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泥人形は嘯く

登場人物一覧

マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376)
涙を知る泥人形


 クランハウスの大広間では大層騒々しい大宴会が行われていた。
 豊穣の地。<神逐>の果てにローレットが掴んだ劇的な勝利。そして二人の少年がことを為したのを祝う宴会だ。劇的な幕切れ、或いは奇跡ともいえる。女神の天秤が彼らの方に傾いたわけだ。
 クランメンバーだけでなく騒ぎを聞きつけた何人かが酒を持っては宴会に参加する。その騒ぎを聞きつけてまた人が増える、といった具合に人が増え大広間に収まらない規模にまで膨れ上がっている。それもまた二人の人徳がゆえのもの。
 一方で主役の二人は浮世離れした態度でそれを眺めているわけだから不思議なものである。欠片も年相応とは言えない気配。達観と後悔の入り混じった二つの心音が耳に届く。
 どうしたことか今宵の俺は演奏を弾こうという気にならない。いや、一切しなかったわけではないのだが、二、三曲弾いた途端に指が動かなくなってしまった。いつもであれば弾いているうちに興が乗ってくるというのに、しまいには流石に疲れたなどと嘯いて大広間から離れる始末だ。
 窓に反射する己の顔を見る。随分とうらぶれた面持ちである。幸いなのは俺一人が欠けたところで宴会に支障を期さないことだ。主役の二人ならばこうはいくまい。そういう意味では鬼殺しとその弟子には憐れみを感じる。掛け値なしの祝福に参ったのか、どこか居心地の悪そうな姿はある意味では年相応ともとれるのかもしれない。
 礼は……きちんとした形でまだ言えていない。出発の直前、鬼殺しから手を出すなと言われ、疑問を抱くことなくその通りにした。本人の意思を汲んだと言えば聞こえは良い。だがその願いを受け入れたことに自らの意思が介在したかと問われれば、否としか言えない。
 弟子も当然俺と同じことを告げられていただろうに、彼はそれを断った。最後の最後で自分の本心と向き合ったのだ。そうしてつかみ取った未来がこの光景だ。
 罪悪感に似た情念が泥の中に芽吹く。だが、何が償いになるのかわからない。
 やはり俺は泥人形だ。棒切れの如き心が捧げるものも持たずに友の為とまことしやかな人間のふりをした代償だろう。どうせ償いたいという感情に至る誠意すら他者の真似事だ。俺の本質は盗人と大差ない。
 地に伏す泥にとってあの青い翼はどうにも眩しすぎるきらいがある。
 それでも、と。思念に滴る虚無を振り払って人を見る。魅入る。真の意味で対等な関係を持ち得られないと知っているからこそ、彼らの生き様に憧れを抱く。やはり俺はどこまでいっても泥人形の宿命からは逃れられないのだろうか。
 己が身を呪ったことなんぞ露ほども無いが、どこまで行っても理解しきれていないように思える。そう、俺は理解したいのだ。彼らを。人の魂を。それが出来れば泥の枷から、この底無しの沼から這い出ることが出来るのではないかと期待しているのだ。
 隔てた壁の向こうでは朝日を拝むまで終わらないだろう喧噪が続いている。ああした場所を望んでいるのは人に包まれることで自分も同じようにと錯覚するからだ……そうだったのか。
 形容しがたい思念で身体が震えるが、一瞬で沼に沈む。気付いたところで己の愚かさに苛まれることも無ければ激情に煮え切ることも無い。なんとも自分本位な詩人がいたものだ。
 滑稽極まりない存在だ。いやいや人になりたい泥人形とはなんとも可笑しい存在だろうに、そんなことにも気付かなかったのか。馬鹿馬鹿しい。それがどうした。それの何が悪いというのだ。そんなことが彼らと対等になれない理由だと本気で思っているのか。いいやそんなことは無い。本当はわかっているのだ、あの青い翼が眩しいのではない。人の温もりが恋しいのではない。俺は恐れているのだ。他者を理解できないことではなく、己が理解されないことを恐れているのだ。証拠にどうだ、この思念だけは沼に沈まないではないか。強情な奴め、何が詩人だ、何が友だ、己の言葉を何一つ持たぬものに誰が理解の手を差し伸べてくれるものか。どうしようもないのではない、どうしようもなくしているのは他ならぬ俺自身ではないか。




 沼の底から浮かび上がった感情を一つ抱いて、泥人形はクランハウスを出る。寒空の下、傾きだした月に照らされて三角帽子の影が街路に伸びていく。沼の底から踏み出す勇気はまだ、彼の中にはない。

  • 泥人形は嘯く完了
  • NM名ナーバス
  • 種別SS
  • 納品日2020年12月03日
  • ・マッダラー=マッド=マッダラー(p3p008376

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