SS詳細
伏見先生。
登場人物一覧
●再現性東京のすがた
「えー、と。前回はどこまで進めたか」
「たぶんP172の、共有電子対のところだと思います」
「お、そうか。有難うな。じゃあ授業を始めるぞ。
の、前に宿題チェックだ、おら、ノート前に回せー」
「えっ先生ずりぃ、今日中って言ってたじゃんかよー!」
「俺の気まぐれだ、早めにやっとくのが高校生っつーもんだろ」
「そーかもしんねーけどよぉ!」
「お、山崎は忘れだな、よーし成績1と」
「なっ、ま、タンマだって、な!?」
大きく賑わう声がする。
此処は再現性東京高等部の一年の教室。
希望ヶ浜学園高等部理科教師という長ったらしい肩書を引き連れて、行人は練達へと潜入していた。
最初は戦いも知らぬ彼らに何が教えられるだろうと考え、目の下に隈を作ったり紙で指を切ったりと割とうっかりしているところも見せてしまったものの、数か月もすれば人気教師の仲間入りである。
「で、共有電子対は電子対と不対電子でできてたりできてなかったり。まぁ具体例をあげるのもいいけど、それだと面白くないからな。
班ごとに何が不対電子がある原子か考えてみろ。結合したときにあまる原子があるやつってことだからな。わかんなかったら俺呼んでもいい。じゃ、スタート」
はい! と勢いよく手が挙がる。苦笑を浮かべながらも駆け寄り、詳しい説明をしてやるとああ、と理解してくれたようだ。教師とはこの顔が好きなのだろうな、と思う。やりがいを感じるのもこういう瞬間だ。
端が薄汚れてきたノート、折れたり付箋が貼ってあったり、蛍光ペンでマーカーが引いてあったりすると少しだけくすぐったくなってしまって。ただ、その分しゃんと背は伸びるから、今日もチョークをもって生徒と向き合うのだ。
●昼休みは戦争
「失礼します。一年のイウズです、伏見先生いらっしゃいますか?」
「あーい。ちょっと待ってろよ」
「はいっ!」
授業間の間では時間が足りなくて、移動教室の前ならばもっと足りなくて。
だからこうして昼休みを利用して授業の補足を聞きに来たり、理解できなかった範囲をもう一度説明してもらったりと、勉学に自信がなかったり苦手な教科であったり、そういった生徒が職員室を訪れる時間帯が昼休みである。
「今お昼でしたか?」
「だな、まぁお前が気にすることじゃねえよ。でも弁当は持ってきていいか?」
「私もお腹すいてたので持ってきちゃいました、先生が良ければ一緒にどうですか?」
「お、いいじゃん。じゃあ向こうの階段のとこでいいか、さっき見た時向こうの自習スペース埋まってたんだ」
「はい、じゃあ先に行って待ってます」
「おう」
たったった、と駆けていく背中はどこか嬉し気で。その気持ちを知ってか知らずか、行人はため息をついた。
「またですか」
「そんなこたぁーない、きっと違う」
「はは、どうだか」
『もてもてなのだわ!』と笑う声が聞こえたり笑っている同僚も居たり。同じ
「おい、ネクタイ曲がってるぞ」
「え、嘘」
「嘘じゃねえ。あとで直しとけよ」
「はぁーい」
それでも先生である以上は真剣に生徒と向き合わねばならない。行人は教科書とペン、それからコンビニの袋を持って廊下を歩いた。
(こういうとき、廊下を走れないのが『先生』の面倒なところだろうな……)
「あ、ごめんなさ、先に食べてました」
「大丈夫、んで、どこがわかんないんだ?」
「あーえっと。この共有電子対が不対電子を出し合ってくっついたやつ、ってことはわかるんですけど、なんかここの、あまったやつがどうなるのかがいまいちわかんなくって……」
「あ、そこか。そこは結構躓くやつも多いから次も説明するつもりだったんだけど、じゃあお前は
昼下がり、二人きり。お弁当を持って、先生と生徒だけで。
こういうところだと思う、と同じ
「先生、優しいですよね、ほんと。すきです」
「はは、俺も生徒のことは好きだよ。あと弁当の玉子焼き」
「…………甘めですか」
「どっちも。だしが効いてるのもなかなかうまい」
「私は甘めの方が好きです。ひとくちあげましょうか、手作りなんですよ?」
「お、じゃあ貰おうかな。生徒と弁当交換会とか楽しそうだよな……」
「先生がうちのクラスの担任持ったらやりましょーよ!」
「はは、考えといてやる。っと、そろそろ五分前。わかんねえところはない?」
「あーーー……ほ、放課後。放課後にまた来ます!」
「はいよ、じゃあ来いよ。俺は次も授業があるから、先に。じゃあな!」
弁当箱を手早く片付けて走り去って。結局その弁当から減ったのは玉子焼きだけではないか。
「……先生のばか」
●そして夕が満ち
「二十分遅刻」
「いてっ! でも掃除当番だったんです」
「ならまーしゃーなしってやつだな。で、どこがわかんないんだっけ」
「えーっと、ここの問い三、かな……」
「俺の見てない間に問題を進めたな?」
「はい」
「……理解はできてるんじゃねえの? もーちょいこの辺解いてみ」
「はい。でもいいんですか?」
「ん? 何が」
近くの自習スペースの椅子を引き、隣に座って。行人は範囲に軽く目を通し、化学の面倒な範囲だと肩を落としながら話を続ける。握ったペンをくるくる回しながら生徒は不安げに此方をみた。
「だって時間とか……先輩とか来るんじゃないですか」
「さぁなぁ。この時期ならまぁあるかもだがここにいるし聞かれたら答えればいいだろ。ただ、」
「ただ?」
「今日の先約はお前だから優先順位はお前小なり来たやつってことになる」
「…………はーーーーーーもーーー先生嫌いですばかばか」
「お、教師になんて口の利き方だ?」
「えへ」
教科書でかるくこつん、と頭を叩く。これくらいの距離感。
そう、誰に対しても。
それが先生であるということだから。
希望ヶ浜学園高等部理科教師の伏見行人。
たまに勘違いしちゃったり恋しちゃったりする生徒も出してしまうなかなか曲者な先生。
性格は気さく、話口は大胆、ちょっと荒い。
生徒思いな優しい先生です。
気になったなら職員室で名前を呼んでみましょう。
赤点を取らないように手を尽くしてくれますよ。