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SS詳細

水底の男

登場人物一覧

イザベラ・パニ・アイス(p3n000046)
氷海の女王
十夜 縁(p3p000099)
幻蒼海龍

●イツワリ
(嗚呼――)
 ネオフロンティア海洋王国に産まれ落ちて海洋王国大号令を知らない者は居ない。
 その立地と厳しい情勢から冒険心と克己心なくては生き抜いてはいけなかったこの国は、何時の世も誰の時代でさえ、運命という激流に抗う鋼の船乗りを愛してきた。今、その王国の大いなる野望と特異運命座標という特別な運命が絡んだなら盛り上がりが最高潮になるのは当然の事だったと言えるだろう。
(――嗚呼)
 しかして、王国民の信望を一身に集め、まさに麗しい女王より叙勲のメダルを頂く今日の主役――十夜縁の心の中は一寸先さえ見渡せない、暗い、昏い水底の泥の中のようであった。
「これまで一先ず良くやってくれた。この先も、妾は貴公を心より頼りにしておる」
「――勿体ないお言葉にございます、イザベラ女王」
 恭しく跪き、目の前の麗人に如才なく応答する縁はまるで育ちの良い貴公子のようであった。
 普段は『今夜の飲み代稼ぎのために依頼を受け、殆どは他のイレギュラーズに任せて自分は楽に報酬を得ているだけ』と嘯くこの男は楽な着流しに緩い態度が目立つ昼行燈である。それがこの日ばかりは嘘のように正装に身を包み、冗談が過ぎる大人の対応を見せ、自身に期待を寄せる国民達の想いを十分に背負っていた。きっと恋人蜻蛉が見たならば少し目を丸くした後に、含んで笑う『素敵』な様は確かに彼のものであり、同時に彼のものではないのかも知れない。
(ああ――)
 
 全てを捨て去る覚悟も無く、同時に目の前に広がる揚々とした未来を肯定出来る程善良でもない。
 彼の時間は二十年以上の昔、白く細い頸に指をかけたその時から止まったままである。同時に割り切れぬ程の罪を相応しい罰で贖う事さえ出来ないその時間は彼にとって実は相応しい責め苦でさえあっただろう。
 世界がキラキラと輝く程に、その道が栄光に輝く程に、縁の内なる縁は囁くのだ。

 ――どうして、お前がそんな場所にいられるのだ?

 低く、冷たく囁くのだ。
「……どうかしたか?」
「いえ、感極まっただけです。今後とも忠勤に励みます」
 表情を怪訝に変えたイザベラに縁は温く微笑んで見せた。
 言葉は相変わらずに如才なく、さりとてその本音は口から出たそれとは程遠い。

 何を間違えたか、何故間違えたか、何処で間違えたか――

 縁にとって最早それは大きな問題ではなかった。
 隠された首のあざは緩やかに廃滅を望む彼の呪いそのものであろう。
 縁は全てを捨て去れる程果断ではなく、己を騙せる程愚かではなく、正しく自罰出来る程強くはなかった。
 
 生きる為だけの処世術は、少なくとも言葉遊びの上では『女王と国家への忠誠』にすり替わり、実際の所は彼の抱く闇に何一つの光明さえもたらしてはいまい。
 何れにせよ縁は信じている。切望している。絶望している。

 ――今と何一つ変わらない日常の中、この懐かしい王国も、自分自身も唯緩やかに滅んでいけばいいのだと。

『特異運命座標が何かをすればこの世界が救われるのならば』。
 
(それが、何だ。大号令を成功に導く勇者、王国の誇り、運命を破る特異座標――?)
 腹の底から湧き上がる黒い感情と吹き出しそうになるせせら笑いを堪える事に縁は全力を尽くさねばならなかった。
 如何ともしがたい深すぎる嘲りの念は偏に誤り続ける運命に対しての冷笑だった。この世界で誰よりも晴れ舞台に似合わない人間が、このように称えられる等、最高の喜劇で悲劇であるに違いない。もしこの物語の脚本を作った者が居るとするならば、そいつは間違いなく最悪の性格をしていると断言出来た。
「――皆の者、勇者に万雷の祝福を!」

 おおおおおおおおお――!

 イザベラの一声を切っ掛けに万雷の如き拍手と歓声のシャワーが縁の全身を包み込んだ。

 ここには何もないのに。
 ここには誰もいないのに。
 心なんてもの、遥かな時間の彼方に置き去りになってしまっているのに。

 虚無のみを抱いて生きてきた縁は聴衆をぐるりと見回して心にもなく礼をした。

 ありがとう、俺の気を知らないでいてくれて。
 ありがとう、そんなに期待してくれて。
 ありがとう、応援してくれて。
 ありがとう、身勝手でいてくれて。
 ありがとう、ありがとう、ありがとう……

 大いなる海を征服する物語が何時まで続くのかは知れなかった。
 その結末が破滅的であるのか、それとも進歩的であるのかをコントロールする術を縁は持たない。
 
 故に縁は流されるばかりである。誰かが望む明日を、何も望まない男は温く生きるだけ。
 その心に抱く最大の望みを決して他者に気取らせる事は無く。
 仮に賽の目がどう転んだとしても――全てを否定し、全てを肯定するだけなのだ。
「……ろう」
 誰にも聞こえない小さな声。口の自然に突いたのはたった一つの名前だった。
「それでいいだろう、リーデル」
 女々しく呪ったその言葉と共に過ぎったのは別の女の顔だった。
「……きっと、それじゃ駄目なんだろうな、蜻蛉」
 面影の女は別の女の顔に酷く嫉妬した顔を見せ、もう一人の方は泣き笑いの表情で縁を見ている。
 
 情も愛も全て本物で、少しの嘘もないが故にただ彼を苛むだけ。
 黄金を抱くこの世界に十夜縁は一人きり。
 幾度となく確認を済ませたそんな『当たり前』を今日もあしらう。
 誰にも心はめくらせず、冷え冷えと燃え上がる黒い炎を底冷えする瞳の奥に揺らめかせ。
「――この十夜縁、必ずや女王と国民の期待に応えましょう」
 最後の言葉と共に颯爽と踵を返す。
 栄光の絨毯の上を威風堂々と行く彼の後を何処までも歓声が追っていた。

 ――ひとのきさえ、しらないで――


  • 水底の男完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2020年11月29日
  • ・十夜 縁(p3p000099
    ・イザベラ・パニ・アイス(p3n000046

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