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アイロニック・テーブル・シェア
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- ナイジェル=シンの関係者
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深夜、某所の酒場。
小さな灯りがいくつか吊るされた、薄暗い室内。バーカウンターと小ぶりな丸テーブルをいくつか設えた店内で、酒場の主人は木製ジョッキをすすぎながらカウンターを見やった。
「……お客さん。そろそろ閉店だよ」
「ん―――…………」
不明瞭な返事をするのは、空のジョッキを手にカウンターに突っ伏した若い女性だ。黒髪で、背中には抜き身の大剣。
女は少し顔を上げ、店主に向かってジョッキを揺らす。店主は深い溜め息を吐いた。
「あのなぁ、いくらなんでも飲み過ぎだぜ。腕の立つ剣士のようだけどな、別嬪の嬢ちゃんが酔ってると見りゃあ追い剥ぎが放っておかねえぞ」
女は緑の瞳で店主を見つめ、さらに強めにジョッキを振った。店主は根負けして再度溜め息を吐くと、女の手からジョッキを取り上げた。
「あと一杯だけだぞ?」
女は頷いた。店主が女に背中を向け、棚に並ぶ酒瓶のひとつに手を伸ばすと同時、木製の扉が開いた。扉の上端についた鈴が来客を告げる。
「いらっしゃい。悪いが、そろそろ閉て……」
ゆっくり振り返りながら言った店主は片眉を吊り上げた。
酒場に入って来たのは、黒い牧師の服をまとった色黒の男だ。牧師、ナイジェル=シンはバーカウンターに近づいていく。
「そろそろ閉店のところ済まないが、彼女と同じものを一杯もらえないだろうか。それだけ飲んだら、私は帰ろう」
ピンと背筋を伸ばし、穏やかな笑みを店主に向けるナイジェル。店主は小さく苦笑し、肩を竦める。
「牧師様にお願いされたんじゃあ仕方ない。断りゃバチが当たるってもんだ」
「ふっ……大げさだ」
ナイジェルは笑い返しながら先客の女を見やる。彼はその隣の席を軽く引いた。
「失礼。相席してもいいだろうか」
女は何も言わない。ナイジェルは少し待ってから、女の隣に腰を下ろした。店主がナイジェルの前にジョッキを出す。酒が注がれた器越しに、店主は片手を口元に当て、前のめりの姿勢でナイジェルに言う。
「牧師殿。この酒はタダでいいから、代わりにそこの娘を説得しちゃあくれないかい。来てからずーっとこの有様でよ」
「ほう?」
店主とナイジェルは共に、横目で女を一瞥する。娘は動かない。
「何か、呑まなきゃやってられねえんだろ。ちょっと聞いてやってくれねえかい」
「なるほど。……わかった。では済まないが、彼女に水を。それと……」
「外すよ」
「助かる」
顔を引いた店主はコップを娘の近くに置いて出て行った。
ナイジェルは遠ざかる足音を確認すると、娘を呼ぶ。
「失礼ながら……『賊喰らい』のエダ=シモンズとお見受けする」
直後、娘が身を起こし、ナイジェルを見つめる。赤らんだ顔のまま、娘は問いかけた。
「……牧師様が、どうして私の名前を?」
「いや何、君の名はそれなりに通っていてね。この間などは、君に殺されかけた盗賊に懺悔されたものだよ」
エダは不機嫌そうに鼻を鳴らし、コップの水を一息に呷った。ナイジェルが続ける。
「それで……名うての賊狩りである君が、何を飲んでくれているのか。話相手ぐらいにはなろう」
「別に、懺悔することなんてありませんよ。牧師さまの方こそ、私に何の用ですか?」
「用向きというほどのことでもないが」
そう言って、ナイジェルは酒を口にする。エダは硬い口調で返した。
「聞こえてましたよ。ええ、そうです。呑まなきゃやってられないんです」
エダが額をカウンターに打ちつけた。ジョッキの取っ手を握りしめた手がぎしぎしと音を立てる。
ナイジェルは言った。
「私で良ければ、聞こうじゃないか。少なくとも、腹で醸造するよりマシだと思うが」
「ふふ……牧師さまは、冗談があまりお上手ではないんですね」
暗い微笑みを湛えたエダは、しばしの沈黙をおいてぽつぽつと話し始める。
エダが幼い頃、行商をしていた両親が盗賊に殺されたこと。
間近でそれエダは復讐を誓い、旅の剣士の下で腕を磨き続けたこと。十年修行した末、親を殺した賊を探し始めたこと。
「師匠からも太鼓判をもらって、目に焼き付けたあの賊の顔に、ようやく刃を叩き込んでやれる。そう思いました。なのに……」
そこまで話したところでエダは表情を歪め、唇をきつく噛みしめる。目が潤み、瞳が揺れる。
「あの日から一度だって忘れたことのないあの賊の顔が……急に思い出せなくなったんです……! ただひとつ、両親に繋がる手掛かりが……決して忘れないと誓った、そのはずなのに……!」
顔の前で組んだエダの両手に力がこもり、震え始めた。エダはしゃくり上げ、歯をがちがちと鳴らすエダの隣で、ナイジェルは酒杯を傾ける。やがて、エダが深く長く息を吐いた。
「……けど、賊は賊です。各地のそれらしい者たちを討ち取っていけば、いずれあの男にだって辿り着ける。そのはずなんです……きっと」
ナイジェルは沈黙し、目を閉じた。やがて、静かに口を開く。
「それで、これからも賊狩りを? 君が倒して来た賊の中に、仇がいたかもしれない。既に君は復讐を果たしていたとしても、まだ続けるのか?」
「それでも構いません」
エダは即答した。
「このまま一生、もうこの世にない賊を追い続けるのだとしても……そうしなければ、私は前に進めませんから」
その眼差しから揺らぎ消え、翡翠じみた瞳が真っ直ぐと宙を射抜く。
エダは視線を向けてくるナイジェルを見返し、皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「なにか言いたげですね、牧師様。復讐を止めろと説教をするつもりならお断りですが」
「いや……」
ナイジェルはジョッキを軽く揺らして中身を回し、告げた。
「君にとって生きる糧なのだろう? ならば止めたりはしないさ。だが……それのみに依存して生きるのは些か危うく見えてね。生きる上で、依存するものの数は多い方が良いのだよ」
エダは意外そうに目を丸くした。ナイジェルはエダから視線を外し、呟くように続ける。
「復讐するのは構わない。だが復讐以外にも、趣味や、将来の夢を作るべきだと私は思うが。どうだろう」
「どう、と言われても……」
エダが困った顔で目を伏せた。
「私は、ずっと復讐のために生きて来たし……そんなこと、全部終わってから考えたら駄目なんですか……?」
やや上目遣い気味のエダに、ナイジェルは神妙な面持ちでジョッキを持ち上げてみせる。
「では、ひとまずコレでも楽しみにするのがいいのではないかな? 誰かと酒を飲む、というのでも」
エダが眉根を寄せ、怪訝そうに首を傾げた。
「……もしかして、口説いているんですか?」
「いいや。私には妻が居るのでね。君の最初の飲み仲間としてどうか、というだけさ。他にも酒を交わす仲間を作るといい。そうすれば、少しは酒も美味くなろう」
ナイジェルをじっと見つめたエダは、自分のジョッキを見下ろした。残った酒に、自分の顔が映り込む。
「……そうですね。自棄酒に付き合ってくれる人ぐらいなら、まぁ……。牧師さま」
「何か?」
問い返すナイジェルに、顔を上げた上げたエダは、そっと自分のジョッキを差し出す。
「明日、またここに来てくださいますか?」
ナイジェルは一瞬虚をつかれた顔をする。が、苦笑気味に首を振ると、押し殺した声で言った。。
「いいだろう。……それでは、これから先、君に良い飲み仲間が出来ることを願って。乾杯」
「ありがとうございます。……乾杯」
閉店間際の酒場に、ジョッキ同士のぶつかる音が静かに響いた。
- アイロニック・テーブル・シェア完了
- GM名鹿崎シーカー
- 種別SS
- 納品日2020年12月03日
- ・ナイジェル=シン(p3p003705)
・ナイジェル=シンの関係者