天剣は受けきれぬ!
ざ、ざざんッ!
血が飛沫く! 致命の部位は避けるも、サクラの右脇腹、左腕と右肩に浅くすずなの剣が入った。抜ける斬撃の軌跡をなぞるように噴血が舞う。
ひゅ、とサクラが息を吸う。その息を吸う間にもすずなの撃剣が襲いかかる。一呼吸の間に五合。辛くも受け弾く。特異運命座標としてトップクラスの実力を持つ彼女ら二人の戦いは、まるで合戦を人二人の規模に圧縮したような苛烈さだ。
吸った一呼吸で、血を、酸素を身体に巡らせる。サクラは力の限り地を蹴りすずなを引き離すと、林立する木立に駆け込んだ。すかさずの跳躍。吸い付くように木の一つに側面着地。彼女の速力を一身に受けた樹がみしりと撓む。
すずなはすかさずその後を追おうとして――
赫の少女が、聖刀を納めるのを見た。
「ッ!」
背を電撃のように駆け抜けた危険信号に従い、制動、防御の構えを取る!
すずなの刃が防御に動く前に樹の撓みが解放され、サクラは正に弾けた。激発というのが相応しい速度。マズルより放たれた銃弾めいて、サクラは宙を斜めに、すずなを目掛けて、真っ直ぐに翔け降りる。
――それはサクラの高次元に纏まった能力の中で、さらに一際磨き上げられた得手。いかに早く抜くか、いかに早く斬るか、いかに敵に間合いを悟らせぬか――ただ、それだけを突き詰めて生み出された技術。居合術だ!!
サクラの親指が鍔を押す。聖刀の鈨が燦めいた。
禍斬抜刀、桜花閃!!
鞘走ると同時に刃が空気摩擦で火燐を散らす。まるで桜花が散り舞う如く。鬼すら斬って捨てるであろう殺しの一撃は、しかしただただ美しい。左手で捲いた鞘より聖刀の銀が迸った。激音! 構えた刃が弾けて、すずなの構えが崩れる。まるで鞘の中で火薬が爆ぜたかのような電瞬迅雷の抜刀術。速度はそのまま威力となりすずなを襲う!
(疾い――それに重い!!)
慄然とする。なんたる威力か。
咬み合わさった刃を押し込むサクラ。すずなが崩れた構えを繕おうにも、剣勢がそれを許さない。すずなはサクラの勢いに逆らわず後ろに跳躍して鍔迫り合いを避ける。
一転攻勢。サクラが再び地を蹴った。ヒュッ、という空気を裂くような呼気と共に、その動きが加速する。すずなから見てさえ、ブレて霞んだサクラの姿が消失したかに見えた。
それは刀術ではない。歩法。敵の認識を、視線の空隙を縫い、瞬き一つに満たぬ時間で距離を詰める技術。――『風雅抜剣』!
(……来る!)
電撃めいた危険信号が、すずなの神経を
すずなでなければその瞬間に斬られて終わっていただろう。しかして剣狐はサクラの姿ではなく、殺気を辿って刃を翳した。竜胆の鋒が向くは向かって左九五度、ほぼ真左。
果たしてそこにサクラの姿あり! 横飛びから木立に反射しての強襲だ。蹴られた木が揺れる音が、襲う刃に遅れて届く!
ぎいんッ!! 刃がぶつかり合う! 聖刀より迸る月の光が散り、刀を受けてさえ余波がすずなの身を刻む。
「これを止めるなんてね……!」
必殺、致命の技を戦鬼の見切りで止めてのけたすずなに賞賛の声が降る。己の技の粋を受けられ、止められたというのに、しかしサクラの声に悔しげな響きはない。
すずなは間近で重なった刃の向こうに、鏡を見たような気がした。
サクラが笑っている。楽しげに。
正義を旨とし、弱きを助け悪しきを挫く騎士たる彼女の裡側にも、また獣が、羅刹がいるのだ。普段は決して顔を見せぬ、いくさを平らげ生きる、血に飢えた鬼が。
サクラの眼と、すずなの眼が重なる。サクラの口角が少し上がり、笑みが深まったように見えた。
――、ああ、今、きっと、私も笑っている。
刹那にも満たぬ視線の勘合。それは何よりも確かな羅刹と羅刹の相互確認。すずなは全身の
「楽しみましょう。――あの月か、私たちのどちらかが沈むまで」
「上等……!」
だ、だんッ!!
跳躍は同時。出方を伺うように両者、互い違いの方向に地を蹴る。二者抜刀状態のまま、木立を蹴る音が十といくつか連なった。林の木々がまるでうねるように次々踊る。すずなとサクラが樹を蹴り渡り、空中で間合いを測り合っているのだ!
剣鬼らは今一度空中で激突した。最早火花の散る順でしか、二人が打ち合うその軌跡を捉えられぬ! 剣勢は互角、力と一撃の重さで勝るサクラを、しかしすずながその速度と手数で押さえ込む。
剣戟は加速する、より速く、速く、速く。それにつれて束の間の均衡が崩れだし、徐々にサクラが圧されていく。受けきれぬ刃が身を裂き、空中に飛行機雲めいて血の霧を曳いた。
永久に続くかに思える、息をもつかせぬ連続攻撃。これぞすずなの使う攻めの極意――絶剣『無窮』!!
加速し続ける無窮の乱撃。圧縮された神速の打ち合い三〇合余りの果て、ついにサクラの左脇腹に刃が突き立った。背中に突き出た刃から血が滴る。しかしその瞬間笑ったのはサクラ。すずなが目を見開く。
刃が、抜けぬ。
「つかまえた」
なんたる刹那の見切り。受けても死なぬと踏んだ突きを、重要臓器を避け、脇腹にわざと受けたのだ。
サクラは抜き身の刃のように凄絶に笑い、一瞬だけ硬直したすずなの身体を力の限りに蹴り飛ばす!
「っか、ふ……!!」
血を吐くほどの威力の蹴撃。受けたすずなの身体がまるで蹴られたゴム鞠めいて水平に吹っ飛んだ。刀は抜け、反動でサクラの身体もまた後ろに飛ぶ。
開いた距離。サクラは後背の樹に側面着地。吹っ飛ぶすずなもまた身をひねり捌き、樹に脚をつけ辛うじての着地!
――――きいんッッッッ!!
鍔鳴り二つが重なった。まるで図ったかのような同時。距離が開いたこの瞬間を、互いが互いの得意――居合で迎えるための納刀。よく出来た殺陣めいて、宙を貫く音と音がぶつかり合う。
音が互いに届く前に、二人の青眼が互いを射貫く。
(――征きます!!)
すずなが目を見開き、
(――来なさい!!)
サクラが応ずるように笑う。
ば、と爆ぜる音が重なる。二人が蹴り飛ばした樹が同時に、耐えかねたように中途からへし折れた。二者の身体が、吸い寄せ合うように再び接近。
すずなの眼にはいまや、世界が鈍化して映る。折れて倒れ行く木の幹が、まるで泥に沈むかのように遅い。
――木が倒れ、地につくその前に。
鈍化した世界の中で、すずなとサクラは、対手を
鯉口を切るもまた同時!!
禍斬唸って桜燐咲き散る! サクラが抜いた刃は桜色の火燐を捲き、一閃にて狂い咲き狂い裂く殺人剣。
――これぞ桜花流秘奥義、『桜花狂咲』!!
抜くと同時に桜色の斬撃が閃く! 軌跡より分化する無数の剣閃がすずなに襲いかかる!! 一刀にして同時多面に咲き誇る斬撃は、息を呑むほどに美しい。
対するすずなの剣は抜刀と同時にその尖端がぶれ、残像めいて分化する。これは攻めの極意たる無窮に、四所同時の急所突き――覇天四段の極意を掛け合わせた、新たなる奥義!
斬風轟く!! 無窮・『
すずなの剣の鋒もまた、乱れ咲く桜花に応える如く、一閃にて無量の太刀風を成す!!
――激突ッッッッ!!!!!
互いに振るったは唯一刀、しかしぶつかり合い弾け合う剣戟は万雷の如し! 銀と桜が刃鳴散らし、刃の音が天を衝く!
相殺と言うには余りに烈しく、正面から食い合う二つの剣嵐。搗ち合い爆ぜる剣風が身を裂こうとも、もはや止まってはいられない。ここで終いは余りに惜しい。
すずなとサクラは手にした刃を互いの首に閃かす。
極技のぶつかり合いによる激音に、実剣の立てる音が一際高く綯い混ざる。
――神とて間に分け入れまい。月さえ魅入るこの剣舞。
夜も、二人も、未だ終わってはいない。
どおうッ!! 折れた樹が今更のように地面に臥す轟音さえ、二人はもはや意に介さぬ!
「続けましょう」
「是非もない!」
すずなの声に当然と応えるサクラの声。竜胆と禍斬・華が、月を照り返して斬弧を描く。
血を流しながらも、少女らは止まらない。――修羅の舞踏は、未だ始まったばかりなのである!