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登場人物一覧

津久見・弥恵(p3p005208)
薔薇の舞踏

 じりじりと焼けるような暑さと、揺れる蜃気楼。夏雲が生ぬるい風に吹かれ、形を変えていく。湖畔のロッジに馬車が止まる。
「ああ、夏ですねぇ」
 馬車から降り、津久見・弥恵 (p3p005208)は日差しに目を細める。
「そうねぇ」
 答えるのは、気ままな財産家。弥恵は彼女と同じ麦わら帽子を被っている。フィーネは伸ばされた、弥恵の手を掴み、ゆっくりと降りていく。湖畔のロッジ、フィーネはこの場所を知らない。さまざまな催しの合間の、休息。恋人達との予定を全て断り、フィーネはこの舞姫との約束を優先した。恋人達は嫉妬と憎みが混じりあった最高の表情を見せた。醜くて笑ってしまう。ただ、フィーネは愛を知らない。それに、ある程度の執着を見せられれば、この手を残酷に離してしまう。
「あら?」
 フィーネは汗をハンカチで拭いながら、澄んだ夏の香りを知る。水面が風に波打ち、トンボがフィーネの帽子に止まる。
「あ、フィーネ様」
 弥恵が目を丸くする。フィーネは弥恵を見上げる度に、弥恵の無防備さと無邪気さに触れる。十代だった頃、自分も彼女と同じくらい、何かに驚いたり喜んだりしていたのだろうか。いや、覚えていない。それとも、忘れたいと思ったのだろうか。
「──しずかに」
 フィーネは真面目な顔をし、すくに弥恵に抱き付く。
「なっ!? 突然、抱きつかないでくださいまし」
 弥恵は驚き、フィーネはくすくすと笑う。
「良いじゃない? そこに貴女がいて、抱き留めてくれると分かっていたのだから」
 飛んでいくトンボ、恋人のように弥恵とフィーネは、じゃれ合う。

 部屋。水滴が滲むロンググラス。弥恵はフィーネをちらちらと見つめている。フィーネは景色を眺めている。弥恵は、彼女が気になって仕方ないのだが、弥恵自身の言い訳としては『キ、キスや媚薬を飲まされたら大変ですからねっ!』とのことである。一方で、フィーネは自らを見つめる弥恵にふっと笑い、思い出す。弥恵は真っ赤な顔で言葉を噛みながら、フィーネを湖畔のロッジに誘ったのだ。真新しいロッジはオープンして一週間も経っていない。
「これはデートなのかしら?」
 意地の悪い質問をすれば、案の定、弥恵は涙目になったが、弥恵もまた、このやり取りを楽しんでいるように思えた。
「貴女がわざわざロッジを見つけてくれたことも、あたくしを誘ってくれたこと、どちらも嬉しいの」
 フィーネの言葉に弥恵は、ぱっと嬉しそうな顔をし、「ならば、今から頑張って予約してみますっ!」と張り切ってみせたのだ。

(フィーネ様は今、何を考えているのでしょう)
 弥恵は息を吐く。フィーネに視線を向けられる度、弥恵の調子は狂う。重ねた唇を思いだし、自らの唇に触れてみたり、フィーネの唇をじっと見つめることもあった。
(予約が出来て本当に良かったです。これで、今日と明日はフィーネ様を独占できます)
 フィーネを見つめながら、弥恵は安堵している。ロッジはとても人気で、弥恵が予約の電話をした際にはキャンセル待ちしか無かった。
「……」
 遠くを見つめるフィーネに惹き付けられながら、弥恵は自らの服を気にかける。グレイのロングワンピースに、ブラウンのサンダル。利き腕にはピンクシルバーの腕時計を付け、弥恵は髪を結んでいる。夏らしくて上品な格好を心掛けたつもりだ。
(フィーネ様の好きな服装だと……良いのですが……)
 ちらりと見れば、フィーネの赤珊瑚のイヤリングが揺れ、金色の瞳が細められる。弥恵は無意識にフィーネの形の良い唇を見つめ、ハッとする。
(わ、私は一体、どこを見てっ!?)
 弥恵はかぶりを振る。最近、弥恵はフィーネのことばかり考えている。
(どうせなら媚薬は口移しで……ぁぁ、フィーネが無理やりするのが悪くて私は……)
 色々と、とっちらかる。
「あ、う……」
 また、見てしまった。フィーネはとても涼しげで額には汗すら浮かんでいない。シックなフラワーレースのワンピースはグリーン。弥恵はふと、目を細めた。思えば、髪の長さが違うような気がする。
(どうなっているのでしょうか?)
 グラスを傾け、喉を潤す。弥恵はフィーネのことを知らない。だから、知りたいと思う。グラスを持ったまま、じっと、見つめてしまう。きっと、見とれていた。
「どうしたの? キスでもしたくなった?」
「はひゅんっ!?」
 唐突に声をかけられ、弥恵は、びっくりしてしまう。金色の瞳。何かを考えているような、嗜虐的な笑み。弥恵は顔を赤らめる。
(驚かせようとわざと、あのタイミングだったのでしょうか)
 くすくすとフィーネは笑っている。
(あれは絶対、わざとですね……)
「あの! フィーネ様はショートボブなのでしょうか?」
 ただ、好奇心は止められない。
「髪?」
 フィーネは小首を傾げ、細い指先で自らの髪に触れる。弥恵の意図が掴めず、フィーネは目を丸くする。その仕草は、いつもと違い、無垢な少女のよう。弥恵は目を細めた。知らないことを知ることはとても、幸せなことのように、思えた。今日のフィーネは、バニラの香りがする。香水だろうか、甘くてほっとする。
「ええ、そう。前下がりショートボブなの。前髪はなしでね。だって、色々と邪魔でしょう?」
 艶やかに微笑み、フィーネは回ってみせた。甘い。
「どう? 似合う?」
「ええ、とてもよく、似合っているのですよっ!」
「ありがとう、貴女も素敵よ」
 フィーネは笑い、弥恵の手からロンググラスを抜き取る。弥恵は瞬時に服装を褒められたのだと理解する。顔が熱くなる。細かな氷がぶつかり、からりと音を立てる。爽やかで冷たい音。夏の記憶が音に導かれる。
「──いただくわ」
 フィーネは弥恵が何かを言う前に、グラスを傾け、アイスティーを飲む。何故か、そんな些細な動きでさえ、フィーネは美しく、弥恵はいつだって、沈黙してしまう。弥恵の視線は無意識にフィーネの艶やかな唇に向かう。
「素直なひとね」
「わっ!?」
 冷えた右手が弥恵の顎先、喉、首に落ちていく。びくりとする弥恵。
「あ、あ……フ、フィーネ様……何を……?」
 弥恵はどぎまぎしてしまう。真剣な眼差し、フィーネは服を脱ぎ始める。
(まさか、このまま、あのベッドで……!?)
 弥恵はフィーネを見たまま、固まる。くすりと笑うフィーネ。
「悪いわね……あたくし、もう、我慢出来なくて……」
 フィーネはバッグを開け、何かを取り出そうとしている。
(な、何が出てっ……!? え、え、ちょっ!?)
「ま、真っ昼間からそんなっ……ま、待ってください! シャワーとか」
 大パニックである。
「あら、どういうこと?」
 フィーネは口角を上げる。
「へ?」
 きょとんとする弥恵。見れば、フィーネはバッグから、淡いブルーのタンキニ水着を取り出し、するりと纏う。
「ま、紛らわしいですっ!!」
 弥恵は座り込み、フィーネを睨み付ける。
「あらあら。ね、泳がないの?」
「泳ぎますっ! 水着もちゃんと持ってきたんですからね!」
 弥恵は叫び、一瞬で水着を着てしまう。くすくすと笑うフィーネの手を弥恵は掴み、走り出す。
「行きますよ! あ、準備運動はちゃんとしますから!」
「貴女、怒っているの?」
「誰のせいです?」
「……あたくし?」
 フィーネは笑いながら、水着姿の弥恵を見た。髪がゆらゆらと揺れ、何もかも美しい。
「とても、眩しくて……最高の夏よ」
 フィーネは呟く。宝石のような日を、弥恵は贈ってくれる。

  • Jewelry完了
  • GM名青砥文佳
  • 種別SS
  • 納品日2019年08月03日
  • ・津久見・弥恵(p3p005208

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