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SS詳細

うつろなふたりの起源

登場人物一覧

御幣島 十三(p3p004425)
自由医師
ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924)
鋼の咆哮

 いのちとは、管理されるべきものである。
 この国はそうして統治されていた――

『生命期限が過ぎました――』
 アナウンスが流れる様子を只、ぼんやりと眺めている。
 猟犬と呼ばれるオートマタにより徹底した飼育と管理の許、効率的に種の存続を続けていた。
 管理番号で名を呼ばれ、歩むべき未来はその個体の毎に決定される。
 それこそ、いのちをデータ管理し、より効率的に種を存続させる研究の成果である。
 無論、それ故に『命(個体)』が増えすぎる事も抑えねばならない。
 だからこそ管理される個体の生命には確固たる期限が設定されていた。
 リミットを迎えた日、それはその人間たちの運命を大きく変える。
 生命期限の過ぎた個体は国よりの援助は途絶え、医療機関の使用さえも禁じられる。
 その前日までは医療機関に罹っていた患者であれど、生命期限が途絶えた瞬間に一切を禁じられ、人々からの援助からも隔絶される。

 ぜ、ぜ、と肩で息をした管理番号「EA2B0013」
 その個体の職業は外科医。個体として生誕した際に決定されていた道だ。
 彼の個体としての生命期限が過ぎ、期限切れとなった彼には医療機関も国家の援助も存在していない。
 医師としてそうした期限切れの患者への医療を絶った事とて彼には山のように或る――今になって彼の心には罪悪感が浮かんでいた。

 生きたい。

 それは人間としての当たり前の感情だ。
 生れ以て、国家を否定することなく社会の在り方を肯定してきた「EA2B0013」が抱く事もないと思って居た感情だ。

 生きたい。

 それは、今まで自分が見捨てて来た個体たちもそうだったのだろうか。患者出会った時は尽くし、『期限切れ』になってはすぐに手を放す。
 そうして苦しみながら死んでいった者たちが居るのだろうか。
 悔やんでも悔やみきれぬ。嗚呼、悔やむ事なんて、あっただろうか。
 いいや、その時の判断は正しかったはずだ。社会はそうした『決まり』だったのだから――!

 生きたい。

「――『EA2B0013』」 
 静かに、そう呼ぶ声がした。ゆるゆると「EA2B0013」は顔を上げる。
 ヴァトー――自身を幼いころから『飼育』していた猟犬だ。
 冷静で無感情。彼にとっては管理すべき個体がそうでなくなった、『廃棄すべき個体』に変化しただけなのだろう。
「ッ――」
 見上げる「EA2B0013」は生きたいと口にした。
 その言葉にヴァトーは目を見開く。
「……生きたい、か」
「生き、たい」
 助けてくれ、と懇願した。「EA2B0013」は怯えた儘にヴァトーのズボンの裾を握る。
 泥に塗れようと、彼は気にする素振りはなかった。恐怖に歪み切ったその表情は幼い頃より見て居た「EA2B0013」には今までなかった感情ではないか。
「……アンタを上層のオートマタへ紹介しよう。
 命の期限切れであれど、管理の枠から外れれば多少は良くしてくれるかもしれない」
 管理すべき命ではなく、誰かの所有物であれば。
 そう考えたヴァトーの言葉に「EA2B0013」は緩やかに頷いた。

 何でもする、何だってする、だから、生きたい。助けて、欲しい。

 震える手でそう言って、上層のオートマタに懇願したそこから彼の運命は流転する。
 何でもする、ならば、と、その身は我楽多が如く弄ばれた。ヴァトーが見れば見る程に日に日に傷だらけになって弱っていく。
 こんなの、死んだ方がましじゃないのか。猟犬たる彼の『知識』の上でもそう思える男の体は擦り切れ、感情が荒んでいく。
 何度も大丈夫かと声をかけた。そのたびにゆるく笑うだけの彼にヴァトーは唇を引き結ぶ事しか出来ない。
 この道が間違いだったのだろうか……?
 いや、この社会が間違いなのだ。そう、猟犬は認識していた。
 だからこそ、今日があった。彼を管理すべき自分が、その管理の輪から抜け出すべきだと、認識したのだ。
「『EA2B0013』――」
 暗がりに連れ込み、彼はその首筋に刻まれたコードを口にした。
『EA2B0013』は彼の名前ではなく、彼の名を呼ぶ事さえ叶わぬ管理するべき猟犬。
 それでも尚、彼はこの世界(ばしょ)から逃げ出したかった。
 手を差し伸べ、俺と逃げようと言えば彼はどんな顔をするだろうか――?
「俺と―――」

 ずぶり、と。

 確かな音がした。ヴァトーが見下ろせば『EA2B0013』の頭が見える。
 まるで背から抱き締める様に、きつくナイフがその身体を抉っている。
「ッ、」
「もう――死ぬしか」
 震える声音が響く。
「……ヴァトー……、一緒に死んでくれ」
 そんな、告白めいた言葉。先に口にするんじゃない。
 そう言いたくて伸ばした指先は届かない――届かない、筈だった。

 ――
 ―――
 目を覚ませば、其処には美しい青空が広がっている。
 傍らには草臥れた様に倒れている『EA2B0013』の姿がある。それが第二の始まりだった。
 一度は死んだ。
 ヴァトーは確かに覚えている。血濡れた『EA2B0013』のその瞳が何かの情に濡れていのちの終わりを懇願した様子を。

 鳥が歌い、花が踊る夢と希望に溢れたテーマパークの『殻』に住まいを移したヴァトーの前には空中神殿に呼び出されてから姿を消していた『救いたかった男』が存在している。
 ただ、向けられた視線の意味はまるで違う。
「『EA2B0013』」
「――呼ぶな!」
 低く、疎ましく思うかのような声音が地を這った。睨み付ける様に、紫苑の瞳が見ている。
 『EA2B0013』――十三は苛立ちの儘、ゆっくりと歩を進める。
「一度死んでからのやり直しだ。俺とお前は関係ない」
「そんなことはない。あの時、お前は救って欲しいと言った。俺も、お前を救いたいと――」
「『お前が弄んで殺した』のに!?」
 ぎ、ときつく紫苑が睨み付けてくる。ヴァトーは違うと首を振った。
 目の前にはあの時救おうと手を伸ばし、一緒に死んでくれと背にナイフを突き立てた男が立って居る。
 傷だらけの体は癒され、その荒んだ心もなかったかのように修復された『知らない名前の男』が。
「『EA2B0013』……」
「ッーーあんな世界、医者なんて必要なかった。
 生きれる期限が決まってる世界でさ、医者なんて意味があるの?」
 生きれる期限。生きる期限が過ぎ、その管理者たる猟犬のヴァトーに殺された。
 そう認識する十三に触れる事はヴァトーには叶わない。
 ただ、その手を取って俺と逃げようと一言。そう告げようとした運命は何処でこうもねじ曲がったか。
 その土気色の肌に刻まれた傷を指先なぞり癒したかった。
 その紫の瞳が只、歓喜に満たされる姿を見たかっただけなのに。
 共に生きようと、その言葉を告げたときの彼が見たかったのに。
 今は救わんとした自身こそが彼を弄び、痛め付けた張本人だと思われているのだ。
「……命にふさわしいかどうかは、その人間の行いだ。
 期限など関係はなく、データの上で決められた数字ではない」
 猟犬たる彼が愛を抱いたのが罪であったのか。
 それとも、管理されるべき彼が分別を持てなかったのが罪だったのか。
 不適合を呪えど、鈍感な彼にはヴァトーから向けられる視線の意味は分からない。
「『猟犬』が何を言う! もう二度とお前になんか殺されて堪るか――!」
 暗がりの遊園地に軽やかな音色が躍る。
 手にしたフラスコより液体をまき散らし、手を伸ばし『話をしよう』と甘言を口にする猟犬を振り払う様に十三が動く。
 地に落ちた液体より一気に火の手が回った。ちり、と頬を掠めたそれを避ける様に、十三がヴァトーに苛立ちをぶつける。
「『EA2B0013』、お前は俺が救って見せる」
「ほざくな、木偶人形が騒ぐなよ。首が飛ぶぞ!」


 焔が僅かに上がる。頬を掠めたそれがヴァトーの体に奔る電子を僅かに焼いた。
 青白い光を伴い、電流と共に十三へとヴァトーは詰め寄った。
 その身体を捻るように掴む。腕がぐるりと回り、十三がヴァトーの腹へと蹴りを放った。
「ッ、離せ!」
 苛立ちの儘、その体が倒れていく。
 危ないと、咄嗟な動きだった。
 手を掴み取る、その数センチ。
 僅かに視線が交錯して振り払う様に離れた。
「ッ――」
 背を向けて走り出す。初めて握りしめたその指先は想像していたよりも余りに細く、そして、弱弱しいものであった。

 ――命の期限切れ。

 嗚呼、そうは言っても生きて居て欲しい。そのいのちが不和しいものかは分からない。
 気づけば降り出した雨が焔の気配を消していく。
 十三の咥えていた落ちた煙草を拾い上げ、ぐしゃりと潰す。
 錆び付いた遊園地に残る烟を肺一杯に吸い込んで、吐き出した。
 見上げた空は暗雲に隠され、今だその記憶の様に昏闇を残すだけだった。

  • うつろなふたりの起源完了
  • GM名夏あかね
  • 種別SS
  • 納品日2019年07月22日
  • ・御幣島 十三(p3p004425
    ・ヴァトー・スコルツェニー(p3p004924

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