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巫女のひとりごと
登場人物一覧
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「救世の巫女様、本日もお疲れ様でした」
ㅤ宿屋の一室、その入口にて教会の者から労いの言葉を貰う。
ㅤしかし、その表情から感謝の気持ちは見て取れず、ただの事務仕事なんだろうなぁ、という感想を抱いた。
「ははは、このくらいなんともないよ」
ㅤだから、答える声もどこか乾いたものに感じられる。もちろん、そんなことはないように務めているのだが。
ㅤ──なんでもない一日が何を指すかを、朔・ニーティア(p3p008867)は知らない。
ㅤただ、物心かついた時には、世界からの声が聞こえていた。それに従って救い続けていたら、気づけば巨悪を討ち滅ぼし、“救世の巫女”として祀りあげられていた。
ㅤあれよあれよのうちに教会の所属となり、いつのまにか朔の手柄を教会が持っていくような図式が成り立っていた。
ㅤ現状に不満があるかと言われれば……まぁ有り余るくらいだが、教会の庇護下を離れれば生きていけないので仕方がない。
「ま、今日はこれで休ませてもらおうかな」
「はい、ゆっくりお休みください」
ㅤ──そして明日もコキ使わせてくださいってことかい。
ㅤ教会の者の言葉に心の中で悪態をつきながら、しかし顔には一切出さずに、朔はヒラヒラと手を振りながら扉を閉めた。
「……もういないかなー?」
ㅤ万が一を考えて扉に耳を当て、誰もいないことを確認する。
ㅤ深く大きいため息をひとつ。
「あ゛ーーー疲れたぁ……」
ㅤどっと疲れが吹き出す。吹き出た疲れはそのまま重力となり、立っているのもやっとな状態へと成り下がった。
ㅤ身体が重い。
ㅤあと足痛い。
ㅤ部屋にぽつんと置かれてある椅子に腰掛け、長旅続きでボロボロになった足を治療する。
ㅤその手つきは手馴れたものであり、幾度となく行われたのであることはすぐにわかった。
ㅤ事実、朔のこれまでの旅路は裸足によるものがほとんど。砂漠行脚で焼けてても、森で切ってても関係なく、全てをその二つの足で切り抜けてきた。
ㅤ履物でも履けばいいのだろうが、中途半端な材質の粗悪品ではすぐにすり減ってしまうし、結局裸足の方が歩きやすかったりもする。
ㅤ質のいいものを頼もうにも、教会は清貧アピールで靴のひとつも買ってくれない。
ㅤ全くもって理不尽だ。
ㅤ一体誰のおかげで生活できているのか。
ㅤしかし、そんなことは口には出せない。
ㅤなぜなら、朔は救世の巫女であるから。
ㅤ神の声を聞ける朔は、発言ひとつにも価値があり、その言葉は神のそれに比肩する。
ㅤ下手なことを言えば、教会から変な捉え方……都合のいい解釈をされる恐れもある。
ㅤ例えば、もっといいところで休みたいと言ったばかりに、これ幸いにと神から救世の巫女を丁重に扱えと言われたなんて言いふらし、完全に教会の庇護下に置かれ、実質幽閉のような扱いをされたり……考えただけでも恐ろしい。
ㅤともあれ、朔はいまやおいそれと発言することすら難しい立場にあるのだ。
「はぁー……めんどくさ」
ㅤ足の治療を終えた朔は、鳴り止まない悲鳴をBGMにして聞き流しながら硬いベッドに寝そべる。
ㅤ助けて……いやだ……そんな声に嫌になり、耳を塞ぐ。しかし、もちろん声が止むことはない。
ㅤ依然、朔の頭には救いを求める声が響いている。
「うるっさいなぁ……」
ㅤ両肩にのしかかる重みはなくならない。いくら救い続けても救われない。
ㅤ神の言葉は、その実言葉でしかない。それは朔を傍観するばかりで、実際に何かをしてくれる訳では無い。
ㅤ神自らが出向いてくれればどんなに楽なことか。
ㅤこんな特別な力を持ってしまったばっかりに、こんな損な役周りを押し付けられている。
ㅤこの力を羨ましいと思う人はいくらでもいる。お前だけずるい、と言われたこともある。
ㅤ朔に言わせれば、そんなこと知ったこっちゃない。代われるものなら代わって欲しい。
ㅤむしろ全員神の言葉が聞こえればこんなめんどうなことにはならなかったのに、と、思考がネガティブな方向へと進んでいく。
ㅤこれはよくない。
ㅤ一刻もはやくポジティブなことを考えないと……ロリ……。
ㅤしかし、そんな努力も虚しく、口から出るのはネガティブなことばかり。
「うー……あー!ㅤしんどい……むり……帰りたい……いや実家に帰りたいとかそういう訳じゃないけどなんかこう土とかに還りたい」
ㅤ日々の徒労が言葉となって枕に溶け出す。
ㅤ決して現実となることは無いと分かってはいるが、吐き出すことによって少しだけ楽になる。
「つらい……」
ㅤごろごろとベッドを寝返る……ほどベッドのスペースがなかった。そのまま壁にゴツンとぶつかる。
「いっ……たいなぁもう!」
ㅤ理不尽な怒りは枕へ向かう。
ㅤぼすんぼすんと殴りつける度にほこりが舞い、なんだこの枕と驚愕する。見なかったことにした。
ㅤそのまま枕の上に持参しているブランケットを敷き、頭を乗せた。
ㅤ天井を見つめる。
ㅤ木目調ではなく、正しく木目。木を切って繋げただけの造りにはセンスもクソもない。
ㅤしかしこれでもプライベートな空間である。
ㅤ旅の途中は野宿をすることもあった。
ㅤ旅の仲間はみんな男で、一緒の拠点で野宿することだって何度もあった。
ㅤ別にそのことに不満があった訳では無いが、それでもちょっと嫌だなとは思っていた。
ㅤそう考えると、宿としての最低限の体裁は保っているだけマシなのかもしれない。いや、うん、そう思うことにしよう。
「はぁ……しんどい」
ㅤ再度のため息。
ㅤいくらお姉さんぶっても、朔は15歳。
ㅤ周りから期待されるのには慣れていた。
ㅤ救いの手を差し伸べるのも悪くない。
ㅤだが、それでも辛いものは辛い。
ㅤ常時鳴り止まない救いを求める声。それら全てに対応することなど不可能だ。
ㅤそこから、朔は選ばなくてはならない。どれを優先するべきか、どの救いを切り捨てるか。
ㅤそれがどんなに辛いことか。例え目の前の全てに対応出来たとしても、目を離した別のところで犠牲がでる。にっちもさっちもいかないとはこのことだ。
ㅤそれだったら、ちょっとくらい趣味に走ったって、ロリを優先しても許されるはずだ。
ㅤだって巨悪は倒したし。ちょっとくらいいいじゃん。
ㅤともあれ、その小さな肩にのしかかるには、世界よりの救いの声は重すぎた。
ㅤだから、少しだけ。この時だけは、15歳の少女で居たい。
ㅤ雨で真っ暗の空。湿った木の匂いはカビ臭く、叩きつける雨音はうるさい。
「はー……もう寝てるだけで世界救えたりしないかなー」
ㅤごろごろごろ。
ㅤごろん。