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永縁に溶けぬ雪の場所にて
登場人物一覧
その身は波と結びつく。神秘にその身を傾けたリックにとって、銀の森で聞いた英雄譚は憧れであった。
精霊種――魔種『メルカート・メイズ』の迷宮が鉄帝とラサの狭間にある銀の森に出現した際、助力を申し出た炎の精霊種から存在が確認されたそれ。
混沌世界に存在する数多の自然由来の事象が混沌に漂う力と結びつき、長い時間を経て形を得た特異的な存在達はその存在が確認された銀の森以外にも多数或るらしい。
リックにとって、海もなく静かな湖畔に佇む氷の精霊たちの住まう銀の森は『居心地』の良い場所であった。
観光地ともいわれた銀の森の、人が足を踏み入れぬような場所を精霊たちが根城とし、その清廉なる空気が精霊種達には大変心地よい。ふわり、と浮かぶ自然由来の事象たちである精霊種がこの場所を好み、氷の精霊『エリス・マスカレイド』と語らうのは当たり前のことだったのだろう。
女王エリスは言う。
此処から先、人々が多く訪れる場所である銀の森の『雪泪』。
とぷりと沈み込む湖の中、『失われた古代兵器』の残骸が残っているのだという。この森に戦禍をまき散らす悲しい思い出――精霊種と精霊はその存在が異なり、精霊たちにとって人々の争いで美しい棲家を追われる事はあってはならない事であった。
美しく、そして人の手も及ばぬ場所。そう言った場所を好む精霊たちも少なくともいる。銀の森に精霊種達の棲家があるわけでもなければ集落があるわけでもない。
精霊種達は事象と結びつきどこかで生まれ、行く当てを探し、偶然にも此処に辿り着く。
銀の森は、そういう場所だ。
ふわりふわりと楽し気に遊ぶ精霊たちが銀の森に存在し、その銀の森で最も力を持つ氷の精霊エリスがその共存を是としているだけなのだろう。
「人が、ここを穢さなくてよかった」
そうすれば精霊種(どうほう)が沢山顔を出すかもしれない、とエリスは穏やかに言う。
――溶ける事ない雪化粧に温暖な砂漠の空気が混ざり合う幻想的な場所。
ガイドブックの一文を求めて足を運ぶ者たちは多数いる。そうして、この場所が穢されることは我慢ならなかったのだとエリスは小さく告げた。
刹那気に目を細め、エリスは小さく笑う。
「人など、信用ならぬと思ってました。けれど――違うのですね」
そう、英雄たちは思わせてくれたとエリスはリックへと振り返った。
冷ややかな氷の美貌に讃える笑みは何処までも美しい。溶けない万年雪は彼女たちの存在によるものなのだろうが、隣接するラサより流れ込む暖かな風が心地よささえ感じさせる。
「あなたも、憧れたのでしょう?」
柔らかに、エリスはそう言った。
誰もがそうだった。精霊種達は皆、精霊(じしんのどうほう)が傷つけられることを厭うていた。
特異運命座標となる精霊種。
長きを生き、人々とは異なる精霊。
その似通っていて、違う存在。それでも尚、心地よい隣人として成り立つ関係性。
銀の森に生れ落ちた精霊種達は、其処に住まう精霊たちと共存し、日々をのんびりと過ごして居たかった。
――魔種による窮地より救ってくれた特異運命座標に『自身たちがなれたなら』話は別だ。
「あなたも、特異運命座標(かれらとおなじ)なのでしょう?」
エリスはリックに微笑んだ。
「ならば――どうか、英雄たちを助けてください。
私や、私の可愛い配下(こどもたち)はこの森を離れられません。精霊はそこに有るべきなのですから。
ええ、けれど、貴方は精霊種。何処へでも行ける。どうか、どうか、この世界に救済を。
そして、英雄たちの力となってください。私達には出来ぬことを、貴方が――」
エリスは微笑む。氷の美貌に乗せた哀愁は私も、と乞う様なものであっただろうか。
「おれっちが――」
英雄の力に。
繰り返したリックは立ち上がる。
さあ、ローレットまであと少し。これから彼の冒険が始まるのだ。