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計画的連行
登場人物一覧
●あらすじも飛ばして
「で、ここが陽往のふるさとというわけか」
「おー。じいちゃんは初めてだよな。じゃあ……調理場いくか」
「ほう」
「興味あるのか?」
「そりゃのう、いくつになっても興味は尽きんわい」
「おっちゃんはおっちゃんやな」
「だな、じいちゃんが楽しそうなら俺はそれがいちばん嬉しい!」
「私も、一緒やな」
「だなー」
到着してみれば成程、ラサに近いほど近い其処は気温も高く、スパイシーなものが好まれるのも納得というものだ。乾いたスパイスならば焼いてまぶすだけでいいし冷蔵庫で冷やしておく必要もない。
それにラサに近いともなればそういった香辛料の方が流通量も多いだろう。おおむね善吉の見立ては間違っていなかったということである。
「幻想に近いから森もあるけど、ラサにも近いからちょっと気温が高いんよなぁ」
「なるほどのう、それならば諸々合点がいくというものじゃな」
「やっぱこっちのほうが暑いんだけど、カラってしてるからじめじめしてないしいいところだろ?」
「そうじゃのう。来てよかったわい」
嬉しそうに尻尾を振っていることには気が付かず、上機嫌に進んだ陽往。そんな姿に真那はにやにやと笑いながら陽往の背中を追った。
広がる空はとても青く、眩く、これからの期待を示すように、美しい鳥が翼を広げていた。
ゆっくりと歩く善吉をせかすように、手をとられ背をを押されしまいには荷物までとられ、そうして三人は、宿泊先の家まで足を進めた。
●そこに広がる初めての景色は
「ふむ、ここに泊まらせてもらうというかたちでいいのかのう?」
「おう! 俺がちゃぁんと許可ももぎ取ってきたんだぜ?」
「許可ってもぎとるもんなん?」
「真那、聞かんかったことにせい」
「はぁい!」「なんで?!!」
与えられたのは村の中央から少し離れたところにある一軒家。近くには肉屋に八百屋、魚屋があることから調理練習もしやすいだろうという配慮まで見受けられた。
「さて、ハルよ」
「ん?」
「まずは親御さんのとこに案内せい」
「あーい」
「あ、私も行く!」
そうして連れられて、森の近くまでやってくる。陽往が自警団を務めていたのも納得できるほど暗い。それとなく話は伺っていたものの、改めて目にすると驚く善吉であった。
「インターホンとかはないのかのう」
「ねえ。かあちゃぁーーーーーん!!!!」
突然叫びだした陽往に目を見開く善吉と耳をふさぐ真那。これはさすがに驚いたのだが、いつものことだと言いたげに母親らしき人物が奥から出てきた。
そして小さな兄弟たちも、うしろからひょこっと顔をだし。
「ったく、いつまでたっても元気だね! あら、この人たちは?」
「前にいったろ、覚えてねーのかよ。
こっちが月待真那……さん、俺の相棒。俺と同じくらい食う」
「真那です! 真那って呼んでくれると嬉しいです!」
「んでこっちが鶴岡善吉さん、スカイウェザーのじいさん。俺の胃袋をわしづかみにしたひと」
「鶴岡と申します、いつもハルくんにはお世話になっております……つまらぬものではありますが」
「あら、気にしなくっていいのに! それよりお友達と店主さん自ら出向いてくださるなんて、果報ものねぇアンタ」
「だろ?」
「いばるないばるな! あ、そうだ、二人もどうぞ。普段この子が何してるのかも聞きたいし!」
「ちょっと母ちゃん!?」
「あ、なら小さいときのハルもみたい!」
「いいよお、おいでおいで!」
「…………まぁ、そういうことじゃ、お邪魔するぞ」
「くっそ……」
「はっはっは、まぁ堪忍のう」
「じいちゃんからかってるだろ!」
陽往の実家は三階建ての洋風建築。移住民なのかと思っていたがそうでもないらしい、中には練達性の家電や旅人由来の雑貨など様々なものがそろっていて成程カムイグラと幻想を足して二で割ったような感じだった。
「これがハルのちっさいとき? ほんまにちっさいやん!」
「う、うっせーーーー見てんじゃねえ!!」
「無理やって、諦め―や!」
「男にはプライドってもんが有んだよ!!」
「でも今はうちより高いやろ?!!!」
「たしかに……」
納得したのかそっと退く陽往を押しのけて、真那は壁に飾ってある写真を見てはきゃっきゃと声をあげ、それに陽往は顔を赤くしたり青くしたり。
弟や兄、姉に妹とたくさんの兄弟が顔を出すから、ひとりひとりを紹介しているところまで微笑ましい。父親は仕事で外に出ているらしく今は会えなかったものの、時間があえばまた会いに行くと言う言伝てを預かっていた。
「善吉さん、ハルのことありがとうございますね」
「いえ、こちらこそ、お母さん。わしも歳ですから、彼らには助けられておりますのじゃ」
「……あの子、昔弟と遊んでいたときに、弟を見失って怪我をさせてから笑うことが減ったんです」
「……」
弟の一人をみる。その片目は髪で隠されて、失明を伺わせた。顔に残る傷。それも実の弟で、今よりも幼い時で。それを気に病まない兄などどこにいようか。善吉は目を伏せてただうなずいた。
「だから、善吉さんや真那ちゃんの話をしてくれたとき、すごく顔が明るくって、気になっていたんです、どんな人なんだろうって」
溌剌と笑う彼の姿にそんな面影はひとつもない。ただ食べることが好きで、身体を動かすことが好きな、明るい少年のそれだと感じていたからこそ、善吉は驚いていた。
「……だから、ありがとうございます。来てくださって、とっても嬉しいです」
深く頭を下げる母親にたいして、頭をあげるように促した善吉は、頭を下げて笑みを浮かべた。おたがいさま、なのだ。
「いえ、こちらこそ。
陽往くんの口から祭に誘われた時こそ驚きはしましたが、彼が彼なりに変わろうとしているしるしなのやもしれませんな」
「まぁ、泣かせてくれますね!」
穏やかな日々。それらを自らの手で失ってしまったという後ろめたさ、後悔。
少年が少年であるためのトリガー。
此処に来ることがなければ知らなかったであろう事実に善吉は目を細めた。
「……わしも決着をつけねばならんのう」
その表情に笑みはなく、その声には悲哀が漂う。寂しげに揺れる瞳には、過去を懐かしむような色が滲んでいた。
夕焼け空には、カラスが一羽飛んでいた。
孤独を示すように。